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1話

人間という種族が、苦手だった。

俺という一人の人間も苦手で、家から外に出るという行為も苦手なのが自分で。

とにかく、一人で居る方が楽で簡単なのだ。

なので学校という集団生活の中では、極力人と接するのを避けたり、勉強も運動も平凡な、そんな普通の人間のまま生きてきた。

そんな生き方のせいか、はたまた俺の顔がどこにでも居そうなやつだからか。外出してないのにも関わらず「お前この間駅で見かけた」とか言われてしまったりする俺が完成したのだ。


薄暗い人生。

俺の心のより所は愛犬ハンサムだけだった。

ハンサムは名前の通りハンサムに育っていった家族なのだが、結構お歳を召している。

今では犬用おむつを履かなくてはならなくなってしまったけれども、おむつ姿でキリッとしているところは最高にハンサムだと思う。

家で、ハンサムと一緒に遊ぶのが楽しかった。


友人と呼べるのが、外で一緒に遊んだり、よく喋る人のことを指すのであれば、一人もいない。

そんな人間を世間はぼっちと呼ぶ。


こんな俺を変えたいと思ったことがないと言えば、嘘になる。

けれど友人が出来たとして、変わっていく日常が怖いのだ。

学校に行き、時の流れに身を任せるように生きてきた俺の毎日。


そんな、比較的寂しい俺の人生は一瞬にして終わった。


入水自殺は止めた方がいいとよく言うけれど、本当にそう思った。

塩分が胃を焼いてくるし、鼻痛いし、藻掻いても水の重さが手に残るだけ。

すごく、虚しい。

体が冷えていく感覚も嫌いだ、お前は孤独だと、そう告げてくるような____。


・・・あれ、俺ってなんで、海に飛び込んだんだっけ。


「あなたの願いは」


はっと、頭に酸素が行き渡る。

なんだか恐ろしい夢を見ていた気がして、飛び起きた体の背筋が凍っていく。

しかし、数秒経ってなにも無いことが分かり、乱れた呼吸を整えるべく胸を押さえた。


ん?胸・・・体が、ある・・・?


両手の平を凝視する。ぐっぱっと手を動かせば、しっかりと指の先まで動いた。

口の中に残る塩分やまだ乾ききっていない体に残る海水を見ると、海に飛び込んだというのは現実。

しかし手首の脈を押さえれば、正常とは言い難いが機能してくれていた。


生きて・・・るのか。

ということは、死んだというのは、俺の早とちりで。

本当は気を失っていただけで・・・?


俺の、勘違いで・・・。


「~~~ッ!!・・・よかっ」

「あなたの望みは」


そんなことはなかった。どう考えても、ここ普通の世界じゃない。

・・・俺の聞き間違えでなければ、石像が喋っているのだから。


しかも、周りは草木で覆われていて、俺が居る場所から石像までの道だけが不自然に開けている。

木漏れ日が、心地よい。

あの石像さえなければ、良い場所だと思っただろう。


石像は、女性の姿をしていた。

ワンピースの様な服を身に纏い、背中からは蝶の様な立派な羽根が顔を出している。

そして、彼女は胸の前で手を組んでいた。

色は石像なので、灰色一色だけれど・・・美女なのは、すぐに分かる。

故に、恐ろしい。


視線は一点だけを見つめ、目線が交わることはない。


「あなたの祈りは」


また喋った、石像の口だけが動く。

祈り・・・。


「元の日常に、戻りたい・・・?」


まだ、変な場所に来たというだけで、死んではいない可能性があるのだ。

これは夢かもしれないし、頬を撫でる風が妙にリアルだが俺の悪趣味な妄想かもしれないから。

現実でぐーすか寝てる俺を早く起こさなければ・・・。


「・・・」

「・・・え、駄目?」


像は何も答えない。

口以外動かないので、表情を読み取ることも、首を縦や横に振ってくれることはない。

無言は辛いな・・・。


「あなたの望みは」

「あ、もしかしてそれ以外喋れない?」

「・・・」


なるほど、では、俺にも策がある。


「はい、だったら望みはって言って。いいえ、だったら祈りはって言って」

「・・・」

「普通の日常に、戻りたい!!」

「あなたの祈りは」

「即答かよ!!」


石像はずばりと言ってくる。


「や、やっぱ駄目なのか・・・」

「・・・残念ながら」

「喋れるの!?」


すみません、と一言告げる石像。

なんでも「それ無理」と答え辛かっただけらしい。石像にとんだ気遣いをされてしまった。

普通の日常に戻れないことを知り、その場に胡座をかいて俯く。

・・・やっぱ、死んだのかぁ。


「・・・あなたは、海の底で繋がっていたこの世界に、飛び込んでしまったのですね」

「え、ということは海の底で頭をぶつけて死亡はなく?」

「はい。上を、見てください」


言われるままに上を見れば、木の葉っぱに隠されて見えずらい青が顔を出した。

あれは、魚か?

ふと、丁度良く風が吹き、爽やかな風が緑を退かしていく。

・・・これは。


「水族館みたいだ」

「?・・・綺麗でしょう」


よくある、ドームを潜れば上で魚が泳いでる。なんて水族館の仕掛けみたいな光景がそこに広がっていた。

天窓のように1ヶ所だけなのだが、確かに綺麗だ。


「あそこから落ちて来たのですよ」

「!?えっ、それなら、戻れるのでは!?」

「・・・どうやって、あそこまで行くのです」

「き、気合い・・・?」


呆れられた。

溜息が長い、まだ続く。

そりゃそうだ・・・一目見ただけで、100メートルはあると推測出来る所までいけない。普通に考えて無理だ。

・・・あんな高さから落ちてきてよく死ななかったな、俺。

自分で自分を褒めることを専門に考えよう。


「あぁああぁぁぁぁあぁ・・・」

「やめてください、溜息長いです。たまにソプラノになったりしないで・・・」


ていうか声綺麗だなおい・・・。


「はぁ・・・。あなたは死んではいませんが、あなたの日常に戻すことは出来ません。あの窓は高すぎる」

「だから無理、か」


どうしたもんかなぁ、と頭を掻く。

あっちで俺はぼっちだったとしても、家族だっていたと思う。戻りたい。

・・・生憎、愛犬ハンサムしか思いつかないが。


「なので別の居場所を自ら作りなさい」

「え?」

「『あなたの望みは』」


空気が震えた。

海水を全身に被った俺の肌に、鳥肌が立つ。

寒い・・・なぁ。


独りは、いやだ。




「友達が欲しい」

「・・・説明してなかったですね。この世界は魔法や剣、魔物が存在する世界です。しかも、あなた方の思っているような世界ではない。生き残るのはそう容易くないのですよ」

「魔物もいるのか、マジのファンタジーだ」

「え、えぇ。たまに落ちてくる方全員言ってますよ・・・それ・・・」

「よし、変更してもいい?」


そう言うと安堵の溜息を溢す彼女。もちろんと言う。

よかった。


「魔物と友達になりたい」

「・・・・・・それは、本気で言っているの」

「俺、人間は怖いんだ。自分が勝手に避けてるだけなんだけどさ」


ならば、ハンサムみたいな動物となら、仲良く出来るんじゃないかなって。

人間は無理でも側にいてくれる存在がいるなら、何とかなるんじゃないかって思うんだ。

・・・まぁ魔物は動物じゃないんだろうけど。


「やっぱり、これも駄目か?」

「・・・・・・変な人間」

「へ、変って・・・!!」

「でも、嫌いじゃないタイプの、変な人間よ」


口しか動かなかった石像は少し、ほんの少しだけ、目を細めた。


「いいわ!あなたにすべを捧げよう!」

「お、おう」


いきなりタメになった石像に驚きながらも、力をくれるそうなので文句は言わない。

堅苦しいのは苦手なので楽だし、別にいいか。

石像の前に光が灯る。


「これはすべよ、相手と心を通わせるすべ


名を、導操術どうそうじゅつ


「魔物と仲良く出来る術があるのか!?」

「仲良くなれる状態を作る術よ、名前は今適当に考えたわ」


状態を作るということは、その術で仲良くなれるという確信は無い訳か。

現実はそう甘くない。

光が俺の中に入って行くが特に変化はなかった。


「この世界に魔法があると言ったわね?」

「あぁ」

「その魔法の根源は、生まれつき自分の持っている‘曲,なのよ」


魔法の根源、俺達の世界で言うファンタジーの魔力と呼ばれる物。

それがこの世界では曲・・・?


「この世界の生物は、自分の曲が狂わないよう精神を保ちながら生活している。怒りや悲しみ、喜びなどがその自分の曲に現れるの」

「・・・例えば、暗い曲調が、明るい曲調になったり?」

「その通りよ。曲が己の精神、精神が己の曲。曲が狂えば己も狂う」


精神が狂えば、曲は己で戻すしかない。


「・・・孤独、だな」

「そうね、独りの戦いよ。でも・・・あなたは、体温という温もりを知っているかしら」

「一応は・・・それなりに」

「そこにあるだけで安心する。そうやって生き物は共存し、互いに自分の曲を取り戻す」


・・・詰まる所は、こうだ。

喜び・悲しみ・怒り・楽しみ。喜怒哀楽の感情が曲の状態を決めていく。

感情で音が狂えば、精神が不安定になり他人を傷付けたりしてしまうのだ。

些細な感情では微々たるものだが・・・大きな悲しみや苦しみ、怒りなどで曲は不協和音となり、暴れ出す。


「そして、曲は魔法の根源。複雑な音を多く使った曲ほど強力な魔法を使うことが出来る」


そして、複雑な曲は調節が難しい。そんな曲を持った生物ほど、壊れやすい。

強靱な精神が必要になってくる・・・ということか。


「・・・飲み込みが早いわね」

「で、その導操術っていうのはどういう術なんだ?」

「ふふふっ」


意味深しげに石像は笑う。

やばい術じゃないといいんだけどな・・・。


「他人の曲を、正しく直すことが出来るわ」

「・・・は?」

「本来自身で安定さなければいけない曲、精神を、あなたは介入して音を正すことが出来る」

「はぁ!?」


・・・とんでもない爆弾じゃないか。

相手の精神を安定にすることが出来るということは、不安定にすることも出来るということ。

しかも介入という言葉。強引に入り込むと言う意味である。

つまり、


「相手が拒否しても、入り込める。暴れさせることが出来る」

「・・・あなたがそう言う人間じゃないことを信じるわ」

「まってくれ、危険すぎる」


先に、俺の精神が壊れるだろう。

自分も人間、生きていればそれなりに苦手な奴だって出てくるし、負の感情だってある。

魔物と仲良くしたい、魔物を落ち着かせることが出来る術。


「・・・魔物にも効くんだよな」

「当たり前よ」

「ドラゴンとか、世界壊せるレベルの魔物の曲を壊したら」

「・・・」


黙んな!?

どうすんだよ!!俺が誤って精神を直そうとして狂わせちまったら!!


「・・・ごめんなさい。でももう与えてしまったから、どうしようも無いわ・・・」

「・・・だよなぁ」


説明先に聞いた方がよかったか・・・。俺の不注意でもある。


「・・・試してみましょうか」

「え?」

「私の体に触れてみて、どこでもいいわ」


どこでも・・・。

俺は無意識のうちに、凄く固いおっぱいに手を当てた。


______ッ!?


「ごほァッ!!」

「どこ触ってんのよエロガキィ!!」


突然地面から伸びてきた蔦に、思いっきり頬を叩かれる。

しかしそんな事は気にしていられない。

・・・なんだ、これ。


「・・・ぴ、ピアノ・・・?」

「!!」

「バイオリン、トランペット、ホルン、フルート、オーボエ・・・」

「・・・」


コントラバス、ファゴット。

音楽の授業で習った、オーケストラなどが使っている楽器をあげていく。

正確なものではないだろうけれども・・・。


「気品な、けれど迫力のある曲」


彼女の曲は素人の俺が聴いても、複雑だと思わざるを得ないものだった。


「ふふん、大正解ね。私を知り尽くしている夫と同じ事を言っているわ」

「結婚してるのか!?」

「石像だって結婚してるわよ!!」


まだ生えていた蔦で、パァンッ!!と右ストレートしてくる石像。

こ、この世界では常識なのか、それが。

叩かれた右頬が痛い。


と、とりあえず!


「あー・・・えっと、すげぇ綺麗な曲だった」


試させて貰ったお礼として、褒め言葉を口から出す。

本当に、綺麗な曲だと思ったから。


「・・・ふふっ、助けて正解だったかも」

「えっ?」

「あんな高さから落ちて、普通は死ぬわよね?」


なんで、あなたは生きているのかしら。そうほくそ笑む石像。

すぐ側にはうねうねと動く蔦。

後ろを振り返れば、それが何百と生えていた。


「ありがとう蔦アアアア!!骨が粉砕するところだった!!」

「はぁ!?私が動かしている魔法よ!?お礼は普通私に言うでしょっ!!」

「そうなんだけど、俺の頬を2回叩いたのもお前だろ」

「あんたの頬を2回叩いたのもその蔦よ!!」

「というかこの蔦があれば、あの海の天窓まで俺を運べるのでは?」

「出来たらとっくにやってるわ」


あそこまで届くわけないじゃないと溜息を付く石像。

曰わくあの天窓、勢いをつけて落ちてきた物体は全て飲み込んでしまうらしい。

・・・所々、茂みの隙間から金属が見えるのはそのせいか・・・。


「はぁ・・・とにかく、もう行きなさい。やり方はわかったでしょう?直したい曲の持ち主の体に触れれば曲が流れ込んでくるわ」


魔法が使えるやつは、全部曲を持っている者。

触れば、心があるかどうかが分かるって事だな。


「あと、あなたが落ちてきたときに握ってたネックレス」


キンッという音がして、目の前に金属の鎖が現れる。

足下に落ちてしまったので拾ってみると、黄緑色の石が装飾された台にはめ込まれているシンプルなネックレスだった。

・・・俺こんなの持ってたっけ。


「私の力を入れ込んでおいたわ。金銀で変えようのない代物よ」

「へー、ありがと」

「もっと感謝して喜んで!!」

「すげぇ欲しがる石像だな・・・。

ありがとう、大切にする」


そう心の底から感謝を述べると伝わったのか、嬉しそうに微笑む石像。

石像石像って呼んでるけど、夫がいると言うことは名前があるのでは?


「お前の名前って・・・」

「ふふ、しっかり覚えておくのよ。私の名前はグレディス・ハーレティア」

「グレディス・ハーレティアな」

「特別にハーティと呼ばせてあげる!」


愛称みたいなものだろう。

今度会ったときまでに覚えてるよう、頭の中で復唱する。

ハーティハーティ・・・一様フルネームで覚えておくようにしなきゃな。


「私が信用した者にしか呼ばせないものよ!あと、祝福もあげる」

「なんだ祝福って・・・」

「それと、洋服ね。そこの木箱から適当に取ってっていいわよ。海水でべたべたでしょう」


言われてみればと体を触る。

もう殆ど海水は乾いてしまっていて、塩と水分が中途半端に残っておりべたべただ。

・・・大人しく貰っておこう。ありがたや。


「なんだか凄い世話になっちゃってるな・・・」

「あなたって、なんだか情けなく見えるからお節介しちゃうのよね」

「凄い罵倒されてる気がする」


でも事実だから言い返せない・・・。

とりあえず上と下1着ずつと、上に羽織るものを一枚頂戴する。

これで、最低限のものは揃ったな。

下着は・・・諦めよう・・・。


「お目が高いわ、その羽織はオススメよ」

「そうなのか?」

「魔法が使えないあなたには便利ね」


・・・そっか、曲が魔法の源だもんな。そりゃ俺は使えないか。

ちょっと期待していたので、気分が落ちる。

火とか使ってみたかったな・・・。


「・・・最後に、あなたの名前を聞いても?」

「俺?俺の名前は幸、幸せって書いてユキって読むんだ」

「ユキ・・・ね。ありがとう」

「いや、こっちこそありがとう、ハーティ。ちゃんと生きれる地盤が出来たらまた来るよ」


恩返ししたいしな。

そう言えば、呆然とした顔をするハーティ。


「・・・お土産持ってこないとまた叩くわよ」

「わかった」

「来ないと怒るからね」

「おう、もう右ストレートは嫌だしな」


笑いかければ、もう石像とは呼べない程の笑みを、ハーティは返してくれた。


「・・・あなたに、我が祝福を。いってらっしゃい」

「っ!・・・いってきます」



足下に光を纏う魔法陣のような物が現れ、俺を包む。

今更ながらドキドキしてきた。


頑張って生きよう。

またここに戻ってこれるように___。


「あっ、ハーティ甘いの大丈__」







グレディス・ハーレティア。

妖精女王ティターニアの聖域に再び、静寂が木霊した。


「・・・馬鹿ねぇ」





大好物よ!!!

ゆったり更新していきます。

どうぞよろしくお願い致します。

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