サンタクロースのプレゼント
僕は恋をしている。
物静かな女の子で、とても優しくて可愛い。
頭もよくて、ピアノも弾けるし、運動神経もいい。
家の事も手伝ってご飯まで作れるらしい!
ダメなところを探すのが難しいくらい。
ひとつあるとすれば、声を上げて笑ったところを見たことがない……ニコッとか、クスッってのはあるけど、いつもどこか寂しそうな雰囲気がする。
でもそこに惹かれる気もする不思議な女の子。
そして僕は、そんな君を眺めてるだけで────。
「もうすぐクリスマスだな」
親友のタカシが休み時間にやってきた。
どかっと乱暴に僕の机の上にお尻を乗せて座る。
「お前はサンタクロースに何頼んだの?」
「別に、欲しいものは無いからさ」
タカシのお尻に敷かれたノートを引っ張り抜きながら、ちょっとぶっきらぼうに答える。
僕が本当に欲しいものは、サンタクロースが用意できないかもしれないんだから。
「お前変な奴だよなぁ、俺と一緒のゲームソフト頼んで、対戦して遊ぼうぜ」
タカシは机に座って、にやにや笑っている。
「君は現実的だよね」
そう、現実的に考えるとそんなもんだよね。
だからクリスマス前にはゲームの新作とか発売されるわけだし……。わかってるよ。
でもさ、お店にあってお金で買えるものなら、貯金や努力で何とかなるはずでしょ?
だからこそサンタクロースにお願いするなら、魔法みたいなプレゼントを選ぶ方が、きっと夢があっていい。
だから、無理かもしれないって思ってるけど、サンタクロースさんには「あの子の笑顔が欲しい」って書いたんだ────。
クリスマスの朝。
もちろん靴下の中にそんなものが入ってる訳もなく。
手紙が一枚入っていただけだった。
『メリークリスマス!
手紙を読んだよ、ありがとう。君は今年凄くいい子にしてたから、何でも好きなものをあげようと思ってたんだけど。手紙に書いていたものをあげるのはサンタさんには難しかったよ。君がその子にプレゼントを買ってあげるのはどうかな? きっと笑顔になるんじゃないかな?』
封筒をひっくり返すと、手紙と一緒に5000円札が一枚入っていた。
……サンタさんにはがっかりだ。
この時ばかりは、お母さんも、お父さんも、このプレゼントにはなにも言ってこなかった。
サンタクロースに、現金貰ったなんて。
聞いたこと無いよ!
クリスマスの日はもう、学校は冬休みになってる。
学校で会わなければ、彼女の欲しいものも聞けない。
でもさ、学校が始まって、欲しいものを聞いてからじゃ、クリスマスプレゼントなんて言えないよね。
せめて今日買ったものを渡せたら、クリスマスプレゼントになるかもしれない。
そう考えた僕は、ため息を付きながらも商店街に行ってみることにした。
玄関を開けると、うっすらだけど雪が積もってる。
でも雪合戦するほどでもないし、ぶっちゃけ気持ちが上がる感覚はない。
ただ、その景色がいつもより寒々しく感じて、ため息を白く吐き出すだけだった。
近場の商店街までは、歩いて15分くらい。
微妙な天気に、歩く人もまばら。
いつも近所の友達と遊ぶ公園も、閑散としていた。
でも、そこに見覚えのある人影。
あの子だ!
確かに子供会も一緒で、近くのアパートに住んでるのは知ってるけど、あまりここで見掛けることは無かったので、驚いてしまった。
だからこんな所で会えるなんて、それがまた運命みたいで、なんだか嬉しくなって駆け寄った。
「何してるの?」
うっすら雪の積もったブランコに座っているあの子は顔を上げて「サンタクロースが来なかった」と寂しそうに言った。
僕は驚いてしまい、考えをまとめる間もなく、ただ思ったことが口をついて出てしまう。
「君は、みんなの嫌がる事でも自分からやっているし、人の悪口は言わないし、勉強も運動も頑張ってるし! サンタクロースが君にプレゼントをくれないなんて、絶対に、絶対に無いよ!」
そんな事を言ってしまった事に自分でも驚いたし。
目の前の女の子も凄く驚いた顔をしてた。
「あなた、そんなにいっぱい喋る人だっけ?」
いつものクスッと笑う笑顔を見せてくれて、勝手に嬉しくなる僕。
「ねぇ、きっとサンタクロースは君のプレゼント落としちゃったんだよ」
「えっ? 落としたの?」
「だって、君に用意してない訳が無いって!」
僕はそう言うと、女の子の手を取って「探しにいこうよ、きっと見つかるから!」と言って引っ張った。
好きな女の子が、悲しそうな顔をしているのが嫌だったから。
ちょっと強引かもしれないけど、何か見付かればきっと笑顔になってくれるんじゃないかって。
────僕たちはそれから、あちこちを見て回った。
神社の一本杉が高いから、それに引っ掛かってるんじゃないか、とか。
薄く張った池の氷の下に目を凝らしてみたり。
この街で一番高い建物の屋上から、辺りを見回してみたりした。
その間女の子はただついて来ているだけで、殆ど話しはしなかったけど、なんだか冒険しているみたいで、悲しい顔はどこかに行ってしまったみたい。
暫くすると僕らはへとへとになって、無人駅の待合室に入った。
エアコンが付いていて、寒さにかじかんだ手先が暖まってちょっと痒い。
でも休憩にはちょうどいい。
「喉が乾いたわ」
そう言って立ち上がった女の子が自動販売機に向かう。
そうだ、そういえば僕にはお金がある。
「いいよ、僕がおごってあげる」
こんな時くらい大人っぽくカッコつけたいじゃん。
颯爽と財布から5000円札を取り出して見せた。
でもさ、自動販売機に5000円札、入らないの忘れてた。
「私、自分で買うわ」
結局良いところは見せられなかったし。
「はい、あなたの分」
しかも奢って貰った…… 。
面目ない。
二人はエアコンで保温された駅の待合室で、ホットのミルクティーを飲みながら無言で暖まった。
それはまるで、彼女の雰囲気そのままみたいな、静かで暖かい時間。
でもさ、今日は違うんだよ。
だってクリスマスに二人きりでって、まるで大人の恋人みたいな時間をすごしてるんだから!
「ところで、君はサンタクロースに何をお願いしたの?」
沈黙に耐えられず、僕は女の子に聞いてみた。
暫く黙っていたけど、また少し寂しそうな顔で。
「別に、欲しい物は無いから」と言った。
「でも、君が望めばきっとプレゼントは貰えるよ」
「私が欲しい物は、サンタクロースには用意出来ない物なんだもん」
まるで、昨日僕が言ったセリフそのものだった。
悲しそうなその声に、僕はなんて声をかけていいか分からなくなる。
女の子はため息を付きながら言う。
「だって、サンタクロースってパパなんでしょ?」
身も蓋もないその質問に、うんともいいえとも言えない。
僕の欲しいものもお父さんには用意出来ないものだったし、サンタクロースが本当に居れば用意してくれたのかな。
「お父さんなのかな……だから本物のサンタクロースみたいに、魔法で何でもってわけにはいかないのかもね」
その返答に少し悩んだ彼女。
でも諦めたように。
「魔法なんて無いよ」
と言うと目を背けてしまった。
──シャンシャンシャン──
その沈黙を破るように、どこかで鈴の音が聞こえた気がした。
その途端、小さな無人駅の待合室の回りに、風が渦巻いて、雪が窓にどんどんぶつかってきた。
薄っぺらい窓ガラスは、今にもヒビが入りそうなくらいガタガタ揺れている。
気温も一気に下がった気がするし、入ってきた古びた木の扉も、外れて倒れてきそうなくらい。
僕らは震え上がった。
まるで魔法みたいに急に吹雪が襲ってきたんだから。
「なにこれ、怖いよ」
いまにも泣き出しそうな、女の子の手をしっかり掴んだ。
だけど、吹雪は止むことはない。
「もうやだ! サンタクロースなんて嫌い! プレゼントなんてどうでも良かったんだ、パパが帰って来てくれたらそれで良かったのに!」
女の子は泣きながら叫んだ。
思えば、彼女の大笑いも見たことが無かったけど、涙も初めて見るのだった。
きっとクリスマスにパパと過ごすことが出来なくなって、家から飛び出してきて……あの公園で一人になりたかったのかもしれない。
僕はサンタクロースでも、隣に居て欲しいパパでもない。
もちろん魔法だって使えない。
こんな寒くて、心細くて、イライラして、悲しい気持ちを、少しでも和らげてあげたいって思って。
怖くて小さく震える彼女を、コートで覆うように抱き締めた。
吹雪はすぐにはおさまらず、しばらく続いていたけど。
彼女と接する暖かさは、恐れや悲しみとは正反対の何かに感じた。
君も同じように感じてくれていたらいいな、なんて考える。
────その時!
急に待合室の扉が開いた。
知らないスーツ姿のおじさんが、慌てたように入ってくる。
寒い中走ってきたのか、耳や鼻が真っ赤で、息が上がっている。
「ここに、いたのか!」
その声に女の子は顔を上げて「パパ!」と叫んで抱きついた。
「あぁ、良かった」
パパも一生懸命、女の子を抱き締めている。
「お前が家を飛び出して帰ってこないって、ママから電話があってな、仕事をほっぽりだして帰ってきたんだよ!」
ちらっと覗いたパパの腕時計は17時を過ぎていた。
僕たちがうろうろしてたのって、せいぜい2~3時間で、ここに入ったのもまだお昼頃だったのに、不思議と吹雪が止んだ窓の向こうは暗くなりかけていた。
「パパの帰りを待っててくれたのか」
ちょうどこの駅は、彼女のパパが帰宅で使う電車の駅で、自分を駅で待っていてくれたと思ったみたい。
「ごめんな、クリスマスに仕事で家に帰れなくて」
そっか、君は『お父さんとクリスマスを過ごしたい』ってサンタクロースにお願いしたんだね。
少し遅いけど願いが叶って良かったね。
パパに抱き締められて、彼女の顔から不安や悲しみは一気に吹っ飛んじゃったみたいだ。
さっきまで僕がそうしたかった事を軽くやってのける。
まるで魔法みたいだ。
その光景を、僕が恨めしそうに見ていると、パパが身体を離して、ちょっと残念そうに言った。
「急いで帰ってきたから、プレゼントを買う暇も無かったよ、こめんな」
「ううん、パパが居てくれるならプレゼントなんて要らないよ」
彼女がそう言っても、パパは何かしなくちゃと考えてるみたい。
それを見ていて、つい口を出してしまった。
「じゃあ、僕がプレゼントを買います」
二人の感動の再会で忘れられそうになってた僕だけど。
例の5000円を両手で左右に引っ張りながら目の前にかざす。
「このお金は、君へのプレゼントのために、サンタクロースから貰ったお金なんだから!」
と、胸を張って言った。
嘘じゃない、そういうことになってる!
女の子はキョトンとした顔で。
「サンタクロースに貰ったの? お金を?」
と言った。
僕は大きく頷く!
「……っふふ、あははは」
それを見て女の子は笑い始めた。
「それ、なんてお願いしたの? お金をくれるサンタなんて、夢も魔法も関係ないよね」
目の端から涙が出るくらい笑っている。
こんなに笑っている君を見るのは始めてだ。
『あの子の笑顔が欲しい』と手紙に書いた、そのままのお願いが叶った。
「サンタクロースは夢も見せれるし、魔法も使えるし……ちゃんと僕の欲しいプレゼントをくれたよ」
────それから家に帰って。
心配させて怒られたけれど、僕は嬉しかった。
サンタクロースは居るし、夢だって現実になるんだってわかったから。
信じることに勇気を持てた。
冬休みが開けたら、あの子にちゃんと声をかけよう。
僕もきっと魔法が使えるから。
冬が終わって、ゆっくりと二人の心の雪を溶かしていくような恋の魔法が。
冬童話2021に書き下ろしの作品です。
皆様の心に少しでも残る作品が出来たらいいなと思い活動しております☆
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