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青乃アカウント

作者: 唯一@Yuiitu

 スマホからピロリンっと通知音が鳴った。

 せっかくの日曜なのに、何をやる気も起きない俺はベッドの上にただ寝そべって怠惰という怠惰を噛み締めていた。

 真っ白な天井の中心にある丸照明を見上げる。


「なーんだかなぁ」


 無気力症候群とでも言うのだろうか。

 一週間前からずっとこうだ。いい加減立ち直らないといけないってのは分かってるんだが、どうにもな。

 とりあえず、と思って仰向けのままでスマホを手に取る。

 通知欄に来ていたメッセージを見てみると、そこには。


【青乃:やっほー。久しぶり】


 と、どこか気の抜けたような言葉が。

 差出人は、青乃。

 そう表示されているスマホの画面を、思わず二度見してしまった。

 青乃……? 待て、それはありえない。

 なぜなら。


 青乃は、大空青乃おおぞらあおのは、一週間前に死んでいる────。


 だから、こんなメッセージは来るはずがないんだ。

 もしかすると俺の知らない同名の誰かか? このメッセージアプリはSNSの一つだ。見知らぬ誰かからメッセージが届く可能性も十分ありえる。

 友達登録してない誰かからメッセージが届いた場合は『友達登録されていないユーザーです』と警告が出る。このメッセージにもしっかりと出ている。つまりこの人は見知らぬ誰かということだ。


【赤矢:悪いけど、あんた誰だ?】


【青乃:えー! 忘れたの!? 青乃だよ、青乃。大空青乃!】


 思いの外早く返ってきたそのメッセージを見て、俺はわずかに息を吸い込んだ。


「ふざけるな…!!」


 右手のスマホを思いきり床に叩きつけて怒鳴る。

 今、家に誰もいなくてよかった。もしいたら何事かと駆け付けていたと思う。そして俺はその駆け付けた誰かにこの苛立ちをぶつけていたはずだ。

 それほどまでに、許しがたかった。この青乃を偽るクソ野郎が。

 とにかくこの悪戯をやめさせねぇと。そう思い、叩きつけたスマホを拾い上げてやりとりを再開。


【赤矢:嘘を吐くな。そんなことがありえるわけないだろうが】


【青乃:嘘じゃないよー】


【赤矢:いいから早くその悪戯をやめろ! どんだけ不謹慎か分かってんのか】


【青乃:もー、人の話を聞かないなぁ。赤君は】


 話を聞いてねぇのはテメェだ! 一切聞く耳持たずで俺の抗議に取り合わない偽青乃。

 本当に何なんだこいつは。こんなことをしてこいつにどんな利がある? いや、もはやそんなことはどうでもいい。ただこいつは俺の逆鱗に触れた。

 だから──、探し出してぶん殴るのだけは確定だ。

 とにかくその目的を果たすためにこいつが何者か突き止めないといけねぇ。

 とりあえず今分かってることは一つ。こいつが青乃の存在を知っていて、俺のアカウントを知っているということだ。

 となれば選択肢はかなり狭まる。同じ学生の可能性が一番高い。中学生か高校生かはさておいてな。

 なぜなら、俺は高校二年生だが、青乃は中学三年生なのだ。更に言えば俺の通っている学校は中高一貫校。故に、中学側にも高校側にも、俺と青乃の両方を知っている人間が割といるわけだ。

 もう少し絞るために、新たなメッセージを送る。


【赤矢:お前が青乃だとして、どうしてメッセージが送れている?】


 とりあえずで送ってみたこのメッセージ。どうやって相手が言葉を濁すか待っていたわけだが、偽青乃の返信は予想よりもずっと突飛なものだった。


【青乃:ようやく話が本題に移れるね。あのさ、赤君は幽霊って信じる?】


 はっ? なに言ってんだ、こいつ。

 ゆゆゆ、幽霊なんているわけねぇだろ……!


【赤矢:幽霊なんか信じてねぇよ】


【青乃:じゃあ、私がそうだって言ったら?】


 背筋が、ぞくりとした。同時にスマホを全力で投げる。


「おらァ!」


 と、叫びながら放ったスマホは一直線に窓ガラスへと吸い込まれていき、そして。

 ガラスの破砕音と共に消えた。しばし呆然とその光景を眺め、ぽつりと一言。


「……やべぇ」


 動揺しすぎて惨事を引き起こしちまった。急いで拾いに行かねぇと……。部屋のドアを開いてドタドタと一階の玄関へ。本当に皆出かけててよかった。


 外に出て、道路の真ん中に落ちていたスマホの元に駆け寄る。辺りにはガラスが散らばっているだけで、人に当たったような様子も見受けられない。

 スマホを拾い上げ傷を確認するが、角が少し凹んでいただけだった。電源ボタンを押してもちゃんと画面は映るし、動作も問題ない。さすがに壊れたかと不安だったが別にそんなことはなかったぜ。


「あれ? 赤君、何してるの?」


 声の主など確認せずとも分かる。俺のことを赤君と呼ぶ奴は青乃を除けばたった一人しかいないのだからな。

 現状を誤魔化すために笑顔を張り付けて振り返ると、視線の先には白のポンチョと淡い紫のスカートに身を包んだ女の子が一人。


「い、いやぁ、なんか溝の中に新種の生物がいないかと思ってさぁ! HAHAHA。お前こそどうしたんだよ、紫暮」


 大空紫暮おおぞらしぐれ。腰辺りまで伸びた茶髪と、育ちに育った二つのメロンがトレードマーク。俺と同じ歳の幼馴染だ。

 そして、

 ────大空青乃の姉。

 茶髪以外は本当に似ていなかったけどな。おしとやかな紫暮といつもはしゃぎまわってた青乃。ロングヘアーの紫暮とショートボブの青乃。巨乳の紫暮と貧乳の青乃。

 性格も見た目も正反対だ。最後のは青乃に言うとぶちギレてたな。

 閑話休題。

 紫暮はこちらに近づきながら、俺の質問に答える。


「なんか赤君の家から変な音が聞こえてきたから、どうしたのかと思って。何にもないならいいんだけど」


「ああ何もない大丈夫だ安心しろ!」


 早口でぴしゃりと言い切って、紫暮の疑問を断つ。

 すると、紫暮は俺の顔を見ながら言った。


「なんか赤君元気になった? 一週間前……からずっと落ち込んでたのに」


「ああ、俺もそろそろ立ち直らねぇとなって思ってさ。いつまでも凹んでらんねぇよ」


 嘘だ。元気に見えるのはただ誤魔化すための演技。何が起きたのか話しちまうと、元凶である偽青乃のことまで話す羽目になる。こいつにだけはそんなこと言えねぇよ。


「……そっか。そうだよね」


 そう言って視線を落とす紫暮。

 よかった。ちゃんと誤魔化せたか。


「じゃあ俺はもう帰るから。お前は? うちに寄ってくか?」


「いや、……私はこのまま買い物にでも行こうかなって」


「そうか、それじゃあな。気を付けろよ」


 普段ならもうちょい無駄話やらなにやらするんだがな。今日ばかりはそんな気分ではない。

 もうここ一週間はそんな無駄話もしてない気がするけど……。


 玄関口の前で手を振る紫暮に、手を振り返して家へと帰還。

 玄関の扉に背を当て深呼吸。

 今日はもう寝よう。

 偽青乃の妄言に返事を返し、部屋へと戻った。


【赤矢:ふざけるな】

 

──────

────

──


 朝日を浴びながら、コンクリートの壁に寄り掛かって人を待つ。

 大空家の前で、こうやって紫暮を待つのが日課だ。

 一週間前までは青乃もそこにいた。

 そんなことを考えていると、後ろからガチャリと音が響いた。

 視線を向けると、そこにはいつものように制服に身を包んだ紫暮。しかし、よく見ると違う。いつも通りなんかじゃない。

 紫暮は、左腕を包帯でガチガチに固めていた。

 昨日までは包帯なんてしてなかったはずの紫暮はいつもと変わりない顔で俺の隣に来て、口を開く。


「ごめんねー、赤君。ちょっと遅れちゃった」


「別に遅れるのはいいんだけどよ。その左腕はどうした?」


「ちょっとドジしちゃった」


 紫暮は視線をふいっと俺から逸らしながら答えた。


「……嘘だな?」


 こいつは嘘を吐くとき視線を逸らす癖がある。

 俺の指摘に、紫暮は少し気まずそうな表情を浮かべた。


「嘘じゃないよ?」


「いいから本当のことを言え。じゃないと暴れ出すぞ」


「そ、それは困るね……。でも本当のことを言うと赤君はショックかもだから」


 そもそもドジが嘘ってことは事故ぐらいしかないような。通り魔や不良に折られた可能性もあるか。だとしたらどのみち暴れないといけないが。

 とりあえず原因を聞いてからだ。


「いいから言えって。遅刻すんぞ」


「……分かった」


 じゃあ学校に向かいながら話そうか、という紫暮の提案を受け入れて歩き始める。


「それで、どうしたんだよ。折れてんだろ? その左腕」


「階段から落ちてね……」


 じろりと紫暮の方を見るが、嘘を吐いている様子はない。

 だとするなら本当に階段から落ちたのか。それがドジ、自分の不注意で起きたわけではないのだとすると。


「突き飛ばされたのか!?」


「そうだよ。でもね、本題はそこじゃないの」


「はっ? 突き飛ばされたのが本題じゃない?」


「うん。だって私は赤君が聞いたらショックを受けるって言ったんだよ? 私が突き飛ばされたって聞いて、赤君は怒るだろうけど、ショックは受けないよね?」


 まあ、そうかもしれない。ショックだって受けるだろうけど、それよりもずっとずっと怒気の方が強いだろうな。


「だからね、その突き飛ばした人が問題なの」


「……誰だ?」


 ここまでの話からするとその突き飛ばした人間は俺の知っている誰かのようだが。でも、俺の知り合いにそんなことをする奴なんて、いないはずだ。

 様々な想像が駆け巡る中、紫暮がゆっくりと唇を開く。



「青ちゃん」



 その名前を聞いた瞬間、ビクリと背筋が伸びた。

 青ちゃん。それは紫暮が妹へと付けたあだ名。すなわち大空青乃。


「馬鹿な!? ありえねぇだろ! なんでそこで青乃が出てくるんだ! 言っとくが紫暮、それが誤魔化すためのギャグだって言うなら笑えねぇぞ」


「誤魔化すためなんかじゃない。全てホントなの」


「じゃあなんだ、実は青乃は死んでなかったとでも言うつもりか。葬式で眠っていたあいつは偽物だったとでも?」


 そんなわけがない。当然だ。青乃が死ぬところを、俺達は見ているんだから。

 俺の問いに紫暮は首を横に振った。そりゃそうだよな。


「じゃあ青乃がどうしたんだよ。偽物じゃないってんなら突き飛ばす云々以前の問題だろ」


 紫暮はわずかに逡巡を見せた後、どこか申し訳なさそうにこう言った。


「赤君は幽霊って信じる?」


「ばばばばバッカ野郎! ゆ、幽霊なんて信じてるわけねぇだろうがよ……!」


 奇しくも偽青乃のメッセージと同じ言葉。


「あっ、そういえば赤君って幽霊とかそういうホラー系苦手だったっけ」


「別に苦手じゃねぇよ! ただちょっとお関わり合いになりたくねぇだけだ!」


「ちょっ、赤君、声大きいよ……」


 小声でそう言う紫暮が周りを見渡していたので、俺も釣られて周りを見る。

 いつの間にか学校近くの交差点に差し掛かっていたようで、疎らに歩いていた学生達が何事かとこちらを向いていた。


「で、幽霊がどうしたって?」


 声のトーンを先程より幾分か落とし、話の続きを促す。


「私を突き飛ばしたのは、もしかしたら青ちゃんの幽霊かもしれない」


「そんなのっ、ありえねぇッ! 仮に、仮にだぞ? 幽霊が存在したとする。それで青乃が幽霊になってたとして、お前を突き飛ばす必要があるか? いや、お前だけじゃねぇ。あいつがッ、人を突き飛ばしたりするか!?」


 下げたはずのトーンがまた上がってしまう。自分でも大声を出してるって理解できる。それでも、抑えられなかった。

 いくら姉だとしても、姉だからこそ言ってはいけないことってあるだろ。そして、姉だからこそ分かるはずだ。あの騒がしくて、けれど心優しい青乃がそんなことするはずないって。


「青ちゃんがそんなことするわけない。私だってそう思ってるよ」


「なら────」


「だけどね、これを見て」


 俺の言葉を遮り、紫暮は取り出したスマホの画面を見せてきた。

 そこにあるのはメッセージアプリのトーク画面。

 書いてある文字を読んでみると。


【青乃:私を、忘れないで】


 ただそれだけが、トーク画面にぽつりと映っていた。


「お、おい。これって」


「うん、青ちゃんからのメッセージ。そして、これが送られてきた直後に、私は突き飛ばされたの」


「背後は、確認したのか?」


「うん。でも、そこには誰もいなかった。辺りにも誰一人」


 そんな馬鹿な……。

 まさか、本当に幽霊なんてもんが存在するのか?

 だけど、青乃がどうして。そんなことする理由なんて……。

 そんな俺の疑問を先回りして答える紫暮。


「もしかしたら青ちゃんは憎んでるのかもしれない。少しずつ記憶から自分を薄れさせている私達を」


「青乃を忘れるなんてそんなわけ……!」


「うん、私も青ちゃんを忘れたりするわけがないよ。けど、青ちゃんはそう思わないかもしれない。少しずつ青ちゃんが死んだっていうことを置き去りに一歩ずつ未来へ進んでいく、立ち直っていく私達を見て、憎らしく思ってるのかも」


 つまりそれは、一生引き摺って生きろってことなのか?

 青乃は俺らが変わっていくことが許せないから、警告として紫暮を突き飛ばした?

 あの、青乃が?


「もう着いちゃったね、学校。とりあえず赤君も気を付けて。本当に青ちゃんの霊なんだとしたら、赤君も危ないんだからね」


 同じクラスの友達を見つけたようで走り去っていく紫暮。

 目の前にあるあれが、住宅街の端にある我らが学校、私立虹ノ音学園。中高一貫校ということもあり、その校舎は並みの学校の倍は大きい。シックな灰と白で染められた校舎が我らの学び舎だ。

 とりあえず今は青乃の幽霊だとかの事件を忘れていよう。

 なんとなく重く感じられる身体を引き摺るようにして、教室へ向かう。


──────

────

──


 退屈な授業も終わり、帰宅。自室に飛び込んで疲労感を癒しながらもスマホを手に取る。

 暇な時はスマホを触るのが半ば癖になっているな、なんて思いつつメッセージアプリを開いて来ていた履歴をチェックする。

 するとそこには、


【青乃:赤君、おはよう!】


【青乃:赤君?】


【青乃:あっ、もしかして今授業中かな?】


【青乃:ねー、返事してよー】


【青乃:無視は酷いよ】


【青乃:傷つくよ!】


【青乃:ちょっとー!】


 等と、途中で一度正解に辿り着いているにも関わらず、羅列された偽青乃からのメッセージがあった。

 メッセージの通知時刻は午後二時。

 俺の予想ではこいつも学生のはずなんだが、こんな時間帯にスマホを触れるとはどういうことなのだろう。

 有力なのは今日学校を休んでるとかその辺りか。となるとかなり選択肢は狭められるな。

 とりあえず俺のクラスに欠席者はいなかったから、クラスメイトでないことは確かだ。

 引っ掛けてみるか、偽青乃を。


【赤矢:おい、今日学校どうした?】


 通知に気づくまでどれぐらいかかるかと思案したが、返信はかなり早かった。


【青乃:やっと返事くれたかと思ったらいきなりどーいうこと?】


【赤矢:授業中にメッセージ送ってきてたじゃねぇか。休んでないと無理だろ】


【青乃:私、幽霊なんですけど……。学校なんて行けるわけないじゃん】


 思うんだが、そもそも自分を幽霊だと公言する幽霊なんているのだろうか。


【赤矢:だいたい、幽霊だとしても学校に行けるだろ。ふわふわと】


【青乃:それは創作の見すぎだよー。少なくとも私はこのメッセージアプリ以外は何もできないんだから】


【赤矢:どんな幽霊だよ。幽霊のフリをするにしてももうちょっと設定考えろ】


 というか、メッセージアプリ以外は何もできない? そんなはずがないだろう。本当に幽霊なのだとしたら、紫暮を突き飛ばしているはずなのだから。

 とはいえ信じてはいないけどな。

 突き飛ばされたとか言ってたけど、偽青乃からメッセージが来て気が動転してただけだと思うし。なにより、やっぱり青乃が紫暮を突き飛ばしたりするとは思えない。

 それだけは間違いない。


──────

────

──


 ぱっと目を開く。どうやらいつの間にか眠りこけていたようだ。窓からオレンジ色の光が差し込んでいた。

 上体を起こして時間を確認しようと、スマホを掴む。そのままスマホに電源を入れ、中を見てみるとなにやらたくさんの通知が。


「電話も何件か来てんな……」


 思わず呟きを漏らしてしまうほど、メッセージと電話の通知が来ていたのだ。確認してみると全部紫暮からのもの。

 メッセージを確認するより電話した方が早いか、と紫暮に電話を掛ける。

 プルルという無機質な電子音が鳴り、しばらくした後に電話が繋がった。


「もしもし、紫暮か? なんかいっぱい連絡寄越してたみたいだけど、どうした?」


『赤君、落ち着いて聞いて』


 スマホから流れる紫暮の声はいつになく神妙で、聞いたことがないぐらいに張り詰めているような気がした。

 だから俺も背筋張って聞き返したわけだが、それでも。

 次の紫暮の言葉は想定外だった。



『新しい犠牲者が出た』



「はっ? 待て、何の犠牲者だよ」


 質問しながらも、もう自分の中で答えは出ていた。

 犠牲者という言葉と、紫暮がわざわざ俺に伝えるというこの状況で、他に何があるのかというぐらいだ。


『青乃からのメッセージを受け取った直後に、桃ちゃんが車に轢かれたの』


 そんな言葉を聞いて、気が付けば電話を切っていた。

 ああ、やはり予想通り。

 桃ちゃんというのは、青乃の親友だった少女、相園桃花あいぞのももかちゃんだ。

 嘘だろ、青乃。お前が、誰かを襲うなんてありえねぇだろ……?


「なあ、…………青乃」


 誰にも届かない呟きと共に、俺の意識は再びまどろみに落ちていった。

 

──────

────

──


 桃花ちゃんが襲われてから二日が経った。学校に少しずつ青乃の噂が広がっている。

 なぜならこの二日間もまた二人の犠牲者が出たからだ。つまり、紫暮が襲われてから毎日犠牲者が出ている。

 一日目は紫暮、二日目は桃花ちゃん、三日目は青乃と仲が良かったクラスメイトの女子、四日目も同じく青乃と仲が良かった隣のクラスの女子。

 全員同じように、青乃のメッセージを受け取った直後に襲われている。

 このままいけば、今日もまた犠牲者が出るのだろう。

 今までの被害者はなぜ襲われたのだろうか?

 まず全員、青乃と仲が良かった。更にその内二人、紫暮と桃花ちゃんは青乃の事故の現場に居合わせていた。だから、襲われた? 共通点としてはそれぐらいで、俺もまったく同じ共通点を持っている。

 他には何かないのか?

 全員、怪我をしている? いや、それは事故による結果で、襲われた理由ではない。もしくは全員が女子だからか。

 可能性はあるかもしれないが、それだったら男である俺にもメッセージが送られているのはおかしいんじゃないか?

 ん? 待て、俺にもメッセージが送られている? そうだ、それは間違いない。だけど、今思えば。


 ────なぜメッセージが送られている俺は襲われていないんだ?


 ここまでの四人は、メッセージが送られた直後に襲われている。だというのに、俺は青乃からメッセージが送られて四日経過してもなお無傷だ。

 ならここに違いがあるのか。性別以外に違いは見当たらないが、そんな安直な答えでいいのか?

 しばし、思考の海の中へと没入するが、やはり進展は見えない。

 だったら、聞くしかない。青乃本人に、だ。

 時間を確認してから握ったままだったスマホを操作してメッセージアプリを開く。

 青乃のアカウントを見つけ、そのままメッセージを送った。


【赤矢:なあ、話がある】


 こんな夜遅くに起きているだろうか? 幽霊に睡眠が必要なのかどうか知らないけど。

 だがそんな心配は杞憂だった。一分もしないうちに既読マークがついて返事が送られてくる。


【青乃:どーしたの、赤君。ひょっとしてやっと信じてくれる気になった?】


【赤矢:お前に質問がある】


【青乃:相変わらず人の話を聞かないなぁ……。まあいいよ、どんな質問?】


【赤矢:お前は、どうして俺を襲わなかったんだ?】


【青乃:え】


 謎の一文字返信の後、数分ほど遅れて続きが返ってきた。


【青乃:もしかしてそーいうプレイが好みだったの? でも恋人でもない人を襲うというのはちょっと無理難題というか。そもそも幼馴染中学生幽霊少女に猥談を持ちかけるのはマニアック過ぎて、さすがにドン引きだよ】


 返ってきたのは意味不明の長文。どういう……ことだ? なぜドン引きされなければならない。と、そこまで考えて気づいた。確かにこの文だとそういう意味に取れなくもない!

 可及的速やかに誤解を解かねばと四苦八苦しながら、弁明のメッセージを送る。

 数度メッセージを送ると誤解は解け、話の軌道修正に入る。


【赤矢:それで、だ。お前はなぜ四人も突き飛ばしていながら、俺には何もしていない? そこにどんな意味があるんだ】


【青乃:どーいう意味も何も、ちょっと言ってることの意味が分かんないんだけど】


【赤矢:誤魔化すな。恨んでるんだろ? 俺たちを】


【青乃:恨むって、どーして?】


 は? 恨んでいたから四人を襲ったんじゃないのか? でなければ青乃が四人もに怪我を負わせる理由が分からない。


【赤矢:どうしてって。じゃあ他にどんな理由があってあの四人に怪我を負わせたんだ。桃花ちゃんの方は下手したら死んでたかもしれないんだぞ!】


 SNSってのは本当に不便だ。文字でしか相手に感情を表すことができないんだから。肉声であれば声の強弱や言い方で、もっとずっと相手に感情を伝えることができるのに。


【青乃:ちょっと待って。桃ちゃんが死んでたかもしれない? どーして、どーしてそんなことになったの】


 青乃は本当に何も知らないかのように、そっと疑問を向けてきた。

 このやりとりはあくまでSNS上のものだ。だから知らぬ存ぜぬを装っている可能性は十二分にある。

 だけどだ、青乃はそういう誤魔化すってことが心底苦手な人種だ。それはメッセージアプリを使ってても変わらない。


【赤矢:お前が紫暮と桃花ちゃんにメッセージを送って、その隙に後ろから突き飛ばしたんじゃないのか?】


 もしも、この質問を誤魔化すようなら、青乃は変わってしまったのかもしれない。死んだことで、どんなことをしようと平静を装える人間へと。もちろん、こいつが偽者でなければの話だけどな。

 だけど、いや、そんな風に考えていたからこそ、次の青乃からのメッセージは予想外、想像の埒外にあるものだった。



【青乃:そもそも私は、赤君以外にメッセージを送れないよ】



 どういう、ことだ? 全体的に意味が分からない。俺以外にメッセージを送れない? そういえば前にもそんなことを言っていた気がするが、いったいそれはどんな理屈なんだ。


【赤矢:なら、どうして俺にはメッセージを送れているんだ。自分のスマホを使ってるんじゃないのか?】


【青乃:私のスマホを使ってるんだとしたら、わざわざアカウントを新しく作らないよ】


 思い起こされるのは、青乃が死んでから初めて送られてきた青乃からのメッセージ。あのときは偽物だと思っていたが。

 そういえば、『友達登録されていないユーザーです』とちゃんと表記されていた。だからこそ偽物だと思ったわけだし。つまり、幽霊になってからアカウントを作り直したってことか?


【赤矢:けど、それならメッセージを送るための媒体は? スマホがなければ送れないだろ】


【青乃:いや、それがよく分かんなくて。私自身がアカウントとして存在してるみたいでさ、しかも赤君にしかメッセージを送れないの。というか、赤君にメッセージを送ることしかできないって言うのが正解かな? 映画みたいに霊体として動き回るとかそんなことはできないんだよ、残念だけどねー】


 それが本当だとするならば。

 人を突き飛ばすことなんてできないじゃないか。


【赤矢:それは本当なのか?】


【青乃:もちろんだよ】


 青乃が嘘をついていない証拠などどこにもない。むしろ俺だけにしかメッセージを送れないだとか嘘っぽいなんてもんじゃない。

 けれど、

 俺はこいつを、青乃を信じよう。


【赤矢:お前が俺にしかメッセージを送れないなら、紫暮と桃花ちゃん、あとお前の友達の二人に送られていたメッセージは何なんだ】


【青乃:うーん、私は実際に見てないからよく分かんないけどさ、そっちは偽物とか?】


 いや、それを言うとこいつも本物だと断ずる根拠はないわけだし、一口に偽物だと判断するのもどうなんだろうか。

 こいつを偽物だと思ってたときにも思ったが、偽物を装ったところで何か利益があるわけでもないんだし。


【青乃:そもそもだけど、どうしてお姉ちゃん達は、すぐに私だと思ったんだろ】


【赤矢:どういうことだ?】


【青乃:だってさ、赤君は私からのメッセージが送られてきたとき、すぐに偽物だって思ってたでしょ? なのに、その四人はすぐに信じた。ならそこに何か違いがあるんじゃないかなーって思ってさ】


 言われて、はっとなった。確かにどうして紫暮達は信じたんだ?

 俺はどうして偽物だと思った?


【赤矢:よし、もう寝る】


【青乃:唐突だね!? まあいいんだけどさ】


【赤矢:すまん、だけど明日進展が見えそうだ】


 いつもより頭を使ったせいか、一気に眠気がきた。

 枕に頭を預けて天井を仰ぐ。そして、青乃にメッセージを一つ付け足してそのまま電源を落とした。


【赤矢:ありがとな、青乃】


──────

────

──


 朝、寝るのが遅くなったからか見事に遅刻した俺だったが、なんとか昼休み前には学校に到着した。

 昼休み前に到着したというか、到着した瞬間に昼休みになった。

 ちょうどいいからと右隣の教室の紫暮を訪ねるが、教室は無人だった。調理実習かなんかでそのまま実習室で飯食ってんのかな。

 ならばと思って、別校舎の中学生の教室へ移動。

 桃花ちゃんは中学三年生だから三階だな。

 青乃と同じクラスだと言っていたから三年一組のはず、と一組の扉を開いて近くにいた金髪カールの少女に声を掛ける。


「なあ、ちょっといいか? 俺、色月っていうんだけど。桃花ちゃん、あー、相園桃花ちゃんを呼んでくれない?」


「きゃー、桃花ちゃんの彼氏さんですか!? 分っかりました! すぐに呼びますね!」


 別にそんなんじゃないんだけど、という声はすぐさま教室の中心に駆けていった彼女には聞こえなかったようで。

 まあいいかと放置していると、十数秒も経たないうちに黒のサイドポニーを揺らしながら桃花ちゃんが松葉杖を突いてやってきた。


「すいませんっ、なんかあの子が勘違いしちゃったみたいで!」


 どうやら桃花ちゃんも彼女からなにやら言われたようだ。白い頬に朱が挿している。


「別に構わないよ。それよりさ、話があるんだけど」


「話? なんですかっ?」


 こんなところで話す内容ではないだろうと思って、桃花ちゃんに移動を提案。

 足が折れているのだからあまり無茶をさせるべきではないかなとも思ったが、了承を得られたので肩を貸して移動を始める。


 とりあえず人気のない廊下の突き当たりで本題に入る。


「桃花ちゃんは、どうしてメッセージを送ってきたのが青乃だって思ったんだ?」


 桃花ちゃんは俺の言葉でわずかに顔を暗くしたが、すぐに返事をしてくれた。


「それは青乃からのメッセージでしたから」


「アカウント名が青乃だったからってことか?」


「違いますよ。正真正銘、青乃のアカウントからのメッセージだったからです。それに、今までのやりとりの履歴も残ってましたし」


 ────は?


 いや、それはありえないだろう。青乃自身から送られてきたって新しいアカウントからだったんだから履歴なんて存在しなかったし。偽物からのメッセージだとするならもっとありえないはず。

 そんな疑心が顔に出ていたのだろう。昼休みだからスカートのポケットに入れていたらしいスマホを取り出して画面をこちらに向けてくる。


「ほら、見てください」


 そこに映っているのは青乃からの『私を覚えていて』というメッセージ。更に桃花ちゃんはその画面を上へ上へとスクロールしていく。

 そこに映されるのは今まで青乃と桃花ちゃんがしたであろうやりとり。どこで遊ぶだの、宿題見せてだの、実に中学生らしい会話の数々だ。

 だけど注目すべきはそこではない。本当に、履歴があるということだ。

 ということは、やはりこの青乃と、俺の元にメッセージを送る青乃は違うということ。

 そしてもう一つ。青乃のアカウントが操作されている、ってことも。

 それらを加味して考えれば、一つの答えが浮かび上がってくる。犯人は誰かという唯一解が。


「桃花ちゃん、君が突き飛ばされる瞬間、もしくは突き飛ばされた前後に、何か物音がしなかったか?」


 質問していながらこう思う。否定してほしい。これを否定されたらまた一からやり直しになってしまうが、そっちの方がましだ。肯定されてしまえば、犯人が確定してしまうから。

 桃花ちゃんの唇が動き、答えが紡がれる。


「そういえば、押された直後に何か固いモノが落ちた音がしたような……? すいませんっ、急に突き飛ばされたので気が動転しててよく覚えてなくて」


「いや、いいんだよ……」


 肯定、されてしまった。これで犯人はほぼ確定的だ。

 桃花ちゃんに返事を返しながら、一言断ってその場から立ち去る。


 ショックからか、気が付けば放課後になっていた。

 とりあえず帰ろうと下足箱へ向かう。靴を履き替えて玄関口から外に向かうと、そこに人影が一つ。

 紫暮だ。


「よお、紫暮。朝はすまんかったな」


 今日は一人で帰りたかったが見つけたからには声を掛けないわけにもいくまい。

 こちらに振り向く紫暮に、右手で帰ろうと合図して並んで歩く。


「なんか遅かったね、赤君」


「ああ、ちょっと考え事をしててな。別に先に帰っててもよかったのによ」


 それっきり無言。特に話すこともないんだが、こう静かだと少し居心地が悪いな。

 一週間ちょっと前まではわいわいうるさかったってのに。


 やがて歩道橋に差し掛かり、緑色の薄汚れた階段を一歩ずつ登って一直線の橋を渡る。

 渡り終わると今度は降りるための階段。

 その階段に、足を踏み出そうとする直前に。

 ────メッセージ!

 明るいのかどうかやや判断に困るような機械音。

 間違いなくここだ。ここが分水嶺。


「すまんな、ちょっとスマホ見るわ」


 返ってくるのは無言の肯定。じゃあ遠慮なく、とスマホを鞄から取り出して画面を開き、メッセージをチェック。

 そこには、


【青乃:もっと生きたかった】


 という一言。分かってたさ、来るなら絶対このタイミングだって。

 そして、


 今だ。


 身体を後ろに回転させながら左横に倒す。俺の元いた場所へと突き出される右手を掴み、自分の身体に引き寄せた。

 直後、響き渡るスマホの落ちる音。それは俺の物ではない。


「なあ、お前が犯人なんだろ。青乃を装って事故を引き起こした犯人はよ」


 一呼吸溜めて、続きを絞り出す。


「紫暮ッ!」


 怒声を向ける先は、俺の手に握られた腕の本人。紫暮だった。

 紫暮は黙ったままだ。特に何をするでもなく視線を下へ下げている。


「こんなことをして、青乃が喜ぶとでも思ったか? ふざけんなよ、悲しむだけに決まってんだろうが」


 そこでようやく、紫暮は視線を上げ俺の顔を見た。


「こうでもしないと、皆きっとあの子を忘れてしまう。そういえば青乃っていう昔死んだ子がいたね、って過去のことにされちゃう! それならッ、恐怖心からでも青ちゃんを忘れないで心に留めておいてもらった方が何倍もいい!」


 初めて、俺は初めて紫暮という幼馴染が声を荒げる姿を見る。


「だから、青乃のスマホを取り出して、幽霊の真似事なんかをしたのかよ」


「ええ、そうよ……」


「お前のその右手も本当は折れてなんかいないんだな? まず一人目の被害者を装って『もしかしたら』と思わせるのが目的だったわけだ」


 俺も青乃からのメッセージがなければ、間違いなく信じてただろうよ。

 一人の前例があるだけで、信憑性は増す。


「赤君はどうして私だって思ったの?」


「お前しかいないんだ、全ての事件に関われるのがな。お前の件は言わずもがな。青乃のスマホで自分のスマホにメッセージを送って骨折した振りをするだけ。

 桃花ちゃんの件は、お前がその場にいた。他にも人はいたみたいだが、お前が近くにはいなかったって言ったんだしな。

 まー、他の二人とは話なんてしてないけど、多分近くにいたんじゃねぇの?」


「それだけで……?」


「もちろんそんだけじゃ微妙だな。だけどよ、お前が犯人だとしたら一つだけ問題があるんだよな。片手を包帯でがっちり固めてて人を突き飛ばすのは難しいってことだ。そんでもう片方の手では突き飛ばす直前にスマホを操作してメッセージを送ってる。紫暮が犯人だとするならスマホをどうにかしないと、人をしっかり押すのは無理だ。

 だから桃花ちゃんに聞いたよ。押される前後に何か物音がしなかったかってな。スマホをどうにかするってんならその場に落とすのが一番手っ取り早い。何か固い物が落ちたって言ってたけど、それスマホだろ? 違うってんなら青乃のスマホを見せてみろ、落とせば大概は角に傷が付くんだ」


 俺が窓からスマホを投げ落としたときみたいにな。

 何も言い返さない紫暮。


「つーかよ、そもそもの話だけど。幽霊じゃないとしたらお前しかいないんだよな、青乃のスマホを触れるの」


 厳密に言えば、紫暮の親御さんとかがいるけど、事件が起きたときは夕方だし。共働きのご両親がそんな真似できるわけないんだよな。

 やはり紫暮から返事はない。


「あいつを、青乃の存在を軽んじるな! お前がどんな風にあいつを見てたかなんて知らねぇよ。姉妹だからこその見方があるのかもな。それでもだ、青乃にそんな薄っぺらな友人関係しかないだなんて姉であったとしても言わせねぇぞ。それに、全ての人間があいつを忘れても俺は絶対にあいつを忘れない。それだけは絶対だッ!!」


「じゃあ、なんで赤君は笑ってたの? この前の日曜日、あなたは笑ってた。外で会った私に向かって笑顔を向けていた。忘れないんだったら、どうしてまだ一週間しか経ってないのに笑顔になれるのよ……!」


 それを聞いて、ようやく腑に落ちた。どうして一週間も経ってからこんなことを始めたのかと思ったが。

 俺の作り笑顔を見たからか。だから、もう笑えてしまうぐらいに青乃の死が薄れたのだと思ってこんなことを始めたのか。


「紫暮、お前は馬鹿だよ、大馬鹿だ。人の死から立ち直ったとしても、それが死を忘れたってことにはならない。いつまでも死を引き摺ってたとしても、それじゃ死者が浮かばれねぇだろうが」


 紫暮の表情は変わらない。こいつが幽霊だと言われてしまえば信じてしまいそうなほど生気がない。


「だったら私が間違ってたっていうの? 違う、こんなにも早く立ち直れる赤君や桃ちゃんの方が絶対間違ってる!」


 髪を振り乱しながら叫ぶ紫暮。もはやその姿は半狂乱だ。

 気持ちは分かるよ。けど間違ってるのは間違いなくお前なんだよ、紫暮。


「お前が何を思ってもそれは仕方のないことだ。けどよ、お前が立ち直れないからって、立ち直ったやつを巻き込むんじゃねぇよ。お前のそれはただの立ち直った奴への嫉妬心と、事故への復讐心みたいなもんだ。行き場のない感情を、近くにいる誰かにぶつけて済まそうとするな」


「私は……、私は…………!」


 もはや口から出るものは何もないようで。ただ、うわ言のように同じ言葉を繰り返す。

 こんなに追い込まれてたのかよ、こいつは。

 はあ、と溜め息を落として、静かに言葉を紡いだ。自分の想いを込めた言葉を。


「こんだけ言ってもまだお前の想いが変わらないっていうなら、分かった。俺にも背負わせろよ。だいたい一人で全部抱え込むんじゃねぇ」


「悲しいのも辛いのもお前だけじゃないんだからさ」

 

──────

────

──


 あの後、紫暮を家まで送って別れた。

 桃花ちゃんにちゃんと謝っとけよ、という俺の言葉に頷きは返されたから、恐らくこれで解決と言っていいだろう。

 さすがに甘すぎるかなとも思うが、そこは桃花ちゃん達の裁量次第だ。俺は実質被害なんて受けてないようなもんだし。

 もう九時過ぎだな。

 とりあえず青乃に報告しておくか。


【赤矢:全部解決したぞ。ありがとな】


【青乃:私は特に詳しく知らないし、何をした覚えもないんだけどね。まあお姉ちゃんがこれで立ち直れるんなら何でもいいよ。いつまでも未練なんて残しておくもんでもないしね】


 俺の胸にも刺さるな、その言葉は。とはいえ、四日前、青乃からメッセージが来る前と比べたらずっとマシだけど。

 そんなことを考えていたら、そこで青乃が言った。


【青乃:私もそろそろ未練を果たそうかな。お姉ちゃんと一緒に前に進まなきゃだよね】


 は? おいおい、それってどういうことだよ。

 幽霊から未練を取るって言ったらお前。


【赤矢:未練を果たしたら、どうなるんだよ】


【青乃:まあ消えるでしょ。けどいつまでもあの世にいるべき人がこんなとこにいるべきじゃないよ】


 まだ俺がちゃんとお前を信じてから一日しか経ってないんだぞ。もっと話したいこともあるし、紫暮達にも教えてやってまた皆でわいわいしたいじゃねぇか。

 と、思ったけれど。

 俺も前に進まないとなのかもな。紫暮にあんなこと言っておいて、俺がいつまでも引き摺ってるのもおかしな話だし。


【赤矢:分かった、止めはしねぇよ。お前がすべきことをすべきだ】


【青乃:うん、それが正解。私を引き留めようとでもしてたら、無理矢理霊体化でもして赤君の尻を蹴飛ばしてたよ】


 そりゃ怖いな。だったら俺の選択は英断だったってわけだ。

 それで青乃はいったい何がしたいんだろう。


【赤矢:お前の未練ってのは何なんだ?】


【青乃:私も考えたんだけどさ、そもそもどうして私がメッセージアプリのアカウントになったんだろうと思ったら答えは出たよ。

 ずっと言いたかったことをその人に伝えるため。そのことだけを果たすために、他の全ての機能を排除して、私はここに現れたんだ。

 赤君以外にメッセージが送れないのなんて、よく考えたら当たり前のことだったんだよ。だって私は、赤君にメッセージを伝えるためだけに幽霊になったんだからさ】


【赤矢:俺に伝えるべきこと?】


【青乃:うん】


 その一言が送られ、五分ほど時間が経った。

 おい、もしかしてこれで終わりだとかそんなんじゃねぇよな? もしそうだったら一生もやっとするわ。

 などと一人焦っていたら、ようやく青乃からのメッセージが。



【青乃:ずっと好きだったよ、赤君】



 そのメッセージを見た瞬間。

 不覚にも少しだけ目がうるんでしまった。けど、口元には笑みが。

 そういえば、青乃が死んでから初めて本当の意味で笑った気がする。

 笑みを浮かべたままスマホを操作し、俺も一言。

 これが恐らくラストメッセージだ。もう二度とやりとりはできないだろう。

 だから、これまでの全ての想いを込めて。


【赤矢:ありがとな。ずっと好きだぞ、青乃】


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