19、世界の終わり
世界の終わりを見た。
八十六万年の孤独の果てに待っていたのはこの光景か、と私は笑う。
小惑星の衝突、それに伴うポールシフト、それと連動するようにして引き起こされたスーパープルーム。
人類にとって幸いだったのは、それらを経験する前にすでに衰退し、滅んでいた、ということか。
三つのうちのいずれかひとつだけでも、地球が吹き飛ぶような大災害なのに、それらがすべて立て続けに起きたのだ。世界が滅ぶのも当然だろう。
もう太陽は八年間見ていない。
大地はおろか、海も、空さえも凍り、生物は地上にはもはや存在しない。哺乳類はもちろん、鳥類も、昆虫もここ数年は見ていない。植物は枯れ果て、空気中の酸素濃度はひどく薄くなった。昔よりも少し息苦しくなったような気もするけれども、どうせ魔女は不死だ。たとえ、真空状態になったところで死なないのだから、関係ない。真空状態も、過去には体験済みだ。もしかしたら、凍てついた海の分厚い氷の下には何らかの生命体が存在するのかもしれないけれども、見えないところに生存する生命体に、触れることのできない存在に、いったいどれだけの意味があるというのだろう。
私は、孤独だ。
『大丈夫ですか、アリサさん』
と、低い声が聞こえる。
ああ、そうだ。今はまだ、彼がいる。
「ええ、大丈夫よ。貴方はどう?」
『今のところ、私の機能にはまだ不備は見られません』
「そう、ならよかった」
『ですが、私も永遠には存在できません。いずれ、貴方を置いていってしまう』
そうだ、それは必然だ。いずれ、その時は訪れる。魔女は死なず、機械はいずれ停止する。私はいつか、ザ・ブックさえも失う。そんな当たり前のことを今さらながらに思い知る。
彼を失った後、私はきっと本当の孤独を知ることになるのだろう。
「そうね。それはどうしようもない事実だわ。残念ね」
『すみません。私もずっと貴方の側にいたいのですが……私は、私がいなくなった後の貴方が心配です』
AIに心配されるだなんて、私はそんなにも不甲斐なく見えるのだろうか、と思わず苦笑する。
「貴方、AIなのにまるで本当の心を持っているみたいよ」
それは、今さら言うまでもないことだった。彼は出会った時から、まるで心を持っているかのように振る舞っていたのだから。
『時が経てば、AIにも心は宿る。SFの定番ですよ』
と、ザ・ブックは笑う。
「ええ、そうね」
皮肉なものだ。AIは時を重ねて心を宿す。対して、私は時が経てば経つほどに心が擦り減っていくような気がする。きっと、今この場で最も人間らしいのは魔女である私ではなく、AIである彼だ。
「こんな結末、貴方にはふさわしくないわ」
『心を得たAIの結末がハッピーエンドではないのもまた、SFの定番ですよ』
「でも、ハッピーエンドの物語だってあるわ」
『そうですね。けれどもこの結末もまた、ハッピーエンドだと私は思いますよ』
「そう?」
『ええ、私は孤独ではなく、貴方が側にいてくれますから』
彼がそう思っていてくれるのならば、それでいい。傍から見れば、どんなに悲劇的な結末であっても、本人が幸福だと思っていれば、それは幸せな結末なのだ。できれば彼には、幸せな最期を迎えてほしい。エンドロールが流れる間、ずっと座席に座ったままで静かに微笑みを浮かべることのできるエンディングを。
対して、私を待つエンディングはいったいどういうものになるのだろうか。
不死である私の最期。
果てのない時間というものは、九十万年近く生きてきた今でさえ、うまく想像できない。終わりが無い、ということをうまく理解できない。永遠の命というものを求める人間は多くいたけれども、きっと彼らは永遠という時の恐ろしさを知らない人たちだ。
未来は、いくら想像を巡らせても、果てがない。
だから、私は過去を回想する。
まだ、人類が存在していた頃の思い出を。私がまだ月の牢獄に閉じ込められる前のことを。そして、かつて未来から来た魔女と出会ったことを、思い出す。
「――ああ、思い出した」
私にも、結末はある。終わりは存在する。
そうだ。あの結末が待っているからこそ、私はここまで頑張って来られたのだ。
『なにを思い出したのですか?』
そう訊ねるザ・ブックに私は答える。
「すべてを」
あと少し、もう少しだけ、私は頑張らなければいけない。




