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七つの子  作者: 砂たこ
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第二羽 再会

「久しぶりだな、惇」


 振り向くと、細身のダークスーツに身を固められた眼鏡顔が立っていた。


「友樹――変わんないな」


 地元を離れて三年になる。高校を卒業した僕は、他県の大学に進学した。長期休暇も、バイトや海外への貧乏旅行やらで忙しく、実家に帰省することもなかった。

 そんな僕だが、成人式への出席のために久しぶりに帰ってきた。地元の市民ホールで開催される成人式は、当然のように同窓会の様相を呈していた。

 入場の受付を済ませた新成人達は、式が始まるまでの間、会場外のロビーで三々五々、お喋りに花を咲かせている。

 着なれないスーツに着られている男子達、一張羅の振袖に妙に大人びた女子達、いずれも初々しく瑞々しい。


「あっちに二高にこうのヤツが集まってるぜ」


 友樹が示した先には、確かに覚えのある顔がちらほら見える。


「真也は? まだ来てないのか?」


「……ああ。アイツ、来ないかも知れない」


 キョロキョロと瞳で探していた僕は、不意に声のトーンが低くなった友樹に焦点を戻した。


「来ない?」


翔馬しょうまっていただろ、隣のクラスだったヤツ。覚えてるか?」


 記憶のファイルを引っ掻き回して――何となく思い当たる。


「サッカー部の?」


「そう、キャプテンの。アイツ、真也と同じ大学に行ったんだよ」


「へぇ、そうなんだ」


「真也のヤツ、一年のGWに、こっちに帰省したらしいんだ」


 進学して僅か一ヶ月、一年のGWに帰省する学生は、あまり多くない。新生活に夢中になっているせいもあるが――そこから二ヶ月もすると夏休みがある。大学生の長期休暇は本当に「長期」で、お盆なんかもあることから、そこで纏めて帰ることが経済的なのだ。


「こっちから戻った頃から、様子がおかしくなったらしい」


「おかしいって何だよ」


「常に何かに怯えたようになって……その内、大学に来なくなったって」


「怯えて? それって――引きこもり?」


「かもしれない」


「大学の人達に馴染めなかったとかじゃないのか」


「うーん。でもさ、真也って誰とでも話すし、社交的だったよな」


「お前より友達多かったもんな」


「るせぇよ」


 あの頃のような軽口を叩き合った所で、開場を告げるブザーが鳴った。

 一旦会話を引き上げて、会場へ流れる人の波に加わる。

 今日を境に何が変わる訳でもないが、人生の節目のイベントだ。真面目に経験するのも悪くない。

 市民ホールの座席に着き、柔らかなスポットライトに照らされた壇上の花を眺めながら、一先ず真也の話題は頭から追い出した。


-*-*-*-


 結局、真也は成人式に出席しなかった。

 僕は、友樹や二高の何人かと、昨年秋に駅前に出来たショッピングモールのフードコートで遅い昼食を取った。

 近況や思い出話に一頻り花を咲かせ、夕方近くに解散した。


「お前、直ぐに戻るのか?」


 バスを待つ間、友樹に切り出してみる。改めて並んで立つと、高校の時よりも背が少し伸びたらしい。


「明後日、戻るけど……何だよ?」


「まだ冬休みあるだろ。真也のアパート、行ってみないか?」


「――やっぱり気になるよな」


 僕が暮らすN市から友樹が暮らすT市までは、電車で三時間くらいか。真也の住むO市は、そこから乗り換えて、更に一時間くらいだろう。十分、日帰り出来る距離だ。


「お前のメアド登録するわ」


「いいけど、さっき皆とLINE登録しただろ」


「こういう話は、LINEじゃ落ち着かないんだよ」


「あ、そうか」


 何となく納得して、メールアドレスを交換した。

 考えてみれば、妙なものだ。僕達は高校時代からスマホを持っていた。ツールもあって、実際使っていたけれど、毎日顔を合わせる同級生とは、仮想空間でまで繋がる必要を感じなかった。

 リアルで離れた今だからこそ、繋がる手段があることが意味を持つのだろう。


「じゃ、連絡するから」


 ちょうどやって来たバスに飛び乗って、友樹はあっさりと去ていった。まるで「また明日」と別れた高校時代の続きみたいに。


 彼を乗せたバスの後ろ姿を見送って、僕もまた、程なくやって来た実家方面に向かうバスに乗った。


-*-*-*-


 全校生徒が体育館に集まる朝礼は、通常、月の最初の月曜日に行われる。

 しかし、この日は違った。五月の第三週の月曜日。本来は朝礼がないはずだった。


「命に尊卑はありません! 悪戯に奪って良い命などないのです!」


 濃紺の背広を来た校長が四角い顔を強張らせて、マイクの前で声を張り上げた。

 『誰かが、雑木林に作られたカラスの巣を故意につついて、雛を殺した』――微妙にねじ曲がった形で、僕達の悪行が糾弾された。 もちろん、『誰が』そんなことをしたのかを知る者はいない。


 僕が埋めたはずのあの雛は、野生動物によって掘り起こされ、週末の校庭で無惨な残骸となって発見されたそうだ。

 校長がやけに真剣に諭すのは、今回のことでカラスが神経質になり、学生を見るや集団攻撃を仕掛けてくるようになったからだ。


 カラスという鳥は、鳥頭ではない。むしろ鳥類の中では格段に記憶力の良い鳥なのだという。更に、仲間とのコミュニケーション能力も高く、危険な存在には集団で対処するらしい。


「日曜日、部活動をしていた生徒がカラスに襲われて怪我をしました」


 校長は厳しい眼差しで学生達をゆっくり見回す。

 誰にも見られていなかった、と確信めいた自信があるものの、背筋に嫌な汗が薄く浮かぶ。僕達のせいで、怪我人が出た。間接的ではあるが、加害者だ。罪の意識が心拍数を狂わせる。

 ふと視界に入った真也の横顔がいつもより白く見えた。友樹は僕より背が高いから、数人後ろに立っているはずだ。振り返りたい衝動に駆られつつ、端から見て不審な動揺が滲まないよう、平静を装うことに努めていた。


 カラスからの攻撃を防ぐ方法や、反撃しないように――といった注意が延々と10分程続いた後、臨時全校集会は終わった。


 それからしばらくの間は、体育の授業を体育館で行ったり、生徒の登下校時に教員が交代で校門近くに立つことが続いた。

 雨が降らない日でも、カラスからの攻撃対策のためにビニール傘を差してくる女子なんかもいた。


 カラス騒動は、子育てが終わる七月頃には収束した。若カラスが親達に加わり、しばらく大所帯の群れになった。やがて翌年のためのペアを作ったり、縄張り争いをする様子は見られたが、カラス達は学生に関心を向けなくなった。


 翌春も、カラスは雑木林で繁殖した。古巣を使い回すらしく、あの忌まわしいクヌギの古木に掛かった巣でも、子育てしているみたいだったが、警戒心を再燃させるリスクを負ってまで知りたいとは思わなかった。


 そうして、僕達は卒業していった。地元を離れ、あのカラス騒動はすっかり思い出話の一つとなっていた――。



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