プロローグ
コツコツ、灯りが少なく薄暗い洞窟の中に誰かが歩いてくる音が耳に聞こえてくる。それ以外に聞こえてくる音といえば、灯りの代わりとなっている蝋燭の燃える僅かな音と、天井が湿っているため、水がポツリ、ポツリと滴り落ちる音しか聞こえないため、人が歩いていると、その足音が洞窟内に響き渡るため、よく分かる。
その音を聞いている俺、桐生大雅は心底自分の場所の前でその音が止まらないでほしいと願っていた。
何故そう思っているのか?それはこの場所がどういう場所であり、今俺がどういう状況に置かれているかを説明すればすぐに理解してもらえると思う。
今現在、俺がいるのは蝋燭の光以外に明かりが入ってくることのない洞窟の中である。ただそれは単に洞窟の中にいるというわけではなかった。左足には重々しい足枷をされており、自由に活動できる範囲は限られている。無理に足枷を引っ張って移動を試みようともしてみれば、足は激痛に襲われ、何度も壊そうと試みたが、一向に傷はつけれなく、全ての試みは烏有に帰した。
そして、今自分のいる部屋…と言っていいものか分からないが、この空間には、部屋を照らすためのロウソクが4本と寝るための簡易的なベッドとトイレをするための小さな穴がある程度であった。満足な衛生環境はお世辞にもいいとは言えず、腐った臭いなどが臭い、呼吸するのも嫌になるほどであった。
地面は床などと整ったものではなく、凸凹のそこそこ存在する石畳であり、寝るような時間帯ともなれば足元から冷たい冷気が襲ってきた。ずっと冷気に体を晒していると体力を奪われ、死が見えてくるため、一日の大半を俺はベッドの上で過ごしていた。
過ごすとは言うが、基本的に足枷に縛られた俺にできることなんだ限られており、出来ることといえば、軽く寝返りを打つこと、薄暗い天井を見上げながら何か別のことを考える他なかった。
ここまででも十分にこの部屋が異常であると伝わったと思う。そんな異常なこの部屋の中でも、特に普通の部屋とは大きく異なる点が一つあった。
それは何と言っても俺の目の前に重々しく存在している鉄格子の有無であった。
これで大体の人には俺が置かれている状況が分かるだろう。そう、俺、桐生 大雅は牢獄に囚われていた。もちろん、俺としてはそのような牢獄に繋がれるような罪をしたつもりなんてなかったし、事実として、そのような行為はしていないと神に誓っていってもいい。
しかしながら、実際のところ俺は牢屋に入れられてしまった。看守に俺の罪状を聞いたところ、罪状としては他国からの間者の疑いあり、だそうだ。
それもそうだとは自分自身思うところはある。何故そう思うのか?それは、俺ははっと目を覚ました時、目に写っていたのは中世を舞台にした物語などに出てくるような城の中のようであったからだ。
普通の大学生として生活してきた中でこんな場所に来たことなんてないし、そんな場所が身近にあるとも聞いたことはなかった。鮮明な夢でも見ているのかと思い、最初は頬をつねったり、手で顔を叩いてみるなどしたが、ただ痛いだけでこれが夢ではないということが分かるだけであった。
とりあえず、ここにいても誰もいないし、周りの人を探してここがどこなのか尋ねて帰る手段を探さないといけないと思った。そのため、城内を歩いてみるが、周りには豪華絢爛な内装、等間隔に置かれた重々しい雰囲気を放つ甲冑、およそ見たこともない絵画があるだけであった。
そんな城内を歩き回っていると、槍を背中に装備した二人組の男を見かけたため、俺はその2人に話しかけてみたのだ。
「すみません、ここはどこなのでしょうか?」と。
その2人は声をかけてすぐに槍を俺に構えて突き立ててきた。
「貴様!何者だ!どうしてこの城の中にいる!」
あまりの強烈な剣幕と自分の首に向けられた恐らく本物の鉄の槍に足がすくみ、声が震えて一切何も俺は物を言えなくなってしまった。
その後、何も言えなくなってしまった俺はその兵士達に鉄の槍で逃げないようにされながらこの牢屋へと連れて来られたというわけである。
そして牢屋に入れられると共に尋問が始まった。まず最初に何故城内にいたのかを尋ねられた。そう聞かれたが、自分としても、図書館で勉強をしていて寝落ちをして目覚めたらそこにいたとしか言いようがなかったため、そう答えたが、そんな答えで納得をしてもらえるはずもなかった。
その他にも出身国、地域、やっている仕事などを聞かれた。もちろん、俺は日本で、大学生と答えた。それに自分の専攻している学問である化学についても説明した。しかし、「そんな国は存在しないし、そんな学問は存在しない、真面目に話せ」、と怒鳴られてしまったのだった。そんなはずはない、そうこちらも言ったが、信じてはもらえなかった。
その他にも様々な質問や尋問を受けた。尋問する側としては質問に答えるものの支離滅裂な発言ばかりで苛立ちを覚えていたのか、ムチで叩くなどで身体をいじめられたりもした。ムチは痛いなたものじゃなかったが、俺は真実しか言っていないため、この状況を耐えるしかなかった。
食事は1日に2回与えられたが、味が薄く、具材など入っていないスープと、普通のコッペパンのようなものの半分といった粗末なものであった。とても男子大学生の胃袋を満たせるような食事などではなかったため、常にお腹を空かせているような状況ではあった。
人間の三大欲求の一つである食欲を我慢するのはとても辛い事ではあったが、我慢する他には生きる手立てもない、まともな食事を手に入れる手段もない。だから、粗末な料理で飢えをしのぎ、今日まで耐えてきた。たが飢えに加えて、幾度となく繰り返されてきた尋問により正直なところ、身体はボロボロであった。獄中生活も1ヶ月を過ぎるくらいにはもう、日付感覚も失われてきた。今が朝なのか、夜なのか。今が獄中生活を始めて何日になるのか、それすらも分からない。わかるのは、看守が尋問や拷問にやってくる音を判別することくらいだ。
そしてそんな生活が続いていたが、遂に俺は死刑宣告を受けた。あまりに突然のことに頭が真っ白になってその時に言われたことは覚えていない。まだ20年と生きてもいないのにも関わらず死刑なんてたまったもんじゃない…。その時のことで覚えていることと言えば、死刑の執行を3日後行われるということくらいだ。
死にたくなんかない。こんなどこなのかも分からない場所で拷問を受け続け、処刑されて死んでいくなんて嫌だ。その死刑宣告を受けてからの二日間というもの、何度となく逃げようと試みてはみていた。しかしながら、足枷を外すこともできず、ただでさえムチによって身体がボロボロなのに、それをさらにボロボロにしてしまう結果に終わってしまった。
そして俺の処刑は明日に差し迫ってきていた。隣の部屋の囚人は今日が処刑だったらしく、先ほど連れられていかれたのだった。
「嫌だ!止めろ!俺は罪なんかしてない、解放しろ!嫌だぁぁぁぁぁぁあ……」
そのように騒いでいたのが耳に残っている。そして助けを求める叫び声は次第に遠くなっていき、遂には何も聞こえなくなってしまったというのが、明日の俺に起こる出来事なのだろうかとより恐怖に押されるようになってしまった。
その囚人が連行されて行く様子は外へとつながる階段は俺の部屋の方向にあるため、連行されていく様子が目にはっきりと見えた。あまりに叫ぶので、抵抗できないように口は塞がれ、目隠しをされて、何人もの兵士たちによって無理やりに連行されていった。
自分もああなるのだろうか…そんな不安が脳裏によぎるが、足掻いたところで自分は狭い檻の中を動くことしか出来なかった。
それからどれくらいの時間が経ったか…そんなことはもう分からないが、そろそろ俺にとって最後の晩餐になる食事が配給されるくらいの時間だろうか…。
そんなことを考えている時、再び外を歩く音が響いて来た。コツコツッ…音からして1人だろうか?普通夜ご飯を運んで来るのなら複数人で運んで来るため、何人かの足音が聞こえて来るはずだ。それなのに今は1人しか聞こえてこない。このくらいの時間に巡回している看守はいなかった気がするが、自分の感覚のズレなのかもしれない。そうだとしてもどうせ、誰がやって来てもそんな変わりはない。俺を見下して通り過ぎていくか、もしくは俺に興味も示さずただ仕事のために通り過ぎていくだけだ。
次第に足跡が大きくなってくる。揺れるロウソクの火でによって地面に映る影が次第に俺のいる牢屋の目の前にも見えるようになって来る。そんな影を見つめながら今日はどんな看守なのか…そんなことを考える。何もやることがないのだ。そんなことでもして少しでも死刑のことを考えないようにしたい…。
そうしているとその歩いている人物の姿が見えてくる。長く伸ばした鮮やかな金色の髪に、黒い軍服に身を包んでいる。火の光の影響で顔は未だはっきりと見えないが、その姿から、女性であるようには見える。
そんな女性は俺の牢獄の前にやってくると、歩みを止めこちらに向かってくる。何かと思い、女性を凝視していると、しばらくして俺に小さく、他の囚人には聞こえてこないような声で話をかけて来た。
「単刀直入に話をさせてもらいます。貴方をここから解放します。そしてその代わりに私をここから連れ出してください」
「…えっ…?」
この出会いが俺やここで出会った女性の運命、この世界の運命を変えていくのであった…