二十六話 知らぬ事、知っている事、信じていた事
久しぶりで忘れたら
読者に、かくあるべき説明は要る
(https://ncode.syosetu.com/n3529fw/)を見てネ
「──せェああッ!!」
鈍色の奇跡が、茶褐色の大蛇──名を〔呑悪の洞口蛇〕という──の首を断ち切る。大きな音を立てて洞口蛇の首は地面に落ちるが、控えの洞口蛇がすぐさま死体に喰らい付き、身体が膨れ上がる。そして減らした筈の敵の数がいつの間にか元に戻っているのだ。
「クソッ、キリが無いな……」
隙が無い。珍しくティグリスは悪態を吐く。強敵ではあるが、傷は付けられる。しかし能力が如何せん厄介過ぎた。
魔物の強みである、進化する事に継承されていく能力同士の組み合わせ。この洞口蛇がどういった旅路を辿ってきたかはティグリスには分からないが、少なくとも二回は進化しているとティグリスは思っている。
〝分裂〟と〝吸収〟。その二つがティグリス達を苦しめる。〝分裂〟で絶え間ない攻撃を仕掛け、反撃を喰らえば複数で防御。ティグリス達が攻めあぐねている内に一匹が傷付いた個体を吸収、そして分裂。
個としての力はティグリスが上だが、魔物の格としては洞口蛇の方が一段階上手であった。
「はァ、はぁ……勝ち筋が、見えないわね……」
「ふッ、〝群青〟の狼を結成してから、一番の、大物、だからな……」
「だからって、死んだら、意味無いでしょ……!」
そして何よりハーニアとマルディの体力が消耗し過ぎているのも、この戦いを敗北へと誘っている一つの要因だった。洞口蛇と遭遇してから三時間。一人前の一歩手前と呼ばれる八級で、よく耐えている方だとティグリスは思う。もし後衛のコオドとクーラウが代わりにいたのならば、ここまでは粘れなかっただろう。
しかしその体力も、底が見え始めている。
決着を急がねばいかぬ状況。しかし焦ってはいけぬ状況は、ティグリスを焦燥に駆らせた。
「──ちょっといいかな」
「何?」
洞口蛇を退けながら、ティグリスはハーニア達と合流した。
「今から少し、策に出ようと思う。その間、僕は援護出来なくなってしまうけど、いいかな?」
「──いいわ。このままだと勝機は無いし、いつまでも貴方に頼ってばかりじゃコオドに笑われそうだもの」
「しかし、いったい何をするつもりだ?」
当然の疑問をマルディは問う。ティグリスは予測していた問いが来て、嬉しそうに笑うが、その笑みは鎧でマルディには見えなかった。
「──大蛇に喰われてくる」
「えっ?」
ハーニアの驚愕と共に、ティグリスは洞口蛇の正面へと跳躍した。空中へと飛び出したティグリスに今、攻撃されたら回避する方法は無いだろう。勿論、その隙を狙わぬ程、洞口蛇は間抜けでは無い。
六匹の内、三匹がティグリスへの攻撃へと割かれる。お得意の、巨大な口を活かした攻撃で三匹の洞口蛇はティグリスを狙った。例え一匹目が避けられようと、二匹目、三匹目と保険を重ねた狡猾な攻撃である。
しかしそれだけ、洞口蛇はティグリスを強敵だと認めている証拠でもあった。そう認識出来るだけの戦闘経験が、逆に洞口蛇を追い詰めた。
「──クッ!」
ティグリスは洞口蛇の攻撃を避けるのでは無く、逆に身体を丸めて呑み込み易くしたのだ。隙を伺えるほど狡猾ではあっても、策と見抜けるほど賢明では無い。
餌に飛び付くように、洞口蛇はティグリスを呑み込んでしまった。
「ティース!」
しかし策とはいえ、詳細を知らないハーニア達は気が気でなかった。洞口蛇に警戒しながらも眺めていた丸呑みの光景は、ティグリスが自暴自棄になってしまったと思う程の心胆を寒からしめるものだった。
「Zaza…………」
ティグリスを呑み込んだ一匹目の洞口蛇が、次はお前達だとでも言わんばかりにハーニア達を睨み付ける。ジリジリと、しかし逃げ道は与えぬように弧を描きながら追い詰める。
「──くッ」
いつ襲ってくるのか。不意の攻撃を警戒し過ぎて、ハーニア達の額には脂汗が浮かぶ。
「a……a……」
「Za?」
呻き声が何処からか漏れ出ている。
皮肉な事に、ティグリスの罠に気が付いたのは、魔物である洞口蛇だった。
──敵を呑み込んだ個体の様子がおかしい。
動きが何処かぎこちないし、水膨れが出来て鱗が少し赤身を帯びている。何より顔や胴体が所々盛り上がり、奇形と呼べる程膨れ上がっていた。そう気付いた時にはもう遅い。
「Aaaaa……ga……」
ティグリスを呑み込んだ個体は、大量の血を吐きながら地に倒れ伏してしまった。
「!?」
「!!?」
「?!?」
その現実に、真実を知る者は存在しなかった。敵味方関係無く、突如とした謎の攻撃が場を凍らせる。数秒、或いは一瞬かもしれない。
止まった時が再び動き出したのは、謎の元凶が洞口蛇の腹を引き裂いて脱出した瞬間だった。
「ティース!」
マルディの声に答えるように、ティグリスは剣を振り抜いて他の洞口蛇を退かせる。未だ何が起こったか分かってないハーニア達を納得させる為に、ティグリスは簡潔に説明した。
「上手くいってよかったよ。アイツの体内にちょっと──そう、毒を置いて来たんだ。意外と中が狭くてね、手間取ってしまって悪かった。無事で何よりだよ」
「全く、無茶をする……」
「…………」
──何かがおかしい。ハーニアは何故か違和感を覚えていた。マルディの言う通り、敵の体内に潜るのに敢えて呑まれるというのは、無茶であり無謀である。
しかしそれは自分達八級狩猟者の価値観であり、本来ならば三級にも手が届かんとしていたティースの、強者の行動だ。驚きはするだろうが、然もありなんと納得出来ていただろう。それなのに、粘ついたような感覚が拭えない。煩く嫌になるほどの警告の鐘が、ハーニアの頭の中で鳴り続くのだ。
「ねえ──ッ!」
疑問を口にしようとした時、再び洞口蛇の攻撃が始まった。ティグリスが罠に嵌めた一匹を除いた五匹。ティグリスが三匹、ハーニアとマルディが一匹ずつ受け持つ。先程と状況は似ていたが、相手には控えの個体が存在しなくなった。ゆっくりと死体を吸収出来なくなり、隙が出来る確率が増えたとティグリスは確信している。
しかし追い詰めた時程、油断ならない事をティグリスは理解している。相手の攻撃も、慎重に、鋭くなっているのだ。
「ティース!もう一度毒は使えんのか!」
「無理だね!相手も警戒してる!お得意の噛み付きをしなくなって来てるのが、その証拠かな!」
ティグリスが毒と例えた攻撃。それは大顎の能力〝侵喰〟であった。使用するだけならば、別に呑み込まれる必要は無い。しかし今はハーニア達がいる。鎧を脱ぎ捨て、魔物の姿を見せる訳にはいかない。それにもし、先程と同じく呑み込まれる事が出来たとして、能力の発動で瘴気化してしまうと強制的に鎧を脱ぐ事となる。
洞口蛇の体内から脱出するのに時間が掛かったのは、もう一度全身鎧を着込んでいた為だった。
そんな時間を洞口蛇に与えてしまえば、全ての個体がハーニア達に向かってしまう。それでは本末転倒だ。
「やっぱり……瞬殺が正解なのか、な!」
我ながら力任せな解決案に、ティグリスは苦笑する。然れど決断したからには行動有るのみ。ティグリスは力強く剣を握り締めて洞口蛇へと走り寄る。
「ZAJA!」
「フッ!」
丸太のような尻尾の薙ぎ払い。土や小石を巻き込みながらの低空の攻撃を、ティグリスは跳躍して躱す。そしてすれ違いざまに一線、洞口蛇の胴体へ深い切り込みを入れた。
「──一匹」
「ZyaAAA!」
二匹目の洞口蛇が、宙を舞うティグリスへ噛み付きを行う。決死の特攻なのだろう。ティグリスさえ倒せば、洞口蛇にとって後は取るに足らぬ者ばかり。武器を振るい、確実に動けぬ所を狙った判断は、獣としては狡猾。しかし同じ罠に嵌るのは、所詮獣といったところか。
「──〝恋し貴女〟」
ティグリスの左手に誰かを彷彿とさせる白金の剣が握られる。柄には美しい金の髪のような装飾と二つの蒼い宝石が埋め込まれており、振るった剣筋は眩く輝いていた。
「──二匹、また君に頼っちゃったな」
上顎と下顎が二つに断たれた洞口蛇の上に降り立つと、ティグリスは自分に割り振られた最後の一匹を睨み付ける。
「zaAAaaAa!」
無謀にも、真正面から洞口蛇はティグリスへと挑んで来た。迎え討つ為に、ティグリスは〝恋し貴女〟の能力を解いて一刀流に戻すと洞口蛇を見詰める。一匹だけとなった洞口蛇は、仲間と呼ぶべき分身がいなくなったせいか、一回り小さく見えた。
「…………ハッ!しまった、マルディ!!!」
「ッ、何ィ!?」
ティグリスは叫ぶ。一回り小さくなったのは、気の所為では無い。洞口蛇はもう一段階、分裂の能力が使えたのだった。
「クッ!」
片方の小さい洞口蛇は斬り落としたが、もう一方の小さい洞口蛇はどう頑張っても間に合う距離では無い。策を講じたのは、ティグリスだけでは無かったという事だ。
「za!」
洞口蛇の鋭い牙がマルディの首筋を狙う。大きい洞口蛇の巨体を受け止めていたマルディに、抗う術はない。瞳が迫る死を、ゆったりと追い掛ける。世界が緩やかに引き延ばされた時、予測されていなかった爆音が轟いた。
「──ジャ ァ ア!!!」
大地が舞り、土埃が湧き上がる。その中には小さい洞口蛇も巻き込まれていた。
「何なの……!?」
突然の土埃から顔を護る為にハーニアは腕を構える。状況を把握する為、薄目になりながらも土埃が溢れた所を覗くと、そこには橄欖色の塔が出現していた。
一瞬、ティースが大地魔法を使ったのかと思ったが、それは違うとハーニアは自分自身を否定する。今のティースは兎の魔物が側にいない。それならばこの塔は一体何なのか。土埃が薄れた時、その正体は明らかとなった。
遠くから見えていた網目模様は、石を積み上げた時の目地では無い。鱗が何層にも重ねられて出来た、天然の模様だ。そして塔と見間違う程の長さと太さを持つ者。それは今の今までハーニア達が闘っていた相手と非常に酷似していた。
「a……」
「シャギ!」
マルディを狙って、打ち上げられた洞口蛇が咀嚼される。暴力的な食事をする橄欖色の鱗を持つ大蛇は、まるで舌なめずりかのように舌を出して周囲を見回した。
「──あっ、マルディ!」
突然現れた大蛇に意識を持っていかれたが、その近くにいたマルディの事をハーニアは思い出した。元いた場所に目を移すが、そこにマルディの姿は無い。しかし周囲をよく見ると、土を被りながらもこちらに近付いてくるマルディの姿があ確認出来た。その事にハーニアはそっと胸を撫で下ろす。
「ペッ、ペッ……間一髪だったが、あの魔物に助けられたな」
「そうかしら。状況は良くなったのか、悪くなったのか。まだ分からないわ」
橄欖色の大蛇が味方という可能性は無いに等しい。洞口蛇を食べていた事から、通りすがりの魔物だとは思うが、万が一敵の仲間だとしたら不味い状況だとハーニアは感じていた。
ティースもこの状況をどう思っているのか、ハーニアなりに策を講じようとしていたところ、ここにはいない筈の声が聞こえてきた。
「うおおおおお!光だあぁ!太陽の光!よっしゃああああああああ!!」
「やりましたね師匠!これで連絡がとれますよ!」
大地に呑み込まれた筈の仲間の声。いつも聞いていた筈の声が、再び聞こえた。
その当たり前の出来事に、ハーニアは闘いの最中ながら手を挙げて会いたかった仲間の名前を叫ぶ。
「クーラウ!!コオド!!」
「ん?おお!見ろよクーラウ!ちょうどハーニア達の真ん前だぜ!」
「あ、ホントだね!おーーい!」
手を振ってくるハーニアに気付いたコオド達も、負けじと手を振り返す。平常時なら微笑ましいが、残念ながら今は未だ戦闘中であった。その事実を知らないコオド達は、いつまでも手を振り続ける。
「──え!──え!」
「何か言ってるね」
「もうちょっと大きい声出して欲しいよなぁ。えーと、上?だって」
聞き取れた声を頼りにコオドとクーラウは空を見上げてみた。青い空に白い雲、とはいかずに茶褐色の巨大な蛇が、口を大きく開けて音も無く近付いていたのだった。
「うおぉぉぉおぉぉ!?!」
「きゃああああああ!!?」
余りの迫力に、腰を抜かしてコオド達は再び穴の中へと転がり落ちる。それと入れ替わるように出てきたのは、白い毛皮を茶色に汚して一生懸命に穴の淵を登っていたネキロムだった。
『おいおい、何落ちてんだよって、ギャバーーー!!?』
コオド達の代わりに洞口蛇に狙われてしまったネキロム。迫る口に叫び声を上げても止まる物では無いのだが、その隙を見逃さない騎士がいた。
「──“天慶”」
上段からの一振りで、洞口蛇は二つとなる。血飛沫も上げずに敵を斬り伏せるのは、まさしく天から賜った愛の一撃。動かなくなったのを確認したティグリスは、振り返って言葉を掛けた。
「──大丈夫?上にも気を付けていないと、危ないよ?」
「た、助かったぜぇ、ティース……」
「ありがとうございますー……」
へなへなと穴の中で力を抜くコオド達を見て、ティグリスはなんだか安心した気持ちになった。そして足元でモゾモゾと這い上がって来た友を見て、やっと戻って来たんだなと実感した。
「やあ、ネキロム。意外と遅い帰りだったね」
『遅いって、もぉーーー色々あって大変だったんだから!迷宮に入るわ蟻共がうじゃうじゃだわアリジゴクはいるわ……』
この騒がしさ。久々過ぎて哀愁を感じてしまったティグリスは、自身でも不味いと思ってしまった。ネキロムの言葉に色々と気になる部分はあるが、とりあえずティグリスが聞きたかったのは橄欖色の大蛇の事だった。
「ネキロム、あの深緑の蛇は……」
『え、あぁ気付いた?アレ光輝倒した時の大蛇。何かあの時から追いかけて来たみたいでさー、懐かれちゃったみたい』
見上げるように、ティグリスは大蛇をもう一度見る。確かにあの頭の傷と潰れた目は、ティグリスの記憶にあるものと一致していた。
『おーい、リク!残ったヤツもやっといてくれー!』
「シュリ!」
小さい洞口蛇を食べ終えたリクと名付けられていた大蛇は、最後の一匹となった洞口蛇へと襲いかかった。
「シャア!」
「Za!?zaaaA!」
リクが素早く洞口蛇の尻尾へと噛み付き、そのまま相手へと絡み付く。洞口蛇もリクの身体へ噛み付きを行うが、リクの締め上げが身体へ牙を突き立てる事を許さない。
洞口蛇が分裂をしなければ、その巨体を生かしてリクを返り討ちにしていた事だろう。しかし“たられば”の話をしていても意味は無い。
現実は、リクが洞口蛇を喰らう。それがただ一つの真実であった。
「a……」
「サウ、サウ」
洞口蛇の顔が、リクの口の中へと消えていく。生きたまま、暗闇へと消えていく洞口蛇の瞳には、先程までの威厳はもう存在していなかった。
「終わり、か……」
脅威は去った。その事にマルディは思わず言葉を漏らした。真昼から、計三時間三十二分。長期の闘いと、何よりコオド達が無事戻って来た事で力が抜けてへたり込む。
何故、あんな巨大な蛇と一緒にいたのかは謎だが、暴れない様子からして敵では無いとマルディは認識した。
「生きてきた中で一番疲れたぞ……なぁハーニア…………ハーニア?」
隣に居る筈のハーニアがいない。周囲を見渡せば、穴からコオド達を引き上げているティグリス達の元へと向かっている。それだけなら特に思う所は無いのだが、何故か戦闘が終わった今でも、ハーニアは庖刀剣を未だに納刀していなかった。
「──よっと、ありがとなティース」
「このくらい、なんて事はないよコオド。君達も……色々と大変な目に遭ったようだね」
頭の上からつま先まで、格好がボロボロのコオドを見てティグリスは察する。特に膝から下は、食いちぎられたかのように服や靴が存在していない。
「そうなんだよ、俺もよく分かってないんだけど迷宮に落ちてさぁ、蟻の魔物が──」
さっきも聞いた、とは言えない空気だ。仕方無しにティグリスは似たような内容の話を黙って聞く。敵もいない、その事実がティグリスの首筋に迫る殺気の察知を鈍らせた。
「──動かないで」
「……これは、なんの真似かな」
庖刀剣が、ティグリスの首筋に当てられる。
「お、おいハーニア。お前何やって……」
「コオドは黙ってて。そして、離れてなさい」
余りの迫真さに、思わずコオドは一歩下がってしまう。何があったのかはコオドには分からなかったが、ハーニアの表情は真剣そのものだった。何も分からない中、コオドはクーラウを引き連れて距離を取る。しかしもしもの時の為に、割って入れる準備は怠らない。そっと自然に弓を手に取っていた。
「ねぇ、何であの時ワザと大蛇に呑まれるような事をしたの?」
「それは、さっきも言ったと思うけど、毒を仕込む為だよね」
焦らず、冷静に思い出しながらティグリスは答える。発言に矛盾が生じぬように、ゆっくりと、しかし淡々と。
「私は思うんだけど、別に毒を仕込むだけならアナタも呑み込まれる必要は無いわよね?口の中へと投げ入れるだけで充分だと思わない?」
「──考えてみると、そういうやり方もあったね。でもほら、あの時は闘いの最中だったから思い付いたのがアレだったんだよね」
齟齬は無い。しかし今のティグリスからは邪な商人のような、何かを隠す気配をハーニアは感じていた。
──毒を投げ入れるより、敵に呑み込まれる事が先に思い付くのか?普通なら前者が先なのではないのか?
「そう、なら毒の事について聞かせてもらえる?あれは何の毒なの?」
「……」
「毒に詳しいって訳でも無いし、遠目から見ただけなのだけれど、毒の症状って目眩や嘔吐、あって吐血くらいじゃないの?あんなに身体が膨れ上がったりするなんて、まるで病気みたいじゃない?」
「……そういう毒なんだ。後、毒の詳細は秘密にさせてもらえるかな?君達を信じていない訳では無いけど、あの毒は特別でね。威力を見てもらったから分かると思うけど、あまり世に広めたくないんだ」
ティグリスも毒に詳しいという訳では無い。そしてハーニアが本当に詳しくないのかも分からない。秘密にするという答え方は、分からない故の苦肉の策だった。しかし黙秘権というのは、真実に辿り着かせない代わりに疑心を増やす。
「──なら、これで最後。その甲冑の兜を取ってみて」
『ネキロム、お願い』
『え、ええ!?今!?ちょっと今はもう地下のアレコレで魔力がすっからかんなんだけど……』
『ええぇ!!?そんな!』
いつもなら夢幻魔法で創るティグリスの人顔だが、今回は運悪くネキロムの魔力が無くなっていた。
蟻獅子との戦いやコオドの足の時間の巻き戻し。そして大蛇のリクの出現。危険な迷宮にはいられないと、直ぐに地上へと出てきた事が裏目となってしまっていた。
「脱がないの?それとも、脱げない理由でもあるのかしら?」
「ティース……?」
ハーニアは急かす。コオドは声を掛ける。しかしティグリスに選択出来る行動は無い。ただただ沈黙を貫くのみ。
「そう、なら──私が脱がせてあげる」
庖刀剣が振り抜かれる。殺気を感じていたティグリスは、倒れ込むようにして回避を行うが如何せん刃との距離が近過ぎた。
甲冑の兜を滑りながら、庖刀剣の刃は面頬の留め具を弾き飛ばす。そして開いた面頬は、そのまま庖刀剣に引っ掛かって明後日の方向へと虚しく転がっていった。
「──ウソつき」
ティグリスは立ち上がる。ハーニア達とは違う、瞳の無い鋭い牙が生え揃った大顎の面を晒しながら。
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