カレーライス
遅れて焦っていた。肩口から肘まで白い斑が付いている。夕一は雪のコートをはたくのも忘れて玄関へと入った。ごく普通の大学生の男といえる。なかなかしっかりとした黒く厚い愛用のコートに身を包んでいる。
「まあまあ、減継さん」と久美が迎えた。
玄関には、すでに来ていた面々の靴が並ぶ。ブーツやズックやスニーカーなどのつま先が、上がり框の端から玄関扉を指している。使い込まれて皺のある革靴が、夕一も見慣れたこの家の主人のものだ。その妻である久美にすべて向きを整えられたのだろう。
あの面々が靴を揃えるなど丁寧なことをするはずもない。遠慮もなく靴を脱ぎ散らす姿を想像しながら、夕一は微かな白い息の残照を漏らした。
夕陽の時刻まで巻き戻したような玄関だ。靴箱はニスが杢を美しく浮かばせ、その上には年季の入った置時計が針を鳴らしている。扉が閉まると、そのチクタクという小さな音が『家』という空間を作っていた。その他にはお土産のような、うねり巻いた竜や小さな狸の置物やらが並ぶ。どれも綺麗にされている。来客も多いのだろう、昨日今日の掃除ではない几帳面さが見て取れる。
「やはり降ってきましたか、寒かったでしょう」と久美は外の寒さに気遣う。やや白の混じった髪は、横側からうなじへとアイロンでも当てたように伸ばされ、きっちりと後ろで丸く結われている。
夕一は吐息で返事をし、雪の積もるコートを肩から外した。いかにも重そうである。冷えた脱ぎものを肘に掛けて持つ。靴を脱ぎ散らかすあいつらとは違うのだと伝えでもするように、少しだけ玄関の扉を開けて手を突き出して雪をはたく。夕一が振り返ると、久美はくすりと浅い皺で笑った。
他所の家の匂いはするが、緊張をほぐす温かい匂いだ。急いで駆けつけたという夕一の誠意は、コートから落ちた白い塊のように溶けていく。久美からしたら、遅刻であったり客の靴を脱ぎかたであったりなど大して気にもかけないものだ。「いつも急で、すみませんね」とそっけなく招く。じわりと温まる笑顔に気を許して、夕一は口元を緩めた。
「急で大変なのは、僕たちよりも奥さんでしょうに」
はにかんでから、教授に聞かれなかったかと奥を伺う。廊下は狭いが、初老夫婦と娘一人にとってはちょうど住みやすい間取りだ。玄関からまっすぐに廊下、その両脇に部屋があり、突き当りに半開きになったドアが構えている。
「私は雪の中を駆けたりはしませんから」
そう笑って返す久美もまた、夫である教授の気まぐれに付き合わされていた。細い指先から耳へと髪をなでる。普段の表情が笑顔のような女性だった。
廊下の奥の半開きのドアからは、鼻先を呼び寄せるスパイスと、食欲をそそる炊かれた白米の香りが幾重にも押し流されてくる。「カレーライスを作ったから来い」という教授の呼び出しだった。
コート掛けには先着がいた。ひとつの枝がぽつりと最後の客を待っている。夕一はコートの襟口を持って空いた先へとかき分ける。脇に挟んでいた冷たい手袋をそのポケットにぐいっと押し込む。赤くなった手が露わになった。髪から溶けた雪が頬を伝って、汗を拭うように指の股ですくう。
久美は目を丸めて「まあまあ」と眉を上げた。
「大変に寒かったでしょう、拭くものを用意しますから」
「気にしないでください、遅刻の回り物ですよ」夕一はあたふたとする久美に言う。
「どうしましょう、温かいものを持ってきましょうか」
「いえ、いえ、そのうち温まりますから」
彼のほうの心配は、あまり玄関での構いが長いと奥にいる教授や先輩たちまで何ごとかと顔を出してこないかということだった。ただでさえ好奇心の塊みたいな教授とその弟子たちだ。どうしたのか訊かれでもしたら、大した話でなくても面白おかしく伝えなければ「つまらん」と言われる始末だ。普段から他人の話を碌に聞いているわけでもあるまいに。
ちらりと覗き見る顔があった。件の彼らではない。夕一は掛けたコート越しに覗き返す。廊下の脇にある部屋から、見知らぬ顔だ。「娘の種子です」と久美が言う。
「種子、タオルを持ってきてちょうだい」
ぱたぱたと足音が廊下を横断し、向かいの引き戸に入った。またすぐに現れると、種子はタオルを何枚も重ねて持って来た。性格も器量も母親譲りなのだろう。
さらに大げさな迎えになったことに、夕一はどきりと、頬から湯気でも昇る思いがした。母娘に渡されるタオルは、真っ白なパイル生地から素朴な洗剤の香りがした。種子という娘が父親に似なくて良かったとも頭をよぎっていた。じんわりと手が温まり、どこぞといえずに指がむず痒くもなる。大層な気遣いに申し訳なくもなり、畳まれたままのタオルで丁寧に顔に押さえる。鼻を離すとやはりカレーの匂いに戻った。
鼻の奥まで通ってくるにおいだ。何年もして実家に戻ったと形容できるだろうか。家の匂いと混じった感じが、一言でいうならば、暖かいのだ。
教授の言う小さい家というのは謙遜ではなかった。まさに正直に、玄関から数えるほどを歩くとすぐに奥の食堂間に突き当たる。見栄を張ることのない教授だが冗談は言う。夕一は冗談のほうに期待していたので、いっそ珍無類な家屋でもあればその後の会話も弾むのではと考えていた。しかしだ、このまま期待外れのままのはずがないと、ありふれた家の中で奇妙なものでも探すつもりで歩く。しかし特に変わったものはない。もしかすると教授の家ではないのではないかとも思えた。久美に奥の扉へ促されてドアをまたいだときに、母娘の家にこそ教授が住んでいる、と言ったほうが正確なことに気づいた。
食堂間には、すでに四人の男が食卓を囲んでいた。
教授が手招きをする。それぞれ見知った面々だ。夕一も入れて五人の男たちになると、尚更に部屋はせまくなる。やはり家族三人の作りなのだ。
四角い食卓をサイドテーブルが繋ぐ。ここにカトラリーや調味料入れが置かれているが、これは一部だ。その向こうに見える台所の半分に棚が構えてある。そこには珍しい食材やスパイスが収められてある。ぎっしりと並ぶ瓶は大小様々で、ガラスも陶器のものもある。
夕一は首が持ち上がっていく。おびただしいスパイスの数々よりも、その先はコンロのほうだった。引き立った香りだ。寒暖にしびれてむず痒い鼻先が、カレールウと炊きたての白米の香りを嗅ぎつけた。新鮮であり懐かしくも感じる香りだ。
首を伸ばす夕一に、教授が言う。
「目ざとく見つけたね。鼻ざとくというのかな」と、口ひげをにやりと動かす。
三人の弟子はそれぞれ、メガネを曇らせ、ダルマのような腹をさすり、広い額に汗を浮かべている。夕一は空けてある椅子の背にジャケットを掛け、腰を下ろした。かんかんと照る石油ストーブは部屋を暑いくらいにしている。上にはやかんから湯気がもうもうと湧き出している。
「遅かったじゃないか、夕一くん」とメガネが言う。レンズの下半分が曇っている。ストーブに置かれたやかんからの湯気を浴びているようでもある。手元にメガネ拭きはあるが、いつしか拭くのを諦めて腕を組んでいた。
「買い物に出ていたんですよ。それでいったん家に戻ってから急いで来ました」
夕一がそう返すと、教授が立ち上がる。
「まさか夕飯の買い物じゃないだろうね」ずいぶんと勿体ぶる表情で言う。
「はい、でも、その前で良かったですよ」
ダルマがぽんと出る腹を叩く。
「しかしまあ、いつまで待たされるのかと思ったよ」
「本当に。この香りの中で待たされるのはね、辛抱たまらんよ」
続けて広い額が言った。夕一はこの男をオデコと呼んでいた。ダルマとは対照的に、つんと痩せた長身だ。どちらも大食漢である。ダルマとオデコの二人は、食べ歩きに誘い合うほどの食通だ。
「すみません。でも、腹が減るほど、飯は美味くなるもんじゃないですか」
そう言った夕一に教授が振り返り、スパイスの棚を背にヒゲを鳴らす。
「満腹でも美味いよ、今日は特に自信作だ」
がぽりと炊飯器が開けられた。白米から一気に蒸気が放たれる。
食堂間にこんもりと湯気が昇る。炊きたての米は「じわり」と歌を鳴らした。初夏の風が白く煙る。明るい琥珀色の照明のなかに、ダイヤモンドが広がる。真っ白な大地は中央が少し窪み、じっくりと蒸らされた瑞々しい水田が艶を唸らせている。もちろん熱々だ。
誘われるように、しゃもじが差し込まれた。悪戯ように米粒が踊る。その一粒一粒が、生き生きと弾力に転がる。胚芽のさらわれたくぼみさえも凛々しく、ぴんと張っている。沸き立つ蒸気に負けじと白米がよそわれていく。白磁の平皿が受け止め、なおも熱い湯気が、ふわりと立つ。
平皿に盛られ、さっくりと均される。ほろりと崩れて柔らかく湯気を立てる。なおも弾けそうな米粒は旨味をたぎらせている。月白の皿と、どちらが輝いているだろうか。純白の乙女が舞台の片側に据えられた。
次に、カタリと鍋の蓋が鳴る。台所からの香りの渦が一斉に押し寄せた。
世界が変わったのだ、海の向こうの大陸がやってくる。
鼻に、脳に、身体中に感じる。じりじりと炙られた肉汁の滴りだ。たっぷりの焦がしバターだ。豊潤な旬の果実だ。その全てがスパイスでひとつの深鍋にに押し込められている。
スパイスが全身に浴びせられる。空きっ腹が痛くなるほどに胃が疼く。
この痺れるような香りを受け止めきれるだろうか。本能が食欲を掴んで離さない。細胞が求めている。染色体が疼くのだ、早く食わせろと。
夕一は喉が鳴った。それは一同も変わらず、だただた薫りに意識を奪われている。呆けた身に気づいた者から口元の涎を手の甲で受け止める。
香りはスパイスだけではない。肉も野菜も果実も溶け合っている。渦巻く甘美の嵐だ。
それは森の色香であり、大航海の幕開けであり、天国からの聖歌でもある。鍋という深淵が生み出す芳醇な地球の凝縮だ。
「よしよし」と、教授は出来合いに満足そうだ。
小皿での味見に、ヒゲをぺろりと舌ですくう。うなずきながらカレーがよそわれた。どろりとルーの大波が押し寄せていく。白米は驚いた。その境目でじわりと深い飴色を吸い込んでいく。そして煌めいている。
瞬く運命だ。出逢うべくして出逢ったのだ。白銀の世界に季節が巡る。ほかほかに炊き上げられた白米が飴色のルーを迎え入れる。続けて具材が転がり、賛美の合唱を飾る。これ以上の祝福があるだろうか。
カレーの海に玉ねぎも人参も照り輝き、ごろりと牛肉が山から落ちた。とろりとしたルーがそれを受け止める。深い飴色は、熟成したワインのようだ。費やした時間のすべてに意味を持たせている。じっくりと熱で溶け合った具材は、その一滴すら琥珀のように濃縮された雫だ。焙煎されたコーヒー豆よりも濃く、宝石よりも輝き、そのキレのある潤いが、ぽとりと白磁の皿に滴った。どれだけの時間と具材が溶け合っているのだろう。
いま形の見える具材は、追加で鍋に投入されたものだろう。それでも角が丸くなるほど煮込まれていて、深い飴色に彩りを添えている。まるでカレーライスにバーベキューが付いてきたようでもある。食材の宝庫でもある。
夕一はじっとりと見入っている。
はっ、とコンロの傍らに気づいた。バターの空き箱は、確かにそれを使った証拠だ。別の浅い鍋には、じわじわと焦げた跡。やはり焦がしバターを加えている。板チョコの銀紙もある。ぴんと張ったチョコレートが品よく溶けていく光景が浮かぶ。一体いつだろうか。長い時間の中で、すでに全ては鍋の中でルウと一体になっている。
もう、調理法など無粋だろう。全員分の皿を待つのみである。誰も言葉を出すものはいない。一同は立ち上がっていた。食卓の一員に成りすました石油ストーブまでもが赤色を立てて焦らされている。
あと一皿――いや、久美がやって来て、二皿を盆に移していく。種子のぶんもだろう、かちゃりとスプーンを引き抜くと、一同に気を遣ってか隣の部屋で食べるようだ。
夕一は視界の端で久美を見送った。点になった瞳は食欲に震えている。ようやく自分たちのスプーンの用意がなかったことに気づき、サイドテーブルから取り揃える。うっかりと椅子に自分の足をぶつけ、それも大したことではないと言うように腹が鳴った。
置かれたスプーンに「ありがとう」とオデコが言う。はっと双方が目を合わせた。この男が礼を口にするなど信じられないと、言った本人すらも目を丸くしている。耐え難き食欲を前に、正気を失ったとでもいうのか。
メガネが頭を抱えてうずくまる。狂ったような短い呼吸を繰り返している。その腹が鳴っても、曇ったレンズは台所へ釘付けのままだ。
ダルマはぎょろりと目を凝らしている。出っぱった腹が大波を打ち、これも空腹を響かせた。グルメであり大食漢からすれば、この待っている時間はまさに地獄だろう。
白米の研ぎ澄まされた香りと、分厚く何重にも湧き出してくるカレールウの香りとが、脳の中を、記憶も期待もかき乱してくる。また誰かの腹の音が鳴る。「もう限界だ」と夕一も頭を掻きむしった。
「待たせたね」と教授が言い、子供のような笑顔を見せる。
その場にいた誰もが子供に戻ったようだった。
食卓には人数分のカレーライスが並んだ。しかも大盛りだ。
「いただきます」と一斉に鳴り響いた。
夕一は鼻から思いっきり香りを吸い込む。新しい唾液が一気に放出された。もちろんカレーだ。しかしここまで濃厚なカレーは初めてだ。普段食べているレトルトカレーとは別の物だ。カレー専門店やホテルのカレーに近く、もっと香りは深い。遥か高く空が開け、密林のように果てしない奥行きに一瞬で脳が侵食される。このようなカレーライスを目の前に我慢などできる生き物が存在するだろうか。砂浜に寄せる波だ。怒涛の如く吹き荒れる嵐だ。何故だ、ジャングルの声が響く。潮騒が聞こえる。食欲が限界を越えて頭がおかしくなったとでもいうのか。
白銀のスプーンで足跡をつけた。それは自然な行為だ。金属に映った顔はどんな表情をしているだろう。小さなカレーライスだ。一粒のすき間をマグマのように流れ落ち、優しく大地を包み込む。白米が照り輝き、金色のルウがとろりと覆いかぶさっている。
スプーンごと口の中に封じ込める。カチリと歯が鳴る。
衝撃が、色彩が、一口目から襲ってきた。香りのオラトリオだ。大船団が時代の幕開けに迫ってくる。ルウに限界まで溜め込まれた旨味が一気に舌の上で弾ける。あらゆる味が口いっぱいに広がった。後を追って後を追って幾重にも放たれる。知っている味も初めての味も、あらゆる味覚が口の中で産声を上げる。そしてピリリとスパイスが針でつついてくる。もっちりと白米を噛むと旨味がにじみ出る。噛むごとにルウと混じり、自分の口の中にしかない新たな食べ物が生まれていく。その舌がルウを吸い込んでいくようだ。
あらゆる旨味を一度に体験したのだ。五感のすべてが口の中で爆ぜる。夕一はごくりと稲妻を飲み込んだ。辛さが舌を駆け出し、旨さが喉を潤していく。
もはや誰もスプーンを止めるものはいない。遠慮などそもそも無縁の輩たちなのだ。はふはふと息が鳴り、カチャカチャと音を奏でる。喉は瀑布だ。とめどなく流れ落ちるカレーの滝を空きっ腹が受け止める。食べながらも腹がぐるぐると鳴る。胃の底がカレーを待っている。いや、待ちきれずに食道まで手を伸ばしてくる。ただひたすら次のひと口をすくうことで頭はいっぱいだ。頭が人間を動かしているのではない。腹こそが身体の司令塔なのだ。腹が手を動かす、もっと食わせろと。
牛肉はごろりとしながらも、スプーンの背で押せば崩れるほどだ。少し焦げた表面にカレーが艶めく。桜色をした中身が覗いてくる。繊維は七割ほどがとろけている。優しくすくい上げ、力を入れずに前歯に持っていく。ほろりとほぐれた。舌先と上顎で挟むとほろほろと肉が分かれていく。しかし噛みごたえは重厚だ。奥歯で噛むほどに脂の旨味が溢れ出る。そしてスパイスの力だ。塊のような肉の味わいに加えて柑橘のようなさわやかさも感じられる。同じものが鼻から抜けた。いつまでも口の中に残していたいが、早く次も食べたい。ごくりと飲み込むと、ぎゅるりと腹が鳴った。
頬張りながらも次のカレーをしゃくる。止まらない。豊潤な味が追い打ちをかける。スプーンをすくっては口に収め、またすくう。また腹が減る。食べても食べても腹が減る。食べながら食欲が増していく。しっかりと味わいたいのに、もっと食わせろと腹が言う。体中が求めている。いくらでも食べられるのだ。カレーライスが全身に染みわたる。これは全世界の食べ物の代表じゃないか。下り坂の自転車は止まらない。スプーンはますます加速していく。青春の風を浴びている。さわやかな青い空に白い雲に大人の辛さがピリリと刺激をしてくる。
好奇心だ。ご飯だけをすくってみた。
白い味わいだ。ご飯だけでも美味いじゃないか。カレーの香りに包まれた白米は最高の主食じゃないか。次にルーだけに挑戦だ。皿の空き地に淋しくしているルウをスプーンの先に引っ掻いて運ぶ。ごくりと喉に流し込んだ。まるで果実を飲み込んだようだ。フルーティーな甘さの後から辛さがやってくる。肉に野菜に果実にスパイス。すべてが詰まっている飲み物だ。
具材に標的を絞る。
じゃがいもが角を溶かしている。黄金色からほくほくと湯気が立つ。ほろりと噛むとなめらかに崩れていく。
次は人参だ。スプーンの背からぽとりとルウの雫が垂れた。紅色の照りが顔を出す。絹に頬ずりしているような食感を口に収める。カレーが更に甘くなっていく。
玉ねぎは華やかに弾けた。おそらく二種類だ。たっぷりのバターでしんなりと炒められた玉ねぎと、後から加えられた形の残っている三日月の玉ねぎだ。さくさくという音を腹に聞かせて噛む。
インターバルを終えて一気にかき込む。皿を持ち上げ、スプーンで口の中に集めていく。食事の作法とは、腹いっぱい食べることじゃないか。「おかわり」と言う声が、競うように続いていく。
教授は自身のjカレーをじっくりと味わいながらヒゲを拭いた。
「たくさん作ったからね。ご飯もまだ炊いているよ」とにやりと笑う。
各々は席を立ち、台所へ駆け込んだ。我先にと皿を片手に炊飯器へ鍋へと並ぶ。先にルウからそよう者と白米からとに分かれた。入れ替わってふたつが合わさる。おかわりカレーライスの完成だ。皿の縁にルウをこびりつかせ、新しいカレーライスの誕生だ。
そして一気にかき込む。いくら食べても食べ飽きない。三杯目を終え、四杯目の途中で、ようやく腹が膨れていることに気づいた。しかし苦しいものか。なんならもう一杯を頑張ろうとしていた夕一に、白米がなくなったことが知らされた。
かんかんと照るストーブに男たちの汗が滴る。
コップ一杯の水が、美味い。ただの水道水だろう。しかし美味いものを食べた後の水は美味いのだ。ごくりと喉を通る水が、荒ぶった腹を鎮めていく。
ぱんと手を合わせ「ごちそうさまでした」と一同の声が重なる。そして静かに口を閉じた。満足の限界を超えた腹で、しばらく動きたくはない。各々は虚空を見つめていた。ご飯一粒すら残さず、掻き寄せたスプーンの跡を残し、皿は白磁をさらけ出していた。