7/2 11:30
――狂ってるのは、この世界なんだから……。
大地の言葉の真相を知りたくなった良輔は、村内の図書室へ向かった。村役場の奥にあるその部屋には、25人しか住んでいない村とは思えぬほど豊富な蔵書量を誇る。
役場の関係者も美菜の葬式に出席しているから、今は無人だ。けれども、特別施錠もせずに役場は開かれたままだった。
良輔はすぐに図書室へ向かい、何か文献のようなものがないか探す。西羽生村は戦前から存在する村で、歴史も古い。多いときには3000人近い人々が住んでいたというのだから、驚きだ。今では考えられない。
村の産業を長く支えてきたのは、鉱物だそうだ。石炭が多く採れたそうで、炭鉱関係者を中心にこの村はずいぶんと栄えた。1956(昭和31)年6月に、人口はピークの3045人を数えたと文献にはあった。
「3000人もよく住んでたな……」
何がきっかけでこれほど急速に過疎が進んだのか。今度はそちらを知りたくなって本を読み進める。気づけば、20分ほど経って11時30分になろうとしていた。そろそろ、両親が良輔の姿が見えないことを心配しているかもしれない。そう思い、いったん小ホールへ戻ろうとした。
「そうだ……」
不意に、テレビのことを思い出した。日本のどこかで、死者が450人も出るような事件か事故が起きているのだ。この西羽生村の出来事もかなり奇怪であったが、そちらのニュースも気になる。
役所職員室へ向かおうとしたとき、突然後ろから男性の声がした。
「コラ! こんなところで子供が何をやってる!?」
ドキッとして振り返ると、見覚えのない人物が立っていた。
「ここは役場だぞ? 子供の遊び場じゃないんだ」
「す、すみません……」
良輔は渋々、その男性のところへ駆け寄る。
「君はどこに住んでるの?」
「えと……字大貫の野沢です」
「なるほど」
男性はメモを取る。なぜメモを取る必要があるのか、と良輔は不審に思ったが、聞くこともできないまま、男性のボールペンを走らせる音だけが響く。
「あの……」
「うん?」
「あなたは……?」
「あぁ、失礼。私、こういう者だ」
良輔に名刺を手渡すその男性は、日本地質学界甲信越支部の調査員である、原 元康と言った。
「地質学会?」
「ハハハ! 君たちには縁遠い世界かもしれないけれど、地質学っていうのも、この日本では大事なんだぞ」
「……。」
明らかに不審者扱いされそうになっていることに気づいた元康は、一枚の写真を見せた。
「ほら、こういうのは学校で習ったことあるだろう?」
いろんな土が層になっている写真を見せられた。良輔にも記憶はある。理科でやったことがあるのだ。
「うん! 俺、こういうの好きなんだ」
「そうかい! 嬉しいなぁ。最近、子供たちの理科や数学離れが起こっているって聞いたからね」
元康は途端に笑顔になる。良輔もこの人は安心だ、と判断したのか、笑顔になった。
「でも、なんでこんなド田舎に来たんですか?」
「僕も、この村の出身でね。いや、今も住んでるんだけど、なにせ忙しくてななかなか戻れなくてねぇ」
「そうなんですか」
原といえば、確か、美人な人が字中北道の外れに住んでいた覚えがある。
「もしかして、原 陽子さんの……?」
「お? 陽子のこと、知っているのかい?」
「はい! いつも学校行くときに前通るから、挨拶するんだ」
美人なのでついつい、雄哉も良輔も目が行ってしまう。目が合うと、必ず陽子は二人に挨拶をしてくれるのだ。
「そうか。いや、さっき家へ帰ったら陽子の姿が見えなくてね。どこへ行ったんだかと思って。とりあえず、役場へ来たんだけど」
「あ……」
村人はいま、全員美菜の葬式に出かけているのだ。陽子ももちろん、来ている。
「多分、陽子さんなら……」
「居場所、知ってるのかい?」
「俺の……妹の葬式に……」
式場へ案内することになった。良輔の状況を知った元康はその後、すっかり口数が減ってしまった。無理もないだろう。どういう風に声をかけていいのかすら、わからない空気に変わったからだ。
「君はいいのかい?」
「俺……なんとなく、抵抗があるので」
妹とはいえ、葬式に出ることにはまだ抵抗がある。死、というものがいまひとつ実感できない良輔は、葛藤していた。
「そうかい……」
寂しそうにする元康。その元康の顔を見て、良輔は何か、違和感を覚えた。
(何だろう……)
ふと、目の前に美咲と雄哉の姿が見えた。雄哉を見てから、美咲を見てまた違和感を覚えた。
(何だ? 何が違うんだ……?)
ゾクゾクとする感じが伝わってくる。気分が悪くなってきた良輔は、元康に断ってお手洗いへと向かった。
顔を洗い、気分を落ち着けようとした。何度も洗い、ようやく平常心が戻ってきたので良輔はバッと顔を上げ、ハンカチを取り出し顔を拭いた。
「……!」
違和感の正体に気づいたのは、そのときだった。
顔色が違うのだ。
元康と雄哉は血色のいい顔をしていた。しかし、美咲も、死の直前の美菜も、顔色が青ざめていた。それだけではない。両親も、大地も、顔色が悪かった。思い返せば、川村医師も池田看護師も顔色は冴えなかった。
「無理ないだろ! なにせ、この1日で人が……人が……死にすぎだもんな……。みんな、きっと動揺してるんだよ!」
良輔は無理やりそう思うことで、自分を納得させた。
美咲と雄哉が手招きする。
「どこ行ってたの?」
心配そうに美咲が聞いた。やはり、顔色が悪い。青ざめた感じだ。
「ちょっと、気分悪くて……」
「無理すんなよ?」
そう言ってくれる雄哉の顔色は悪くない。肝が据わっているのか、それとも、美菜の死に対して特に何も感情を抱いていないのか。後者でないことを良輔は祈るしかなかった。
「あ」
プルルルル、と発信音。
「俺の携帯だ」
「ちょっと。マナーモードか電源切るかしときなさいよ、バカ!」
「悪い悪い」
そう言って電話を持って、雄哉は会場敷地から表の道路へ出た。
「無神経なんだから……」
「……。」
外へ出た後、雄哉は電話に出た。
「もしもし……。あぁ、先生」
『どうだ? そっちの状況は?』
「危ないヤツから順番に処理してます。とりあえず遠藤さん、東田さん、良輔の妹、板倉先生はもう処理済です」
『ふむ。こちらでもその4人にはうまく対処できている。どうだ? 大変な仕事になりそうだが、できそうか?』
「できますよ。何でもやります」
ニッと雄哉が笑う。
「村を救うためならね……」
蝉が狂ったように鳴き出した。
『次は……彼らを頼む』
「了解です」
電話を切ると、後ろに誰かの気配を感じて振り返った。
「どうしたの? お兄ちゃん」
塚本 美々と、濱 大地が立っていた。
「ううん。お兄ちゃん、ちょっと大切な人とお話してたんだ」
「ふぅん」
大地が上目遣いで雄哉を見つめる。
「ちょっと、お兄ちゃんがいいこと教えてあげるよ」
「いいこと!?」
美々が目を輝かせた。
「ほら、大地も行こうぜ」
「……うん」
不信感を抱きながらも、大地と美々は雄哉に連れられて会場を出て行った。
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