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兎にかく、あるべき生は要らぬ  作者: 健安 堵森
第二章 ただそれだけで
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十話 闘う戦士たちへ不死を添えて

 


「.......う、グ.......」


 昇る太陽を中心に降り注がれる光が、段々と小さくなっていくとその正体がハッキリとしていく。

 第二の太陽の正体、それは先程倒した筈の光輝ベンヌであった。

 赤に紛れる金の羽根達が燻ってはいるものの、その身体はピンピンとしており、今にもティグリスを殺さんと鋭い目を向ける。


「kyuoooooooo!」


 光輝ベンヌがもう一度嘶くと、先程のよりは弱いが再び身体が光り輝きだし、燻っていた金の羽根も元の煌びやかさを取り戻していた。

 そしてティグリスの首を刈り取る為に、光輝ベンヌは急降下を始める。


『ティグリスー!』


 ネキロムは声を掛ける事しか出来なかった。しかしその声が、ティグリスの意識を安定させる。


「〝恋し貴女〟〝愛し君〟」


 瞬時に剣と鎧(恋人)を顕現させると、立ち上がったティグリスは光輝ベンヌの鋭い爪を左腕で受け止めた。


 そして光輝ベンヌの爪と拮抗していた左腕を素早く引くと同時に、ティグリスは右足を軸に左半身を後ろに逸らす。


「kye!?」


 力を込めていた光輝ベンヌは、急に相手が力を抜いた事によりバランスを崩してしまった。


「フッ!」


 その隙をティグリスが見逃す筈も無い。

 慌てふためく翼ごと、ティグリスは光輝ベンヌの頭を斬り落とした。


「──ッ!!?」


 しかし勝利した筈のティグリスは、慌てて大きく飛び退いた。

 その予感は正しく、またしても光輝ベンヌが太陽の如く光り輝き始めたのだ。


「これは、面倒だな.......」


 放たれる光とともに、失われた光輝ベンヌの翼と頭に光が集っていく。集う光は、そのまま形作ると元の頭と翼に戻っていったのである。


『ヤベェなコイツら』


「ネキロム」


 声を掛けられて足元にネキロムがいることに気が付いたティグリスは、自身の体験をネキロムに話す事にした。


「あの光、僕──というよりは多分大顎(ピシャーチャ)の身体が苦手みたいだ。当たるとすごい焼き尽くされるように痛かった」


大顎ピシャーチャに有効.......?神聖な光.......?いやわからんな。とにかく俺の方も全然駄目だ。あの蜘蛛、斬っても焼いても直ぐに復活する』


 どちらも不死身の魔物という点で、苦い顔となる。

 せっかく一獲千金ウハウハで二日も馬で彷徨い続けたのに、お宝が最大の難関というのは嫌がらせにも程がある。


「どうする、一旦逃げようか?」


 状況は手詰まり。ティグリスとしてもやりたくはない選択肢だが、ネキロムに逃走を提案してみた。


『いや、不死身といっても弱点はある筈だ。選手交代してそれでも駄目なら逃げよう』


 そう発言するネキロムは以前、勇者ユウキに不死身について聞いたことを思い出していた。




 “──あぁ〜不老不死になりたいなぁ〜”


 “何いきなり。でも完全なる不死身の能力ってのは存在しないよ。必ずどこかに再生を止めれる手段がある筈だからね。ま、強い力にはそれ相応の弱点があるってことだね”


 “えーつまんね”




 まさか本当に不死身と出逢うとは露とも思っていなかった為、クソみたいな制約だと考えていたネキロムだが、こうして敵として出てくると弱点があって良かったと心底思った。


「わかったよ、気を付けてね」


 ネキロムの思案はよそに、ティグリスは了承の返事をすると土蜘蛛の方へと向かっていった。

 その返事を背に、ネキロムは今度は光輝ベンヌと対峙する。


『さぁ〜て、土蜘蛛より雑魚でありますように!』


 なんとも逃げ腰な態度は相変わらずのようだが。






 ──ネキロムと別れ、土蜘蛛と対峙したティグリスは改めてこの不死身の魔物をどう対処するか思考する。


「斬っても焼いても駄目。.......いや、多分ネキロムは一回だけ斬ったんだろうな。ならば──」


 ティグリスは一旦剣を構え直す。

 静寂の一時、先に動いたのは土蜘蛛の方であった。長大な鋏角を大きく広げながら、そのまま齧りつかんとばかりにティグリスに詰め寄る。

 しかしその時を、ティグリスは待っていた。


「──“三四五みよい”ッ!」


 横に三、縦に四、斜めに五本の斬撃が同時に土蜘蛛を襲う。

 黒い外骨格は数多に分断され、ティグリスは襲われる事無くその場に佇む。

 だがしかし、それだけではこの土蜘蛛を倒す事は出来ない。

 散らばった蜘蛛の欠片達は、また一つになろうと黒い糸を絡め合い、大きくなっていく。


「──無いな」


 然れども、ティグリスの狙いは倒すことでは無かった。いや、少しながら今ので倒れてくれたらと淡い期待があったのかもしれないが、本当の狙いは魔石にあった。


 ティグリスの予想では、自在に魔石を移動させて再生能力で復活しているものだと踏んでいた。


 なのでティグリスも持つ、魔物の心臓部である魔石さえ見つかれば、倒すことも可能だと思い土蜘蛛を細切れにしたのだ。

 しかしそれでも結果は見当たらず、振り出しに戻ってしまう。


「まいったな.......時間を稼ぐしかないのかな、っと!」


 今度はお返しとばかりに、土蜘蛛の脚が細長く槍状へと変形してティグリスを貫こうと突き出される。


「kikikikiki!」


「クッ!この!」


 歩脚の二本を地面に突き刺し、残りの六本の槍で繰り出される攻撃にティグリスは防戦を強いられた。

 また、槍状へと変化した脚が本物の槍のように硬質化しているのも防戦に拍車をかけていた。


「じゃあこれは!〝侵喰(しんしょく)〟!」


 一瞬の隙をつき、ティグリスは〝恋し貴女〟と〝愛し君〟を解除して大顎ピシャーチャの能力を発動させる。

 身体は瘴気になり、槍はティグリスを貫くことなくすり抜ける。


 地面に脚を刺していることで土蜘蛛はすぐには逃げられないのをいいことに、ティグリスは瘴気のまま近付いて相手の身体へとなんなく侵入した。


「gi?giki!?gyuwaaeaeeaaaa!!!!」


 侵入したティグリスを追い出す手段を土蜘蛛は持たない。

 なすがまま、されるがままに土蜘蛛は体内を侵される。


 口からは青みがかった透明な液が漏れ、黒い外骨格には白い斑点が段々と浮かび上がる。

 脚の自由は利かず、上げたり下げたりと震えも止まらない。

 余りの疲労に土蜘蛛は、ついに地に崩れ落ちて脚の変形を解いてしまった。


「──ふぅ、こんなものかな」


 土蜘蛛の中から出てきたティグリスは、身体を瘴気から戻してひと息を吐く。


 残念ながら倒すことは叶わなかったが、しばらく行動を阻害出来ることにティグリスは満足していた。


「物理的な損壊には強いかもしれないけど、死なない程度の病は結構キツいみたいだね」


 ティグリスの戦闘行為にまた一つ、手段が増える。

 あえて死なないようにすることでの行動阻害。

 その利点を頭に刻み込みながら、ティグリスが近くの木陰に入ろうとしたその時。


「gi、giaaa!!」


「おおっと?」


 倒れていた土蜘蛛が急に襲い掛かってきたのだ。

 無理をして起き上がって来た為、避けるには容易であったがティグリスは少し違和感を覚えた。


「何故襲ってきた?回復するまで待てばいいものを.......」


 事実、段々と病の症状が治まってきているのがティグリスにはわかる。それなのに襲う理由とは。

 様々な憶測がティグリスの頭を過る。


「.......焦り.......守る..............──なるほど」


 相手の行動、心境にティグリスは納得する。もし予想があっているならば、次の行動でこの戦いは決着を迎える。


「〝恋し貴女〟」


 ティグリスは武器だけを顕現させる。

 護りは必要ない。この一撃で相手を倒すという意思がそこにはあった。


「──スゥ.......はァ..............」


 深呼吸をし、剣を構える。

 意識するのは咆哮。

 轟く雷のように、怒る山のように、総てを揺るがす竜の咆哮。

 目に映る木も地面も魔物も一振りで吹き飛ばすその技の名は──、



「──“竜崩りゅうほう”」


 力を込めた右腕を、勢い良く薙ぎ払う。

 その衝撃波は爆音を轟かせ、地面を抉りながら総てを吹き飛ばした。


「守ろうとするんだ、そこにお前の弱味があったんだろうね。でも一緒に吹き飛ばせば、何も問題は無い」


 土埃でうっすらと曇ってしまった剣を、血振りの要領で払い落とす姿を最後に、この戦いはティグリスの勝利で飾った。


 △▼△▼△▼△▼△▼△



 ──時は少し戻り、一人となったネキロムは光輝ベンヌとの睨み合いが続いていた。

 その様子はまさに龍と虎の構図、ではなく食物連鎖のヒエラルキー的には蛇に睨まれた蛙が似合っている。

 ただこの蛙は幾分か、蛇よりもずる賢いのが勝敗を決めかねていた。


『とりあえず《二兎追うものは一兎も得ず》』


 先に動いたのはネキロムだった。いつものように分身を作り、身の安全を確保する。


「kyuoooooooo!」


 ネキロムが二羽に分かれたことにより、光輝ベンヌもより警戒を高める。

 またしても嘶くと、光り輝くと同時に燻る金の羽根が輝きを取り戻し、しまいには五つの光玉が光輝ベンヌの周囲に現れた。


「kyuaa!」


 鳴き声により、光玉は無数の光線へと姿を変える。その光線は瞬く間に降り注ぐと、今度は地を焼き尽くす雨に変わった。


『ぎょ!?』


 光線の速度などネキロムの目に追うことなど出来はしない。気付くと同時に分身をやられたネキロムは慌てて魔法を発動する。


『《岩屋根ルクサンカ》!《落とし穴(ドルアルア)》!』


 それでも光線は止まらない。簡易な岩の屋根も、直ぐに雨風が入り込む欠陥住宅と成り果てる。

 しかし間一髪のところで、ネキロムは地中へと逃げ込む事が出来た。


『あっぶねー。ティグリス特攻どころの話じゃねーよ。レーザー兵器じゃんあれ!』


 剣と魔法の世界にレーザーはズルいだろうとネキロムは嘆くが、嘆くだけでは何も変わらない。

 とりあえず逃げ延びた穴を掘り進むことで、ネキロムは光輝ベンヌから離れた場所に出ようとしていた。


『んしょ、ここら辺かな。《二兎追うものは一兎も得ず》』


 大体の場所まで掘り進むと、ネキロムはもう一度分身をつくる。


『よし、行け!偵察兵!』


『ラジャー!』


 ネキロムも馬鹿ではない。安全には安全を期してネキロムは分身を先に行かせる。無意味なやり取りは馬鹿だが。


 数秒してから穴に光が差込み、そして偵察兵が戻ってくる。


『報告!地上は泉の近くに通じてました!敵は我々を見失って無闇矢鱈にレーザーを振り撒いている模様』


『うむ、御苦労。戻ってよし!』


 安全を確認したネキロムは、魔力を無駄にしないために魔法を解く。

 そしてこっそりと地上に顔を出すと、目の前の岩影から光輝ベンヌを視認する。


『フッ、所詮は獣。知恵無き魔物がこの俺に勝てるわけがないのだ』


 先程まで相手の強さに嘆いていた癖に、背後を取っただけでこの自信。なんとも羨ましい性格をしている。


『《貫く風(トネパエ)》』


 そしてこの不意打ちである。ネキロムの辞書に正当という言葉はない。

 放たれた風の弾丸は、見事に光輝ベンヌの胴体を貫いた。


「gyyu!?」


 やられた光輝ベンヌは驚愕しながらも再生をする。そして攻撃が飛んできた方を見ると誰もいないことに怪しむ。


「pya!」


 次は右翼を撃たれる。停止飛行が出来なくなり、墜落していくが再生速度を速めて事なきを得た。


「.......?!」


 そしてまた攻撃方向を視野に収めるが誰もいない。

 次は右脚、再生──。

 左翼、再生──。

 左脚、再生──。


「──kyuiaaaAAAAAAA!」


 止まぬ鬱陶しい攻撃に、怒りが頂点に達した光輝ベンヌは急上昇を試みた。

 いくら風を操れても所詮は兎。天空を翔ければ攻撃は止まるだろうという意思の元の行動は半分正解した。


『.......あれ、逃げた?』


 攻撃が届かないのでは無く、ネキロムが見失うことで攻撃は中止されたのだ。

 相手に位置を悟られないように、至る所に穴を掘り狙撃を行っていたのが、光輝ベンヌを襲う攻撃の正体だった。

 しかしネキロムにとっては運が悪く、穴掘り最中に光輝ベンヌが急上昇をしてしまったのである。


『え、え?』


 周りを見渡してもティグリスが戦っている姿しか確認出来ない。まるで隠れんぼの最中に見つけて貰えなくて、そのまま一人取り残された様な虚無感に陥ったネキロムは、取り敢えず状況整理を始めた。


『うん、まぁ.......復活の回数制限は無さそうだな。攻撃を避けようともしていなかったし。魔石も.......何処にあるのかわからん。てか、鳥の心臓の場所よく知らんし。あとは──』


 そう言いかけたところで、自身の場所が日陰になったことにネキロムは気付く。


 ──自分の所だけ、日陰が出来る。


 その事実を理解したネキロムはハッと上を見上げた。


『うおおおあぁあ!?』


 鋭い爪がネキロムの目前に広がって映ったのである。だが咄嗟に力を抜いたことで、ネキロムは自身の顔程もある大きな脚に捕まる事を免れた。

 穴の中に転がり込むように入ったネキロムの耳には、地を削るような音だけが響き残る。


『──セェェェェェェェフ!.......ふぅ、まさか自分が動物番組のハンティング特集みたいになりそうとは思わなかった』


 額の汗を拭う仕草をしながらネキロムは考える。まさか遥か上空にいるとは思っていなかったのだ。


『どうする.......いや、逆に利用するか?』


 やられたらやり返す。十倍でも百倍でも気が済むまで。それがネキロムクオリティ。

 思いついたが吉日なネキロムは、すぐさまに行動を開始する。


 今度は逆に相手の急襲を利用するつもりなので、顔を出す穴は見晴らしの良い所に。

 そして敢えて“何もわかっていませんよー”っぽい顔をして、ネキロムは周囲をもう一度見渡した。


 すると、その間抜けな姿に釣られた光輝ベンヌは、もう一度ネキロムに向かって空から急襲をかける。


 自身の周りが薄暗くなったことにネキロムの笑みは止まらない。上手くいったことを実感しながらネキロムは魔法を発動させた。


『《黒曜箱(ドゥーサバル)》』


「kyui!?」


 ネキロムと光輝ベンヌの間に、黒い石で箱が形成される。何もかも呑み込まんとするその箱は、光輝に対して大きく口を空けていた。


 その箱に対して危機感を覚える光輝ベンヌは、慌てて攻撃対象をネキロムから地面へと変更する。

 しかし地面を切り裂く行為はネキロムの予想範囲内。


『《土精霊の腕(バルフーラアラゼ)》!』


 地に降り立った光輝ベンヌを、巨大な土の腕が文字通り鷲掴みにした。そしてネキロムのいた穴へと引き摺り込もうとする。


「gyueaaaaAAAA!」


 しかし光輝ベンヌは認めなかった。

 穴に入るくらいならと、身体を発光させ目も向けられないほど強く輝くと、土の腕と共に爆発四散した。


「.......kyurururur」


 光が集い、光輝ベンヌは蘇る。

 然れどもその顔には、少し疲労が窺えた。燻る金の羽根は未だ戻らず、燻るまま。

 そんな状態の中、ひょっこりと他の穴からネキロムは顔を出す。


『──見たぜ、お前の行動。()()()()()?暗闇に入るのを嫌がったな?』


 クスクスとネキロムは笑う。何せ相手が弱点を教えてくれたのだから笑いが止まらない。


 今まで攻撃を避ける素振りを見せなかったくせに、暗闇に似た黒い箱を避けたり自爆までして穴へ入るのを避けた。

 そこから導かれる弱点、それは──、


『光がないと能力が使えないみたいだなぁ?』


 兎という下級種族風情に馬鹿にされ、弱点を見破られる。

 光輝ベンヌにとってこれ程屈辱的なことは無い。

 あの忌々しい角頭を刈り取るべく、光輝ベンヌは飛びかかった。


「kyuoooooooo!!!!」


『や〜い、バーカバーカ!べろべろり〜ん!』


 しかし突進という稚拙な攻撃が、ネキロムに通じる訳もなく、通じない言葉で煽るだけ煽ってから穴の中へと戻っていく。


 それが、最大の過ちであると気が付くことも無く──。


『さぁーて、後は別の穴から顔を出して不意打ちすれば.......』


 暢気に予定を立てながら、ネキロムは穴を進む。

 しかしその先は、何故か暗闇ではなく光が待っていた。


『ん?』


 不思議に思うネキロムを、続いて熱風が頬を撫でる。


『げ!』


 気付いた時にはUターンをして出口を求めていた。

 穴を焦がしながら迫って来る光、それは激しい炎の侵攻だった。

 全速力で逃げ惑うネキロムだが、どの分かれ道も炎で埋め尽くされ、逃げ道が見当たらない。


 そしてようやっと、()()()()()()()()()()出口をネキロムは見つけた。


『助かったー!』


 間一髪、炎に尻尾を舐められながらネキロムは脱出を果たした。

 そして光輝ベンヌは予定通りにネキロムの首根っこを鷲掴む。


『ぎゅえ!』


「kyurur」


 そして別れを告げる事も出来ずにネキロムは大空へと連れ去られてしまう。

 何もかもが光輝ベンヌの予想範囲内。そう、ネキロムは魔物の知恵に敗北したのだ。


『ティ、ティグリース!!』


 必死に叫ぶもののその声はもう届かない。あれよあれよという間に空へ昇り、泉が貨幣くらいまで小さくなる。


 冷たい風が吹きつける中、ネキロムは光輝ベンヌに問うてみた。


『.......あの、まさかここから落とさないッスよね?へへっ、冗談じゃないですか光輝ベンヌさーん。僕と君のナ・カ・♡』


 返事は爪を離す事で返ってきた。


『ぬわあああああああああああっっああああああああぁぁぁ!!!』


 重力はネキロムを地面を結ばせる為の愛のキューピット。

 然れどもネキロムはその運命に必死に抗う。


『《風の膜(スゥテクラエ)》!』


 一枚如きでは止まらない。ネキロムは自身が止まるまで魔法を連発し続けた。


『《風の膜(スゥテクラエ)》《風の膜(スゥテクラエ)》《風の膜(スゥテクラエ)》《風の膜(スゥテクラエ)》《風の膜(スゥテクラエ)》《風の膜(スゥテクラエ)》《風の膜(スゥテクラエ)》《風の膜(スゥテクラエ)》エェェェッ!!』


 幾枚もの風の膜を突破しても、ネキロムが止まることは無かった。

 だがそれでも一縷の望みをかけて魔法を続ける。


 迫る地面、大きくなる泉。衝撃に備えネキロムは目を閉じた。



 ──そして、止まる。


『.......?』


 衝撃はあった。

 しかし思いの外痛くはない。拳骨で殴られたくらいの痛みが頭から伝わってきただけ。あと尻も少し痛い。

 様子を見る為、ネキロムは恐る恐る目を開く。


『なんじゃぁこりゃあ!?』





「──kyururu」


 忌々しい兎が死んで、光輝ベンヌはとても清々しい気持ちとなっていた。


 空を飛んで気持ちが良いというのも久しぶりだ。


 その余韻に浸りつつ空を飛び続け、満足し終えると兎の死体を食す為に地上へと降り立つ。


 兎の死体を探すのにそれほど苦労はしなかった。

 木にぶつかり飛び散ったのであろうと思われる兎の血の匂いが場所を示してくれたのだ。


 木の根元には、角が折れたあの兎の死体が転がっていた。丸々と肥え太っているその体は、ここら一帯では見ることが出来ない美味しそうな体つき。


 待ち切れないとばかりに近寄った光輝ベンヌは、さっそく手前に転がっていた角に齧り付く。

 ザクりとした食感、そしてほのかな苦味。これが角兎アルミラージを味わう時の光輝ベンヌの流儀。


 そして角を食し終えた光輝ベンヌは、メインディッシュへと取り掛かるのだ。


 皮を裂くために自慢の爪を延ばす。そして、




『馬鹿め!俺は本物だ!《土精霊の腕(バルフーラアラゼ)》!』


 死体と思われたネキロムは突如として起き上がり、土の腕で光輝ベンヌを捕まえた。


「kyuoooooooo!」


 まだ生きていたことに光輝ベンヌは驚いたが、それだけのこと。

 飛行時に貯めた光の力でもう一度自爆すれば逃れられる。

 同じ手は、光輝ベンヌに通用しない。


『そうくるよなぁ!だが隙だらけよ!《兎に祭文》!《くいぜを守りて兎を待つ》!』


 同じ手は、ネキロムにも通用しない。

 光ろうとしていた光輝ベンヌの頭にしがみついて、夢幻魔法をぶち込んだ。


 《兎に祭文》による戦いへの理解欠落、《くいぜを守りて兎を待つ》で行動停止。


 超至近距離による魔法は、光輝ベンヌの精神を塗り潰した。


「gyu.......」


 動かなくなった光輝ベンヌだがネキロムは情けをかけたりはしない。

 傷を付けず、そして光の届かない場所で殺す。

 そのためにはある場所に光輝ベンヌを移動させねばならなかった。


『そしてお前の墓場は、この泉だ』


 滾滾と湧き出る泉。それが光輝ベンヌの墓となる場所だった。


 土の手で、ネキロムは光輝ベンヌを泉へと放り投げる。

 ばしゃりと水面に落ちた衝撃で、催眠が解けた光輝ベンヌだが、上手く泳げぬその姿は助けを求めているようにも見えるかもしれない。

 しかし現実は非情である。


『そしてこれがあああっ!ネキロムのネキロムを折られた恨みいい!』


 泉の上空に、泉と同等の大きさを持つ魔法陣が広がる。


『《巨人の(カルミ)──』


 しかし真言を唱えようとしたその時、雷にも似た破壊音が、空気全体を震わせた。


『──(ラク)》!?.......あ』


 破壊音の正体、それはティグリスの“竜崩”であった。その余りの大きさはネキロムの魔法操作が狂ってしまうほど。


 しまったとネキロムが焦った瞬間には時既に遅く、ネキロムが予想していた五倍以上の厚さの岩盤が天から泉を押し潰した。


『.......えぇ』


 何ともいえぬ感情だけが残り、ネキロムと光輝ベンヌの戦いが終わってしまった。

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