14皿目
俺は気がついた。町の中の日付がずっとループしていることに。
殺人事件の犯人はまだわからない。
それでもその話をしたくて。
とある少女にも話を聞こうと意を決した、その瞬間だった。
世界が崩れ始めた。
少女はインターフォンを鳴らすと全てを察したらしい面持ちで出てきた。
ゲームのバグのように綻びが出来た空間を上手く避けて、彼女はセーラー服のまま笑って、珈琲でもどうかしら、長くなるから、と言ったのだった。
【5/2 AM10:30】
町長____可愛ちゃんはこの町の全てを知らない。
教えなかった、の方が正しいだろうか。わからない。とにかく私はそんなことはどうでも良くて、二人で町民と遊んで、面白おかしく過ごしたかった。可愛ちゃんは人が好き、私も人が好き。ならそれでいいじゃないか。お父様は町民リストを残し、どこかへ旅立った。程なくしてリストの町民は、各々の理由で町に来てくれた。行く宛がなくて。引越しで。ここで店を出したくて。
なんでもいい。
徒花町に来てくれて、そこに住んでくれるのなら。
それで、それで____平和に、たまにお祭りをやって、町内会主催の花見なんかもして、夏にはプールへ、秋は焼き芋会、冬は…そうだ、雪が降ったらかまくら作りもいい。クリスマス会をしよう、五百円くらいのプレゼントを持ち寄って、音楽を流してビンゴで持ち帰るプレゼントを決めるのだ。
でも。
町民は人間なんだからいつか死んでしまう。
その事に気がついたのは私だった。その頃可愛ちゃんは町民会館で子供と遊ぶことに夢中で、きっと意識すらしていないだろう。喜ばしい事だが、時に喜びは人を盲目にする。「いつかその子供も老いて死ぬ」という考えを、していたとしても、今が楽しくて仕方なくて忘れてしまう。
ならば、と思った。
「ならば、私が彼女を守る為にも、この町をずっと続ければいい、って思ったの」
目の前の令さんは、珈琲カップを持って静かに中身を消費している。変わらないその表情が有難くて、意味が通っているかもわからない話を、いつもの敬語も忘れて続ける。
「閉じない世界、終わらない日々。誰も気づかないように魔法まで頑張って、ふふ、こういうの苦手なのよ。お父様は上手かったけれどそこは遺伝じゃないのかしら?」
「…事件がなければ気が付かなかった。比較対象がいないからわからないけど、上手い方、なんじゃないか」
こんな時まで優しい人だ。私が微笑むと、気まずいのか目を逸らした。空が崩れ落ちてゆく、ツバサさんはどうしているのだろう。カップの珈琲を飲み干した彼がその気持ちを汲み取ったのか、「ツバサならベランダから外見てるってさ」とフォローしてくれた。「折角だから取っときの紅茶を淹れたんだ、って言ってた」
「まあ、素敵ね」
「後で行ってやればいい。喜ぶよ」
「行けないわ。町にこんな末路を辿らせた本人だもの、どんな顔をすればいいのか」
青い空はその色を落とし、宇宙そのものの紺碧へと様変わりしている。令さんは珈琲を飲み干すと、「事件の犯人はわかるの」と一言聞いた。知っている。知っているけれど、自分から伝えることはどうしても出来ない。外の何かが崩れるくぐもった音を聞きながら首を振った。今可愛ちゃんは何をしているのだろうか。…まだ寝ているかもしれない。彼女はねぼすけだ。彼女、と言っていいのかわからないけれど、外見が少女なのだから彼女である。
お代わりの珈琲を取りに台所まで立とうとしたところで、玄関の扉がノックされる音がした。物凄い爆音。こんなことをするのは一人しかいない。
「…純星さん?」
その足で玄関に向かう。令さんを招き入れた時から閉めっぱなしの鍵を開けると、やはり純星さんがいて、いつものようににっこり微笑んでいた。その後ろに金色の髪が見える。成程、蠢さんも一緒だ。扉が開いたと見えると体を素早く玄関に滑り込ませ、蠢さんと並んで口を開く。
「はろー勇実!この靴令のだから令もいるね!いないのツバサだけだね!本当はいた方が良いけど、まあいっか。協調性低いもんなあ」
「……来て頂いてありがとうございます。けれど、今は令さんとお話をしていますから……」
そこまで喋ったところで、廊下から令さんが姿を見せた。二人の姿を見止めると会釈する。何処か緊張した面持ちの蠢さんは、彼を見ると少しその強ばりを緩めた。それを見届け、純星さんが言葉を続ける。
「蠢が、言わなくちゃいけないことがあるって」
息を呑む音が聞こえた。誰のものかはわからない。私は冷えた手を握りしめて、蠢さんは俯いて、令さんは目を少し見開いて。純星さんだけが笑っていた。その続きを聞くのが怖い。
「……その前に、部屋に入りませんか?ほら、ここ、お話をするには狭いでしょう」
いよいよもって外からの轟音が響くようになってきた。けれど誰かが騒ぐ声も聞こえなくて、ああそういう町なのだったと気が付く。声高に主張する人もいないような、少しの歪みも目を瞑れば見えないさ、と笑い飛ばす大らかな、そんな人々。
純星さんはその誘いに頷きかけたが、蠢さんが漸く口を開いて「ここがいいな」と言って引き止めた。
「……篁さん。言わなくちゃいけないこと、って」
令さんが続きを促す。それを聞いて、蠢さんはいつも伏せている目を、本当に少しだけ開いたのだった。
「青い空が消えたら紺色の夜空が出てくるだろ?宇宙の色だ。俺は昔から昼間の空が青いのが不思議でさ、宇宙も夜も紺色なのに、なんで昼だけ青いのかって。色んな人に聞いたんだけど、皆笑って適当に誤魔化してばっか!科学の教本だって読んだけど小難しくてね。悪かないさ、悪かないけど、ユーモアのある答えを求めてたのかな。……今思うとわがままだな。まあいいか、で、空の話だけど。面白い話をしてくれたのは令だけだったよ。青い空は書き割りで、神様がそれを退ける時に出来るのが夕焼け、完全に退けたら夜。それからまた朝の青空の書き割りをつけるときに朝焼けができる、だから朝焼けと夕焼けは似てるんだって。俺があんまり聞くもんだから適当なことを言ったのかな?それはわかんないけど、令のくれた答えが一番面白かった。だから俺は、まだあの青空が書き割りだって信じてるよ」
そんな話をしたのは誰にだっただろうか。
崩れゆく青空の隙間から見える夜空は綺麗で、夕焼け無しに青空と夜空をいっぺんに見られることに感動する。紅茶に蜂蜜を溶かしながら、やっぱり空は書き割りだったんだな、と思った。神様はそういう小細工をするものだって聞いていた。いつだって嘘つきだから。
「壊れた空の欠片は拾えるのかな」
書き割りの青空は何でできているのだろう。世界が終わるような光景だったけど、俺はそればかりが気になっていた。




