表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
向宮高校誰そ彼部  作者: かなかな
第一章 誰そ彼部
3/9

1-3

 僕の居場所は無くなってしまった。いや、奪われてしまった。いや、最初からそんなものは無かった。いや……。

「いや‼︎」


 蒼は大声で叫びながら飛び起きた。

 午前五時二十二分。もう少し寝ていたかった。しかし自分の声ですっかり目が覚めてしまった。


 ドアをノックする音が聞こえる。

「あにー、どうした?」

 眠そうな藍の少しかすれた声が、ドアの向こう側から聞こえる。


「はは……なんでもないよ」

「ふーん、ちょっとびっくりした」

「ごめんごめん……」


 朝の鳥が鳴いている。カーテンを開けると、少しずつ明るくなっていく空。「春はあけぼの」とはよく言ったものだな。あれ? あけぼのって太陽が昇ってからか? 昇る前か?


 …………。


 そんなことを考えているうちに、今朝の悪夢のことなどすっかり忘れてしまった。しかし、蒼の心の片隅には、その悪夢を見せる「何か」が確かに存在している。「あの日の出来事」以来、彼の心の中に棲みついている「何か」が。


***


「あれっ、随分早いじゃないか、お前にしては珍しいな」

 康介が、教室の机に座っている蒼に話しかけた。吉。ラッキーアイテムはいちごミルク味の飴。


「ま、まあな。ちょっと早く起きちゃったんだよ。そういうお前も早いじゃないか」

「あ、ああ……。サッキーに会えるかな、みたいな」

「は、はあ? 呆れるよ、全く」


 しばらく二人だけの時間が流れた。残念ながら、いい雰囲気になっているわけではないが。


 時計が八時を廻ると一人の女子が教室に入ってきた。と思うと、蒼を見るとすぐに教室を出た。教室の戸に貼り付けられた座席表を確認しているようだ。戸に開けられた窓から彼女の顔が覗いている。右手の人差し指で机の数を数えているような動作も見えた。


「日比谷くん……?」


 名前を呼ばれた。思い出した。確か彼女は僕の隣に座っていた……。


「そこ、わたしの席なんだけど……空けてくれるかな……?」


 日比谷蒼。昨日は教室、今日は席。間違えないと気が済まないようだ。それくらいぼーっと生きているのだ。康介が笑いを堪えている。気付いていたんだったら早く言ってくれよ! 蒼は内心叫んだ。


「あっ……と、ごめん!」

「ううん、大丈夫」


 蒼は退くと、彼女が鞄を置いて座った。彼女の香りがふわりと風に乗って蒼の頬を撫でる。撫でられた頬は徐々に紅く染まっていく。席を間違えたから恥ずかしいのか? いや、違う。なぜか緊張する。この感覚は……。


 蒼はチラッと彼女の横顔を窺う。透き通るような肌。長い睫毛。澄んだ瞳。ほのかに紅い頬。小さな唇。陽の光にきらめくこげ茶色の髪は短めのポニーテール。サイドに生えた触角はくるくる巻きながら垂れ下がっている。


「ふーん、お似合いじゃん」


 康介は指でフレームを作り、蒼と彼女をフレームに収めた。これにはさすがの蒼も頭にきた。


「ちょっ、やめろよ‼︎ 失礼だろ!」


 それにしても康介はどんな神経をしているんだ。まだ知り合って間もない他人を巻き込んで……。


「ごめん! 康介がこんなひどいことを!」


 読書をしていた彼女は気付かなかったようだ。

「え? ……どうしたの?」


 康介は、蒼と彼女の間に割りこんできた。

「な、なんでもないさ! だよな! 蒼。 こっち来い!」


 蒼は康介に肩を掴まれ、無理やり教室の外に出された。


「なんだよ、蒼! せっかくあの子が気付いてなかったのに!」

「なんだよってなんだよ!」


 二人は戸の前で軽くもみ合いになった。さりげなく見た座席表。彼女の名前は洲崎(すざき)文香(ふみか)というらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ