ドガーとウメコ
ロンド市の雑居ビルの一室。マントを着た7号機品が、その扉を開けた。
小さな部屋である。頭髪の薄い男が一人、デスクのパソコンから視線だけを上げ、老眼鏡の上から7号機品を見た。
「殺しちまったか?」
男の問いに、7号機品はマントをはだけ、そのとけた左腕を見せ
「寸でのところで逃げられた。なんだ、殺してくれって依頼だったんだろう、ドガー」
とソファーに腰を下ろした。
ドガーと呼ばれた男は、紙を投げるように置いた。7号機品は、右手でそれを掴み開き見る。
「捜索願か。あの赤い髪の女、魔法貴族の娘だったのか」
「魔法貴族らしからぬ破天荒な放蕩娘だったらしい。魔法貴族の面子もある。秘密裏に探してたようだが、とうとう見つからず昨日平民にも顔写真がばらまかれたよ」
「あの女、今までもうちに何度か依頼してきてたんだろ?」
「ああ。これで3回目だ。強いものをよこせ、私を殺せ、ってな。うちの武闘派を送ったが、二回とも病院送りにあった。依頼金がやたらと良かったが、魔法貴族の娘なら合点がいく。しかし、さすがにこれ以上やられてもうちの商売に関わるんでな。お前を送ったわけだが」
とドガーは7号機品の左手と、その破れた衣服をじろりと見た。
「なんだよ、負けたわけじゃない。最後の最後に逃げられたんだ。しかし、あの赤い髪、平時には過ぎた力だ」
「お前もな。まあ、その女が死んでないならいい。上の階級に睨まれちゃあ商売にならんからな」
「で、報酬は」
「ほら」
7号機品は、ドガーから渡された紙袋を開く。
「こんだけだと!?修理費でマイナスだ!」
「そんだけ出しただけありがたいと思え。お前、そもそも今回は依頼に失敗してるだろう。殺せてねえじゃねえか」
「な、殺したらまずかったんじゃないのかよ!」
「それとこれとは別問題だ。依頼失敗は8割返金ってことになってる。お前の報酬ももちろん減る」
「貴族が女にかけてる懸賞金だ!その女の口座でも国に教えてやれば足跡を辿れる!それでいくらかもらえるだろう!」
「客の情報は絶対にリークしねえよ。それに、こんな商売、国にどうどうと言えるか」
ドガーは、話は終わりだと言わんばかりにパソコン画面に視線を下げ、かたかたと打込み始めた。7号機品は、そのとけた左腕で頭を抱えるしかできなかった。
ロンド市中心街から少し離れる。川沿いにある森のなかに、トタン屋根の四角い建物があった。シャッターが開いている。野良犬にも見える小汚い犬が、シャッターのそばで眠っている。7号機品はそこまでやってくると、マントを無防備に広げ、「いるか」と入っていく。日当りが悪く、建物のなかは、天井より吊るされたランプのみで薄暗い。スクラップになった機械が右手に乱雑にある。
「ウメコ」
7号機品の呼び声に、つなぎをきた女が現れた。長い黒髪を一本にしばり、口にはタバコを咥えている。
「久しぶりじゃん、ナナちゃん。寂しかったよ」
とウメコは、そのオイルのついた手で、おかまいなしに首をぽりぽりと掻いた。
「修理依頼だ」
「ほいよ。下においで」
とウメコは奥へと歩いていく。
奥の一室。よりさらに奥に小さな部屋があった。ウメコが、高いのか安いのか分からないなぞの青い壷をずらし、壁を小さく叩く。そのそばより、地下への階段が現れる。こつんこつんと、階段を下りる音が響く。真っ暗な地下。オイルの匂いと、ウメコのタバコの匂いが充満している。ウメコがランプをつけると、薄暗い地下室がそこにあった。機械部品が綺麗に整頓されていたり、乱雑に置かれていたり。奥にある手術台へと向かう。
ウメコは、手術台の上につるされたランプをつける。
7号機品は、マントを脱ぎ、手術台に仰向けになる。
「久しぶりにきたと思ったら、さーて、今回は派手にやられたね。左腕は取り替えだね」
とウメコはにたりと笑い、上唇をなめずる。
「おい、左腕だけだぞ。他はいじるなよ!」
「わかってるっての、ふふふ」
7号機品は、観念したように目を瞑る。
「痛くもないのに目を閉じて。かわいいんだから」
「うるさい!左腕だけだぞ!」
「はいはい」とウメコは電動ドライバーを持った。
その音に、7号機品は、右手で目を覆った。
ーーー
「おい、4万リラって」
7号機品は、ウメコに渡された紙を見て立ち尽くす。
「これでも良心的さ。あんたの部品は裏でしか手に入んないのよ。文句ある?」
「う、いや、ないけど」
「よしよし。また傷ついたらお姉さんのところにおいで。そうだ、どっか出かける?ランチでも」
「、、、人間といけ」
と7号機品はウメコの手を払う。
「素直じゃないんだから」
にたりと笑うウメコを背に、7号機品は無言で地下を出ると、薄暗い機械工場をあとにした。