そこに生きている意味
西日が差す頃、7号機品は立ち上がり、部屋を出た。遅くはなるが、今日中には戻れるはずだ。しかし、大家さんに一言声をかけようか。大家さんの部屋から、賑やかな声が聞こえる。ルッタの声もある。7号機品は、部屋を通り過ぎると、依頼書を再度読み直した。
裏ロンド。ネオンのもとに、汚いストリートがあった。ありふれた喧嘩が溢れている。娼婦の立ち並ぶ通りを抜ける。さらに裏の路地。その狭い路地に、点滅する外灯が一つあった。7号機品は、その路地へ入っていく。
路地の奥が、微かに光った。
ーーー気弾
「『シールド』コンパイル」
と7号機品は左手の手袋を外し、シールドを構えた。シールドに気弾がぶつかる。
路地の奥に2人の男が見えた。
7号機品は、駆けた。男たちの放った気弾が再び襲い来る。壁伝いに走り、それを避ける。さらなる気弾が、7号機品を襲う。壁を強く蹴り、高く跳んでそれも避ける。男の前に着地すると、掌底で一人のあごを搗ち上げる。残った一人のナイフが7号機品を狙う。回転するように避けると、手の甲でその男のあごを打った。
地下への階段があった。下りていく。黒い鉄の扉。ぎいっと開けると、天井の高いがらんとした一室に、ランプがいくつも吊るされていた。屈強な男たちが並んでいた。ナイフを持ち、一斉に7号機品に襲い来る。
足をかけ、あごを打ち、腹を蹴った。流れるように、7号機品は倒していく。
はっと、右上を見た。壁の上の方に、通路があった。そこに、男がいた。その男が気弾を放った。7号機品は、高く跳びそれを避ける。浮いた7号機品に向けて、男は新たな気弾を放った。
「『シールド』コンパイル」
と右手に出したシールドでそれを受け、「『エレクトロ・ビーム』コンパイル」とビームを放った。男の右肩にビームが当たると、男はそのままうずくまる。
地面に下りると、ナイフを持った男が襲い来る。
「『シールド・ファイア』コンパイル」
と右手にあったシールドを射出し、その男にぶつけた。
ひと際屈強な、大剣を構えた男が7号機品に近づいてくる。
7号機品は、歯を噛み締めると、無造作に、その大剣の男に近づいていく。
「うおりゃああああ!」
と男は剣を振り下ろす。
7号機品は、それを右手で、いとも簡単に掴んだ。男の剣を持つ手を蹴り上げると、左拳でその顔面を殴った。男がどさりと倒れる。
すでに、部屋は戦いの後であった。
部屋の隅に、マントのフードを目深く被った男がいた。背中の丸い、小柄な男だった。その男は、オレンジのライトのもと、ずっと7号機品の戦いの様子を見ていた。
「お前、何がしたい!」
7号機品は、語気強く言った。
男は、マントを取った。
白髪頭の老人。両の黒目は外に向かっていて、焦点がわからない。頬にはシミがいくつもある。
「お前は」
と7号機品は、はっとその老人を見た。アパートのそばでいつも見る、ホームレスであった。
「良かった。しっかりと人を超えた力を持っているな、7号機品」
と妙に甲高い声で、男は言った。歯はいくつか抜けていた。
「なぜ、私の名前を知っている」
老人は、にやりと笑い、答える。
「俺が、お前を造ったからだ」
「そんなはずは」
「機械戦争で瀕死にあった、名もなき兵士の脳と心臓を機械体にした実験機械。お前は自身をそう思っているだろう」
7号機品は、はっと老人を見た。
反応に満足するように、老人はふっと笑い、言う。
「7号機品、そんなわけないんだよ」
立ち尽くす7号機品に、老人は続ける。
「お前には、脳も心臓も、ない。ただの機械だ。感情をシミュレートさせただけさ」
「うそだ!」
「本当だ。機械化される前の記憶があるか?心臓の音も、まるで機械のように一定だ。機械音で心臓があるように思わせたかっただけさ。L特も俺が発明した。その失敗を受けて、お前を作った」
老人のことばを聞いても、7号機品の心臓は、やはり一定のリズムを刻んでいた。視界はぼやけない。涙も、鼻水も、なにも、出てこなかった。
「L特は失敗だった。一体目は、機械戦争を起こした。感情のシミュレートは完璧だった。だが、周りの機械にはなんの感情もない。ついには自殺した。二体目のL特には、自殺制限をかけた。すると、そいつは何に救いを求めたか、どこか山奥に隠遁した。そこで機械戦争は突然終った。そして、科学者たちは道を閉ざされた。政府が、魔法特権者たちが、それ以上の発展を怖れたためだ」
「2体目は、私が」
7号機品は、ぽつりとことばを落とした。
「L特め、うまく死んだもんだ。しかし、機械が自然に救いを求めるとは面白いことをする。ダメだったようだがな。だから、俺は隠れて、今度は自分が人間だと思い込んでいる機械体を作った。それがお前だ。脳と心臓はそこにあると思わせ、顔も人だ。するとどうだ、人と関わり、死なずに生きている。人の世界で、端っこながらもちゃんと生活してるじゃないか。ははは、やったよ。成功さ」
「コ、ココロが。L特は、『ココロ』があると」
「『ココロ』?おかしいことを言うもんだ。『ココロ』なんてものは、人間のエゴが作った妄言だ。動物や機械と、人を差別化するためのな。L特は自立していた。感情を持っていた。人はL特を他の機械とは違う、人に近い、そう定義付けし、『ココロ』があるにちがいないと根拠なく妄信したんだ。人はL特の持つ感情を畏怖し、『ココロ』に逃げたんだよ。『ココロ』なんてものはない。俺が生み出したL特は、お前は、ただの機械だよ。そして、お前が今まさに人の端で生きている。これで、俺は証明したんだ。人も、ただの機械なんだとな。満足したよ」
くっくっくと笑い、老人は7号機品を見た。
7号機品は、その老人の顔に、表情に、何かがぐらつくのを感じた。
「7号機品よ。早く、殺してくれ。俺はもう、空っぽなんだよ。唯一の救いの」
老人は、泣いていた。なぜ、泣く。泣きたくても出ない涙。なぜ、この醜く、歪な老人は、涙を流せるんだ。
「夢が、もう、なくなってしまったんだ」
すがるように7号機品を見る老人。
「『ブレード』コンパイル」
と7号機品は右手にブレードを出すと、老人の胸を刺した。
地下には、鳥のさえずりも、風の音も、虫の鳴き声も、人の声も、何もなかった。