ぬくもり
晴天だった。
泊まりか。連日になるし、大家さんに頼むのもな。ドガーは、うーん。
7号機品の足取りは重かった。ルッタは無言で後ろをついてくる。大家さんにもらった麦わら帽子をかぶり、日差しから目元を隠している。
7号機品は、なんとなくルッタとの会話がはばかられ、どこへ向かうかも伝えずに家を出た。妙な気まずさを感じながらも市場を歩く。物売りが商品を広げている。いくつもの露天が並び、人通りも多い。ルッタは大丈夫か、と7号機品がちらりと後ろを見たその時、
「あっ」
と行き交う人の肩にぶつかり、ルッタがよろける。7号機品は、なんとか手を差し出し、ルッタを支える。ルッタと7号機品の手が、重なる。
「大丈夫か」
「う、うん」
とルッタは、体勢を直しながらも、ずっと7号機品の手を離そうとしなかった。
人ごみで見失うよりはいいが、と7号機品は、自身の手を思う。
「わ、私の手は、ごつごつしているから、マントを掴んでもいいぞ」
7号機品のことばにルッタはこくりと頷くが、しかし手を離すことはなかった。
市場を抜け、市街へと歩く。
相変わらず無言であった。しかし、先ほどまでの気まずさはなかった。ただ、手を繋いでいる。その一点のみが、違うだけであった。
ウメコの工場は変わらずにそこにあった。工場の前で陽光に照らされ、伸びをしているウメコが見えた。7号機品は、咄嗟に、ルッタと繋いだ手を離す。
「い、いや、違うんだ。ここが目的地で」
と7号機品が何かもやもやとルッタに言い訳をしていると、
「あ!」
とウメコが二人に気づいた。
ぎくりと、7号機品はウメコを見た。
「なになに、どういう風の吹き回しよ!連日の訪問じゃない!って、ちょっと、ナナちゃん、この子なにさ、ええ!?」
と寝ぼけ眼を擦ると、ウメコは近づいてくる。
「そういうんじゃない」
「どうしたのその子は?」
「依頼で明日の夜まで帰れない。すまんが、一日預かってほしい。足が機械体になっている。頼れる人が限られる」
ルッタは、はっと7号機品を見た。
ウメコは、ルッタが7号機品を見たのを、そのルッタの潤いに満ちた瞳を、繁々と見た。そして
「頼れる人が限られるって、まあそうなんだろうけど。ちょいとごめんね」とルッタのオーバーオールの足下をめくり上げる。
「なるほどね。L特の欠損部分はこの子に使われてんだね」
「ダメか?」
「ああ、いや、ダメってことはないけどさ。名前はなんての?」
とウメコは腰を屈め、ルッタを優しく見た。
「ル、ルッタ、です」
ルッタの声は、幾分暗い。
「ルッタね。いい名前だ」
とウメコは今度は7号機品を見て訊ねる。
「今度の依頼はどこだい?」
「ベリアト平原だ」
「ベリアト平原?あの辺りは機械戦争の激戦地だったとこでしょ?どんな依頼主よ」
「教えるわけないだろ」
「まあいいわ。ベリアトなら、手前に町があるでしょ。で、ルッタはどうしたい?私と過ごすか、ななちゃんと行くか」
「ウ、ウメコ、な、なにを」
「手前の町までなら危険はないでしょう」
鋭く言うウメコに、7号機品は口を紡ぐ。
ルッタは、ちらりと7号機品を見ると、目を伏せる。
「気にしなくていいよ。自分のしたい方をいえばいい。無理に大人になる必要はないよ」
ウメコのことばに、ルッタはぎゅっと袖を握り、言う。
「い、一緒に、い、行きたい」
「ようし、よく行った!連れてってやんな!」
「はあ!?おい!」
「なにさ!なら他を当たりな」
とウメコは背中を向け歩き出した。
7号機品は、工場に戻るウメコを追いかけると、小声で言う。
「あ、あの子は火事で周りの人たちに死なれ、孤独なんだ。私なんかじゃなく、もっと、お前のような人と」
「あの子は大丈夫さ。温もりをちゃんと知ってるし、覚えてる。それより」
「な、なんだ」
「あんただよ」
「わ、私?なんで」
「はい、さようなら」
ウメコは、シャッターを閉めた。
「こ、こら」
7号機品のことばが、虚しく散る。
振り返ると、道の真ん中でルッタが所在なく立っていた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、違う。私のほうこそ、すまん。えっと、なんだ、まあ、明日の夜には戻れると思うが」
「う、うん」
「う、うむ。よし、行こう」
と7号機品は目を合わせずにゆっくりと歩き出すと、ルッタも歩き出した。
ロンド駅から汽車に乗り込む。窓際の席に向かい合って座る。
汽車が動き出す。
「4時間以上かかる」
「うん」
とルッタは、窓の外を興味津々で見ている。
7号機品も、窓の外を見てみた。高層ビルから、雑居ビルへ。かと思えば、トタン屋根の続く古びた建物が並ぶ。川を渡る。河川敷で走る人々。少しづつ木々が増えていく。田畑も増え、その向こうには山々があった。7号機品は、無感情にただただその視覚情報を追っていた。ふと、前に座るルッタを見た。いつのまにか、こくりこくりと眠っている。麦わら帽子を大事そうに膝の上に置き、口をぽかんと開けて。7号機品は、飽きることなくルッタを見ていた。