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21、鉄の龍は咆哮と共に

 アリサが窓の外を見てみると、ふあふあちゃんの群れがもうこのワゴン車の目前まで迫っているのが見えた。その白い群の中心にゴーレムはいる。


「見えた。もうすぐそこよ」


「よし。じゃ、作戦通りに」


 アリサは(うなず)く。別に、難しい作戦ではない。普通にやれば、難なくこなせるはずだ。


 だから、落ち着け。と、自分自身に言い聞かせて、アリサは目を閉じる。


 魔法は奇跡だ。奇跡に理論も理屈も理由も必要ない。と、アリサは思っている。けれども、だからこそイメージが大切なのだ。理論もなく、理屈もなく、理由もない。ただ、頭の中のイメージだけが、奇跡に繋がる一本道となる。その道筋が見えていないと、大抵魔法は失敗する。


 目を開き、アリサはワゴン車のドアを開く。そして飛び出して疾走する。

 大丈夫、イメージはできている。

 ふあふあちゃんの群れの中でひときわ目立つゴーレムに向かって。


 当然、ふあふあちゃんたちも、ゴーレムもすぐにアリサの姿に気付く。そして、アリサをめがけて群がってくる。その集団に向かって、アリサは両手を向ける。


「奇跡は、起こる!」


 それは、いわば呪文の詠唱のようなものだ。


 本来、魔法に呪文は必要ない。奇跡は、願うだけで起こせるものだからだ。頭にイメージを思い浮かべ、指をふるう。それだけで魔法は行使できる。ただ、呪文を唱えることによって、より明確にイメージを形成し、魔法を扱いやすくすることはできる。だから、魔法を使う時に呪文を唱える魔女は多い。陸上の競技で走り出す前に構えるのと同じようなものだ。別に、構えていなくても人間は不意に走り出すことだってできる。けれども、構えることによって、より効果的に良いスタートを切ることができる。


 アリサは本来、呪文を詠唱するようなタイプの魔女ではないものの、それでも、この状況を打破するために、自らを奮い立たせる必要があった。


 そうして叫んだアリサは前に伸ばした両腕をぐっと広げる。


 ――イメージは、風だ。


 それと同時に突風がその場に吹き荒れ、綿菓子のように軽いふあふあちゃんは吹き飛ばされていく。そして、ワゴンとゴーレムを結ぶ直線上の障害はすべて消え去った。


 視界が開けたワゴンの中から、マクスウェルが飛び出す。それを確認すると同時に、アリサは両足に魔力を集める。そして、地面を弾くイメージで駆ける。


 ゴーレムはやはり、そのスピードに追い付けない。アリサは再び易々とゴーレムの背後を取る。そしてもう一度その手に今放てる最大の魔力を込める。


 ここまではさっきと全く同じだ。そして、さっきと全く同じ攻撃ではあのゴーレムは倒せない。けれどもここで、さっきとは違う音が園内に轟く。


 一発の銃声。


 大量のふあふあちゃんが吹き飛び、遮蔽物のなくなったこの場で、巨大なゴーレムは巨大な的だ。マクスウェルが放ったライフルの銃弾はゴーレムの表層を削る。


「うああぁぁぁぁ!」


 それと同時に、アリサは今現在持ちうる最大の魔力をゴーレムにぶつける。青の稲妻のような光が、再びゴーレムを貫く。


 その青の稲妻が轟かせた音が止んでから、砂煙が風に押し流される間のほんのわずかな静寂。

 砂煙が消えた後に残っていたのは、上半身の吹き飛んだゴーレムの下半身だけだった。


 大きく息を吐き出すアリサ。

 下半身だけとなったゴーレムは、さすがにもう動かない。


「やったな、柏木(かしわぎ)!」


 と、ワゴンから飛び出した拓光が駆けつけてくる。


「貴方はなにもしてないでしょ」


「だって、この作戦に俺は必要なかったんだから、仕方ないだろ。囮になれ、と言われれば、囮になる覚悟は俺にだってあったさ」


「本気かな?」

「本気だよ」


 と言いながら、本気かどうか読み取れないような笑みを浮かべる拓光(たくみ)


「いや、まず僕のこのライフルを褒めるべきやと思うんやけど」


 と、マクスウェルが不満げにアリサと拓光のもとにやってくる。


 一回目にゴーレムに通じなかったアリサの魔法が、二回目には通用した要因は間違いなくマクスウェルのライフル銃だ。


 そのライフル銃に込められた弾丸は対魔女用にマクスウェルが開発した特殊な弾丸なのだという。魔法の力の源となるプラナ。そのプラナの供給を断つ細工が施されているのだ。ゆえに、その弾丸を撃ち込まれたゴーレムは青の魔女による魔力の強化を失い、アリサの魔法で砕けたのだ。


 その詳しい理論、理屈を求められたので、マクスウェルは丁寧に拓光とアリサに説明したものの、当然二人が理解できるはずもなく、とにかくこの銃弾を撃ち込んだ後にアリサの魔法で攻撃すれば効果はある、ということだけを伝えて、計画を実行に移した。


「ああ、そうだね。そうだった。いやぁ、すごいよマックス先生。こんなの作っちゃうなんて」


「……それ、心こもってる?」


「もちろん。バレンタインデーに本命チョコを作る女子の真心並みに込めたよ」


「その例えもどうかと思うけど……ま、ええわ。とりあえず、喫緊(きっきん)の課題はクリアしたことやし」


 そう言って、マクスウェルはライフル銃を再び背中に担ぐ。


「よし、ほんじゃ大量のふあふあちゃんが再び集結し始める前に、さっさと魔女の城に乗り込むか」


「そうだね」


「ああ、そうしよう」


 三人は遊園地の中央にそびえ立つ城へと向かう。

 けれども、それを阻むかのように再び地面が細かく振動を始める。


 回るメリーゴーランドの馬たちは嘶き、園内のふあふあちゃんはポップコーンが弾けるように増殖する。


 そして、うねり続けていた肥大化した巨大なジェットコースターのレールが地面から切り離される。


「……は?」

「嘘でしょ」

「マジか」


 レールはまるで生きているかのように動き始める。

 いや、それは本当に生きている。


 円環状になっているはずのレールの真ん中が切り離されて、その一方が頭に、もう一方が尾となっている。


「ドラ……ゴン……?」


 数千メートル級の鉄骨の龍が、金属の(きし)む音を鳴らしながら宙を舞う。


「あんなの、反則じゃない⁉」


「いや、まあ……この街ひとつを切り取るくらいの力を持つ魔女なんだから、それよりも小さなアレを操るのなんて、彼女からすればお遊びのようなものだろうし……」


「ま、道理やな」


「私はそんな正論を聞きたいんじゃない!」


 耳をつんざくような、文字通りの金切り声をあげて、龍は頭を持ち上げる。その頭でさえ、雲を貫きそうなほどの高さにある。


「……ねえ、アレ、これからどうするつもりなんだろう?」

「まあ、普通に考えれば、俺たちを襲ってくるんじゃないのか?」


「あの高さから?」

「だろうね」


「あの大きさの物体が?」

「そうだね」


「それってヤバくない?」

「ヤバいよね」


「え、なんでそんなに冷静でいられるの?」

「いや、冷静じゃないよ。ただただ、もうそのあまりのスケールの大きさに圧倒されちゃって、思考が追い付かないだけ」


 鉄の龍は咆哮(ほうこう)と共に、その首を振り下ろす。


 レールの身体が風を切り、まるで不出来な笛を鳴らすような音を奏でながら、アリサたちに迫りくる。


「ちょっと、ねえマックス、どうすればいい!?」


「いや、ゴメン。正直、なんも思いつかん」


 拓光も、マクスウェルももはやそこに立ち尽くす。


 当然だろう。今、そこに迫ってきているものは、人の力でどうこうできるような代物じゃない。体長数千メートルにも及ぶ鉄の龍だ。その規模はもはや災害レベルの脅威(きょうい)といってもいい。それも、明確に敵意をもって襲いかかってくる意思を持った災害なのだ。成す術なんてあるわけがない。


 それでも、それをどうにかしなければならない。


 とりあえず、この一撃をなんとかしてやり過ごす。鉄の龍は巨大なぶん、その攻撃の間隔はどうしたって空いてしまうはずだ。


 迫りくる龍の首。

 考える時間はそう長くはない。


「マックス、その銃はアレには効かないの?」


「さあ、あれほどの大きさのものに効くかどうかはわからん」


「いいからとにかく撃ってみて!」


 マクスウェルは頷いて、ライフルを構える。もちろん、照準を合わせている時間なんてない。そのまま、とにかく打ち込めるだけ打ち込む。


 数十発の銃声が響く。けれども、その銃声さえかき消すような鉄の龍の咆哮が止むことはない。


「ダメか」


 龍の首はもうすぐそこまで迫ってきている。このままだと、三人とも潰されてしまう。


「走って!」


 アリサが叫ぶその声さえも、龍の咆哮によってかき消される。


 いや、ダメだ。もう遅い。と、気付いたときにはもうすでに龍の顔がすぐ目の前に迫っていた。


 そして、そのまま龍の首は地面を思いきり叩く。


 遊園地のあるこの山自体が揺れたんじゃないかと思えるほどの震動と、遊園地全体を覆うほどの砂煙が舞い上がる。その砂煙がまだ舞い続ける中で、鉄の龍はゆっくりと首を持ち上げて、遊園地上空を周回しはじめる。


 砂煙が収まってきて、ぼやけていた遊園地の輪郭(りんかく)がはっきりとしはじめる。鉄の竜が叩いた地面にはクレーターのような大きな穴が穿たれている。その中央に青い光球がひとつ、めり込むようにして沈んでいる。


「……大丈夫?」


 青い光が泡のように消え、その中からアリサ、拓光、マクスウェルの姿が現れる。


「ああ、うん。まあなんとか」

「死ぬかと思ったけど」


 空を見上げると、巨大な竜が空を舞っている。きっと、アリサたちの様子を(うかが)っているのだろう。


「にしても、あれだけの衝撃を受けきるだけのバリアを張れるなんて、驚いたよ」


「確かに。僕ももうアカンと思ったけど、そんな隠し玉なんか持っとったんか」


「いや、あんなの初めて出したし」


 と、アリサは立ち上がりながら、スカートの裾についた砂埃をはらう。


「え、ぶっつけ本番だったってこと?」


「まあね。というか、火事場の馬鹿力ってやつ?」


「なんだそれ」


 拓光は思わず笑ってしまいそうになるけれども、まだ危機を脱したわけではない。龍は未だ上空を旋回し続けている。気を緩めてはいけない。


 アリサは自らの手をじっと見ている。


 今までに使ったことのない魔法、今までにないほどに強力な防壁を紡ぎ出せたのはなぜか。それがわかった気がする。


「感覚を掴めた……かも」

「掴めたって?」


 立ち上がったマクスウェルはアリサに訊ねる。


「うーん、なんていうか……魔力を取り込む感覚、かな」


「でも、もともと魔法を使うためには、その前にプラナを体内に取り込むんやろ? そうしてから魔法を放つ。そんなんは前からできてたんちゃうん?」


「まあ、それはそうなんだけど、少し違うの。私が取り込んだのは、青の魔女の、彼女の魔力なの」


「青の魔女の……魔力?」


 アリサはクレーターのように(えぐ)れた地面から出て、辺りを見渡す。


 大きなくぼみはできたものの、遊園地は相変わらず派手に照明を照らし、観覧車やメリーゴーランド、コーヒーカップは回り続けている。


「この遊園地はあの青の魔女の魔力で溢れている。あの観覧車も、メリーゴーランドも、たくさんのふあふあちゃんも、空を飛んでいる鉄の龍も、全部彼女の魔力で動いている。それどころか、空気中にまでも満ちている。その量は莫大で、だからこそそれを取り込めば、どんな奇跡も可能になると思う。そして……あんまり言いたくないけど、彼女は未来の私。だから、彼女の魔力とは波長が合うのよ。まあ、私自身の魔力なんだから、波長が合って当然なんだろうけど。さっきから、なんだか過剰なくらいに体中に魔力が(みなぎ)ってるような気がしてたのよね」


「じゃあ、あのバカでかいドラゴンも止められる?」


「……かもしれない。いえ、きっとできる。未来の私にできることが、今の私にできないわけがない」


 (かす)かに(のぞ)いた希望に、拓光とマクスウェルは顔を見合わせる。


「でも、たぶん今はまだ無理だよ。もっと魔力を集めなきゃ」

「時間を稼げってこと?」


「うん、それとあの大量のふあふあちゃんを潰していってほしい」

「どうして?」


「アレにも青の魔女の魔力が宿っているからね。それを潰せば、そのぶん魔力が空気中に分散する。そのほうが手っ取り早く魔力を取り込みやすくなる。つまり、作業効率が良くなるってこと。それに、今は私たち三人別れたほうがいいと思う。あの龍が狙っているのは、私なんだし、貴方たちは私から離れたほうが安全。手分けしていきましょう」


「いや、でも柏木をひとりにするわけには……」


「大丈夫よ。さっきの防壁見たでしょ? もうあの攻撃は怖くない。むしろ貴方たちが巻き添えになることのほうが、今は怖いわ。三人分の防壁よりも、ひとり分の防壁のほうが消費魔力も節約できる。私たち三人が分散することが、もっとも効率的で、もっとも確率の高い手段なの」


 それはきっと、もっとも効率的で、もっとも確率の高い手段であると同時に、拓光とマクスウェルを守るために彼女が選んだ最善の手段だ。拓光も、それはわかっている。彼女に守られているのは自分だ、と。


 ――いつだって、俺は彼女に守られている。それが、悔しい。


 自分の方が彼女を守れるようになりたいのに。


 けれども、他に打てる手もない。歯を食いしばりながら、拓光は頷く。


「……わかった。じゃあ、俺たちはとにかくあのふあふあちゃんを潰しまくればいいんだな?」


「そういうこと。ヨロシクね」


 と、アリサは駆け出す。


 その後ろ姿をただ黙って見送ることしかできないけれども、ここでいつまでもぼうっとしているわけにもいかない。と、拓光はマクスウェルを見る。マクスウェルは肩をすくめて、仕方ない、と頷く。

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