ルッタ
時折マントで汗を拭うように額を拭きながら歩いていくと、やがて湖にいきついた。湖畔をさらに歩く。鬱蒼と茂る木々の合間にあって、小さな道が出来ている。なにか舗装されたあとがあるわけではなく、ただ、踏み固められてできた道。そこをいくらか行ったところに、木の小屋がひっそりと佇んでいた。7号機品は、その小屋へと入っていく。
「おいおい」
と7号機品は、ぽりぽりとこめかみを掻いた。
左奥のベッドの影に、少女が膝を抱え座っていた。少女は何も言わず、ただただ目を伏せている。ビニールのような、少し光沢のある銀色の布を纏っていた。その布から足が出ていた。膝から下は、纏う衣服と似たような色の銀色の足である。L特選型機械兵と同じ素材、つまり機械体であった。7号機品は、ちらりと少女の表情を伺う。少女の怯えた目と一瞬合う。しかし、少女はすぐに目を伏せた。
「とって食いはしない。膝から下は機械体か。で、どうする。ここで野垂れ死ぬか、私と行くか」
しかし、少女は俯くばかりである。
小さな窓から風が吹いた。中央にあるテーブルに一枚の紙があった。風に小さく、その紙が動いた。7号機品は、無造作にそれを取った。短い文が書かれている。
ーー山火事より逃げ後れた村の少女である。少女はついぞ私の救いにはならなかった。少女に、救いを。
7号機品は、再び少女を見た。新品の機械のような、光沢のある銀色の布を纏う少女を。少女は、7号機品を警戒してか、動く様子はない。
ーーーL特め。エゴイスティックなやつだ。
7号機品はため息をつき、部屋の端にある簡易なベッドに横になった。
寝転びながらに、ぼうっと天井を見ていた。1時間か、2時間か、それぐらいたった。7号機品は、少女が立ち上がるのを敏感に察知した。しながらも、わざと目を瞑った。少しはだけた服の隙間から、触れられる感覚があった。機械体の手、腕。7号機品は、目を開いた。
「お前の足に使われてるやつのほうがよっぽど上等だぞ」
7号機品の突然のことばに
「あ、ご、ごめん、なさい」
と少女は後ずさった。
7号機品は、「いいんだよ」と起き上がった。
少女のお腹が鳴った。少女は、顔を赤らめ、お腹を両手で抑えた。
7号機品は部屋を見渡し
「ここにはもう飯はない。行くか?」
と問うと、少女は小さく頷いた。
「名前は?」
「ル、ルッタ」
「その服は?」
と7号機品はルッタの着る銀色の布をしげしげと見た。
「は、はい。き、機械さんが」
「機械さんって、L特のことか?そう呼んでたのか?」
ルッタは首を振ると
「な、名前、訊いたことなかった」
「おいおい、足もつけてもらったんだろう」
「ご、ごめんなさい。あ、あの、お名前は?」
「機械的な問いだな。ああ、悪い、ひねくれだ。私は。うーん、ナナだ。ナナでいい」
「は、はい、ナナ、さん」
「あいよ」
と7号機品は返事をしながら、ベッドシーツを破り、ルッタの機械化された両足を隠すようにそれを巻いた。
「一緒に行くなら、足を見られるのは厄介だ。私の機械体のことも、誰にも言うなよ」
ルッタは、7号機品のことばに強く頷く。
「帰るところがあるんだろ。送ってやる」
ルッタは首を振り、間を置かずに答える。
「み、みんな、お父さんも、お母さんも、死んじゃった」
7号機品は、人差し指でこつこつと自分の額を叩くと、口を噤み虚空を見た。
身寄りがなく、機械体となった足。行き過ぎた技術は政府の監視対象になってしまう。しかし、放置するのか。お腹のすかせた、身寄りのない少女を。少女を横目で見る。一瞬、目が合う。7号機品は、はっと上に目を逸らす。少女も、ほぼ同時に、びくりと目を伏せた。すぐにお別れ、というわけにはいかない。連れて行けば当分の付き合いになる。そう思った途端、7号機品は、少女との距離がわからなくなった。途端によそよそしい態度になり、
「す、すまんな。行くか」
とぎこちなく言い、小屋を出た。
途中、町に寄った。露天がぽつんとあった。そこでサンドウィッチとジュースを買い、少女に渡す。
「と、とりあえず、腹は埋めとくといい」
「あ、ありがとう」
少女の表情は、ぱっと明るくなった。一口、二口と、勢い良く食べ、ジュースをごくりとのむ。途端に手を止め、伺うように7号機品を見ている。
「ど、どうした。口に合わなかったか」
「お、おいしい」
「そうか」
と7号機品は、ほっと息を吐いた。
「あ、あの、私だけ、食べてて」
「ああ、いいんだ。私のことは気にするな」
7号機品は自然と頬を緩めたが、すぐに口角を下げて冷静を保つと、二人は市場へ向かった。「す、すまんな、スカートを履きたいだろうが、足を見られるとまずいことになる」
とルッタの顔を見ずに、7号機品は市場で買ったオーバーオールを渡した。
「ありがとう」
とルッタは、伏し目がちに、顔を赤らめ言った。
7号機品は、頬をぽりぽりと掻いた。
ロンド市駅に立つと、その風景に、ルッタは驚きを隠せず口をぽかんと開けていた。ロンド市とその他の町では、大きな格差があった。並ぶ高層ビル。舗装された道路を画一された車が走る。そこに木々の生える余地はなく、人々の往来は激しい。
「こっちだ。少し汚いが」
とその街並に背を向け、7号機品は歩き出した。
古い雑居ビルが並ぶストリート。ゴミは闇雲に落ち、どこからか異臭もする。路地の影に、ぼろぼろの段ボールを敷いて眠る小汚い老人がいた。7号機品とルッタが通るのを見て、ぴくりと反応する。いつもはそんな反応もせず素通りなのだが、ルッタがいるせいだろか、と7号機品は、老人からルッタを隠すように歩いた。それでも、老人は二人をじっと見ていた。
老人のいる場所から少しいったところに、比較的奇麗なアパートがあった。7号機品は、ちらりと老人の方を振り返った。老人は、遠くから、まだ二人を見ていた。気持ち悪い感覚を覚えながらも、アパートの階段を上っていく。2階の端に7号機品の部屋があった。
「すまんな、片付けていなくて」
と部屋へ入っていく。
電気をつける。ブラウン管のテレビが壁際にあり、そのそばにはビデオがこれでもかと積み上げられている。本棚が奥にあり、本がびっしりと詰まっていた。はみ出た本が、そのそばに積み上げられていた。
「ま、窓をあけるか」
と7号機品は、閉じていたカーテンと窓を開ける。
隣のビルがすぐそこにあった。日は薄く差し込むのみであった。
「す、座っていいぞ」
と7号機品は、座布団を軽くはたき、置いた。
ルッタは、いそいそと、ちょこんとそこに座る。
「だ、だいじょうぶか?」
「う、うん」
生温い風が、微かに流れ来た。
7号機品は、そそくさとテレビをつけ、思案する。アニメのビデオがあったな、それでいいだろう。連れてきたはいいが、どうするか。ドガーかウメコに、いや、でもな。今日中にウメコのところにL特選型機械兵を持っていかなければならないが。ちらりと、ルッタを見る。食い入るようにアニメを見ている。ほっと息をつきながらも、微かに苛立が沸く。なんで、この子の機嫌をこんなにも気にしないといけないんだ。しかし、7号機品は、なんとなくベランダに出た。