03
「隣の客はよく柿食う客だが、しかしどうだろう。客というくらいだからどこかの店の中でのことなのだろうけど、柿を置いている店というのは、私は寡聞にして知らない。しかも『よく柿食う』ということは少なくとも、少なくともそう思えるだけの量はすでに食べているわけで、仮に大量に柿を仕入れてある店があったとして、恐らくたぶん、それほどまでに柿を食う客なんてその人くらいしかいないだろうと思う。思うし、そこまで食べるのなら柿が好きなのだろうとも思うのだが、好きだからといってそこまで食べられるかと聞かれれば、私は首を縦には振れない。ともすればその客は、よく柿食う客、というよりは、柿の魅力に憑りつかれた客────柿に喰われた客と解釈するのが正しいのだろう」
「……ふむ。正常だね」
「正常か」
「長い上につまらない。この事実が、お前さんを正常だと言いせしめてるよ」
「ありがとう、綾乃さん」
「いや、礼を言われる流れではなかったよ」
淡々と、のらりくらりとやり取りを終わらせて、蒼衣はベッドから起きた。右目に鈍い痛みが走ったが、いつものことだった。
ここは砂漠のオアシスにあるキャンプ。その中でも一際大きなテント。医療テントの中だ。
「それで、綾乃さん。結果は?」
問うと綾乃は、後ろを向いて周辺に散らかっている道具を片付けながら簡単に応える。
「だから、言っているじゃないかい。正常だ、とね」
「そうか……! そう、か……」
「おや、嬉しくないのかい?」
「……意地悪だな、綾乃さんは」
年の功さね、と綾乃は言う。
「お前さんの右目は治らないが、他の怪我についてはほぼ完治しているよ。四年間、よく頑張ったね」
右目網膜剥離。
全身複雑骨折。
それに伴った神経の一部損傷。
全部が全部、元に戻ったわけではないが、足りない部分はリハビリテーションでなんとか補っている。塞がった右の視界は、最初こそ遠近感は掴めなかったが、残った左目でカバーリングできるようになった。