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美菜の事件現場では、新吾と愛佳が遺体の状況を調べていた。
「良輔」
父の幹夫が彼の名前を呼ぶ。しかし、虚ろな表情をしたまま、良輔はブツブツと美菜の名前を繰り返し、呼ぶばかりであった。
病院内では、警察の制服に身を包んだ幹夫が駆けつけていた。唯一の事件の“目撃者”になっている良輔に、話を聴きにやってきたのだ。
「良輔。顔を上げなさい」
ようやく上げた顔。その先には、強く見つめる幹夫の顔があった。急に恐怖心が湧き上がってきた良輔は必死に叫んだ。
「違う……違う、違う違う違う! 俺じゃない! 父さん! 俺じゃない……俺が美菜を……あんなことすると思う!?」
「落ち着きなさい、良輔」
「……。」
幹夫がフーッとため息を漏らした。
「良輔」
「……何?」
「もうひとつ、知らせておかないといけないことがある」
「……何?」
幹夫が疑いの眼差しで良輔を見つめながら、言った。
「板倉先生の……遺体が見つかった」
良輔の顔面が真っ青になっていく。
バレてしまった。しかも、父親に。
「板倉先生の死因は、撲殺だ。何か、大きな陶器で殴られたのか、頭蓋骨が陥没していた」
「……先生も」
うまくいった。そう思った。驚いた顔をしたつもりだった。
「殺されたの?」
「十中八九、その可能性が高い」
「そう……か」
自分が殺したんだ。そんなこと、言えるはずもなかった。
「遺体は、坂科川の土手から見つかったんだ」
「……へ?」
坂科川の土手。そこは、良輔の家からは1kmも離れている場所だった。どちらかといえば、濱 大地や塚本 美々の家のほうが近いだろう。
「父さんとしては、遠藤さんに続き、これも殺人事件の可能性が高いとして、捜査している。間もなく、長野県警本部からの応援も入る予定だ」
「そっか……」
「さらに」
次の言葉に、良輔は身の毛をよだたせることしかできなかった。
「市職員の東田さんも、他殺体で発見された」
「ひ、東田さん!?」
突然の良輔の大声に、幹夫が目を丸くした。
「どうした?」
「いや……別に」
良輔はもはや、幹夫と目を合わせることができなくなっていた。
「とにかく、今は村人全員に外出禁止令を村長が出している」
「外出禁止令……」
相当な出来事になっているようだ。それもそのはず、たった1日で既に4人もの人間が亡くなっているのだ。
「父さんの個人的な判断だが」
それはまるで、良輔に問い掛けるような言い方であった。
「犯人は、村の中にいるような気がして、父さんはならない」
「……村の中に」
「そう。残念な……話だけどな」
フゥッ、と幹夫がまたため息を漏らした。
「ちょっと喉が渇いたな」
「そだな。ちょっと、ドキドキしちゃったし」
「何か飲み物を取ってこようか」
「うん」
そう言って、幹夫が席を外す。すぐに、良輔は頭をガシガシと掻きむしり始めた。
「ヤバい……ヤバい……」
聡明の遺体が見つかった。これは、良輔にとって打撃だった。自分の罪が明るみになったのだ。それ以上に、謎が残る。
「誰が……死体、動かしたんだ?」
誰かが、良輔が自宅の庭に遺体を隠したことを知っているのである。そうでなければ、遺体を移動させることなどできるはずがなかった。
「雄哉……?」
あの時、まさにその場面を見ていた可能性が高かったのは、雄哉だ。ひょっとすると、雄哉は良輔の罪に気づき、何かもっとわかりにくい場所へと思って、遺体を移動させたのだろうか。
良輔はわかりもしないことを、懸命に考え続けた。その時だった。
「……!」
ヘリコプターの音が聞こえてきたのだ。
「ヘリ? 何で……! もう、来たのか?」
警察の応援が来ると聞いていた。ひょっとすると、そのヘリなのか。不安になった良輔は表を覗いてみる。しかし、新吾と愛佳が美菜の遺体の状況を調べているだけで、それ以外にヘリコプターの姿はおろか、人の姿すら見当たらないのだ。
新吾と愛佳も、ヘリコプターの音は聞こえていないのか、黙々と美菜の検死を進めている。
「気のせい……か。……ん?」
良輔の目に、テレビが見えた。
「そうだ。事件のこと……何かやってるかも」
テレビのチャンネルを適当に変え、ニュース番組らしいものを見つけたのでそれを見てみることにした。キャスターが深刻な表情で、ニュースを伝えている。
「……日に発生し……県……羽……村……。マグ……、……度……は……、東京でも4……」
「おい! しっかりしろよポンコツテレビ! 何言ってるか聞こえねぇじゃんか!」
バシバシとテレビを何回か叩いた。それがまずかったのか、ブツン!と音を立てて映像が消え、音も聞こえなくなった。その直後だった。不意に、音がハッキリと聞こえたのは。
「死者は既に、450名以上を数えており――」
「え?」
死者450名。良輔の耳には、確かにそう聞こえた。
「450……? 何、それ……。っ!?」
頭に突然、火を点けられたような猛烈な熱さが襲った。
「アガッ……!」
そのまま、良輔は無様に倒れるしかなかった。そして、良輔を殴った人物は傍を通り過ぎ、さっきまで見ていたテレビを徹底的に破壊していく。
(死者450って……何が起きてんだよ……)
再び途切れる意識。
良輔の知らないところで、世界は確実に変わろうとしていた。