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七つの子  作者: 砂たこ
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第四羽 友樹

 友樹が消えた。

 真也の死から四年後の初夏のことだ。


 僕達は、あの出来事の後もLINEやメールで連絡を取り合っていた。就職してからは、僕が転勤族になったため、顔を会わせる機会は、ほぼなくなった。


 最後に会ったのは、一年前。僕の結婚披露宴に出席してくれた時だ。

 友樹は、付き合っている色白の彼女と一緒に祝福してくれた。トレードマークだった細い銀縁眼鏡を、太めの黒っぽいフレームに変えただけで、随分柔らかい印象になっていた。彼も幸せなんだろうと、単純に嬉しかったことを覚えている。


『惇。どうやら、俺も見つかったらしい。俺は真也の二の舞にはならない。これから、話をつけに行ってくる』


 そんなメールが深夜に届いたのが、三日前だ。

 以来、僕は20通くらい返信している。友樹からの連絡はない。

 結婚式の招待状を引っ張り出して、固定電話にも何度もかけたが、彼に繋がることはなかった。


「あなた、顔色が悪いけど大丈夫?」


 トイレから寝室に戻った僕は、ベッドに入る前にサイドテーブルに置いてあったスマホを確認する。やはり、友樹からのメールはない。


「……うん。友樹と連絡が取れないんだよ」


「忙しいんじゃないの?」


 臨月が近い妻は、少し気だるい声を出した。安眠を邪魔するつもりはなかったのだが、起こしてしまったようだ。


「いや……そうじゃないんだ」


 友樹と僕の不安の種は、当然妻には話していない。

 事情を説明するには、あのカラス騒動に触れない訳にはいかないし――あの出来事は僕に取って不快な感情の追体験にしかならないので、きっと今後も口にしないだろう。


「あなた……何だか、変……産まれるかも――」


 ベッドに二人分の身体を預けていた妻が、緊張した声を上げた。

 来ない連絡を待って、スマホを睨んでいる事態ではない。

 時間は深夜に差しかかっていたが、僕は慌てて出産予定の産婦人科に電話して、これから向かうことを告げた。寝間着からTシャツとパンツに着替え、妻のショルダーバッグを肩にかける。破水に備えてバスタオルを沢山持つと、妻を支えながら家を出た。


「駐車場まで頑張れよ」


「……ええ」


 マンションのエレベーターで、地下駐車場まで一気に降りる。ファミリータイプのワゴン車の後部座席に妻を乗せ、急いで病院に向かった。


 出産予定日は、まだ十日程先のはずだった。ハンドルを握る手が汗ばんでいる。時々、唸る妻に声をかけた。まだ破水はしていないが、陣痛が始まっていた。


 病院では、夜間の緊急事態は日常茶飯事らしく、ストレッチャーが用意されていた。待機していた看護師さんに付き添われ、妻は迅速に運ばれていった。

 夜間のスタッフが、僕にこれからのことや入院の手続きを説明してくれた。


 初心者マークの親になろうとしている僕は、妻と新しい命を無事に迎えることに必死で――友樹のことは頭から消えていた。

 スマホに触れることはあったが、僕や妻の両親や、職場への欠勤の連絡に終始追われていた。


 大騒ぎの末、翌日の夕刻、娘が誕生した。

 病室の中にまで真っ赤な夕陽が差し込む中で、妻の腕に抱かれる小さく柔らかい宝物に対面した。


「平均よりちょっと小さいけど、健康だって……」


 疲れを滲ませていたけれど、妻は誇らしげで、とても満足気に微笑んだ。母親になったからだろうか。年下のはずなのに、頼もしくさえ見える。そして、これまで見たどんな彼女より、綺麗だと思った。


「お疲れ様……ありがとう」


 我が子の頭ごしに、僕は妻に口づけた。

 愛しさと感謝と――言葉に置き換えられない暖かい気持ちがじんわりと広がり、気付いたらポロリと涙が溢れていた。


「ふふ。一緒に、頑張ろうね」


 妻の目尻も濡れている。

幸せだな、と心から思った。


 授乳を済ませると、妻は緊張が解けたように微睡んだ。熟睡に入ったことを確認して、僕は病室を出た。


 転勤族の悲しさかな、僕達の両親は出産に間に合わなかった。明日、妻の両親が空港に付くというので、迎えに行かなくてはならない。さらに明後日には、僕の両親もやってくる。

 二日ほど両家が勢揃いするものの、その後は妻の母親だけが僕達の家に残る予定だ。「母親」の先輩として、出産後のあれやこれやを仕込んでくれるらしい。

 そういうことは、実の母娘おやこの方が気兼ねなくていいだろう。

 僕の母が寛容に理解してくれて、安堵していた。


 親しき仲にも礼儀あり。

 妻の母親がしばらく滞在するからには、慌てて飛び出してきた家の中を、少しは片付けておかなくては。


 ナースステーションに帰宅することを伝え、担当看護師さんに挨拶をしてから病院を出た。


 西の空遠くに、残照が貼り付いている。

 夏の始まりを告げるように、どこからか虫の声が聞こえてくる。

 生ぬるい夜風に深呼吸して、車に乗り込んだ。


 エンジンをかける前に、ふと思い出してスマホを見た。

 見慣れない着信が10件あった。


-*-*-*-


 着信の相手は、友樹の彼女――詩織さんだった。

 それが分かったのは、帰宅後、家の固定電話の留守電にメッセージが溢れていたからだ。


『ジュウハッケン、デス』


 機械音がたどたどしいイントネーションで、留守電の件数を告げる。


『あっちゃん、おめでとう! 明後日、行くわね』


『惇さん、しばらくご厄介になります。よろしくお願いしますね』


 両家の母親からのメッセージに続いて、一際トーンの違う音声が流れる。


『ご無沙汰しています、詩織です。突然お電話して、すみません。惇さんが、友くん家の留守電に入れたメッセージ、聞きました――ピーッ!』


『……すみません。あの、惇さんも、友くんと連絡取れないんでしょうか? 私も連絡取れなくて――ピーッ!』


 あぁ、もう! 30秒に設定した録音時間が煩わしい! 機械音の中断に焦らされながら、気だけが急いていく。


『ごめんなさい。え、と……友くん、四日前から会社休んでいたらしくて、それで――ピーッ!』


『何度もごめんなさい。この留守電だと、話が進まないので、ディスプレイに出ている惇さんの携帯番号に、お電話します』


 そうして、10件の着信履歴がスマホに刻まれた訳だ。


 八時を回っていたが、僕は着信にかけ直した。

 コール音が六回鳴って、「はい」と静かな女性の声が応えた。


-*-*-*-


 詩織さんと一対一で話すのは、多分――いや、確実に初めてのことだ。

 結婚披露宴の後の二次会では、友樹を始めとした集団の中で、数回言葉を交わした程度である。

 電話ごしではあるが、きちんと対峙したのは初めてで、互いに幾ばくかの緊張を湛えていた。


「彼の様子が変わったのは、半月前に二人で温泉旅行に行った帰りのことでした」


 詩織さんは、少し声を震わせた。


「何があったんですか」


「高速道路のサービスエリアに寄って、お土産なんかを買って――車に戻ると、ワイパーに羽が挟まっていたんです」


「羽……カラスの?」


「ええ。やっぱり、惇さんはご存知なんですね」


「あ――いや……」


 ……しまった。一連の話から、つい口を滑らせた。


「こっちに帰るまで、ずっと考え込んでいて、私も訳が分からないものだから……喧嘩になってしまって」


 そりゃあ、仕方ないよな。

 友樹の穏やかならぬ心中を察するに、同情を禁じ得ない。特に僕より高い、彼のプライドは、あの若気の至りを口にすることを許さないはずだ。


「……惇さん?」


 沈黙に不安を感じた彼女が呼び掛けてきた。


「あぁ、すみません。それで――その後、アイツは何か言ってましたか?」


「しばらく気まずくて、連絡してなかったんです。そしたら一週間前、夜中にメールが来て」


 一気に答えた彼女は、短く息を付いた。


「急な出張で二、三日連絡できないって。そんなこと、一々報告してくるような人じゃないのに……!」


 電話口の向こうから涙声が聞こえる。

 僕にメールが来たのも、三……四日前だ。


「惇さんにもメールがあったんですよね? 友くん、何て書いてたんですか?」


 答えに詰まる。

 困って泳がせた視線が、リビングのローボードの上に飾られた結婚式の写真で止まる。妻と二人で撮った写真の横に、親しい友人達に囲まれた笑顔の写真が並んでいた。その中には、もちろん詩織さんと友樹もいる。


「惇さん、教えてください」


「――う、うん……。アイツ、誰かに会いに行くって。話してくるって書いてあったんです」


「誰かって、誰ですか? 惇さんに伝えたってことは、惇さんもご存知の方ですか?」


 必死の彼女を納得させるような上手い言い訳なんか、僕には思い付かない。


「……すみません。これ以上は、僕も分からないんです。だから、詳しく聞きたくて、アイツにメールしたり電話してたんです」


「そう……なんですか……」


 詩織さんは、納得できない気持ちを抑えるように、呟いた。


「何か分かったら連絡しますから、詩織さんも教えてくれますか?」


「はい――それじゃ、失礼します……」


 電話が切れた。念のためにメールとLINEを確認したが、友樹からのコンタクトは入っていなかった。


-*-*-*-


 三日後、友樹の車が県境の山奥の崖下から発見された。500m上の山道のガードレールが突き破られており、車は燃えなかったものの大破していた。

 しかし、肝心の友樹の姿は見つからなかった。


 状況から事件性は低いと見なされ、事故と自殺の可能性を視野に、捜索が行われた。

 友樹が自殺なんかするヤツじゃないことは、僕がよく分かっている。

 アイツは『話をつけに』行ったのだ。話が通じる相手なのか分からないが、現状から察するに、しくじったのだろう。


 随分後になって、詩織さんから聞いた話では、友樹が運転していたと見られる座席のシートに、黒い――カラスの羽が刺さっていたらしい。


 結局、彼の存在は見つからないまま、捜索は打ち切りになった。




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