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雄哉の不審な点が未だに納得行かない良輔は、今度は村役場の真向かいにある公民館へ足を運んでいた。公民館の中には図書室が併設されており、いろんな資料を読むことができる。
しかし、村民に起きている異変についてわかりそうな資料は、一冊もなかった。美咲や、両親を含む村民の顔色の悪さ。それは良輔自身にも当てはまるものだったのだが、そのような症状を示す病気なども資料では見当たらなかった。
いつか読んだ、サウンドノベル発のマンガのように、風土病のようなものなのかと思い、村の歴史書を調べたが、そのようなことにも触れられていなかった。
「あれ……?」
良輔はふと気づいたことがあった。
「へぇ……。知らなかった。長野って意外と多いんだ」
良輔は資料をペラペラと捲った。
「1853年、1858年、1918年、1941年、1965年、1984年……か。だいたい20年おき……。となると、20足せば……ちょうど今頃か」
今は2009年。1984年から既に25年が経過している。
「ん?」
良輔は隣のページに気になる描写を見つけた。
「救助の楠……?」
見覚えのある楠だった。
「あ。これ見晴らしの森にある楠じゃん」
良輔はなぜこの楠がこの資料に掲載されているのか気になって、読み始めた。
「人を殺める楠……ですか?」
雄哉は息を荒くしながら平祐に聞いた。
「あぁ。あの楠は20年から30年おきになぜかこの村の人々を定期的に殺めている」
「な、なんでそんな物騒な楠がこの村に……?」
「ことの発端は、この村に人が住み始めた頃だ。お前らが歩いてきた道、あるだろう?」
「はい」
「あの道……本当は、長野市方面へ続く街道ができるはずだった。ところが、あの楠が途中で邪魔になってな。それで切り倒す計画ができたそうだ」
雄哉は授業で聞いた村の歴史をできる限り思い出そうとした。西羽生村が誕生したのは明治末期の頃。昭和20年代に人口はピークに達したそうだ。
「ところが、切り倒そうとした……今で言う工事関係者が次々と不審死を遂げたそうだ」
よくありそうな話だと雄哉は鼻で笑いそうになった。
「そうなんですか……」
雄哉は心の中で毒づいていた。よく歴史を調べもしないで、こうしたことを言う大人が一番迷惑だと。
「きっと、あの楠には何か秘密があるんだ」
それはあながち間違いではないですよ、十河さん。雄哉は心の中でクスクスと笑った。
「それじゃあ十河さん」
雄哉はちょうどいいと思い、平祐に提案した。
「今晩あたり、楠の秘密を探ってみませんか?」
「え?」
「ほら……草木も眠る丑三つ時っていうでしょ? その頃に……」
「で、でも」
「怖いんですか?」
「怖くなんかない! 大丈夫だ」
「……そうですか」
雄哉はしばらく平祐から視線を外した。
「雄哉くん?」
「あ、なんでもありません! ただ、俺が怖いので……」
次のターゲットを絞る。時間が残されていないのは、平祐ともう一人だった。
「川村医院の、新吾先生を連れてきてもいいですか?」
「川村先生を?」
平祐が目を丸くした。
「はい。先生も、こう言った怪談物に関心があるそうなんですよ」
ウソもいい所だった。しかし、二人には時間が残されていない以上、苦し紛れでもいいから二人を人気のない場所へ連れて行く必要があった。
「そうか……。じ、じゃあ、今日の何時頃に?」
「今日じゃないですけどね。午前2時半に、羽生川のちょうど……中州があるでしょう? あそこでお願いしますよ」
「わかった」
「新吾先生には俺から連絡しておきます」
「了解。じゃ、午前2時に」
「はい」
雄哉は緊張した面持ちでその場を後にした。平祐の姿が見えなくなったところで、雄哉は不機嫌そうに携帯電話を取り出した。
「もしもし? 先生? 話が違うじゃないですか。どうして大地と美々は……?」
雄哉の顔色が変わる。
「そうなんですか……。ちょっと確認なんですけど、そちらでもそう言った操作が可能なんですか?」
電話の相手が「最後の手段だがね」と言った。
「全員をそのパターンで……できないんですか?」
それは無理だ、との答え。
「……なるほど。まぁ、そうですよね。引き換えに……が条件ですものね。それで? 大地と美々の分はどうなるんです?」
電話の相手の言葉を聞いた雄哉の表情が厳しくなった。
「それは強烈だな……」
電話の向こうから聞こえてきたのは「やっぱり、諦めるかね?」との問いかけ。
「諦めませんよ」
雄哉は力強く答えた。
「最低……美咲と、良輔を殺るまでは」
「それにしても……この村って本当に平和だったんだな」
良輔は歴史書を読み終えて一息ついた。いちおう交番や消防署はあるものの、これまでにこの西羽生村で人が亡くなったのは本当に寿命を全うした人か、戦争で空襲により亡くなった人か、自然災害によって亡くなった人かという3パターンしかなかった。
「そしたら……この異常現象は何なんだろう」
良輔が見た、聡明の亡霊のようなもの。あれは確実に幻覚でもなければ仕掛けのようなものでもなかった。
「俺たちの理解を超えたものだったりしたら……俺には手出しできないよな」
良輔はフゥッとため息を漏らした。
「あ」
思い出したのは、あの地質学者――原 元康のことだ。
「あの人なら、何か知ってるかもしれないな。ちょっと聞きに行ってみよう」
良輔はガバッと立ち上がり、図書室を出ようとした。
「……!?」
急に立ちくらみがした。寝不足というわけでもないのに、この立ちくらみはなんだろうか。良輔には思い当たる節がない。
「何かが……絶対起きてるな」
自分自身だけではない。この村で確実に、何かが起きている。良輔はそう確信した。
「良輔?」
突然聞こえた声に驚いて顔を上げると、美咲がいた。
「なんだ……。美咲か」
「なんだとは失礼ね。こんなところで何やってるの? まだ……」
言葉を一旦切った。
「美菜ちゃんの……式の最中よ?」
「……わかってる」
美咲がそっと良輔の手を握った。
「辛いかもしれないけど……戻ろう?」
「……あぁ」
美咲もやはり、顔色が悪い。
「私、先に行くね」
「わかった。後で俺もすぐに行く」
美咲はニッコリ微笑んで、元来た道へと引き返して行った。
「……!?」
その美咲の後ろ姿――というよりも、美咲の首筋に良輔は視線が釘付けになった。
「なんだ……?」
その首筋には、まるで刺青か何かのようにクッキリとその文字が彫られていた。
「35:01:50……?」
その数字が何を意味するのか、良輔にはまったくわからなかった。しかし、最後の50が、なぜかどんどん減っていく。あっという間に50から40へと減ってしまった。
「なんだ……? え!?」
良輔は自分の右腕に、美咲とほとんど変わらない数字が彫られていることに気づいた。
「35:43:32……」
美咲と同じように、32がどんどん減っていく。
「なんだ……!?」
良輔はその数字を見た途端、全身の毛が逆立つような感覚に見舞われた。次の瞬間、良輔は走り出していた。
「りょ、良輔!?」
美咲が呼ぶのにも答えず、良輔はいままさに自分の妹の葬儀が行われているホールへと走り出した。