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12/21

7/2 11:30


 ――狂ってるのは、この世界なんだから……。


 大地の言葉の真相を知りたくなった良輔は、村内の図書室へ向かった。村役場の奥にあるその部屋には、25人しか住んでいない村とは思えぬほど豊富な蔵書量を誇る。

 役場の関係者も美菜の葬式に出席しているから、今は無人だ。けれども、特別施錠もせずに役場は開かれたままだった。

 良輔はすぐに図書室へ向かい、何か文献のようなものがないか探す。西羽生村は戦前から存在する村で、歴史も古い。多いときには3000人近い人々が住んでいたというのだから、驚きだ。今では考えられない。

 村の産業を長く支えてきたのは、鉱物だそうだ。石炭が多く採れたそうで、炭鉱関係者を中心にこの村はずいぶんと栄えた。1956(昭和31)年6月に、人口はピークの3045人を数えたと文献にはあった。

「3000人もよく住んでたな……」

 何がきっかけでこれほど急速に過疎が進んだのか。今度はそちらを知りたくなって本を読み進める。気づけば、20分ほど経って11時30分になろうとしていた。そろそろ、両親が良輔の姿が見えないことを心配しているかもしれない。そう思い、いったん小ホールへ戻ろうとした。

「そうだ……」

 不意に、テレビのことを思い出した。日本のどこかで、死者が450人も出るような事件か事故が起きているのだ。この西羽生村の出来事もかなり奇怪であったが、そちらのニュースも気になる。

 役所職員室へ向かおうとしたとき、突然後ろから男性の声がした。

「コラ! こんなところで子供が何をやってる!?」

 ドキッとして振り返ると、見覚えのない人物が立っていた。

「ここは役場だぞ? 子供の遊び場じゃないんだ」

「す、すみません……」

 良輔は渋々、その男性のところへ駆け寄る。

「君はどこに住んでるの?」

「えと……(あざ)大貫(おおぬき)の野沢です」

「なるほど」

 男性はメモを取る。なぜメモを取る必要があるのか、と良輔は不審に思ったが、聞くこともできないまま、男性のボールペンを走らせる音だけが響く。

「あの……」

「うん?」

「あなたは……?」

「あぁ、失礼。私、こういう者だ」

 良輔に名刺を手渡すその男性は、日本地質学界甲信越支部の調査員である、(はら) 元康(もとやす)と言った。

「地質学会?」

「ハハハ! 君たちには縁遠い世界かもしれないけれど、地質学っていうのも、この日本では大事なんだぞ」

「……。」

 明らかに不審者扱いされそうになっていることに気づいた元康は、一枚の写真を見せた。

「ほら、こういうのは学校で習ったことあるだろう?」

 いろんな土が層になっている写真を見せられた。良輔にも記憶はある。理科でやったことがあるのだ。

「うん! 俺、こういうの好きなんだ」

「そうかい! 嬉しいなぁ。最近、子供たちの理科や数学離れが起こっているって聞いたからね」

 元康は途端に笑顔になる。良輔もこの人は安心だ、と判断したのか、笑顔になった。

「でも、なんでこんなド田舎に来たんですか?」

「僕も、この村の出身でね。いや、今も住んでるんだけど、なにせ忙しくてななかなか戻れなくてねぇ」

「そうなんですか」

 原といえば、確か、美人な人が(あざ)中北道(なかきたみち)の外れに住んでいた覚えがある。

「もしかして、(はら) (よう)()さんの……?」

「お? 陽子のこと、知っているのかい?」

「はい! いつも学校行くときに前通るから、挨拶するんだ」

 美人なのでついつい、雄哉も良輔も目が行ってしまう。目が合うと、必ず陽子は二人に挨拶をしてくれるのだ。

「そうか。いや、さっき家へ帰ったら陽子の姿が見えなくてね。どこへ行ったんだかと思って。とりあえず、役場へ来たんだけど」

「あ……」

 村人はいま、全員美菜の葬式に出かけているのだ。陽子ももちろん、来ている。

「多分、陽子さんなら……」

「居場所、知ってるのかい?」

「俺の……妹の葬式に……」


 式場へ案内することになった。良輔の状況を知った元康はその後、すっかり口数が減ってしまった。無理もないだろう。どういう風に声をかけていいのかすら、わからない空気に変わったからだ。

「君はいいのかい?」

「俺……なんとなく、抵抗があるので」

 妹とはいえ、葬式に出ることにはまだ抵抗がある。死、というものがいまひとつ実感できない良輔は、葛藤していた。

「そうかい……」

 寂しそうにする元康。その元康の顔を見て、良輔は何か、違和感を覚えた。

(何だろう……)

 ふと、目の前に美咲と雄哉の姿が見えた。雄哉を見てから、美咲を見てまた違和感を覚えた。

(何だ? 何が違うんだ……?)

 ゾクゾクとする感じが伝わってくる。気分が悪くなってきた良輔は、元康に断ってお手洗いへと向かった。

 顔を洗い、気分を落ち着けようとした。何度も洗い、ようやく平常心が戻ってきたので良輔はバッと顔を上げ、ハンカチを取り出し顔を拭いた。

「……!」

 違和感の正体に気づいたのは、そのときだった。

 顔色が違うのだ。

 元康と雄哉は血色のいい顔をしていた。しかし、美咲も、死の直前の美菜も、顔色が青ざめていた。それだけではない。両親も、大地も、顔色が悪かった。思い返せば、川村医師も池田看護師も顔色は冴えなかった。

「無理ないだろ! なにせ、この1日で人が……人が……死にすぎだもんな……。みんな、きっと動揺してるんだよ!」

 良輔は無理やりそう思うことで、自分を納得させた。

 美咲と雄哉が手招きする。

「どこ行ってたの?」

 心配そうに美咲が聞いた。やはり、顔色が悪い。青ざめた感じだ。

「ちょっと、気分悪くて……」

「無理すんなよ?」

 そう言ってくれる雄哉の顔色は悪くない。肝が据わっているのか、それとも、美菜の死に対して特に何も感情を抱いていないのか。後者でないことを良輔は祈るしかなかった。

「あ」

 プルルルル、と発信音。

「俺の携帯だ」

「ちょっと。マナーモードか電源切るかしときなさいよ、バカ!」

「悪い悪い」

 そう言って電話を持って、雄哉は会場敷地から表の道路へ出た。

「無神経なんだから……」

「……。」

 外へ出た後、雄哉は電話に出た。

「もしもし……。あぁ、先生」

『どうだ? そっちの状況は?』

「危ないヤツから順番に処理してます。とりあえず遠藤さん、東田さん、良輔の妹、板倉先生はもう処理済です」

『ふむ。こちらでもその4人にはうまく対処できている。どうだ? 大変な仕事になりそうだが、できそうか?』

「できますよ。何でもやります」

 ニッと雄哉が笑う。

「村を救うためならね……」

 蝉が狂ったように鳴き出した。

『次は……彼らを頼む』

「了解です」

 電話を切ると、後ろに誰かの気配を感じて振り返った。

「どうしたの? お兄ちゃん」

 塚本 美々と、濱 大地が立っていた。

「ううん。お兄ちゃん、ちょっと大切な人とお話してたんだ」

「ふぅん」

 大地が上目遣いで雄哉を見つめる。

「ちょっと、お兄ちゃんがいいこと教えてあげるよ」

「いいこと!?」

 美々が目を輝かせた。

「ほら、大地も行こうぜ」

「……うん」

 不信感を抱きながらも、大地と美々は雄哉に連れられて会場を出て行った。





<残り21人>


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