厄介な依頼者
葉擦れとともに、肩口まで伸びた黒い髪が揺れる。森を抜けると光が射している。黒髪のものは、両の手にしたグローブをにぎにぎと動かす。そして
「お前が依頼者か?」
とその光の先に立つものに訊ねた。
光の先、森を抜けたところにある崖で、短髪の赤い髪の毛の女がいた。きらりと光る美しい鎧。細身の剣を地面に突刺し、両手を柄におき、ふんぞり返るように立っている。
「女か。強きものを、と依頼したはずだが」
言いながらに、その赤い髪の女は地面に刺していた剣をゆっくりと持ち上げる。
黒髪のものが答える。
「私は女っていうか、まあいい。お前の依頼には会社も少し困っている。偉い高貴な女騎士さまに見えるが、今度はちゃんと達成してやる」
「我が名はディラ・ド・ルーナ。名を名乗れ」
「はあ?」
「名を名乗れ。それが戦いの前の礼儀というものだ」
「いつの時代の話だ。どうでもいいだろ」
「名乗れ!依頼をキャンセルするぞ!」
赤い髪の女、ルーナは肩を怒らせる。
黒髪は、はあ、とため息をつき、
「7号機品だ」
とグローブを外す。機械化された両手に、きらりと光が反射する。
「はっはっは、お前、機械だったか。やったぞ!我、ようやく機械との戦いに殉ずる!その顔の皮、はいでみせようぞ!」
ルーナは剣を下段に構え、意気揚々と7号機品に向かっていく。
7号機品は、機械化された左腕を突き出し、唱える。
「『シールド』コンパイル」
7号機品の左手から透明なシールドが現れる。
ルーナの剣と7号機品のシールドがぶつかる。
ルーナの鼻息は荒い。高揚感を隠しきれず、にやりと笑っている。
7号機品は、問う。
「おいおい、戦闘狂か」
「ふう、ふう、機械戦争終結から4年。なぜ私が、殺しの依頼をしたか、わかるか!?」
「依頼理由を聞くのは、業務上御法度になってる、もんでね!」
7号機品は右手を突き出し、さらに唱える。
「『ブレード』コンパイル」
右掌から透明なブレードが現れると、ルーナに伸びる。
ルーナはそれを避けるように後ろへ下がりながら、高らかに言う。
「平和が颯爽と訪れた!戦い、そして戦争で死ぬために準備してきた私は、その場に立つことなく、死んだんだ!」
「平和で万々歳だろうがよ!『ブレード・ファイア』コンパイル」
7号機品の右手のブレードが、ルーナに向かって射出される。ルーナは下段に構えた剣を素早く切り上げ、向かってきたブレードを叩ききった。
「ひゅー」
「ふっふっふ、これだよ、この高揚感よ!平和になった途端に、剣を捨てろ、キッチンに立て、だと!?私は、私の10年を、青春をこの剣に全て捧げたんだ!今、この瞬間に、私の生がある!」
ルーナは剣を上段に構えると、気持ちを落ち着かせるように息を吐く。そして、剣を振り下ろし、唱える。
「『へスティアー!』」
火の鳥が射出されると、7号機品に向かっていく。
「やべえ」
7号機品は高く跳躍し、炎を避ける。
「逃さん!その足、もらった!」
すかさずルーナは跳躍し、7号機品に向かって剣を伸ばす。
「『シールド・ファイア』コンパイル」
と7号機は唱え、左手に出したシールドをルーナに向かって射出する。
「くそ」とルーナは剣でシールドを受ける。7号機品は、空中で、そのシールドを足場にしてさらに高く跳ぶ。ルーナはその反動で崖先に落ちる。
「『エレクトロン・ビーム』コンパイル」
右手をルーナに向け、7号機品は唱えた。放たれた光線が、ルーナを襲う。
ルーナは飛び起き、
「『へスティアー!』」
と素早く剣を振るう。一度、二度、三度と。3羽の炎の鳥が放たれると、7号機品の光線とぶつかる。空中で爆発が起きる。
肩で息をするルーナ。呼吸を整え、毅然と立つ7号機品に対して
「これで最後だ」
とかっと目を開き、剣を天に刺した。黒い、丸いつぼみが剣先より現れる。
「なんだ、それ」
7号品が問うた。
ルーナはにやりと笑い、剣を一閃に振り下ろし、唱える。
「『プロメテウス!』」
黒く丸いつぼみがかっと開くと、赤黒い大火が7号機品に向かって放たれる。
「まじかよ!」と7号機品は両の手を突き出す。
「『シールド・ダブル』コンパイル 『エンハンス・シールド』コンパイル」
透明な分厚いシールドが二重になって7号機品を守る。
辺りの森一帯が消し炭となる。これでもかと煙が舞う。
強い風が吹くと、煙が空へのぼっていく。
7号機品の突き出した左手は、ルーナの炎によって脆くも溶け、左半身を纏っていた服は焼け破れていた。しかし、それでも7号機品は、平然と歩いてくる。
「はあ、はあ、お前、生身もあるのか」
肩で息をしながら、ルーナは7号機品に訪ねた。7号機品の破れた服の隙間から、その体が露出していた。機械化された両腕、両肩、両脇、そして、下半身。しかし、顔全体とそこから左胸にかけては、肌色の、人の皮膚であった。その左胸からは、一定のリズムで心音があった。
「まあ、多少はな」
と7号機品は、そのとけえぐれた左腕をルーナに突き出し、問うた。
「何か、言い残すことは?」
「ふっふっふ」
「どうした、気でも触れたか」
「私は、まだ死なん!」
ルーナは剣を力一杯地面に刺した。崖の先が崩れていく。
「あ〜ばよ〜」
とルーナは落ちていく。
「おいおい」
7号機品は、呆れ顔で崖下に流れる川を見た。
ぽしゃりと、ルーナがそこへ落ちた。
「本当に、厄介な依頼者だ」
7号機品は、そのえぐれた左手を見ながら大げさにため息をついた。