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兎にかく、あるべき生は要らぬ  作者: 健安 堵森
第二章 ただそれだけで
39/66

八話 のんびりとした二人旅

イェイv('ω')vイェイ

 


「あ、あああ、ありがとうございますぅぅ聖騎士様ぁ!!!お陰で命も商品も無事でした!!」


 燦々と照りつける太陽の中、ティグリスは今、砂の大地を踏み締めながら一人の商人から感謝されていた。


「そんなに畏まることは無いぞ、商人よ。私は今、流浪の身。礼儀等は不用だ」


「.......なんと寛大な.......!失礼で無ければお名前を伺っても?」


「え、僕ゥ゛ン゛ん!?.......ゴホン、失礼。私の名はティース。ティース・ロウウェルだ」


 このティース・ロウウェルと名乗る者。もちろん賢い人は予想はついているだろうがティグリスご本人だ。

 最初言い淀んだのは、兜の中にいるネキロムがティグリスの後頭部を蹴ったからである。


 まあそんな事はさて置き、不思議と思うだろう。何故、お尋ね者でも無いのにティグリスは偽名を使っているのか。

 これはつまるところ、ネキロムのお巫山戯が九割方占めている。


『ねぇネキロム。やっぱり変だと思うよこの口調。すごい堅苦しいっていうかなんというか』


『そうか?俺は似合ってると思うけど、外見状は』


『いや、三百年前の経験だけど物語の中だけだって、こういうのは』


『え、マジ?』


 こんな調子で芝居を続けているのだが、止められない理由が残りの一割にあった。


『でもこのくらいの態度しないと、なんか舐められるだよなぁ』


『あぁ、二人目の商人はやな感じだったよね』


 結果論からいうと、ただ単に二人目の商人の性格が悪かっただけなのだが、豪華な鎧からする若い青年の声というのは、貴族のボンボンと認識されたらしい。

 そこからの丁寧な言葉遣いに含まれるどこか見下した感情は二人──特にネキロム──をイラつかせるには充分だった。


 ティグリスが商人と話している間にネキロムが金品を盗み、商品を滅茶苦茶にする。

そしてさっさと帰る商人の後ろ姿を見て、ネキロムはほくそ笑むのだ。もう兎では無く鼠の所業に近しい。


 とまあ、このような事があった為、ティグリスは演技をする事を強いられていた。

 因みに一回目の時は、ティグリスが昔の癖で兜を脱いだ為、化け物顔を晒す事になり商人が逃げ出してしまった。

 その事実があるので、ネキロムの提案は断りにくい状況となっている。


『まあこうやって名乗る事で人間味を持たせてるんだ。そうすれば人じゃないと思われる事も少なくなるだろうよ。誰かさんみたいに素顔を晒さなきゃなー』


『悪かったって、もう!』


 そんなやり取りを〝繋がる心〟でしながら、ティグリスは商人からここ近辺の情報を提供してもらっていた。


「──しかし商人よ。不思議に思うのだが、何故護衛を雇わない?これまでにも幾人か商人を助けたが、護衛無しというのは御主が初めてだぞ?」


 そう問われた商人は目をキョロキョロさせると、何かとても言いたくないような雰囲気を出すが、観念して事情を告白する。


「いやはや.......実は少々、計算間違いで護衛を雇う程の金銭を残し忘れたのです.......」


 ガックリと肩を落とす商人は、可哀想ではあるが自業自得なので同情の余地は無い。ティグリスはどうしようもないと、ふと心に思っただけなのだが、その雰囲気を察知したのか商人は慌てて弁明をし始める。


「でも違うのですティース様!本来ならばこの付近は、馬車には寄り付かない弱い魔物しか生息していない地域。護衛は最悪いなくてもよいのです。他の同業の者も護衛を付けていたとしても多くて四人程のはず。あのような大型の魔物は本来なら出逢わない筈なのです!」


誰に対しての言い訳なのか、不思議に思うティグリスだが、その剣幕に商人が嘘をついているとは思わなかった。

 事実、商人の言う通り今まで助けた他の商人達も、少数の護衛人数だからこそ魔物に苦戦し、ティグリスが助太刀する形となった。


 それに今まで救助した時に討伐した、巨大な蠍や蜘蛛等はその時にしか出会っていない。

 もちろん、ティグリスの強さを感じ取って野生の魔物が出てこないという可能性はある。

 しかしそれを考慮しても、此処何日も砂漠を歩いて大型の魔物を目撃したのが、襲われている場面だけというのは少々おかしい。つまり──、


『異常事態、という事だな』


 そうネキロムは判断した。

 別にティグリスみたいに考えた訳では無く、思いついたことをただ言葉にしただけなのだが、結論的にはティグリスもそう捉えていた。


「──あの、ティース様。助けて頂きながら申し訳ないのですが、どうか私めの護衛として、次の町まで付き添ってはくれないでしょうか?もちろん謝礼は弾みます!」


 状況を少し整理していた時、商人はそう言ってきた。


『どうする、ネキロム?』

『いやー、お金はあるし。商人が行く町も行っても遠回りになるだけだしなぁ』


 お金はこれまでに助けた商人からも頂いたし、食料もある。

 それに進行方向から逸れてまで、助けてやる程の義理も無い。


 ティグリス達は思案中であったが、その雰囲気を悪く感じたのか、商人は引くことを決めた。


「.......やはり、図々し過ぎましたね」


「ん?ああ、すま──」


『あ、ちょいまち』


 二人とも、断る流れで行こうと決めていたが、突然ネキロムの中で妙案が閃いた。


「ゴホン、すまない商人。次の行く町で知り合いに鍛冶師、又は武具店等はおらぬか?」


「──?ああ、はい。それなら何軒か知り合いがおりますが.......?」


「なら、謝礼の代わりに一番良い店を紹介してくれ。それで交渉は成立だ」


「それで良いのですか!?」


 安い支払いに商人は驚きを隠せなかった。しかし驚いているのはティグリスも同じで、通訳したネキロムの言葉の意味を問う。


『なんで鍛冶屋に行くんだい?兎用の防具なんて売ってないと思うけど.......』


『違わい!!俺じゃなくてお前の全身鎧を買うんだよ』


 その言葉にティグリスは少しムッとした。


『僕は嫌だよ。恋人と別れるくらいならここで一緒に死ぬ』


『バカ!そんなの着てるから悪目だゲフンゲフン!.......じゃなくてさぁ、ティグリス。お前は彼女さんがどうなってもいいっていうのか?』


 ティグリスの病み気味な発言に、思わず失言しそうになるネキロムだが、何とか誤魔化して全身鎧を買う理由を説明する。


『.......どういう意味?』


『そりゃあティグリスは強いよ?ちゃんと彼女を護れる力を持っている。でもさ、そうやって綺麗な彼女を見せびらかしてばかりいると、悪い考えを持った奴が終わりなく現れるってもんだ。その度ティグリスは必ず彼女を護れるかもしれない。でもその護る分だけ彼女を危険に晒していると俺は思うね、うん。だからこそ俺はティグリスには全身鎧を着て貰えれば、彼女さんは危険な目に会う事もない、と思ってるよ。別に俺は別れろとは言ってないんだ。ただ、彼女さんの安全を思って──』


 よく回る口である。長々と続く説明は、ただティグリスに鎧を着て貰う為だけの言い訳であり、実際には悪目立ちするから普通の格好をしろ、がネキロムの本音だ。

 傍から見れば胡散臭いの一言に尽きるが、彼女第一なティグリスには効果覿面なようで、心打たれたティグリスは思いを考え直した。


『──悪かった、ごめんよネキロム。目が覚めたよ。どうやら僕は力を持ち過ぎた余り、なんでも力で解決しようとしてたみたいだ。そんなことにも気付けないでいたなんて、僕は.......!』


『わかってくれたか!いや、それでいいんだティグリス。人間誰でも間違える。気付けた事が何よりの成長だ。そして気付いたなら、これから先で彼女さんを気遣ってあげればいいんだ』


 他の人が言えば良い言葉なのだろう。

 だが力を手に入れれば、ゴリ押しの強行突破でなんでも事を済まそうとするネキロムの口から出たならば、鼻で笑うのが正解といえる。


 そんな茶番劇が繰り広げられているとは知らない商人は嬉々として馬車の中へとティグリスを招いた。






「──ほう、やはり商人は商人で苦労があるのだな」


「いえいえ、命を掛けて仕事を為さっている騎士様達に比べれば容易いものですよ」


「いやナイフ殿。騎士は、商人は等と比べてはならぬ。商人であるならば商人にしか出来ない事もあるのだ。仕事が嫌いというのではないのなら誇るべきことだぞ」


 馬車に揺られてから、一日が過ぎ去った。それだけの時間が経てば、知り合い程の仲にもなり会話も続くようになる。

 またティグリスが段々と役に染まり、ネキロムの操作から外れた事で自然と言葉が出てくるのも会話進行を助長していた。


 そんな会話の内容は、たわいもない苦労話である。

 商人──名をナイフという──は、十歳から家業を手伝い始めてこの道三十五年のベテランではあるが、自身のうっかりとした性格のせいで苦しい時期が何度かあったらしい。

 その度に這い上がってきているので、実力はあるのだが自身はその性格だけが治らないのが悩みとのこと。

一方のティグリスも昔の苦労話のついでに、騎士時代の思い出を語り、とても満足していた。


 ネキロムは寝てた。


「──いやぁ、良いお話を聞けました。騎士の方と話す事など滅多にあるものじゃないですからね」


「私としても充分に実のある内容だった。やはり世界はまだまだ広いな」


「ご最もで。.......あ、見えてきましたよティースさん。アレが砂漠に湧き出る泉を中心とした町、ダーヨウフです」


 ナイフが指差した所には土造りの建物群が並んでいた。外壁は砂漠の砂と似たような色をしており、注意深く見なければよく分からない程に保護色となっている。


『ネキロム。着いたよ、起きて』


『んあ?』


 兜の位置を直すかにみせかけて、コンコンと叩いてネキロムを叩き起すティグリス。

 その様子にナイフが気付くことは無かったが、目的地の方を確認して少し訝しむ。


「.......何か、入り口で人集りができてますね」


 そう呟いた言葉の通り、町の入り口には少なくない人集りがあった。

 ナイフ達が最後尾に辿り着くと、ティグリスは列の前の人に声を掛けてみる。


「すまない、そこの御仁」


「あぁ?何だっ.......え、えあッ!?すみません!!お騎士サマ!?」


 少し見られた途端、この騒ぎである。昔はもっと、親しく話し掛けてくれた筈なのだがと、時代の流れについていけてないティグリスは溜め息を漏らしながらも話を続ける。


「礼儀は不要。少々尋ねたいのだが、この人集りの理由を聞きたい」


「えッ、はっ、えと、そのですね.......。俺もよくは知らねぇンですけどついさっき、魔物から逃げ延びた商人が助けを求めて町へ来たんですよ。なんでも鎧を着た化け物に商品が入った馬車を奪われたって」


「.......ふむ?」


「それでずっと町の衛兵に泣きついているんすよ。可哀想ではあるけど、こっちはずっと待たされていい迷惑ですよ」


「.......」


 その内容を聞いて何を思ったか、ティグリスは列から少しはみ出して、その現場を覗いてみる。


「あれは.......」


 乱れた服装、痩せこけた顔。どれも会った時とは別人のように変わっていたが、揉めている商人は、ネキロム達が初めて助け逃げられた商人だった。

 その姿から飲まず食わずで砂漠を横断してきたのは想像に難くない。


『いやー、俺達が原因じゃん』


 その言葉にまたしても少し心が痛むティグリスであったが、それと同時に此方に振り返った商人と目が合ってしまう。


「────ッ!??!」


 瞬間、より一層騒ぐようになった商人を見て、ティグリスは溜め息と共に問題を解決しようと前へ出る。


「情報をありがとう、青年。それとナイフ殿。少しそこで待っていてくれ」


 情報提供の青年には少しばかりの金銭を、そしてナイフからの了承の返事を貰うと、ティグリス達は町の入り口へと向かう。


「──久しいな、商人よ」


 入り口まで辿り着くと、ティグリスはそう声を掛ける。


「う、うるせぇッ!こちとらお前のせいで品も馬車も失ってんだっ!」


 威勢はいい商人であるが、衛兵の後ろから叫ばれては子供ですら萎縮しないだろう。


「フン、魔物から助けただけなのだがな。第一、失ったとはいうが貴様が全て捨て逃げたからではないか」


「黙れ魔物風情が!ほら衛兵!町に魔物がやってきたんだ!さっさと討伐しろ!」


「〜〜ッ!ちょっと待って下さいよ!」


 ティグリスと商人の会話についていけなくなったのか、商人に盾にされていた衛兵は話に割って入る。


「さっきから魔物魔物って!まるで騎士の方が人ではないと聞こえます!どうみても我々と会話しているではありませんか!?」


「喋る魔物だっているんだよ!俺だって噂でしか聞いた事がなかったがコイツの素顔を見た時、噂は本当だって確信したんだ!──そうだ、素顔だ!おいお前!魔物じゃねぇってンならその兜を脱げ!」


 商人の言っていることは全て、真実である。衛兵達には現実味が無い内容ではあるが、それはものを知らないだけ。

 もし、喋る魔物が一般的であったならば商人に賛同して、兜の下を確認しようとしただろう。

 しかし現実と真実は同一では無く、ネキロム達には真実を歪めるだけの力があった。


「そこまでいうならば、もう一度私の顔を見せてやろう。今度は逃げてくれるなよ?」


 そういってティグリスは兜を脱ぐ。そこから現れたのは天に伸びる一本角に白いふさふさの毛皮。


「あ、角兎(アルミラージ)!?」


「あ」

『あ、やべ』


 ネキロムが顔を出してしまったのは手違いであったが、もはや脱ぐ事を止めるのは出来ないのでティグリスは全てを脱ぎ去る。


「ほら!やっ.......ぱり.......?」


 今度こそ周囲の者達が見たのはティグリスの素顔だった。

 灰色の髪と瞳。人当たりの良さそうな整った顔立ち。誰に声を掛けても好印象が得られそうな容貌。

 だがそれは鼻から上の場合だ。両頬には肉が裂け、それが不完全に治癒したような跡が残っており、顔の秀麗を酷く損ねていた。

 もし暗がり等でこの顔を見たならば、かなりの人が驚くであろう。そんな顔をティグリスはハッキリと見せ付けるかの如く、商人に近付ける。


「この姿は愛する人を護る為に得た代償。これを見て嘲笑うも結構。慄くのも結構。しかし他の者達にまで迷惑を掛けるな」


「あ、え、な.......なんで.......」


「これ以上騒ぐのであれば此方も相応の対応をさせてもらう。それが嫌ならば衛兵に素直に従うことだ」


「こっ、これ──」


「──最後だ、従え」


 ティグリスの威圧に商人は耐え切れなかった。砂地の上にへたり込むと、それを見兼ねた衛兵に運ばれるまで一言も発することは無かった。


『ひゅー、かっくい〜!──最後だ、従え。だって!!』


『茶化さない。というか台詞考えたのネキロムでしょ。まったく』


 溜め息をつくティグリスは、少し不貞腐りながらもまた兜を装着する。その様子をみて、衛兵が一人前へ出てきた。


「すみません、大変助かりました騎士殿」


「いや、元々は私が原因の様なもの。礼などよい。御主達は全うに職務を果たしただけだ」


「有難うございます。そう言ってもらえると我々もまた落ち着いて仕事が出来ます」


「ああ、では──と、そうだ。最近、商人の通り道で大型の魔物が出没しているらしい。私も何匹か討伐したが、それで全ていなくなったという事はないだろう。仕事を増やしてすまないが、警戒に注意を払っておいた方が良いぞ」


「いえ、重要な情報提供に感謝です!」


 そうティグリスは忠告した。昔の話とはいえ、ティグリスも街を護る仕事を誇っていた男を父に持つ家庭だった。

 今の衛兵の熱心なその姿に、少し哀愁を覚えるティグリスの優しさが衛兵に忠告を促した。

 用を終えたティグリス達は列に戻ると、ナイフと一緒に検問を受ける。

 ただ、先程の一件で好印象を与えたティグリス達は、それほど時間が掛かることも無く町に入る事が出来た。ただ、


『めっっっちゃ邪魔!!!!』


 ネキロムは町に入る条件として、角にリボンを付けられていた。


 原則基本、魔物は町に入る事は出来ないが、使い魔として使役している場合にはどこか目立つ場所に、アクセサリーを身に付けさせる事が義務付けられている。


 今回はネキロムも町に入る為、ティグリスの使い魔という体で入る事にしたのだが、ティグリスが茶化された仕返しとして角にリボンを付けたのだ。


『ぬぉぉおおおおおお!!』


「くく、ククク.......!」


「あの、ティース殿.......?嫌がってるようにみえますが.......?」


 短い前脚では角の先に届くことは叶わず、不思議な踊りをすることしか出来ない。

 かといって放っておくと、垂れている部分が目に掛かり視界の邪魔になる。

 そんなどうにもならない時間は、ティグリスが笑い終わるまで続くのだった。


 身振り手振りで何とかナイフに前脚へリボンを移して貰ったその後は、ナイフから紹介してもらった武具店で鎧一式とそれなりの剣を購入。

 久々に人間の社会に触れ合う事ができた二人は、充実した雰囲気で今日の宿まで辿り着く。


「──では今までありがとうナイフ殿。貴殿のお陰で旅が楽しく過ごせた」


「いえいえ、こちらこそですよティース殿。この度の御恩は一生忘れません。また何れ、旅をしていれば何処かで会う日も来るでしょう。その時はどうか私の商会にお立ち寄り下さい。お安くしときますよ?」


「ハハハ、感謝する。では達者でな」


 そうしてナイフとは別れ、今日が終わる。

 宿泊した宿のふかふかのベッドは、ネキロム達にとってはまたしても久しぶりなもの。

 食事をし、身を清めてベッドに身を投げ出すと、ゆっくりと安眠を与えるのだった。

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