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部室にて。康介が目を開けると視界は女子に囲まれていた。その中に咲の姿を見ると、「ひぇッ」と声にならない音が彼の喉を震わせる。康介はすかさず立ち上がり、逃げようとする。ドアは目前。ドアノブに手を掛けようとしたその瞬間、手首に冷たい衝撃が走った。そしてぬるぬるとした感触……。視線を手首に移すと、そこには蛞蝓が何匹も這っていた。
「なんだよこれェ!!」
康介は必死に蛞蝓を振り落とそうとしたり引き剥がそうとしたが、なかなか離れてくれない。それどころか、蛞蝓は吸い付くように手首を強く締め付けた。すると耳元で男の声が「もう少し休んでいきなよ」と囁きかけた。全身が恐怖とくすぐったさで震えると、手首の締め付ける感触は徐々に緩まっていく。そして再び手首に視線を移すと、手首を締め付けていた蛞蝓は人の手に変わっていた。
康介の手首を掴んでいたのは稔だった。康介は「はい……」と震える声でおとなしく従うと、部室の椅子に腰掛けた。
康介が机に突っ伏してぐったりしていると、京が向かいの椅子に座った。
「それであなた、入部する気にはなったかしら」
京が声を掛けると、康介は視線を伏せながらも、ゆっくりと首を縦に振った。可哀想に。蒼には、青白くなった康介の顔とその首の動きが、揺れる白旗のように感じられた。
***
時刻は七時二十分。この時間にもなると、教員たちは仕事を終え、ちらちらと帰り始める。校舎の灯りは、ぽつりぽつりと妖しげに灯っている。夜の学校はどこか恐ろしい。昼間とは違った顔を見せる。あの灯りが灯った部屋では、本当にまだ教員が仕事をしているのだろうか。
「じゃあ、行きましょうか」
稔が手を叩きながらそう言うと、広い部室の彼方此方でくつろいでいたり課題をこなしていた部員たちが立ち上がり、懐中電灯を持って入口へと歩いてきた。
「今日は教室棟一号館の方を回って行きましょうか」
教室棟一号館——各学年の1組から4組までの教室がある。4階には生徒会室やその他部室などがあり、「噂の空き教室」というのが端っこにある。用がないので4階には滅多に行かないが、どことなく「嫌な雰囲気」は前々から感じていた。
部室を出ると、稔が一つ、忠告した。
「おっといけない。忘れていたよ。いいかい、活動中はくれぐれも静かに。幽念体の声や気配を感じ取らなきゃいけないからね。幽念体を発見したときはびっくりした声も出してはいけないよ。彼らを刺激してしまうからね」
先ほどからワイシャツの背中を掴んでくる康介の腕を振り払い、稔に尋ねた。
「その、幽念体というのは何なのですか?」
「人の闇の部分が実体化したものだよ。僕たちの目標はその闇を取り払うことだ。さぁ行くよ」
あまりに馴染みの無さすぎる概念なので、なかなか受け入れ難いものではあったが、こうしちゃいられない。百聞は一見に如かずということで四の五の言わずついていくことにした。幽霊みたいに青白くなった康介の手を無理矢理引っ張りながら……。