準備
8月15日 長野から東京へ
バカバカしいけれど、ママチャリのためだけに電車賃の6000円程度を使って東京に帰ってきた。なんだよ、それって往復のガソリン代を出せば車で乗せて帰って来れるじゃないか。そんな心の声を聞きながら、電車に乗った。確かに僕は東京から長野まで自転車で帰ると宣言したけれど、あれ? マジでやるの俺? とふつふつと沸いてくる不安を抱えて東京のアパートに。
長野から持ってきたものは、親から借りたポンチョ(すげーダサいやつ)、鞄を雨から守る雨具、最低限必要な服、麦わら帽子くらいだ。
大学の通学にも使っている鞄を眺めながらぼんやりとしていると、ルートの確認をしていない事に気付く。東京から長野までは20号線をまっすぐ走れば着く事は知っていた。峠もあるってことは知ってる。後は、何も知らない。
確か心配性の母親が「笹子トンネルは本当に気を付けなね」と言っていた。そうすると対面に座っていた父親が「おー、そうだよ。結構危ないんじゃない?」と続けた。後覚えているのは、必ず転ぶだろうから気を付けなよ、と言う若干預言めいた事を父親が言っていた事くらいだ。
とまぁこんな具合で、僕の手元にはあまり情報がない。けれど、スマホだってあるから途中で調べながらでも行ける。僕が感じているのは心配と言うよりも、車に引っ掛けれられないだろうかとか、天気予報ではずっと雨だけど晴れてくれるだろうかとか、盗賊なんかが現れて「おう、金目のもん全部置いてけぇ!」と言われるんじゃないかとか、クマが出てきて「はちみつたべたいなぁー」と蜂蜜を与えるまで時速40キロメートルの速度で追いかけられるんじゃないだろうかとか、実に漠然とした不安だ。
東京のアパートにあって持って帰るものを幾つか鞄に詰めて居たらすでに時間は23時を回っていた。明日は4時に起きて、自転車の点検や準備の再確認をした後に5時出発をするつもりだ。自転車とは言え、何十キロも明日漕ぐのだから早めに寝なくては、と時間に急かされる様にして床に就いた。