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プロローグ

 現代に生きる一人の魔女の物語です。


 すごく読みやすい、という文章ではなく、ストーリーも若干スローテンポかもしれませんが、ラストの部分の展開だけはずっと頭の中にあって、そこに向かってなんとか書き上げました。

 なので、最初のほうはあまり面白くないと思っても、最後まで読めば、きっとなにか感じるものがあるのではないか、と思います……そう思いたいです。


 エピローグのラスト三行が書きたくて、頑張りました。その部分までぜひ最後まで読んでいただければ幸いです。


 よろしくお願いします。

 誰もいないはずの夜の廃墟で、桐宮(きりみや)拓光(たくみ)はひとりの女の子と出会った。


 誰もいない廃墟に入り込むという行為は、決して褒められたものではないかもしれないけれども、この街に引っ越してきたばかりの拓光は、まだこの街のことを知らなかったから、散歩がてらに新しく知らない道に入っていくことはよくあった。初めて入る店に並ぶ商品を眺めるのは楽しいし、街ゆく人々を観察するのも面白い。以前に住んでいた場所の人たちとまったく違う人たち、というわけではないのだけれども、それでも何かが違う。それがきっと、土地柄や育て来た環境によるものなのだろう、と拓光は思う。この街に来てから一度、頭に変な白いふわふわとした感じの帽子をかぶったおじいさんとすれ違って驚いたけれども、ああいった飛び抜けた変な人というのは特別なのだろう。きっと、どこの街にも一定数はいる種類の人たちなのだ。


 その日の夜は、本屋からの帰り道を少し回り道して歩いていて、その廃墟を見つけた。


 五階建ての半端な高さの建物。なにかの企業のオフィスだったのか、それとも学習塾のような場所だったのか、よくわからないけれども、扉は壊れていて、そこにはテープが何枚も重ねて張られていた。その建物の一角に人影がちらりと見えたのだ。


 廃墟とはいえ、それほど古くて朽ちていたわけでもないので、抵抗はなかった。それよりも、好奇心の方が勝った。


 人影が見えたのは三階だった。当然、エレベーターは稼働していなかったので、階段をのぼっていく。


 内装もそんなに汚れていなくて、ほこりも積もっていない。廃墟になってからそう時間は経っていないのだろう。けれども、階段をのぼるたびに足が重く、気持ちが沈んでいきそうになるのは、やはり人が日常的にこの場を利用していないからなのだろうか。空気が淀んでいるように感じる。


 足を一歩前に踏み出す度に空気は重くなっていく。けれども、それはむしろこの先に何かがあるのだ、という期待も膨らませる。


 拓光は、外から人影が見えた目的の部屋の前に立つと、ゆっくりとドアを開いて、そのわずかな隙間から、部屋の中の様子をうかがった。


 ほとんど物が置かれていない室内。あるのは、一脚の椅子と、そのすぐそばに置かれた海外ブランドのペットボトルのミネラルウォーターだけ。そして、ひとりの女の子の後ろ姿が見えた。


 肩にかかるくらいの長さの、黒くて艶やかな髪が揺れる。けれども、顔は見えない。ピンクとグレーのパーカーに、デニムのミニスカート。そのスカートからは七分丈の黒のレギンスが覗いている。足元には白のスニーカー。コンビニでアイスを買って、その帰りの途中のようなラフな格好だ。


 こんな時間に、こんなところで、女の子がひとり、なにをしているのだろうか、と拓光は首を傾げたものの、今ここでこうしている自分自身も、彼女と同じようなものじゃないか、と苦笑する。


「うるさいわね、今度こそうまくいくわよ」


 と、突然その女の子が声を上げたので、拓光は慌てて顔を隠す。けれども、耳を澄ますと、どうやら拓光に向けては言っていないようだ。室内に彼女以外にもうひとりいるのかもしれない。と、もう一度ゆっくりと拓光はドアの隙間から室内を覗き込む。


 けれども、室内には彼女ひとりしか見えない。彼女はひとりで地面に向かって、言葉をぶつけてから、右手を伸ばした。


 その伸ばした右手の先に、白いひもが現れる。何も無い空間から、手品のように。そして、女の子は右手の人差し指だけを振るう。すると、その白いひもはひらひらと空中を漂う。その右手の動きに合わせるようにして、まるで踊るように。


 そうしている内に楽しくなってきたのか、女の子もかかとを起点にくるりと一回転する。


 その瞬間に、はじめて彼女の顔が見えた。目や鼻、口のパーツはそれぞれ、やや大きいものの、綺麗に配置されていて、整っている。楽しそうに笑い、その口元には八重歯が見える。綺麗に整った顔のパーツの中で、唯一いびつなその八重歯が、際立って見えた。


 人差し指を振るいながら、楽しそうに白いひもを操る女の子。


 それはまるで、小さな白い龍を操っているようで、なんだかとても美しく見えた。その光景に見惚れてしまい、ため息さえも吐いてしまいたくなるほどに。


 そうして最後に彼女はそのひもを空中で綺麗に蝶々結びにして、手のひらの上に乗せた。


「ほら、どうよ」


 少し誇らしげに、彼女は胸を張る。もちろん、その言葉を向けた相手は室内には見当たらない。

 だから拓光は思わず、部屋の中に入って、言ってしまった。


「すごいよ、本当にすごい!」


 と。


「……」

「……え?」


 けれども、それは明らかに失策だった。彼女のその沈黙がすべてを物語っている。今、このタイミングで飛び出すべきではなかった、と。いや、そもそもこの場に出てくるべきタイミングなんてなかったのだ。ただただ目の前で起きた光景に感動した後に、そのままなにもせずに踵を返すべきだった。


 それは、最悪の出会い。

 けれども二人にとって、とても重要な出会いでもあった。


 廃墟が崩壊する。


 足場が崩れて、拓光が落ちていく。その様子を、彼女は無表情でただ眺めている。

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