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7/2 12:35

「あの違和感はなんだったんだろう……」

 葬儀場の奥にある控え室で良輔は違和感の正体をなんとか掴もうと必死だった。美咲と雄哉の違い。昨日までは感じられなかったのだが、彼らは確実に何かが違っていた。

 雄哉だけではない。途中で出会った、地質学者という原 元康も怪しさが抜けきらない。今のところ、不審点があるのは元康と、言いたくないが雄哉だった。

 聡明の遺体を隠したときにいたのも、雄哉だった。雄哉はひょっとすると、良輔の犯行現場を目撃して、遺体を隠す動きまで見ていたので、あの川沿いへ隠してくれた可能性もあった。

 しかし、雄哉自身その件に一切触れてこないのだ。

「なんで……俺、雄哉のことまで疑って……。そもそも俺だって、先生を殺しちゃったじゃないか……」

 そう思うと恐怖で手が震えて仕方がなかった。恐怖に押し潰された挙句の犯行とはいえ、人を殺したことに変わりなどない。

「いっそのこと、父さんに自首するか……?」

 しかし、美菜を亡くした両親にこれ以上追い討ちはかけたくないというのが本音だった。自分のことはどうなってもいい。ただ、両親をこれ以上苦しめたくはない。そう思うばかりだ。

「誰に相談しよう……誰に……」

 そのときだった。

「!?」

 不意に誰かがいる気配を感じたので、良輔は後ろを見た。しかし、そこには誰もいない。

「気のせいか……」

 突然だった。

「ヒイッ!?」

 良輔の両手を、誰かが掴んだのだ!

「ひっ!」

 しかし、良輔は今机の上に手を置いている。一体、誰が掴めるというのだろうか。だが、目の前の机からは手が生えるように伸びて、良輔の手を掴んでいる。

「ひいいい! は、放せ……放せぇ!」

 すごい力だった。大人の男性なのだろうか、良輔が振りほどこうとしてもまったく太刀打ちできないのだ。

「ぎゃあああああああ!」

 引っ張ったところで姿を現したのは、聡明だったのだ!

「いいい、いやだ、放して放してくれえええ!」

 聡明の声が耳元で聞こえた。

(お前だって、早くもとの場所へ帰りたいだろ……? 先生が帰してやるから、おとなしくしてなさい……)

「元の場所!?」

 どういう意味か、と聞こうとした瞬間だった。

「良輔!」

 飛び込んできたのは雄哉だった。

「雄哉! 助けて……助けて!」

「せ、先生!?」

 雄哉が驚くのも無理はない。目の前にいるのは、既に亡くなっているはずの聡明なのだから。

「畜生! 化け物め、良輔を放せバーカ!」

 雄哉が必死で良輔を聡明の手から放そうとする。しかし、力が強くなかなか放そうとしない。

「良輔! 目を瞑れ!」

「えぇ!?」

「いいから! 早く!」

 良輔は雄哉に言われるがまま、強く目を閉じた。

「サッダルマプンダーリカスートラクマーラジーヴァサンスクリット!」

 雄哉は良輔が解せない言葉を発した。

「もう大丈夫だよ、良輔」

「……!」

 良輔が目を開けると、聡明の亡霊(だったのかどうかも定かでない)は姿を消していた。

「……ありがとう」

「いいや。構わないよ」

「……。」

 しかし、不審点はまだ残っている。良輔は勇気を振り絞って聞いた。

「雄哉!」

「うん?」

「あの……さ……」

 心臓が飛び跳ねるように高鳴っている。けれども、ごまかしたくはないと思い、良輔は核心を突く言葉を吐いた。

「板倉先生の……死体を……」

「それは」

 雄哉がニッと笑った。

「お前の知る必要のないことだよ」

 体中の毛が逆立つほどに、不気味な微笑みだった。雄哉らしからぬ、恐怖と狂気が入り混じったような、笑顔とは言いがたい表情。良輔はそれ以上、追及することができなかった。

「お前、きっと参ってるんだよ」

 突然、いつもの雄哉に戻った。

「え?」

「ほら……美菜ちゃんが亡くなって……精神的に参ってるんだ」

「……。」

 あながち嘘ではない。妹を亡くして平常心でいられる兄が、どこにいるというのか。良輔は今の聡明の亡霊のような姿も、自分の混乱で見た幻だったのかもしれないと思うことにした。そうでもしていないと、気が滅入りそうだったからだ。

「な? こんなところで一人でいても、危ないだろう?」

「あぁ……」

 こういうとき、親友の存在はありがたい。良輔はつくづくそう思いながら、立ち上がった。

「戻ろう。おじさんおばさんも、きっと心配してる」

「うん」

 頭が少し痛むが、良輔はそれを我慢して立ち上がり、先を急ぐ雄哉の後を追った。

「良輔?」

「……雄哉、あれ……」

 良輔は窓の外へ目をやった。

「美咲じゃね?」

「あれ? ホントだ」

 美咲が表を歩いている。

「何やってんだか、アイツ」

「……。」

「雄哉、アイツも呼んでこよう?」

「待て」

 雄哉が良輔の手を引いた。

「お前は先に戻ってろよ。な?」

「え? 俺も一緒に……」

「いいから? な?」

 語尾を強めた雄哉に気圧されて、良輔は「うん」と力なく答え、両親の待つ部屋へ戻って行った。

 良輔を見送った後、雄哉は表をぶらつく美咲に声をかけた。

「美咲」

 美咲もすぐ雄哉に気づき、彼に駆け寄ってくる。

「もう! すぐ二人してどっか行っちゃうから、私心配したんだよ?」

「悪い悪い! 俺も、良輔が心配でさ。アイツ、すぐフラフラどっか行っちゃうから……」

「やっぱり、雄哉も心配なんだね、良輔のこと……」

 美咲がそばに座って呟いた。

「当たり前だろ! 友達なんだから……」

「私も心配なんだけど……もっと心配なコトがあるの」

「もっと……?」

「うん」

 美咲が立ち上がった。そしてゆっくり雄哉のほうを向いて、言った。

「雄哉」

「ん?」

「あなた……何か隠してない?」

「……!」

 美咲が不敵な笑みを浮かべた。風が不意にわざとらしく、二人のいる駐車場に吹き付けた。







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