脱出
「単刀直入に話をさせてもらいます。貴方をここから解放します。そしてその解放する替わりとして、私をここから連れ出してください」
目の前の少女は女性は澄んだ目で真っ直ぐ俺を見つめながら話かけてきていた。突然の話に理解が追いつかず呆けてしまったが、その様子を見かねた少女が続けて話をする。
「流石に突然のことで理解できないでしょうか?」
「そりゃあそうだ!突然そんなこと言われて…」
「静かにしてください。他の人に話を聞かれるのはまずいので…」
女性は口元に人差し指を当て、俺に静かに話すように伝える。
大雅を見つめる視線は真剣であるため、大雅も静かにしても声が届くように足枷が痛まないギリギリまで檻に近づいて話を聞こうとする。
「これから話すことは内密にお願いします。私はここ、アルカディア王国の王女、エリサ アーデベルトと申します」
「貴女がここの王女様…?」
あまりの驚きの内容に、大雅は口をあんぐりと開けてしまう。突然目の前に現れた人物が王女だなんて思いもしないため驚きが隠せなかったのだ。
そんな驚いて信じられないといった表情を浮かべている大雅をじっと見つめながらもエリサは続けて話す。
「驚きが隠せないというのは無理もないとは思います。ですが、これは事実。信じていただきたいのです」
「は、はぁ…信じられないですけど、信じるしかないので信じますよ。それにしてもそんな王女様がこんなところで何を?」
「それは…今は話すべきことではありません。私の言った通り…私をここから連れ出し、十分に離れたところまで行けば話をさせてもらいます。それほど、今の私はそれほど時間がないのです。さあ、どうされますか?」
「…それに断るとどうなるんだ…?」
「その場合は明日処刑台に送られる囚人が増えるだけです。どうされますか?」
「…それは実質俺の選択肢はないような?」
大雅に対してエリサは、満面の笑みの表情を向けてきているが、その笑顔が大雅には恐ろしく見えた。簡単に言えば、大雅の生殺与奪の権利は彼女が持っていると言っているようなものであった。大雅には目の前の不確かな方法に乗るしか助かる手段は俺には残されていない。溺れる者は藁をも掴む、と言うがこのような状況なのだろうか…そんなことを思いつつも大雅はその話に賛同の意思を示すことにした。
「…分かったよ。具体的にどうすればいいのか分からないけど、キミに従うよ」
大雅の返事を受けて、エリサは待ってました、と言わんばかりにポケットから鍵を取り出し、すぐに俺の牢屋の扉の鍵を解除する。
牢屋の鍵が解除されたことで、扉をくぐってエリサが牢屋の中に入ってくる。入ってくるなり、俺の足元にかかっている足枷に手を当て、何か呪文のような言葉を唱え始めた。何を言っているのかはイマイチ理解出来なかったが、大人しく終わるのを待ってみることにした。
数分後、エリサが呪文を唱え終わると同時に足枷に手を触れる。するとその瞬間、そこにはまるで最初から何もなかったように足枷が霧散していき、それまでに大雅をこの暗い牢獄に縛り付けていたものはなくなってしまったのだった。
「…これで、貴方を縛る物は無くなりました。これで自由に動けるはずです」
言われるやいなや身体を動かしてみる。足を思いっきり伸ばせる。縛られて動かことのできなかった範囲にまで歩いてみる。随分と久しぶりに何にも縛られず自由に身体を動かすことができる嬉しさに、大雅は感動していた。こんなに自由というのが嬉しいことなのかと、自然と涙が出てくる。普段の生活をしていたのならば絶対に思わなかったことだろう。
「えっと、よろしいでしょうか。残り1時間もしないうちに看守たちが夜ご飯を配給するためにここにやってきます。それまでにここを脱出しなければなりません。なので、移動しますよ。よろしいですか?」
少し浮かれ気味の大雅に釘をさすようにエリサは言う。表情からは少し焦りが見えた。なぜこんなことをしなければならないのかイマイチ分からないが、助けてもらった分大雅は彼女の脱出を精一杯手伝うことを心に決めたのだった。
「分かったよ、浮かれ気味ですまない。ところで、その逃げるルートはすでに決めているのか?」
俺が質問するとエリサは自信があるように話す。
「ええ、それはもちろんです。この通路を左に進むと地上へと繋がる階段があります。そして、その裏手には秘密裏に作られた脱出口があります。そこを使います…と言いたいところですが、今の格好ではアレなので、とりあえずこの服でも着てください」
エリサが言うと、どこからか男性用の服が現れる。それは現代の服のようなデザインではなかったが、これがこの世界での普通のデザインなのだろうか。
「今はその服で我慢してください。とりあえず普通の街に溶け込む服ではあるので…」
「分かったよ。とりあえず着替えから待っていてくれ」
そう言って大雅はすっかり着慣れてしまっていた囚人服を脱ぐ。いざ脱ぐとなると感慨深い気持ちにもなるが、着ていて嬉しいものでもないので、すぐにエリサに渡された服に着替える。服といえばサイズがあるが大丈夫なのだろうか…?そんなことを考えながら服に袖を通すが、意外にもちょうどいいくらいのサイズであり、普通に着ることが出来た。
「うん、問題なく着れた。よし、行こうか…ってあれ?」
服を着終えたのでエリサに声をかけた。しかし、エリサは俺の方を見ておらず、身体を震わせている。
「どうしたの?何か体調でも悪いのか?」
「い、いや、何でもないよ。さ、さあ行こうか」
一瞬だけ見えた顔は頬が赤らんでいるようであったが、エリサは大雅の手を引き走り出す。それに連れられて俺も走る。
エリサに手を引かれながら少し走るとそこにはエリサが話していたように上へと繋がる階段が見えてきた。上からは少しながらも光が差し込んできていた。しかし、エリサはそんな階段を見向きもせず、およそ行き止まりにしか見えない壁に向かって手をかざした。
すると、見たこともない文字が壁面に浮かび上がると同時に、壁の一部が物音を立て扉のように開いたのだ。
突然の隠し扉に驚き、ポカーンとした様子でその様子を見つめていた大雅であったがらそんな様子の大雅のことを再び手を引っ張って、エリサはその抜け道の中へと大雅を、連れ込むのであった。
等間隔に存在する蝋燭の火がどこからか吹いて来る風に揺られる洞窟内をどれほど歩いただろうか…。洞窟内は複雑に入り組んでいるようで、何箇所も分かれ道があったが、エリサは一切迷うことなく、道を進んで行った。
大雅はそれに付いて行っているだけであったが、長く牢獄に囚われ、運動をすることのなかった体は、少し体を動かしただけで節々が痛み、息が上がるほど身体機能が低下しているようで、すでに息が上がってエリサに付いていくのが遅れ始めていた。
「…少し遅れてますよ。もう少しですから我慢してください」
遅れ始めている大雅にエリサは発破をかけ、動かそうとするが、大雅自身、身体が前へ足を動かすのを妨げているのではないかと錯覚するくらい体が疲れていた。それは、旅行に行き、長時間歩くことで足の裏が痛くなるなどの症状が出るように、足の裏が痛くて痛くてたまらなかった。出来ることなら休憩を取りたい。
そんなことを思いつつも足を止めず歩き続けていると、少しづつ顔に風が当たる感覚が強くなってることに気づいた。
風が吹いてくるということは、もう少しで外のはず…そう思いながさらに歩き続けたところ、ようやく洞窟の外に出ることに成功したのであった。
「ふう、なんとか脱出には成功しましたね。足が辛かったとは思いますが、お疲れ様でした。少し待っててください。多分協力者が近くまで来てますので…」
「それなら少し休ませてもらうよ。流石に足が痛くてたまらないから」
洞窟の入り口にほど近い場所に座れるくらいの大きさの岩があったので、大雅はその岩に腰をかけて座る。少し緊迫した緊張感がほぐれたためか眠気が襲って来た。そんな落ちて来る瞼を落とさないように気をつけながら、周りを見渡すと雄大な森が広がっており、ぱっと見渡してみる限りでは誰かがいるのかは分からない様子であった。時刻は夜がやってき始めてるようで、陽はかなり傾き、空は鮮やかなオレンジ色から少しづつ暗みを帯びた青色へと変化しつつあった。
大雅が腰をかけてから5分程度経ったとき、エリサが見つめる森の方角から木の枝を踏み、木の枝が割れた音が鳴った。誰が近づいたのか警戒しつつ待っていると、比較的若目に見える高貴な衣装に身を包んだ男性がやって来た。男性は俺たちを見つけるとすぐに駆け寄って来てエリサの前にやってきた。
「すでに到着されていましたか…お待たせさせてしまい申し訳ございませんでした、エリサ様」
「いえ、気にしていませんよ、ダレル。私たちも先程脱出に成功したばかりですから」
「姫様がそう言われましても、お待たせさせてしまった事実は変わりません。さあ、エリサ様、ここから移動するための馬車を用意しておりますのでお乗りくださいませ。そしてそちらの…タイガ様もお乗りくださいませ。突然のことで戸惑ってはいらっしゃるでしょうが、今は一刻も早くここから離れておきたいのです。詳しい説明は馬車の中で説明いたしますので、移動いたします。私についてきてくださいませ」
こうして俺たちはダレルの案内により、森を抜け、森の近くに止められていた馬車に乗り込んだのであった。