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扉の向こう側に立っていたのは文香によく似た、髪の短い女の子だった。蒼は思わず彼女に尋ねた。
「洲崎さん……?」
彼女は「あれ?」という表情を見せるとすぐに納得した様子で答えた。
「うん。ふみのクラスメイトかな?」
文香は双子だった。顔は本当にそっくりだ。しかし雰囲気がどこか違う。今、目の前で脚を少し広げて、重そうな扉を支えて立っている彼女の方が、文香より少し活発で気が強そうな感じがする。喋り方の違いだろうか。文香に比べてはきはきしている。
「入部希望?」
彼女は蒼にそう尋ねると、眼鏡をかけた眼光の鋭い三年生が答えた。
「ええ、そうよ。二人もいるわ」
「えっ、ちょっ……俺たちはまだ……」
康介が割り込んで誤解を解くように否定すると、三年生はその刺さるような視線を康介に向ける。これには康介も怯んで黙り込んでしまった。
「私は文香の影武者をやってる理香。こちらはうちの部唯一の三年生の先輩、小清水先輩」
「ああ……僕は日比谷蒼。でこっちの頭悪そうな奴は灘康介」
「頭悪そうってなんだよ!」
「影武者スルーしないでよ!」
蒼は康介と理香による一斉攻撃をくらう。
それにしても広くて綺麗な部屋だ。教室と同じくらい、いや、それ以上あるだろうか。本棚や机もあるが圧迫感が無く、それに教室棟と違って明るく、空気が澄んでいる。こんな場所があったなんて……。
あそこに座っているのは……文香だった。小さく手を振っている。蒼もちょっと照れながら手を振り返したその時、ちょうどそのまま左に目を移したところに学ランをきた男子生徒が一人、本を読みながら座っていた。こちらには気づいていないようだ。ん? 学ラン……? 蒼は自分の胸元にあるネクタイをつまんでみる。そして向宮高校の制服がブレザーであることを確認した。はて、他校の生徒だろうか。彼は一体、誰なのだろう。
「洲崎さん、あの学ランの方は?」
蒼は理香に尋ねると、彼女は困ったような顔をした。そしてなぜか小清水先輩の方を見た。小清水先輩は首を横に振る。すると突然、蒼の肩に何者かの手が触れた。
「やあ、君。入部希望者かい?」
蒼が振り向くとそこにはあの学ランを着た男子生徒がいた。いや待て、ついさっきまであんなに離れた場所で本を読んでいたじゃないか……。この一瞬で音も立てずに、そして気付かれずにここまで来たのか? 蒼は康介と顔を見合わせる。康介の驚きのあまり歯をガチガチと震わせている音が聞こえる。
蒼は再び男子生徒の方を向くと、彼の学ランの襟には向宮高校の校章が貼り付いていた。間違いない。同じ学校の生徒だ。しかし、学ラン……? まさか入学の際、ブレザーの他に学ランも選べたのか? それとも転校生で制服だけ間に合っていないのか? いやいや……。
「ああ、紹介が遅かったね。僕は小清水稔。この部の創設者だよ。驚くとは思うだろうがね、僕はもう幽霊なんだよ」
ふざけているのか、と蒼は思ったが、先ほどとは打って変わって慌てている小清水……京先輩の様子を見るとどうやら本当にそうであるようだ。しかしなぜ高校生の格好なのだろう。格好というか高校生そのものじゃないか。稔がかけているやけに古臭い眼鏡を見ると、やはり彼が高校生の頃の姿のまま時が止まっているように見える。
「君、どうした? あ、僕に怯えているのかい?」
「いや、情報量が多すぎて……」
「ははっ、そう思ってくれると幽霊として冥利に尽きるよ」