プロローグ1
編集し直しました。
桜が散り、若葉色に染まる頃、学生達が楽しそうな話し声と共に学び舎の門をくぐる。
まだ日が短いせいか、太陽はもう赤みを帯び始め少し空気も冷たさを感じられる。
その中を真新しい学生服に身を包み、真新しい鞄に真新しい靴を履いた少し小柄な黒髪の美少女が小走りに正門へと向かっているのが見えた。
その通り過ぎる姿を他の男子学生も女子学生も、つい振り向いてしまっている。
それ程に彼女の可愛らしさが目立っているのだろう。
ただ、彼女を見た殆どの学生が少し首を傾げているのも目立っていた。
何かがおかしい?
皆が一応に思い浮かんだ言葉だった。
それが何なのか、はっきりしないから余計に首を傾げるしかかった。
「京華お姉ちゃん! お待たせ!!」
黒髪の美少女が突然大きな声で叫ぶ。
自然と周囲の学生もその叫ぶ声の先が気になり視線が移っていく。
そこに映ったのは、学校の正門と、その人の背丈より大きな門柱に体を預けている長い黒髪の美少女が一人。
彼女もまた10人に聞いて10人が美しいと答えるであろう美少女だった。
普通ならその美少女を見れば他の学生からどよめきなり歓声なり上がりそうなものだが、誰一人として騒ぎ立てる学生はいなかった。
ただ、一応に羨むような溜息だけが聞こえては来ていた。
「リョウちゃん!」
皆が見つめるその京華と呼ばれた長い黒髪の美少女が小走りに走って来る小柄な黒髪の少女に向かって大きく手を振り始めた。
その姿を見た周囲の学生達は直ぐにリョウちゃんと呼ばれた小柄な美少女に視線を移し替える。
リョウは自分に気付いてくれた彼女に向かってこの世の全ての幸せが集約されているのではないかと思うほど満面の笑みを投げかけ近づいて行く。
その笑顔に癒される周囲の学生達。
「誰だ、あの美少女?」
「さあ、新入生だと思うけど・・・・」
「けど、今、楠木京華様の事をお姉ちゃんって言ってなかったか?」
「そう言えば・・・という事は妹ということか?!」
「良く見たらあの黒髪の質感とか似てるよな!」
周囲から色々な憶測が飛び交い始めていたが、そんな事は関係無しにリョウは手を振る姉の京華に向かって走り続けた。
「ごめん! 京華お姉ちゃん! 待った?」
「大丈夫よ、私も生徒会の仕事が終わってほんの少し前に来たばかりだから」
「本当に? ほんとは結構待っていたでしょ?」
「そ、そんな事はないわよ!」
視線を逸らす京華の顔を追いかけてリョウが見つめて来る。
「ジィィィィィイイイイイ」
「な、何?」
「うん、ん・・・ありがとう待っててくれて」
駆け寄ってくる時の笑顔に、更に輪を掛けて
黒色のサラサラとした髪が夕日に照らされて輝いて見える少女は、人懐っこそうな可愛らしい笑顔を、その少女に向かってこれでもか!ってくらいの勢いでぶつかってくる。
それを受け止める少女の身体が、ブルっと身震いしたかと思った刹那。
「もう!! りょうちゃん! 可愛すぎよ!!」
公衆の面前、関係無しに京華と言われた少女は、その少年に神速の領域に達しているのではと思える速さで抱き着き叫んでいた。
「ちょ、ちょとお姉ちゃん! 見てる! 人が見てるって!」
「別に良いわよ! いくらでも見せ付けてあげるわ! 私たちの愛になんら支障にはならないわ!」
もう興奮状態の京華には完全に周りなど見えていないようだ。
この少女、名を高ノ宮 京華といい、この城北高校3年で生徒会の会長を2年の時から務め、学業成績常にトップ。スポーツも反射神経の固まりの様な存在で、何時もどこかの部活の助っ人をしている上に、超が付く美少女なので、校内で知らない人間は皆無、周辺の学校にもその名が轟き、各大学のスカウト連中が引っ切りなしに訪れる程の超有名人なのだが。
「あ~ん、この肌触り! とっても気持ち良い~!!」
このように人前で変態ぶりを披露する、物凄く残念な美少女だった。
「おい、あの高ノ宮会長に抱き着かれてる美少女は誰だよ?」
城北高校に通う一般男子生徒のうちの一人が、校門前で騒いでいる生徒会長を見物しながら同じ様に見ていた友達の男子に質問していた。
「ああ、お前中学違うから解らないか」
「え? あの娘有名なのか?」
「有名も何も、高ノ宮会長の弟だよ」
「あ、なるほど弟か。どうりで美人で生徒会長の高ノ宮さんにどことなく似ていると・・・・、今、弟と言ったか?」
「ああ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
「え? え? う、嘘だろ?」
「しつこい! あの美少女に見えるのが、高ノ宮会長の弟さんだよ! 名前は確か・・そう涼介だったな」
友達の答に軽く目眩を覚える一般男子生徒A。
中学から免疫のある一般男子生徒Bが言うにはこうだった。
小さい頃から仲の良い姉弟で、友達も近所の人も何の違和感無く、高ノ宮美人姉妹と読んでいるほど、弟君は美少女であった。
京華も涼介も綺麗な黒髪で、姉は腰まで髪を伸ばし、弟君は首が隠れる程度のショートな髪型をしている。
綺麗な黒曜石の様な黒い瞳を二人とも持つけど、姉は切れ長で鋭い印象があり、顔立ちも鋭利な感じで端正の取れた美人系、一方弟君は、見開く様な大きな瞳に少し丸みのある顔のラインが特徴的な、可愛らしさが際立つ美少女の名が相応しい男の子だ。
「ただ、5年前に両親共、交通事故で亡くしてたはずで、今は二人で生活してるって聞いてるぜ。」
「そうなのか? だからあんな感じになるのかな?」
「さあ、どうだろうな?」
そんな風に話し合いながら、一般男子生徒は二人の横を気にしながら過ぎて行く。
他の生徒も遠巻きに見ているが、特に声をかけるでもなく、適当に見学したあと、男子生徒同様に下校を再開する。
ちょっと考えれば異常な行動なのに、生徒達は慣れているのか、それとも呆れているのか、特に自分から関わりを持とうなどと考える奴はいない様だ。
「はあ! リョウちゃんエナジー補給完了!」
「京華お姉ちゃんぶれないのは凄いけどもう少し自嘲した方が良いんじゃない? せっかくこんなに美人なのに、恋人とか出来ないよ?」
心配する涼介の言葉を聞いた京華は、目を大きく見開き、信じられないといった表情で見つめていた。
「リョ、リョウちゃん、お姉ちゃんの事、嫌いになったの?」
恐る恐る尋ねてくる京華。
この世の終わりと言わんばかりの悲しい表情に今にも溢れ出しそうな涙を瞳に抱え迫ってくる姉に、溜息を小さく漏らす涼介。
「そんな事ないよ。僕がお姉ちゃんを嫌いになるなんて、この世が終わっても無いから安心して」
泣き崩れそうな京華の顔に涼介がそっと手をさしのべ、優しく頬にあてがうと、一瞬で恋する乙女の表情に早変わりしていた。
「もう、リョウちゃんったら! 優しすぎ! 帰ったら一緒にお風呂入ってあげる!」
さすがにこの言葉は周辺の学生には刺激が強すぎた。
主に男子生徒の殆どが立ち止まり二人に異様な視線を送りつける。
「冗談は良いから、晩御飯の買い出しに行こう。」
何時もの事なのか特に気にした様子もなく涼介は歩き出す。
「そ、そりゃあ、じょ、冗談だよな?」
周囲はなんとも言えない雰囲気のまま、先に歩き出す涼介を急いで追いかける京華の二人の姿を見送る事になった。
「リョウちゃん照れちゃって」
「人前で言うことじゃないからね。お姉ちゃん」
少し怒ったような表情をしながらも、京華の差し出す手を握り返す亮介だった。
完全不定期更新です。
それでも読んでいただけたらうれしいです。