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11/21

7/2 11:00

 翌日。

 村の会合などを開く小さなホールで、美菜の葬式がしめやかに行われた。良輔は写真の中で笑っている美菜の写真を、ただ呆然と見つめるしかなかった。呆然とする中で驚かされたのは、両親が思いのほか冷静だったということ。

 良輔が病院で何者かに殴られ、意識を失うほどの状態になった昨晩も同じだった。気づけば自宅の布団で寝かされていたのだが、その時見えた幹夫と摂子の顔には驚かされた。二人とも、ずいぶん青ざめているように見えたのだから。

 無理もないかと良輔は今になって思う。娘が殺害され、息子も何者かに襲われた。犯人は村人以外にいるかもしれないが、その可能性は極めて低い。ともすれば、犯人はよく知った顔の中にいるのだ。二人が疑心暗鬼に陥るのも無理はないだろう。

 ところが、昨日の通夜の時間も二人は同じ表情を浮かべていた。良輔は悔しくて何度も涙したのに、摂子も幹夫も、まだ一度も泣いていない。ただ淡々と、美菜の葬式を進めていく。

(なんで……? おかしくないか?)

 まさか、二人が美菜を?

 良輔の中で嫌な考えが頭をよぎる。しかし、美菜を殺したのは東田みそのの、幽霊のようなものだった。両親は絶対にそんなことをしない。良輔はそう、信じていた。

「良輔? どこ行くの。もうすぐ始まるわよ」

 相変わらず冷めた声をした摂子。少し嫌気が差したが、良輔はその感情を押し殺して言った。

「ちょっと気分転換。外の空気吸ってくる」

 実際、良輔は線香の匂いで気が滅入っていた。煙たいのもあったが、やはりあの線香の匂いは好きになれない。なんだか、自分が死の世界に足を踏み入れたような、そんな感覚に襲われるからだ。

 あの時の、美菜であって美菜でない人物のセリフが蘇る。


――もうね……この村はこのままだとお終いなの。


 あれはどういう意味だったのだろうか。そして、中途半端な情報でしかないが、ニュースで流れた死者450名の意味もわからない。いずれにしろ、正しい情報がほしかった。

 ひょっとすると、美咲や雄哉なら何か情報を知っているかもしれない。そう思った良輔は、まず美咲に連絡を取った。

「おかけになった電話は現在、電源が入っていないか、電波の届かないところに……」

「タイミング悪いな」

 良輔は舌打ちをして電話を切る。すぐに、雄哉のほうへ繋いでみた。しかし、すぐにプーッ、プーッと受話器が上がっているときの音がした。

「なんなんだよ!」

 さすがにイライラしてくる。携帯電話を半ば乱暴にポケットへ押し込み、会場へ戻ることにした。暗闇の中、独りきりというのは不気味すぎる。その時、茂みの暗闇の中でボソボソと話す声が聞こえた。

「誰か……いる?」

 良輔は息を殺してその暗闇へと近づいていく。そしてその暗闇を覗こうとした直前、急に声がした。

「兄ちゃん! 何やってんの?」

「うわっ!」

 振り返ると、濱 大地がいた。屈託のない笑みを浮かべ、ギュッと良輔の服を握っている。

「なんだ、大地か……」

「何やってんの?」

「……ううん。なんでもない」

「本当?」

「うん」

「良かった」

 大地が笑う。

「良かった……って、どういうこと?」

「だってさ、そこは」

 大地が小学生らしからぬ、大人びた表情で笑う。

「昔から、子供は入っちゃいけない場所なんだから」

「え……?」

 なぜ、中学生の自分が知らないような話を大地が知っているのか。

「な、なんでそんなこと知ってるんだ?」

「お父さんが言ってるんだ」

「大地の?」

「うん」

 大地の父親――シングルファザーなのだが、はま 俊之としゆきは村で農業を営む男性だ。彼の育てる野菜は一級品で、県内は元より関東各地から中部地方にまで広く流通している。そんな野菜を村人のよしみということで、良輔たちも幾度となく分けてもらっている。

「それって、どんな話なんだ?」

「興味あるの?」

「あぁ」

 この村の秘密に近づけるかもしれない。良輔は恐怖心もあったが、先に好奇心が勝ってしまったので、大地に頼み込んでその話を聞いた。

「まぁ、学校とかにある怪談……七不思議の、西羽生村バージョンみたいな感じだよ」

 良輔は非常に興味深い話をしてくれた。

 西羽生村には、昔から伝わる不気味な話があるという。まず、一つ目が現在役場の立っている場所。あそこは、一種のパワースポットのようなものだという。しかし、そこへ役場を建ててしまったがゆえに、パワースポットの威力が歪んだものになり、磁場が複雑化したという。そのため、今でも妙な現象がたびたび発生するそうだ。

 二つ目は学校。昔は森林だったが、そこを切り開いて作ったのが良輔たちの通う学校。木造校舎であるその材料はもちろん、切り開かれた森林の木々でできているという。その木の怨念なのか、どこかの教室に人の顔の形をした柱があるそうだ。それ以降もいろんな話を聞いたが、どれもこれも子供だましのような噂ばかり。良輔は次第に関心が薄れてきた。

 七つ目。七不思議というのは、七つ目を知ると不幸になるという話があるのを良輔は思い出した。しかし、もう引き返せない。

「毎年、7月に入ると」

 七つめの不思議というだけあってか、なぜか7月という月がピンポイントで充てられていた。

「村人に、異変が起きるんだって……」

 ゾクッと背筋が凍るような感じに見舞われた。

「た、たとえば?」

「僕、よくわかんないんだけどさ」

 大地は首を横に振る。

「お父さんは、ハッキョウしたり、ユウタイリダツとかいうのしたりして、人を襲うんだって言ってた」

 発狂。幽体離脱。

 そんなこと、ありえない。良輔自身、今までそう思っていた。しかし、幽体離脱は東田みそのが実際に見せたではないか。無論、彼女は死んでいたのだが。それでも、幽が体を離脱していた、という意味ではしっくり当てはまる。


 発狂。


 自分のことか?


 良輔は自分が狂っていっているのではないかという恐怖感に襲われた。

「大丈夫だよ」

 突然、大地が言った。

「良輔は、狂ってない」

「え……?」

「狂ってるのは、この世界なんだから……」

 クスクスクス……と笑いながら、大地は葬式の式場へと戻っていった。

 良輔はただ呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。


<残り21人>


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