快楽殺人7
王様になりたい訳じゃない。神様になりたい訳でもない。悪を裁く正義になりたい訳でもない。善人でなくていい。誰かに認められる必要もない。普通で平凡で秀でたものも劣ったものもない、そんな存在でありたかった。
━━━━━7━━━━━
菫との出会いと走ったことも含め少し暑く感じる。パーカーを脱いでポケットに雑に隠してある包丁をスっとしまう。
穿いてたズボンは少し切れている。だがこれはまだマシな方だ。酷い時は肉を抉っている時もあったぐらいだ。こう考えると自分が馬鹿っぽくてガサツだと分かる。
パーカーを脱ぐと少し肌寒いと本来なら感じていただろう。
「おまたせ、悪いね」
少しムッとした顔で睨みつけられる。
構いもせず桜は包丁入りのパーカーをベット付近の枕があるぐらいのところに置く。
「まあいいわ。ベットにでも座ってちょうだい」
菫がついでくれたお茶を一口だけ飲んでベットに向かう。
ベットに並んで座った桜はじーっと楓の横顔見つめ続けるが、当の本人は目を合わそうとすらしない。
2人の間に少しの沈黙が流れ、それを割くように楓が口を開く。
「単刀直入に言うわ。私とやらせてあげる代わりに死んでくださらない?」
残念ながら今の自分には死んでまで欲しいものなど数える程度にしかなく、その行為は数には含まれていない。
まずその問いかけに承諾する人間などいるのだろうか。
「断ったらどうする?」
「その時は貴方を殺すわ」
結局殺されるんだなと内心思うが、それなら行為をして死にたいと誰もが思うだろう。
横になってと指示されるがままに体勢をとる。
そんな自分に手足を拘束される形で和服姿の女が馬乗りになる。体重は見た目通り軽く体温が服越しでも分かる。
「私これでもかなり評判いいのよ。可愛いって褒めて貰えるし、ちゃんと逝ってもらえるもの」
駅で見た恍惚とした顔をまたも浮かべる。この女は一体何を想像しているのだろうか。
「でも残念貴方はこれで我慢してね」
そう言うと彼女は口にキスをし、ゆっくりと両の手を首に当てる。
「さよなら」
あぁと返すと徐々に首が絞まり始める。
女性の力とはいえ完全に無抵抗のところを絞められると、やはり辛いものがある。
しかし桜には勝機があった。まず身長差だ。高校生ともなれば男女多少の差は出る。それは2人の間でも例外ではなかった。約頭1つ分違う。他にも和服姿で体のラインを見せたことによる体重差も概ね予測でき、凶器も限定的になると全て予測していた。
何故こんなに詳しく考察していたかというと、かくいう自分も殺しの対象に入れていたからだ。指定殺人はあまり好きでは無いのだが、近しい人を殺すということに興味が湧いてしまったからだ。
そうこうしている間に拘束されていた腕をサッと抜きパーカーに隠しておいた包丁で乳房の下を横に真一文字に切り付ける。
「━━━━━━ッ」
そこからは簡単だった。
人間というのは予測していないダメージを負うと鍛えていない限り怯みが生じる。それを利用して手の甲で左から思い切り体を振り払う。
楓は吹っ飛ばされ、起き上がろうとこちらを見る時には完全に状況を理解したようで、ため息をつき落胆した様子がはっきり分かった。