氷のお姫さまと、きれいな宝石(はらわた)
あるところに、それはそれは美しいお姫さまがすんでいました。
お姫さまの肌はまっしろで、髪はぎんいろ。
ひとみは、あかで、ちいさなくちびるも、あかでした。
まとうドレスはうすいあおいろ。
頭には、きらきらひかる、ぎんのティアラをのせていました。
お姫さまは、氷のお城にすんでいました。
お城には、なんでもありました。
たくさんのめしつかいに、ぶきをもった兵隊さん。
ごうかな家具に、めずらしい本。
食べきれないほどの食べものも、つかいきれないほどの黄金もありました。
それでも、お姫さまはひとりでした。
たくさんのものにかこまれていても、ずっとずっとひとりでした。
めしつかいも、兵隊さんも、みんな氷でできていました。
お姫さまは、まほうをつかって、氷でいろんなものをつくり、うごかすことができたのです。
お姫さまは、お城からは少しも出られませんでした。
お城のまわりはずっとずっとむかしから、雪がたくさんふっていました。
本や食べものは、兵隊さんたちにお願いすれば、どこからかもってきてくれました。
お姫さまは、とてもとても長生きでした。
それでも、お姫さまはこどもでした。
からだはずっとずっとむかしから、少しもおおきくなりませんでした。
背たけもとてもちいさく、氷のめしつかいにお願いしなければ、棚からじぶんのお皿をとることもできませんでした。
お姫さまは、心もこどものままでした。
本をたくさん読んでいたので、とても物知りでしたが、じぶんの目でほんとうに見たものは、ほとんどありませんでした。
ある日、お城にひとりの旅人がやってきました。
旅人は、おとなの男の人でした。
お姫さまは、じぶん以外の人間に会うのははじめてでしたが、本で見たことがあったので、おとなの男の人だとすぐにわかりました。
お城にはじめてのお客さまだったので、お姫さまはとてもとてもよろこびました。
今まで生きていて、いちばんうれしい日だと思いました。
旅人は、道にまよって、このお城にたどりついたと言いました。
おなかがすいて、つかれているので、しばらく泊めてほしいと言いました。
もちろんお姫さまは、おおよろこびで、旅人を泊めてあげました。
お姫さまは、旅人にたくさんの食べものをあげました。
お姫さまは、ほんとうは食べものを食べなくても平気でしたが、いつかお客さまがきたときのために、ずっと集めていたのです。
お姫さまは、旅人のことがすぐに大好きになりました。
背が高くて、やさしくて、ほんとうにすてきだと思いました。
旅人は、氷のめしつかいのかわりに、棚からお皿をとったり、着がえを手伝ったりしてくれました。
旅人は、いろんな国のおはなしを話してくれました。
どの国のおはなしもとてもおもしろく、お姫さまはますます旅人のことが大好きになりました。
本には書いていないおはなしも、たくさんありました。
お姫さまは、とてもとても幸せでした。
ずっとずっと、この幸せが続けばいいと思っていました。
旅人になら、じぶんのすべてをあげてもいいと思っていました。
まほうも、お城も、食べものも、黄金も、ぜんぶぜんぶ旅人にあげるために、さずかったものだと思うようになっていました。
けれどある日、旅人は、また旅に出ると言いました。
お姫さまは、行かないで、と泣きました。
なんどもなんども、泣きました。
旅人は、またいつかもどってくる、と言いました。
それでも、お姫さまは、旅人とはなれることが、つらくてつらくて、がまんできませんでした。
お姫さまは、旅人を氷の牢屋に閉じこめました。
そして、まいにちまいにち、なんどもなんどもお願いしました。
――――お願い、行かないで。ずっとずっといっしょにいて。
けれど旅人は、どうしても旅に出ると言って、お姫さまのお願いをきいてはくれません。
お姫さまは、かなしくなりました。
でも、少しうれしくもなりました。
氷のめしつかいも、兵隊さんも、お姫さまの思ったとおりにうごきます。
それなのに、この旅人は、お姫さまが思ってもないようなことばかり言うのです。
やっぱり、この人はとくべつなんだ、と思いました。
旅人を閉じこめてから、何日かがすぎました。
旅人はすっかりつかれて、ほとんどうごかなくなりました。
食べものも、あんまり食べなくなっていました。
それでもまだ旅人は、旅に出たいと言い続けていました。
お姫さまは、旅人にきらわれたと思い、とてもかなしくなりました。
そして、こんなにお願いしても、いっしょにいると言ってくれない旅人を、ひどい人だと思うようになりました。
どうすれば、お願いをきいてくれるんだろう。
お姫さまはかんがえました。
かんがえて、氷の兵隊さんをあつめました。
旅人を牢から出し、ぶきをもった兵隊さんに、旅人のあしをきらせました。
旅人はたくさんの血をながして、くるしみました。
お姫さまは、かわいそうだと思いましたが、それでも旅人は、いっしょにいると言ってくれません。
つぎは、兵隊さんに旅人のうでをきらせました。
またたくさんの血が出ました。
それでもやっぱり、旅人のこたえは変わりません。
それからなんどもなんども、兵隊さんに旅人をきらせました。
気がつけば、旅人はまったくうごかなくなっていました。
血がたくさんたくさん出ていて、お姫さまのドレスも真っ赤になっていました。
お姫さまが話しかけても、旅人はもう、なんの返事もしてくれません。
お姫さまは、ずっとずっと、うごかなくなった旅人を見つめていました。
旅人のからだは、もとのかたちがわからないくらい、変わってしまっていました。
どこがうでで、どこがあしかもわかりません。
それでも、顔だけは、そのままでした。
その顔はゆがんで、おおきく開いた口から、したが飛び出していましたが、それはお姫さまが大好きだった、やさしい旅人のおもかげをのこしていました。
旅人のからだからは、いろんなものが飛び出ていました。
お姫さまは見るのははじめてでしたが、本で読んで知っていました。
はらわたというものだと、すぐにわかりました。
それは、今まで見たどんなものともちがっていて、とてもきれいだと思いました。
こんなものが、じぶんのなかにもはいっていると思うと、なんだかうれしくなりました。
しばらく旅人を見つめたあと、お姫さまはまた、旅人を氷のなかに閉じこめました。
こんどは牢ではなく、ほんとうに氷づけにしました。
これで大好きな人と、ずっといっしょにいられると思いました。
お姫さまは、まいにちまいにち、ずっと旅人をながめてすごしました。
氷につつまれたはらわたが、きらきらひかる宝石に見えました。
お姫さまは、とてもとても幸せでした。
ずっとずっと、この幸せが続けばいいと思っていました。
大好きな人のそばで、大好きな人をずっとながめていられることが、うれしくてなりませんでした。
でも、ときどきさびしくなりました。
お姫さまは、氷のなかの旅人になんどもなんども話しかけました。
けれどいくら話しかけても、旅人はもう、なんの返事もしてくれません。
めしつかいも兵隊さんもぜんぜんうごかなくなり、ただの氷になりました。
旅人を氷づけにしてから、お姫さまはまほうをつかうことを、やめてしまっていました。
もう、したいことも、ほしいものも、なんにもなくなってしまっていました。
それから、ながいながい時間がすぎました。
そのあいだ、お姫さまはずっと、氷のなかの旅人に話しかけていました。
まほうがとけたお城は、ただの氷になって、すっかり溶けてしまっていました。
もちろん、めしつかいも、兵隊さんも、溶けてなくなってしまっていました。
お姫さまのまわりは、溶けた氷で水びたしになっていました。
もう、雪もやんでいます。
空には、たいようが浮かんで、お姫さまと旅人に、まっかな日ざしをなげかけていました。
旅人の氷も、溶けだしていました。
お姫さまは、旅人の氷にだきつき、なにかをずっとつぶやき続けています。
お姫さまがふと、水びたしの地面を見ると、そこには見なれない顔がうつっていました。
皮がぼろぼろとはがれ、顔のかたちもくずれかけています。
はじめは、それがなんだかわかりませんでしたが、やがてじぶんの顔だと気づきました。
氷のお城が溶け、雪もやみ、たいようが顔を出したので、お姫さまのからだもくずれてきていたのです。
ティアラもドレスもくずれて、ぎんの髪もぬけおちていきます。
それからまたしばらくすると、旅人の氷もぜんぶ溶けました。
血まみれのはらわたが、日ざしをあびてきらきらとかがやいています。
くずれかけのお姫さまは、そのはらわたのなかに、からだをしずめました。
旅人のはらわたのなかは、とてもきもちがよく、なつかしい感じがしました。
やがてお姫さまのからだは溶けて、旅人のはらわたにしみこんでいきました。
そうして、二人は、ほんとうにいっしょになりました。