剰余時間
約束の十分前にホテルのラウンジに着くと、すでに前野怜子はソファーに掛けていた。
岡野健一は軽く手をあげた。
『上のレストランで食事をしよう』
岡野が言うと、
『だめよ、剰余時間がないの』
と、怜子は言ってバッグから端末機を取り出して、表示画面を見た。岡野はしかたなく、ソファーに掛けて五分だけ怜子と話をした。怜子のアラームが金属的な音を響かせる。怜子は、岡野の顔を見て微笑し、
『ありがとう、楽しかったわ』
と言って席を立つ。ホテルの玄関で怜子を見送っていると、岡野の端末機のアラームが鳴る。表示画面に剰余時間二分の表示。岡野はトイレをすませる。
三分後、岡野はホテルを出て、通りを歩いていた。腹は減っていないが、剰余時間は少しある。時間があるというのは、それだけ自由があるということだった。
岡野は、通りに面したカフェに入るとエスプレッソを注文した。ここで、二十分は過ごせる。店内のテレビの画面がニュースを報じていた。大掛かりな時間密売組織の摘発のニュースだった。不正改造した端末機に他人名義の剰余時間を蓄積するという悪質な手口だった。
岡野は、エスプレッソを飲み干すと、端末機を確認した。出勤は午後からだが、マンションの更新手続きがある。岡野は、頭のなかで移動時間を計算した。時間に追われた一日が終わる。
帰宅すると、洗濯、食事、風呂の時間がぎりぎりだった。アラームが鳴る。時間省からのコミュニケーション・メール。
(一分一秒でも、時間は資産です!)
岡野は今日一日の剰余時間の合計を計算すると、つかの間の幸せに笑みを浮かべた。
読んでいただきありがとうございました!




