相模湖周辺
飯テロです
ここからはかなり記憶が曖昧だ。きっと漕ぐのに必死になっていたんだと思う。
転ばないように、滑らないように、小さな石ころも逃すまい、と前輪の手前を常に確認した。そうして、耳では右後ろから車が来ているかどうかと気を張っていた。それに加えて、体力の消費を減らすために歩道の縁石の高低差を膝で受け流す。あまりにも道路が狭かったので、歩道の方を常に走っていたのだ。ポンチョだったこともあって車に引っ掛けられたくなかった。迷惑でもあるし。
これがかなりきつかった。車が出られるように歩道が道路に向かってなだらかになっている部分だ。本当にこいつらは僕の敵だった。平地だとお尻が痛いし、坂道では最悪だ。坂の上で小さな坂を幾つも登らなくてはならないのだ。延々と続く坂にうんざりして、さらに続いているあの高低差はため息をするのにもため息が必要だった。
どこかで聞いた事だ。呼吸。吐く事を意識すれば、体は勝手に吸ってくれるから、吐く事に意識を持てば良いという奴だ。僕はさっそくそれを実践する。雨で眼鏡が曇る。眼鏡を左のポケットに突っ込んだ。吐く息はふぅーと大きく一つ、吸うのは二つ、はぁはぁっと吸った。それを意識して続けると、そこからは疲れはほとんど蓄積しなかった。
一定の呼吸をすることでリズムが出来て、余裕もできる。坂道でもギアをマックスに入れる。
重くなっても今の僕に敵はいない。集中しろ。石はないか。鉄の排水板はないか。こちらに飛び出してくる草木を避けても右後ろから車は来ていないか、来て居たら、あえて草木にぶつかっていく。呼吸は一定に。どんどん坂を登る。右手に曲がる。先に平坦を見つけて嬉しくなる。余裕だ。でも油断するな。車は来ていないか、滑らない様に気を付けろ。ポンチョは邪魔にならないか。
そんなことを集中して続けて居たら、道はついに山道に入った。坂はきつくなり、雨は強い。道も狭く、右にも左にも歩道はない。ゆっくりと、そして、車の事を意識している事を周りにちゃんと伝えて、通ってもらう。
僕だって通行の邪魔はしたくない。
休むことなくどんどん山道を登る。左に急なカーブがある。右後ろから車が徐行する音が聞こえる。対向車はない。
どうして抜かない? 後ろをパッと振り返ると、なんと僕の荷物が右に落ちかけていた。ちゃんとくくっていたから落とす事はなかったけれど、荷台よりも鞄の幅があるから立ち漕ぎをしたせいでズレてしまったのだ。焦るな。落ち着け。右手で素早く元の位置に戻す。結構重い。何とか荷台に乗せ直せた。横を通る車に頭を下げた。
落ち着くために道幅が広がっているところでママチャリを止めた。「ふぅー、やばい今のはやばい。落ち着け、気を付けろ。ふぅー」と、改めて自分を落ち着かせる。慣れた手つきで右のポケットから飴玉を取り出して、端っこをつまんで袋をポンッと割って口に放り込む。ゴミをポイ捨てする事は主義に反するので絶対したくない。左のポケットの深くに突っ込む。
パンクなどの確認をした後に、鞄がまたずれない様にくくりなおす。
どうしてずれたか、原因は漕ぎ方にあった。自転車で坂を立ち漕ぎした事がある人は分かると思う。自転車を左右に揺らして各々の足に体重が乗るようにして漕ぐと楽なんだ。しかし、それは荷物がズレる原因になる事を意味していた。僕は改めて、坂道の上り方を改善するべきと認識を改めた。
その頃になると頭はもうずぶぬれだった。全身も汗なのか、雨所為なのかずぶ濡れだ。少し考えて、見栄えの事もあるなと思ったので鞄を開けた。タオルを取り出して、頭に巻いてみた。
おお、やっぱり気合が入るな。漫画なんかで受験生が頭にハチマキを巻いて勉学に励む姿はデフォルメされているけれど、案外間違っていない様に思えた。たぶんオシャレをしたり、化粧をしたりする事も似たような効果があると思う。素の自分よりも理想の自分になるために、恰好から入る事は大事かもしれない。
気合を入れ直した僕はちゃんと後ろを確認して出発した。これがどうも調子がいい。確かに、重心移動を小さくして、足の力を入れる量が増えてしまったが、タオルのおかげで雨が気にならなくなった。フードだと雨音が頭に響いて、気分的に参ってしまうけれど、雨は顔に当たるだけで音はしないので不快感はない。
しばらく進むと車の通りが減った。どのあたりだろうか、と道を見て居たら、山の神たる像が現れた(名前は不敬にも忘れてしまった)。それはその坂の通りに幾つかあって、山の神様の名前にあやかったお店が3,4店続いた。
なんだかテンションが上がってきた僕は、撮ったこともない、セルフィと言う奴でほほ笑んでいる像と一緒に写真を撮った。山の神様は雨に濡れてはいたものの、いい笑顔だった。しかし、僕の方は下から撮りすぎていたのか、映りが悪い。
なんだか女子会でみんなが良い感じで映るまで撮り続けるという話を聞いたことがあったが、こういう事か。「山神ちゃんかわいいー」「えーそうでもないよーサミシちゃんの方がかわいいよー」「えーブスだよー。あーえらが出てる。ごめんもう一回いい?」「あー全然いいよー」的な感じだろう。
車の通りが少ないとは言え、これ以上、山神様とイチャコラするのも気が引けたので、お礼を言って再び漕ぎ始めた。
しかし、その時に危うく転びかけた。
ギアが重いままだったのもあったが気が抜けていた。それに初めて足に疲れが出てきている事に気付いた。ふぅー落ち着け、と自分に言い聞かせて精神的にリカバリーした。飴玉をポンッと口に放り込んでママチャリを押して歩く。歩いてみると改めて坂が急なのが分かる。結構頑張って漕いでいたから少しくらい歩いても罰は当たらないだろう。山神様の名前が大きく書いてある看板があるお店なんかを眺めながら進んだ。今さらだが、そこは右側に歩道があったので右側に入らせてもらっていた。事故りたくないからね。
そうして、再び自転車で山道を進むことにした。雨で濡れたアスファルトがふわふわに柔らかくなっていそうだ。坂を上りながら右手に曲がる。まだ坂が続いている事なんてざらだ。このあたりは多分相模湖の辺りだろうか。坂もきつければ、カーブも多い。しまいには雨で視界も悪い。集中はしていても暇を持て余していた。
突如、坂を上っているうちに何かするか、と思い立った。何をするかなぁ、と思いを巡らせると、こういう時の定番と言えばしりとりだと行きついた。さっそくしりとりを始める事にした。けれど、普通のしりとりじゃあ面白みに欠ける。
そこで、今日はピー単が出来ないのだから英語でしりとりしようと決めた。さすがにその単語の流れまでは覚えていないが、しばらくしりとりを楽しんでいると、ある事に気付いた。
XとYがやばい事に。
こいつらから始まる単語の少なさに気付いたのだ。なんかの単語を何も考えずに言ったら、Xで終わったのだ。「X、X……やべぇ、やべぇよX」焦る僕は何とか頭をひねる。「……X-men」僕はXに負けた。
後日、辞書を開いたりして見てみるとX-rayとかがあった。しかし、大きな辞書でもXは一ページだけだ。それはああなるわ、と納得したものだ。
ついで、Yに関しては、案外出てこないのだった。言い訳としては、道に注意、車に注意しながらのしりとりだし、雨だったんだ。僕が思い出せたYから始まる単語はわずか三つ。Young、you、yoyoだ。僕は厳し目にしりとりをすることを決めていたから、youngster、yourなどの類語というかは禁止していた。今yieldとかyellowとか出てきたけれど、つまるところその当時はそんなものだった。だから途中からはXとYにならない様に考えてから口にした。
しかし、メインはあくまで自転車の安全運転だ。しりとりが疎かになってしまう。
そんな時にyoyoだけ残してYが頭に来てしまった。Yoyoと言っていいのだろうか? 負けた気がするし、保険で残して置きたい。そう思った僕は「……やーやーやー」とチャゲアスのヤーヤーヤーを口ずさんだ。
俺はバカか何かか、なんて思った瞬間。歩道にある排水する為だろう鉄の板を固定するための金具に前輪が引っかかり、滑ってしまった。ブレーキは危ないからすぐには握らないで足を地面に付けて、転ぶことを回避した。
とっさの判断でなんとか無事だった。運が良かったのは、滑ってしまった歩道は、車のすれ違いに使う為に膨らんでいて、車がすぐ横に走っている様な状況ではなかったことだ。
しばらく放心状態に陥る。「今のはマジでヤバイ。ふー……っはは、なにがやーやーやーだよ」緊張で張った感情をほぐす。
今iPodを調べてみたらやーやーやーの綴りはYAH YAH YAHらしいね。知らなかったというより忘れていた。勘違いして欲しくないのは、世代ではないですよ。好きですが、僕まだ若い、ですよ。もちろん、音楽を聴くための物は持って行っていた。No music no life.な考え方を持っている事もある。さっきのしりとりを選ぶ選択肢には入るのだろうけれど、当時の僕にはそんな余裕もなければ、したくないとまで思っていた。それにルール違反だ。え? おれ? 普段音楽聞きながら自転車乗る訳ないじゃないですか。当然ですよ。いやね? そういう事をしてしまう輩が多い世の中ですから、No music no life.などとのたまわっているの多いですから。そんな輩のためにね? 説明というか、説教というか、必要じゃないっすか。勘弁してくださいよ。
とまぁなんとか気持ちを落ち着かせるために自転車を降りて押して歩く。飴玉の補給もした。そして、歩道を歩いて右に曲がると坂が終わっていた。下り坂が見える。嬉しい気持ちよりも、気を付けないとすぐ転んで轢かれるな、という危機感の方が強かった。
下り坂の先に目をやると結構勾配がきつい。本当に気を付けようと兜の尾を締める思いで自転車に乗る。ペダルは漕がずに左の方へ行く。車の往来はない。滑らない様、気を付けてブレーキを掛ける。カーブが近づいてくる。右車線から車が来る。音も後ろから聞こえる。このままカーブを曲がると大きく膨らんでしまう。僕は左足のかかとでブレーキを掛けつつカーブに挑んだ。きれいに小回り出来たところで後ろを振り返ったが、車は来ていなかった。
こういう事が何度かあった。おそらくこちらに向かってくる右車線側の車の走行音が後方の山に反射して音が後ろから聞こえてくるのだろう。また、すれ違った車の音が残っている印象も感じた。グネグネとした山の坂道だからこそ起きる現象だろう。しかし、後ろの音が右車線の車の音だという事が分かっていても怖いのでちゃんと確認はした。
下り坂はすごく怖かったけれど、同時に解放感が圧倒的だった。ペダルを踏むことはないから余裕が出来て、空を見たり、左手に広がる山の景色を見たりした。景色とはいっても雲に覆われて、霧が濃い事もあってキレイとは言えないけれど、幻想的な景色だった。静かな画だな、と感じた。ゆっくりと霧、雲が山の辺りを漂っている。
途中、右手に歩道が現れたから入る。草木の整備に手を入れる事が難しいのか、ほとんど伸びっぱなしで、痛い。けれど、見晴らしのいい所で、いったん止まって、写真を撮ったりしてツイッターにあげた。早朝にしたツイートにいいねが幾つか付いていてうれしくなる。それに返信をしてくれたり、応援の言葉だったりがラインともどもあって自然と顔がほころぶ。
ラインの機能で声を送る事が出来る事は知ってはいたものの、はじめて従兄妹が送ってくれた。僕の名前を呼ぶだけと言う斬新な投稿もあれば、長野代表として松商学園の甲子園2回戦の動向をウグイス嬢風に解説してくれたりと楽しませてもらった。ちなみに大月辺りに着くころには松商学園は負けてしまった。けれど、一回戦を勝ってくれたので、長野の高校球児が少しでも報われたならいいな、と思った。おばあちゃんがラインのスタンプなどを使いこなしているのは、素直にすげぇと驚いた。
応援をありがたく思いながら淡々と写真を投稿して、カメラを取り出すか迷った。雨とは言っても若干弱くなってきていたのだ。カメラはバックを開けばすぐに出てくるだろう。しかし、さすがに面倒というのと、今回の目的はあくまで自転車を長野に持っていく事だ。写真を撮る目的ならまた別の機会でいいだろうと言い聞かせて我慢した。
そして、再び坂を下る。車が来ていない時には叫びながら下る。ブレーキではスピードは落とさないで靴のかかとだけで速度を落としてきれいに曲がる。ママチャリのくせにレーサーの様な気分を楽しみながら下った。
その頃には、坂道を下ることの方が多かったが、トラックなどが通る時は意識していてもものすごく怖かった。向こうも怖いだろう。申し訳なさを徐行や停止で示して、通ってもらう。慎重な性格の運転手は対向車が来ない時に僕を追い越していく。
そらそうだ。自転車が転びでもしたら、事故になってしまうのだから。僕も迷惑な行為をしている事は認識はしていたし、申し訳なく思っていた。けれど、当時の僕はちゃんと言い聞かせていた。転べば終わり、ちゃんと集中しろ。何度も言い聞かせて安全運転を心掛けた。
続いていた下り坂が終わり、しばらく上りが始まった。途中何度か休憩は入れたが辛い。3,4時間前に食べたラーメンの効果はもうない。体が寒さか、疲れかで動きが硬い。意外と続く山道に腕の力を使っていた事に気付き始める。腰の辺りが張っている。右手で時折荷台の鞄を触ってずれていない事を確認する。呼吸が乱れるとドッと疲れが体を襲う。慌てて呼吸を元に戻してもショックは大きい。もっと空気が欲しい、体が訴えるのが分かる。
休ませない、と言わんばかりに歩道のない道路は細くなる。車は右手からも後ろからも来る。ギアを緩めて坂を上る。
つらい時こそ他の事を、とやーやーやーで終わっていたしりとりを再開する。Yで終わる前の単語からだ。ママチャリでの走行に気を使いながらも、気づいたことがあった。Tで始まって、Tで終わる単語が意外と多いのだ(英語しりとりをするとわかるが、最後にEが付いていたかどうか忘れる事があった。その所為もあるかもしれない)。面白がってT縛りを始める。しばらくT縛りを楽しんでいたら、坂が緩くなっているところを発見し、坂を徐々に下る。
すると左手に標識が見える。大月と書いてある。おお! 大月に入ったのか?! うれしくて小さくガッツポーズをとった。再び坂道に入ってしまったが、問題ない。ギアを重くしてガツガツ進む。
幾つか坂や、下り坂を繰り返していると、左手に大きく膨らんだ道が見える。近づいてみると、どうやら車が4、5台止まれそうな空間があり、そこに一軒のうどん屋さんがあった。車が一台止まっているのと、古めのママチャリが一台。まさか僕と同じような年配の方がいるのか?! と一瞬頭をよぎったが、地元の人のものだろうと結論づけた。
自転車を止めて、営業しているかどうか確認する。
足に疲れが来ている事に驚く。あんなに漕ぐことが出来ていたのに、地面に足を着けるとこんなに疲れていたことに気付くのか。月から帰ってきた宇宙飛行士はきっとこんな感じか、いや違うな、と自分で突っ込みを入れる。
のろのろと店の扉をスライドして開ける。夫婦でやっているのか、おじさんとおばさんが準備をしていた。「お店開いてますか?」そう尋ねると、店主だろうおじさんはこちらに目をやらずに、「はい、やってますよ」そう答えた。頷いて、扉を閉める。
荷物をほどき、外に置いておいてもいいものは籠に入れてしまう。足の節々が痛い。腰も腕も疲れがたまっているのが分かる。よたよたと歩いて店に寄せさせてもらう。
女将さんにここに座ってもいいか、そう聞いて、扉に一番近いところに座らせてもらう。まだ午前11時という事もあって、お店にいるのは僕だけだった。メニューと水を持ってきてくれた。全身濡れていたからまだ座らずに、頭のタオルを取って拭けるところは拭いて、ゆっくりと座った。
久しぶりに落ち着いて席に座った。良く、コタツなんかにいると根が張るよと言われるが、小さな椅子に根がバッと広がるのが分かる。しばらくは立つことは出来ないな、と思いながらも大きなため息を小さく出した。
体が冷えて仕方ない。冷房が掛かっているのか、汗と雨で濡れた服が冷たい。早くメニューを決めなくては、メニューを手に取る。頭が呆けているのか、中々決まらない。おすすめのとろろ蕎麦は、気分ではない、脳筋な考え方が再び入って来た。
肉うどんと、大盛りのライスを頼む。店主はうーいとこちらを見ないで手を打った。
メニューを戻して、ふーっと息をつく。鞄から濡れていないタオルを取り出して顔や体を拭く。スマホを取り出して、報告をしたりレスポンスをする。疲れからか、大月突入という部分を突破にして投稿してしまう。親戚が早いねぇと驚いていて、おお、結構早いのかな? と得意げになる。仲の良い先輩が起床したのか、おはよう、はやっ、とラインで返してくれる。先輩とのラインを楽しんでいると、店主がうどんとごはんの乗ったお盆を持ってきてくれる。
「はいー、肉うどんとライス大盛りねー」「ありがとうございます!」本当にうれしかった。
大盛りのごはんに肉のたくさん乗っているシンプルなうどんからは湯気が立っている。汁は透き通っていて、浮いている油は星の様に輝いていた。匂いも最高で僕は貪る様にして汁を飲む。のどがやけどしても構わない、ゴクリと一口含んで飲み込む。熱さを堪えるために一瞬体がこわ張る。ふぃーと口から白い煙が出る。
そこからはものすごい速度でごはんとうどん、肉、汁を交互に食べていく。
うまい! 本当においしい。いつ「うまいです!」と言おうか、そんな事を考えていたが、いや今は食べるのに夢中だ。濃すぎない出汁が効いている汁に、太すぎず、コシのある啜りごたえあるうどん、厚めの肉を食べるたびに脂身からにじみ出る旨味、一粒一粒立っている美味しいご飯、最高だ。
バクバクと脇目も振らず食べていると、横からキュウリの酢漬けが入った皿がゆっくりとお盆に乗せられた。「出来合いだけど、良かったら」女将さんがそう言ってくれてほほ笑んだ。「あ、でもお金」「いいからいいから」店の主人はそう言ってくれた。
僕はすごくうれしくなってキュウリを口に入れて「おいしいです! うどんもおいしいです!」現金な気もしたけれど、そういって再びがっついた。
「そんなこと言ってくれる人なんていないよ。若いってのはいいねぇ」「いや、本当においしいですよ」「ありがたいねぇ。ちゃんとうどんも、ご飯もいいもの使ってるんだよ」「そうなんですか。たぶん皆さん言わないだけでおいしいと思ってると思いますよ」「そうかい。この前美味しいって言ってくれた人は3月辺りだったよ」随分具体的だ。やっぱり料理を作っておいしいと言ってくれるのはうれしいから覚えてるものなのか。美味しい時はちゃんと美味しいと言う事は大事だなと改めて思った。「どのくらいお店やってるんですか?」「十年目くらいかな」「おお、老舗ですね」ちょっと盛りぎみで言ったけれど、人通りもない坂の途中で10年続けている事はすごい事だと素直に思った。
会話が途切れたが、お店の主人は手を緩めることなく作業をしていた。少し暗めの店内だったが、僕の心は明るかった。温かいものを求めすぎていたのか、麺がなくなってしまった。少し考えた僕は、えいやと残ったご飯をうどんの器に入れた。出汁猫まんまだ。
テーブルマナー的には最悪だが、ここはうどん屋で、僕しかいないのだから、気にせずにやった。それに、汁は濃すぎないため、全部飲むことは決めていた。ごはんの器が思ったよりも深くて、想定よりもごはんが多く余った事もあった。それに汁が冷えたらそれこそ興ざめだ。
スッと汁に浸るごはん。肉は一切れ残してある。うどんの麺はないけれど、最高の締めだ。お腹にも溜まるだろう。味変、もとい雰囲気が変わったそれは、新しい料理に昇華する。少しお腹が張ってきてはいても、その美しさに感嘆する。汁を掬うお玉を除けて器を持ってかき込んでいく。猫まんまを食べたのはいつぶりだろう。いや、そんな名前は結構消極的な印象がある。ここは雑炊と言うべきだろう。
薄めになった汁に、代わりに米の甘さが加わる。少し刺激が欲しくなって、七味を少しだけ振りかける。口にそれを運んだ瞬間、ピリリとした辛みが、熱に変換されて全身に伝わる。うどんが残っている時に振りかけるべきだった、と後悔するもあの時は一心不乱に食べていたので仕方ない。雑炊が少なくなってきて、後二口か、三口になってしまった。
少し寂しくなって、箸を止めて、水を飲む。氷の入った水は今の僕にとってはありがたかった。ひと心地ついて、店外を眺める。
書き忘れていたが、この店までにたどり着くまでに川が左手にあるのを確認していた。その川が窓の下の方に少しだけ見えた。いい所にあるなぁ、晴れて居たらもっといい景色だろうに。
そんな事を考えて居たら、後ろの扉が開いて5人ほどのお客さんが入ってきた。薄汚れた白いボンタンを履いていて、土木関係の人たちだとわかる。仕事終わりだろうか、ビールを数人が頼んでいた。
ちゃんと来る人はいるんだ、このおいしさを知っている人がいて安心した。
最後に残った雑炊を一気にあおった。ふぅーと満足したため息がでた。おいしかった。丁寧に作られたそれは、味はさることながら、主人と女将さんの温かさが伺えて、また来ようと真剣に思った。そうして、お皿を下げて、お会計を済ませる。
よれよれになったお札を破れないようにゆっくり取り出して渡す。「キュウリありがとうございました。ごちそうさまでした。おいしかったです。しばらくまだ居させてもらってもいいですか?」苦笑いで最後にそう言うと、いいですよ、とほほ笑んで言ってくれた。
荷物を確認しながら、着替えるかどうかを考える。ガラス戸の扉を見てみると外は雨が上がっていた。さすがに太陽の光は見えないけれど、ポンチョは着なくもよさそうだった。走っている間に乾くだろう。それに荷物が増えるのも嫌だった。
スマホをいじったり、鞄の用意をしていたら、女将さんが話しかけてきた。「今日は一日こんな天気よね~」「そうっすね。晴れてくれると嬉しいんですけど」ははは、と力なく答えた。「もう少し行けば曇りくらいにはなるかもね」女将さんはそう言って作業に戻った。頑張れとか、お疲れ様とか、そんな事をあえて言わないのになんだか漢気の様な、恰好良さを感じた。
土木関係の人たちの元気のいい談笑を聞きながら、準備が出来た僕は最後にトイレを借りて、行くことを決めた。「ご馳走様でした!おいしかったです!」「はーい」こちらを見ずに言ういぶし銀な主人にかっけーぜ、と心で褒めて、女将さんに頭を下げて外に出た。
外は雨が降っていなかった。山の天気の事だ、また降るだろうと思ってポンチョは手前の籠に入れておく。いい機会だと思って、テンションの上がった僕はカメラを取り出して、お店を撮りまくった。
大学のサークルの事もあってカメラはなんだかオートで撮る事はダサいなんて思っている。
少し時間がかかったが、たまの休憩だと満足するまで撮って、鞄に入れないで籠にカメラを乗せた。車がお店の駐車場に入ってきて、年配の夫婦が出てきた。常連って奴だろう。そうだよな、美味しいもんな、まるで自分のお気に入りのお店が褒められているようで得意げになる。
タオルを頭に巻いて、「ふぅー行くか」そう言って、自転車にまたがる。雨が上がって、おなかもいっぱい。上がったのは体温だけじゃない。後ろを確認して坂に挑む。
続きは明日載せます。全部で46000字なので明日完結です。