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兎にかく、あるべき生は要らぬ  作者: 健安 堵森
第一章 自分のことは自分だけが知っている
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十三話 行く末は新たな出会い


「これで良し...と。おーい、兎ぃ!出掛けるぞー!」

『ほへ?』


 窓辺で日光浴をしていたら師匠に話しかけられた。


『出掛ける?なんのこっちゃ?』

「いや、一週間前手紙が来てただろう?それに家庭教師をして欲しいって書いてあったから今日から街の方まで遠出をするって言ったじゃないか」

『手紙...ああ』


 そういえばそんなことあったなと俺は頭の片隅で思い浮かべながら師匠へと見送りの言葉を送る。


『んじゃあ、行ってらっしゃい。お土産期待しとるからな』

「何言ってるんだ。お前も行くに決まってんだろ」

『ふぁ!?』


 お土産を貰う気満々マンでいた俺は師匠の言葉に驚きを隠せなかった。


『いやいやいや!俺準備してないし!着替えとか日用品とか何も用意出来ないし!』

「無いだろ」


 俺の焦りは四文字で切り捨てられた。


 「さ、行くぞ」

『待って!せめて貴重品だけでも!』

「無いだろ」


 俺は首筋を掴まれドナドナされていくのだった。





『ーーーーんで、何処に向かってるんだコレ』


 俺と師匠は馬車に乗って拓けた森の中を進んでいた。

 もちろん馬車を引いてるのは馬、ではなく師匠の魔法《火炎の競馬(フレイムレースホース)》で造られた炎の馬だ。触っても自身や物が燃える事はなく、魔物へ攻撃する時だけ熱を発生させるらしい。


「今はな、ラエドル王国にあるドグマジオ地方、その最東端にあるゼットリーという街に向かっているんだ」


 おーい、新しい地名が出てきて何言っとんのか分からんぞ。

 ラエドル王国はずっと前に聞いたことがあるんだがな。


 そんなことを思っていると見兼ねた師匠が目の前に地図を広げてくれた。


「ここが私達がいるリリディアの森。んでこのままずっと西に行けばラエドル王国のドグマジオ地方に着く。そこからは街道沿いに行けば一週間くらいでゼットリーにたどり着くっていう感じだ。」

『あーはいはい。そこそこに遠いのね』


 まあ、馬車だとそんなものか。

 しかし、一週間馬車の中で揺られ続けるだけとはつまらんなぁ。


『なあ、こういうとこ通ってたりすると魔物とか盗賊とかって出てきたりしないのか?』


 小説とか読んでるとそんなシーンとか良くあるよなぁと思いつつ、興味本位で師匠に聞いてみた。


「魔物は出るな。盗賊も出るっちゃ出るが、こんな郊外の所じゃなくもっと都市部に近い街道で襲い掛かってくるぞ」

『強い?』

「はははっ、盗賊が強かったらこんなにも安心して外出なんて出来ないよ。それに最近はどの国も騎士団や〝狩猟者〟を使って盗賊狩りを行っているから今じゃ出会う方が珍しいさ」

『狩猟者?狩人達も盗賊を捕まえようと追いかけてんのか』


 悪道に堕ちれば人も獣同類ってか。案外恐ろしい世の中なのな。


「ああ、違う違う。狩猟者っていうのは狩人とは違う、また別の奴らのことさ。狩猟者組合が危険だと判断した魔物や賞金首を討伐する殺しの専門家達の事だ」


 余計にタチが悪かった。

 悪人は魔物同類だし、殺しの専門家が公にされているとは地球じゃあ有り得ないな。


『ああ、でも見方によれば正義の味方か。悪者は退治してるんだし』

「正義の味方、か。兎は優しいな」


 優しい?俺が?


 一体何のことだろうと師匠の顔をみる。


「そりゃあ、狩猟者になる奴には良い奴もいるだろうさ。でもな、中には合法的に殺人が出来るって理由で狩猟者になる奴もいる。反吐は出るが所詮人間はそんな者が多いのが事実だよ」


 ああ、そっか。

 どの世界でも殺人は許されないがこの世界だと法的に許される殺人が出来てしまう。

 そりゃあ駄目って言われれば逆にやりたくなってしまいたくなるのが人って生き物だ。

 日本にいた時は、どうやっても殺人は許されない事だったからそんな者たちがいるとは思わなかった。

 ……なんだか少しどんよりとした雰囲気となってしまった。


 俺は暗い雰囲気を改善しようと適当な言葉を師匠にかける。


『ま、まあ!人間に良いの悪いのあるように兎にも悪い奴はいるもんだよ。世界征服を企んだり無に還そうとしたり!』

「おっ、その話は初耳だな。中間地点の街までに聞かせてくれよ!」

『あ、やっべ』


 師匠の前で兎に関すること、特に│兎のドナルエスネの話をすると最低でも十時間は拘束されてしまう。

 俺は一抹の希望を抱いて師匠に尋ねる。


『...ちなみに次の街までは...?』

「三日半だが?」


 さよなら、俺の休息よ。

 君と会えるのは睡眠時間の時だけだろう。


 そんな俺の絶望も師匠の高なっている気持ちも馬車は関係なく次の街まで運ぶのだった。




 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲




「ああ、もう着いてしまったな」

『........』


 やっと見えた。これで俺は安らかに眠れる……。


「どうした兎?少しげっそりしているようだが?」


 誰のせいだと思ってんだ、と言ってやりたいが如何せんもう喋る気力は無い。

 今はただ、眺めていることしか出来なかった。


 師匠は関所の近くにいる警備兵らしき人に近付くと、何やら話し込み始めた。

 身分証だの通行料が~、とかが途切れ途切れに聞こえてくる。


「ん、そっちの兎は何だ?」


 警備兵が俺の方に気付く。


「ああ、私の......愛玩動物だ」

『えー弟子だろう?』


 師匠の発言に茶々を入れてみる。もちろん警備兵とは〝繋がる心〟で繋がりを作ってないので聞こえてはいない。


『それとも何だ?もしかして俺のこと可愛いゴフッッッ!!』


 師匠から手刀が飛んできて頭が体にめり込みそうになった。


『お゛ぉ゛ぉ゛!』

「まあ、兎だから大丈夫か。くれぐれも迷惑のかかることが無いように頼むよ」

「ああ、了解した」


 悶絶している俺を放ったらかして、師匠は馬車を走らせる。


 くっそぉ、こうなったのも警備兵が俺に気付くから...!


 心の中で悪態をついていると、ふと名案が浮かんでしまった。

 考えるより動けが俺のモットーなので早速行動を開始する。

 一旦師匠とは繋がりを切り、先程の警備兵と俺を繋げる。

 そして十分な距離を取ってから、


『てめぇのせいだッ!この税金泥棒!空から落ちてきた花瓶で頭カチ割ろぉ!!』


 思いっきり叫ぶ。

 すると、警備兵にしか聞こえていないから滑稽に一人だけ辺りをキョロキョロしている。


 クックックッ、まさか兎だとは思うまいて。

 そして一番肝心な師匠には気付かれて無い。

 これぞ、完全犯罪........!


 おほほー!これは楽しい遊びを考え付いてしまったぞ!

 そうと決まれば、馬車を過ぎる奴らに片っ端からやってやるわ!


 老若男女構わず、俺は繋がりを作っては叫び、繋がりを切るを繰り返していた。

 師匠も前を見ているだけで俺のことを気にしちゃいない。


 うーん、バレない悪戯はとても楽しい。

 それに辺りを見回している奴らを見ていると滑稽で笑えてくる。


「兎」

『んあ?』


 笑いを堪えていると師匠が話しかけてきた。


「能力使って悪戯すんの止めような」

『うぇ!?』


 な、なんでバレたんだ!?

 ……いや、師匠は嘘を吐いている!冷静になれ俺!

 きっと俺が引っかかるのを待っているに違い無い!


『ななな、何言ってんの師匠~。俺は街の風景を見ていただけでそんな悪戯なんて』

「私たちが通り過ぎると必ず辺りを見回す人がいる。そしてその人が辺りを見回す前にお前は馬車の外を覗いている。おおかたお前は〝繋がる心〟を使って誰彼構わずに話しかけてるんだろ?」

『........まいりました。すみません、二度としないと誓います』


 名探偵は異世界にもいた、俺の隣に師匠という存在で。

 なんつー観察眼だよ。もう師匠のいないところでしか出来ないじゃん。


 「まあいい。これから食料とかを買い込みに行くがお前も何か買うか?」

『おっ、いいねー。面白そうじゃん。買う買う~』




 そこから俺たちは必要な物を買い揃える為に色々な店を巡った。

 師匠が売買している間に、服屋に雑貨屋など一通りの店を観察してみたが、どの店も活気があり、地球にいた時と比べても、利便性が少し落ちている程度で趣のある良い店たちだと答えれるだろう。


「すみません、会計をお願いできますか」

「はい、はい、えーっと........全部で17,460オルだねぇ」


 今は師匠と雑貨屋のお婆さんが会話している。お婆さんの手元では何かカチカチと弾くような音が聞こえる。

 多分、この世界の計算機なのだろう。

 剣と魔法のファンタジー世界だが他の面でもこの世界は結構文明度が高い気がする。

 この雑貨屋にはないが、新しめの店では照明や陶器の洗面台も見受けられた。

 まあ、便利なことに越したことはないだろう。


「あーっ!うさぎさんだー!」


 馬車から店内を観察しているところころとした声が背中の方から掛けられた。

 何だ?と思って振り返ってみると、茶髪の女児がこっちに向かって走って来ている。


「うさぎさんー!うさぎさんー!」


 女児が俺を触ろうとジャンプをするが、残念ながら馬車の窓から顔を出している俺には届かないようだ。


「お嬢様!お待ち下さい!」


 対面の店の影から若草色の髪をした騎士らしき人物がこちらに向かって走ってくる。


 あー、子守りの人ね。

 ちゃんと見とれよ、攫われたりしたら大変やぞ。俺には関係ないけど。


 と思っていたのも束の間。

 馬車の扉は何故か開き、扉に体重を寄せていた俺はそのまま転げ落ちた。


『おへっ!?』

「やった!つかまえた!」


 犯人は貴様か!

 この馬車扉に鍵付いてないとか不用心過ぎるだろ。師匠に文句言わなきゃ。


 そんなこんなで俺は女児にベアハッグ状態。女児の後ろにはキリッとした恰好いい(俺よりは劣るが)若草髪の男騎士。


「お嬢様。勝手に移動されては困ります。予め我々にも教えて頂かないと」

「そんなことよりエストー!わたしこの子と〝たんさくしゃ〟になるー!」

「はあ、またですか。駄目ですよ探索者になるのは。貴女様はニアトー家の大事なご息女なんですからそんな危険なお仕事に就くのは許されませんよ」

「やだー!」

「やだーと言われましても........」


 女児と若草騎士が言い争う。


 だが俺の頭の上で意地の張り合いが行われていることはどうでもいいのだ。


 何が重要かというとこの茶髪女児の腕が俺の首にジャストフィットで入っているということであってここままだと窒息死してしまうかもしれないから師匠ー!!早く馬車に来て助けてくれぇぇぇ!!!


 と俺は師匠に向かって救難信号を送る。

 早ければ早いほどいい。とにかく俺に出来るのは「助けて」の言葉を送り続ける事だけだった。


『助けて助けて助けて助けて助けて........』

「あー、お嬢ちゃん?とりあえずその白い兎さんが苦しがっているから一回離して上げよう、ね?」

「?おねえさんだあれ?」

『げふっ!』


 いきなり離され俺は地面に落下してしまった。


 素直は素晴らしいが離す時くらい合図をくれ、と言いたいがそんなことよりもまずは空気を吸わねば!


 ........ああ、空気がこんなにも美味しいと感じたのは初めてだ。

 それに神は実在した。最高神エマを崇めよ。


「私はこの兎の飼い主なんだ。だからお嬢ちゃんには悪いけどその子と一緒に探索者にはなれないかな」


 師匠の言葉に明らかに愕然とする茶髪女児。どうやらそんなにも探索者とやらになりたかったようだ。


「これは失礼しました。私はエスト・グリーンハートと申します。この度はテネラ様がご迷惑をお掛けしました」

「ああ大丈夫ですよ。子供は元気が一番ですから多少の乱暴なんて可愛いものですよ。な、兎?」


 え!?被害者である俺に許せと!?

 何を馬鹿なことを言ってるんだ師匠。ここは損害賠償を請求するとことでしょ!!


 と言ったら確実に怒られるため、ここは適当にウキュっと鳴いて右手を挙げておいた。


「ほう、とても賢い兎ですね」


 若草騎士が俺を見て呟く。


「エストー!わたしもこのこほしー!」

「駄目ですよ、それにさっきこのお姉さんが言ったではありませんか、この兎はお姉さんが飼っていると。それにニアトー家では動物は禁止です。さ、私たちも馬車に帰りますよ」


 そういうと若草騎士はひょいと茶髪女児を抱えて軽く礼をすると去っていった。


『あー助かったぜ師匠。危うく縊り殺されるとこだったわ』

「すまなかったな。馬車の鍵は目的地で直そうと思ってたんだ」


 やっぱり鍵は効いてなかったか。


『まあいいや。それよりももうこの町を出ようぜ。他のガキ共にも集られたら敵わんぞ』

「ふむ、兎にも怖いものがあるんだな」

「違わい!対応するのが面倒いだけじゃい!」


 こうして俺と師匠の短い町滞在は終わった。

 そして町を出て馬車を走らせること三日間、俺達はゼットリーに着いたのだった。



『んー、街っていうから期待したけどこの前寄ったところとあまり変わらんな』


 関門を通ってゼットリーの中を目的地まで馬車を走らせているが、特に気になる点はない。悪くいえば寂れた、良くいえばのどかな雰囲気だ。


「そりゃあ大きな街とは言っても王国の最東端だ。まあ、都市部には賑やかさでは負けるかもしれないがのんびりとした雰囲気があって私は好きだぞ?」

『まあ俺もごみごみした都会よりのんびりな田舎の方が好きだが........おっ、あの屋敷か?』


 道の先に豪邸と言っても過言ではない大きな屋敷が姿を現した。


「ああ、そうだ。あれが今回私が家庭教師をする子がいる、ラエドル王国のラブルナム辺境伯の別荘だ」

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