エピローグ
街は日常を取り戻していた。
電車はダイヤ通りに走り、学生は学校に通う。今日も河川敷にホルンとクラリネットの音は響き、日なたで猫は眠っている。太陽は浮かんでは沈み、月も日中は消えてしまう。
けれども、世界は変わった。
ロンドンで起きた魔女によるテロにより、世界中が魔女というものの存在を認識したのだ、当然だろう。テロが鎮圧された今、世界は魔法というものを理解し始めている。秋馬市での街ひとつが丸々切り取られた事件も、魔女によるものだと、結論付けられた。
それは間違ってはいない。
そのふたつは青の魔女、遥かな未来からやってきた柏木アリサが起こしたものなのだから。
ロンドンの大学は古くから魔法を研究していたということを公表し、マクスウェルはその代表として紹介されていた。久島高校の教師というものは彼の偽りの顔に過ぎなかったので、この騒動の後、ロンドンへと帰っていった。
秋馬市に残って、もっと純血の魔女、柏木アリサについて研究したかったらしいけれども、どうやら世間が許さないようで、魔法研究の第一人者であるマクスウェルは多くのメディアなどで魔女についての説明、魔法の解説を求められていた。
マクスウェルが言っていたように、いずれ魔法は科学に取り込まれていってしまうのだろう。けれども、今の魔女はあまりに世間の印象が悪すぎる。もともと魔女というものに対する世間のイメージはあまりいいものではなかったけれども、ロンドンでのテロ行為がすべての魔女に対する偏見を生んでしまった。魔女は巨大な力を持つ上に狂暴で、攻撃的だ、と。
魔女狩りが各地で頻発しているとの噂もあるものの、その真偽はわからない。けれども、そういった事件が起こってしまうのも、この現状では十分にあり得る話だ。
きっと、これから先、魔女にとっては生きづらい時代になっていくのかもしれない。とはいえ別に、魔女であることを隠して生きていくことには慣れている。ただ、世間が魔女というものを認識している中で、それを隠しながら暮らしていくことは初めてだ。これまでよりもより慎重にならざるを得ないだろう。
それでもきっと、魔女は世に出てくる。
ロンドンでの事件が、風穴を開けてしまったから。世の中の魔女もまた、弾圧に対して戦おう、という機運が高まっている。なにより、魔女には本当に戦うことのできる力がある。
これから、魔女絡みの事件というものが増えていくのだろう。それはきっと、避けようのないものだ。いずれその火種が燃え広がり、世界中を包み込み、ありとあらゆるものを巻き込み、すべてを焦がす。そして、なにもかもが灰となるまで決して消えることはないのだ。
きっと、これは始まりだ。
青の魔女、未来の柏木アリサが言っていた、これから先にアリサを待ち受ける困難の始まりなのだ。
――これから先、貴方には数多の苦難が待ち受けている。何度も戦い、何度も苦しみ、何度も失う。その果てに待っているのが八十六万年の孤独なのよ。
と、彼女は言った。
想像するだけでも震えるような未来。
けれども。
――それでも、その果てに待つ、この結末はそう悪くない。この結末が待っているのなら、あなたは生きていける。頑張っていける。そうでしょう?
とも、彼女は言っていた。
今からアリサが辿る未来が、あの魔女と同じものだとは限らない。未来の自分を知っている以上、彼女とは違う選択をし、違う結末を迎えることもあり得るのかもしれない。
いや、彼女も、未来の自分の結末を知ったうえで、その道を辿ったということは、自分もその流れには逆らえないということか。
わからない。それでも。
そうだ。あの結末が待っているのだと知っているのならば。きっと、頑張っていける。あんなにも素敵な最期ならば、納得できる……のかもしれない。
今はまだ自らが死ぬときのことなんて、考えられないけれども。そんなものはそのときになればわかる。
顔を上げて、アリサは歩き出す。学校へと向かう通学路。
「おっはよー」
聞き慣れた、日常の挨拶。声の主は鮎瀬ゆあだ。
「おはよー」
いつもと変わらないこの朝の通学時間、いつも通りの鮎瀬のあいさつは、日常が帰ってきたのだと実感させてくれる。
小走りでアリサの隣に駆け寄ってきて、並んで歩く。今日も、ピョンピョンと跳ねるポニーテールから柑橘系の爽やかな匂いが香ってくる。
「ねえねえ、昨日のミュージックバラエティパワー見た?」
なんて、鮎瀬は昨日の夜にやっていたテレビ番組のことを訊いてくる。
見てないよ、と返してそのまま、今日の天気や数学の小テストの範囲の確認なんかの、意味のない会話を交わす。
きっと、こんななんの意味もない会話を交わすことに、意味があるのだろう。と、アリサは思う。
青の魔女が永遠に残したいと願った、幸福な世界の平凡な通学の風景。それを少しでも記憶に残しておかなければいけない、と思うのだ。
視線を前に向けると、何人かの久島高校の生徒が歩いているのが目に入る。
その生徒たちの後姿の中に、拓光を見つけた。その後頭部を見つめて、アリサは遊園地での出来事を思い出す。
アリサにはひとつ、許せないことがあった。
あの遊園地で、拓光は「アリサ」と、呼んだのだ。いつもの「柏木」ではなく。しかも、一度だけではなく四度も。
「ゴメン、ゆあ。ちょっと待ってて」
それが許せなくて、アリサは拓光の元へと駆け寄る。
そんなアリサの駆け出した背中を見て、鮎瀬は笑みを浮かべる。
「なんだ、いるんじゃない。気になる男の子」
通学カバンを肩にかけたまま、男の子に向かって走るその後ろ姿は、どう見たって、恋する女の子の背中だ。
「よ、拓光」
と、遊園地での仕返しに、アリサも彼を下の名前で呼ぶ。
拓光は少し驚いたような表情を見せたものの、すぐに笑顔を浮かべる。
「やあ、アリサ。おはよう」
と、挨拶を返して、アリサと並んで歩く。
悔しいけれども、確かに彼の笑顔は魅力的だ。彼女が彼を好きだったというのも、なんとなくわかる。
本当はとうに気付いていた。青の魔女の言う通り、意識していても、そこから目を逸らして逃げていたのだ。
――私は、桐宮拓光が好きだ。
理由なんてわからない。
けれども、恋に落ちるのに理論も理屈も理由も必要ないのだろう。
それはまるで魔法のようで。
きっとこれは、奇跡の物語の始まりなのだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます(本当に最初から最後まで読んでくれた人がいるのかどうかはわかりませんが)。
まあ、魔法やら科学やらタイムスリップやらAIやら永遠やら色々詰め込んだ作品ですが、結局のところなにが言いたかったのかというと、ただ単純にキスで世界を救う物語を書きたかったのです。
愛は世界を救う、そんなシンプルな物語が好きなのです。
それと、魔法に理論も理屈も理由も必要ない、ということを描きたかったのです。
最近の創作物は魔法にすら詳細な設定、理論を求める風潮が強く、ちょっとした矛盾にすらケチをつけられたりしがちですが、
「うるせぇ、魔法は奇跡なんだよ、つべこべ言わずに手をかざせば輝くのが魔法なんだよ! 理論とか理屈とか理由とか知るか!」
なんて思いもほんの少しあったのです。
そんな、どちらかといえば理詰めでぴっちり書かれた作品ではなく、感覚的に書いた作品なので、好き嫌いが別れるかもしれませんが、世の中にたった1人でもこの作品を好きだと言ってくれる人と出会えたのなら、幸いです。
願わくば、この作品が多くの人に《なにか》を伝えられる作品でありますように。
最後になりますが、この作品を最後まで(このあとがきまで)読んでくれた方がいれば、本当に嬉しいです。
ありがとうございました。




