八話 禁断の叡智
「……これでよし、と」
家を出た俺と師匠は魔法を使用するために的となる案山子を地面に突き刺していた。
「この案山子から少し離れたところで魔法を発現させるぞ」
『んで、最終的には案山子当てると』
「そうだ」
師匠と確認のために会話をしながら俺たちは案山子と距離をとった。
離れた距離はだいたい五メートルくらいか。
「まあ最初だから精度も威力もないだろうからこのくらいで充分だろう」
『さ、どれからやるんだ?火炎魔法か?疾風魔法か?それとも付与?時空?』
「あー待て待て。ちゃんと全部教えるから……と言いたいところなんだが」
げっ、嫌な予感……。
「私の適性が火炎と疾風の二種類だけなんだ。だからちゃんと教えれるのはこの二つだけで、後は大地の初級がちょっとだけ……という、ね?」
『ええええええええええ!?』
俺は失望と哀愁が入り混じった嘆きを上げる。
「しょ、しょうがないだろ!?火炎魔法を極めるために学校を途中で辞めたから、適性のない古来魔法は少ししか知らないんだ!それに多元魔法は適性がある奴自体少ないからどうでもいいと思ってたし!」
俺の嘆きを聞いた師匠は早口に言い訳をするがそんな言葉だけで不満が治まる俺ではない。少しくらいはイジっても許されると思うんだ。
『それで火炎魔法は、極められましたか…?』
「ぐっ!?」
俺の煽りで悔しそうな顔になる師匠。くくく、これは面白い。
『あれー?師匠の火炎魔法のレベル忘れちゃったなー。いくつでしたっけ師匠?』
「ぐぬぬ……」
おほー!表情がころころと変わって面白いですなぁ!
「…ふっ、ならば私の本気を少し見せてやろうではないか」
『え』
悔しそうな雰囲気から一変、不敵に笑う師匠。
さっと案山子に手を向けた師匠は一言、呟いた。
「《灼き融かす灯火》」
すると対象にされたらしい案山子は突然燃え始め、炭になるのでは無く、どろり、とまるで水のように融け消えた。案山子を融かし尽くした火は案山子だけでは物足りないのか、そのまま地面に残り続けて、大地を灼き融かし溶岩溜りを作り始める。
『…………』
「いやー済まないな、兎は極められた火炎魔法を見たかったらしいが私が出来るのはこんなお粗末な魔法くらいなんだ」
師匠は少しも申し訳ないという感情を入れることなく俺に謝罪をしてくる。
最終的には俺の近くでしゃがみ込み、すまないな、ん?とにこやかな顔で俺の背中に案山子に向けた方の手をポンと置いた。
『いやーさすが師匠ですね!あんな強力な魔法は師匠以外絶対使えませんよ!うん!いやー凄いもの見させてもらったなぁぁ俺も師匠みたいにカッコよく魔法使いたいなぁあ!ささ、師匠!本題の魔法の練習をしましょうか!いや!この愚鈍で師匠の足元、いや師匠の足元に生えている雑草にも劣る劣等種の私めに上位存在の師匠様の叡智をなにとぞ!何卒御授け下さいませ!お願い致します!』
「ふふ、分かればよろしい。では火炎魔法からいくか」
危なかった。一歩間違えれば俺があの案山子のようになってたかもしれん。これからは師匠をヨイショしとこ。
「最初だから簡単な無詠唱からいくぞ。使う真言は《火球》だ。ただ言うだけでは駄目だぞ?自分自身の魔力を引き出し火の玉を想像しながら真言を口に出す。そうすれば魔法は発現するはずだ」
『魔力の引き出しってどうするんだ?』
「そうだなあ、これは人それぞれなんだが私の場合、魔力は自身の体の中から引き出す訳なんだ。だから体の中を巡っている血液を魔力に例えて、手のひらに自身の血が集まるような感覚で私は魔力を引き出しているな」
手のひらに血を集める感覚か……。
そうは言われてもなぁ、体の中から引き出すってそれ、自身の質量減らしてないか?
魔力っていう形無い摩訶不思議な力を易々と操ってるような感じだけど、俺は魔力もちゃんとした形はあると思うんだよなあ。原子みたいに肉眼で見えないだけで。
その魔力ってやつの性質はよく知らないけど師匠の話から人の意思や気持ちみたいのに反応し変化するものなんだろうと思う。
そうと決まれば俺は科学の教科書とかでよく原子の形を例えている球状の小さな球を想像してみた。
魔力という小さな球が集まり、それがやがて大きくなって炎に変わり……、
『《火球》』
ぼっ、と小さな火の玉が俺の目の前に浮かび上がった。
『おおっ!』
よっしゃ、成功!と思ったのも束の間、火の玉は消えるように拡散し辺りには余熱だけが残ってしまった。
『あら?』
「惜しかったな。魔法が使えてちょっと嬉しく思ったんじゃないか?」
『ぎくっ』
ば、バレてる……。
「ふっ、魔法を初めて使った奴にはよくある事さ。次はちゃんと集中しろよ?」
この世界の魔法使いあるあるのようだ。よかった……心の声が漏れたかと。
俺は一旦落ち着くと、また魔力を集めるのに集中する。そして、
『《火球》』
魔法を発現させる。
今度は散らさないように集中を保ち、案山子に向けて真っ直ぐに進ませる。
火の玉は案山子に当たるとそのまま燃え続け、案山子の半分を炭化させた。
「よしよし、今度は上手くいったな。威力は申し分ないが速度は慣れだな。」
師匠はまあまあといった感じで感想を述べる。
「どうだ?初めて魔法を使った気分は?」
『んー、なんかお腹が空いたというか少し疲れたような』
自分の中から何か抜かれたような感じだ。
「多分、魔力を使ったからだろう。その感覚を覚えておくといい。疲労の度合いによって、自分がどれだけ魔法を使えるかが分かってくるからな」
なるほど、疲労の度合いで魔力の残量確認か。
「さ、お次は疾風魔法だ。疾風魔法の初級は〝炸裂〟なんだが真言は…」
『バースト、だろ?』
炸裂の英語訳は知ってるぞ。ゲームで教えてもらったからな。
「?なんか誇らしげにしてるが違うぞ?」
『へ?』
あら、間違った?
「真言は《炸裂》だ」
『ぷるーえ?英…古代語じゃないのか?』
「ああ、言い忘れてたな。魔法の真言はそれぞれ対応している言語が違うんだ。火炎魔法なら古代語、疾風魔法ならスータス語というような感じで決まっている」
『スータス語?他の国か?』
スータスなんて国地球にあったっけ……。
「ああ、ここから南東方面にある獣人の王が治める国、獣国スータスだ。スータス語が元になっているからか獣人は疾風魔法の適性率が結構高いな」
『おーん』
獣人もいるのか、いつか会えたらいいな。
「というか、よく炸裂の古代語を知っていたな?」
『えっ、あー、そりゃあ俺が天才だからよ?』
「ふぅむ……、まあいい。今は魔法の練習だからな」
どうやら、師匠は深追いはしないようだ。
俺も俺でちょっと迂闊過ぎたな、もう少し気を配っとかないと。
「話は戻るが真言は《炸裂》だ。そして今回は呪文を交えて発現させるぞ」
『呪文ってどんなことを言えばいいんだ?』
「呪文にも言って意味がある言葉とない言葉があってな、それが属性に関しているかいないかなんだ。例えば火炎魔法だったら炎に関係する言葉を、焔とか灼熱とかだな。逆に流水だとか風神とか言っても魔法の威力は全く上がらない」
今まで培ってきた俺の語彙力が試されてくるのか。
あの日の封印されし俺が……、そんなのいたっけ?
『そしたら疾風魔法だから、風、嵐、烈風《炸裂》みたいなのでいいのか?』
「いや、呪文は文章にしなくては呪文として看做されないんだ。だから今兎が言った言葉を使うと……こうだな。【風よ、今し方嵐の如く烈風となりて敵を討て】《炸裂》」
師匠が言い終わると一瞬静寂が訪れる。その後、案山子は前触れもなく破裂し粉々に砕け散った。
「こんなもんだな。《炸裂》は空気を凝縮させ、破裂させる魔法だ。無詠唱だと案山子が弾け倒れるくらいだが呪文を交えたことによって威力がこんなにも上がるんだ」
『ほえー、じゃあもっと長くすればもっと威力が上がる?』
「ああ、もっと長くすれば大木を倒せるようになったりする。その分魔力も消費が激しいがな」
長くすればする程威力が上がってくのか、いいね、男の浪漫だ。
「さ、次は兎の番だ。呪文はさっき言った私のを使え。あ、後呪文は別に言語には縛られてないから何を言ってもいいぞ」
『うっしゃ、任せんしゃい』
呼吸を整えると俺は魔力を集めるのに集中する。そして呪文と真言を放つ。
『【風よ、今し方嵐の如く烈風となりて敵を討て】《炸裂》プルーエ』
発現した魔法は師匠の時と同じように案山子を弾け砕く。
そして魔力が先程の《火球》より桁違いに抜かれた感覚がある。
『はぁ、はぁ、上手くいったが……ちょっと疲れた』
思いっきり走った後のように心臓がバクバクいってる。
俺は肩で息をしながら地面にへたり込み、休憩をとった。
「魔力の使い過ぎだな。ステイタスで自身の残り魔力を確認してみろ。どのくらい残ってる?」
俺は師匠に言われた通りにステイタスを確認する。最初は10あった魔力だが今は残り2しかない。
そのことを俺は師匠に伝えた。
「うーん、やっぱり呪文が少しデカすぎたな……。よし、じゃあ次は魔法陣での大地魔法だったが今日は魔法陣の模倣だけで終わらせる。発現をさせなければ魔力は消費されないからな」
『了解了解』
師匠はそう告げると片手を地面につけて魔法の説明を始めた。
「大地魔法の初級は地面にある土や鉱物から物を作り出すことが出来る魔法だ。真言は《作成》、鉄人という背の小さい種族が扱うダーラウ語が対応している」
鉄で背が小さい……ドワーフかね?
「それで今から魔法陣を描く訳だが魔法陣には詠唱や無詠唱には出来ない細かい調整が出来ると言ったのは憶えてるな?」
『ああ、後魔力を流しておけば色んなところに魔法陣を設置しておけるんだろ?』
「その通り。では今から魔法陣を描くからよく見てるんだぞ」
俺は師匠に了承すると師匠は魔力を引き出し始めた。
「まずは魔力で円を一つ、その内側にも一つ描き出す。これで陣の形が完成だ。陣は一つにつき一つしか効果の調整が出来ないから覚えとけよ」
なるほど、威力の調整をするなら威力調整の魔法陣を、精度の調整なら精度調整の魔法陣を一つずつ描かなければいけないんだな。
「そして陣の合間に調整の内容を書いておく。この時も呪文と同じように使用する言語はなんでもいいからな」
師匠は説明しながら先程描いた二重丸の内側に文章を描いていく。
……あっ!俺会話は出来るけど文字は習ってないじゃん!えっと…えっと……、とりあえず今は見て記憶しておくか。
「これで後は真言を言えばいい。もし二つ目の調整がしたい場合は、一つ目の魔法陣の中心にまた円を描いて文を書けば二つ目の魔法陣が出来上がる」
調整をしたければしたいほど陣を大きくする必要があるわけか。
「どうだ、ここまでで何か疑問に思うところはあるか?」
『んー、今のところは特に何もねぇな』
「そしたら魔法陣を描いてみろ、発現はさせなくていいからな」
俺は頷くと魔力で陣を描いていく。内側の文章は見て覚えただけだから少し不安だが……まあ大丈夫だろう。
『こんなもんでどうだ?』
「バッチリだな。よし、今日はこんなもんで終わっとくか」
よかった……合っていたようだ。
疲れもあってか少しホッとする。それに……、
『腹減った』
「ん?そうだな、言われてみればもうお昼だな。飯にするか」
『やったぜ!』
この娯楽のない世界、結構飯が楽しみだったりする。
…あ、そうだ!
『師匠、ちょっと待っててくれ!』
「あ、おい!」
そういって俺は茂みの中へと駆け出す。
あれが生えてる植物の特徴は覚えている。確かだいたい木の根元辺りに生えてて……、あった!
俺は口で茎を千切り何本か纏めて師匠の元へ持っていく。
『師匠〜』
「まったく、どこ行ってたんだよ?」
『いやー、飯って聞いて師匠に会う前に食べた美味しい木の実を思い出してな?師匠にも食べてもらおうと思って。はいこれ』
「ん?これって……」
そう、思い出したのはこの丸い茄子(仮)。あの甘味は忘れようとも忘れられない。
俺は師匠の前に木の実を置いた後、自分も一つ茎から採って齧り付く。
んー、これこれ!この甘さ!結構癖になるわー。
「馬鹿!吐き出せ!」
『ぐぇ!な、何を』
師匠がいきなり掴みかかってきた。しかも喉の部分だから余計苦しい。
『や、やめ…』
「いいから早く!!」
師匠は焦った声で吐けと命じてくる。何が何だか分からない。
突然のことに混乱していると、師匠は無理矢理俺の口を空け、指先を突っ込んできた。
『おげ、おぼぇぇっ!』
せっかく食べていたのにすべて吐き出してしまった。
おかげで足元がゲロ塗れだ。
『ゴホッゴホッ、何すんだ!?』
「何すんだって、お前自分が何食べたか分かってんのか!?」
『ええ…、甘い木の実じゃないの……』
「違う!これはマイトルの実といって甘味はあるが酷い中毒性と魔物ですら殺す毒素を含んでいる木の実だ」
ええええ!?マジか……、これは金林檎の次に美味しかったのに。
ん?でもあの時はバクバク食べてたけど何もなく寝たような……。
俺はその時の事を師匠に伝えてみた。
「何!?前も食べたって……。あー…それはだな、さっきはいきなりマイトルの実を食ったから驚いて吐き出させたが今、冷静になってみるとお前毒耐性持ってたよな。そのおかげで多分毒の効果が無かったんだろう」
そういえば何故かあった毒耐性。
無かったら死んでいた……、そう考えると震えが止まらない。
「…お前、他にも変なもん食べてるんじゃないだろうな?」
『失敬な、マイトルの実以外だと後はめっちゃ美味かった金色の果実とー、黄色の三叉に分かれた味気ない実だな』
金林檎は思い出しただけでも涎が垂れそうな美味さだった。
マイトルの実を知っていた師匠だから金林檎のことも何か知っているんじゃないのか、と期待して見上げてみると師匠は大きく溜め息を吐いていた。
「……はぁ、金色の果実は知らないが黄色の三叉の実はアゼナナの実といって強力な麻酔薬の原材料となる実だ。そのまま齧ればまずは味覚が麻痺し、次に視覚、嗅覚が麻痺する。体のあらゆる部分が時間経過に伴い麻痺して行き、最終的には脳も麻痺して植物状態になる危険な木の実だ」
やばい……、朗報どころかまたもや自分の死因になりそうな情報を聞かされる事になった。
この死因も毒耐性と同じく、何故かあった麻痺耐性のおかげで免れてると思える。
「……お前から聞いた話だけで魔物に川落ち、毒と麻痺の木の実で四度は死にかけてるぞ。技能に幸運レベル9があって助かっな。……いや、そもそも本当に幸運持ちなのか?」
『やめてくれ……。これ以上俺を惨めな気持ちにさせないでくれ……』
衝撃の事実を突きつけられた俺はこの後の昼御飯はあまり喉を通らず、黄昏れ続けるのだった。
嘘。普通に飯食って昼寝したわ。
評価、感想、ブクマ宜しくお願いしますっ!
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