兎、異世界に行く
……ここはどこだ?
一瞬の意識の混濁の後、俺の体はすぐさま臨戦態勢に入った。周囲には俺が潜入していたガキの集団八人がおねんねしている。どうやら俺達がいるのはどこかの森のようだ。しかし、どうもおかしい。周りの植物は俺の見たこともないものばかりだ。俺は食用の植物を見分け、それを調理する訓練を受けてきたからだいたいの植物の種類は把握している。だが俺の見る限り、ここの植物は俺の知るどの植物とも一致しない。ということは、どこか隔絶された島に拉致でもされたか?
いや、俺の感覚からしてそんな長距離移動させられる程は意識を失っていない。
どうなっているんだ?
「刀は……あるな。」
俺の荷物も荷物にうまく隠してある刀も確認できた。これがあるだけで多少は精神的に落ち着く。
「とりあえず、半径五百メートルに生き物はいないと。」
俺の聴力は人並み外れていて、半径五百メートル内なら生物の有無や、その状態なんかも分かる。それで調べた結果、一応の安全は確認できた。
「で、これからどうすっかな。」
俺の任務はこのガキ共に紛れて、人身売買をしている商人のアジトを潰すことだった。つまり、ここにいるガキ共は人身売買の商品である。
俺が意識を失ったのはどうやらトラックでアジトに運ばれていた途中らしく、トラックに揺られていたところで記憶が途切れている。
そんな風に俺が思考にふける間にガキ共が続々と目を覚まし始めた。
「ここ…どこ?」
「な、なんで私達、寝てるの?」
「おじさんは?」
このおめでたいガキ共は自分達を売ろうとしている野郎にひどく懐いていた。というのも、捨てられた自分達を拾ってくれた親切な人だと信じて疑っていなかったからだ。
「みんな、落ち着け。まずは安全の確保が大切だ。」
声を張り上げたのはこの集団の中では最年長の少年だった。名前は知らない。名前を知ってしまうと親近感が湧いてしまい正確な判断が出来なくってしまうので俺は名前を聞かないことにしている。この世界で他人の命を心配しているようでは生き残れない。
「私、あいつのこと信用してないのよね。」
俺に聞こえるように呟いたのは咲夜。15歳の割にはやけに発育のいい体つきをしていて顔も綺麗な造りをしている。
さっき人の名前は聞かないと言っておきながら、俺が彼女の名前を覚えているのに疑問を持つ人もいるだろうが、それにはやむを得ない理由がある。
「おまえ、俺に話かけるなって言ってるだろ。」
「おまえ、じゃなくて咲夜。何度も言ってるでしょ?」
このように、何度も自分の名前を連呼してくるので否が応でも覚えてしまったのだ。しかも何故か咲夜は俺に絡んでくる。俺は特別イケメンという訳でもないただの13歳の男の子だと言うのに。
そう言えば自己紹介がまだだったな。俺の名前は雪兎でコードネームは018。本来はコードネームしか無いのだが、俺自身が自分に名前をつけた。
名前の由来は恥ずかしいのでここでは明かさない。
「何で俺に絡んでくるんだ?」
面倒くさいので本人に直接聞くことにした。
「雪兎がぜんぜん子供っぽくないから。
みんな、何があったのか分からなくて慌ててるのに、雪兎だけが妙に冷静だから喋ってると落ち着くのよ。」
確かに、少年が上手くまとめてはいるが、やはりガキ達の目には不安と恐怖が見て取れた。咲夜も例外ではなく、上手く隠しているように見えるが不安なのだろう。
「基本的には面倒くさがりの引きこもりなんだけどな。」
「それは分かる気がする。」
俺が不本意ながらにも咲夜と話をしていると最年長の少年が俺達のもとに歩いてきた。
「咲夜、そんな奴と話してないで、こっちに来いよ。」
めちゃくちゃ俺のことを睨んでくる。
ここ数日見て思ったがどうやらこの少年は咲夜のことが好きらしい。咲夜は顔も性格も良いのでモテるのだ。現に今もこの少年以外にも何人かの男子が咲夜のことをチラチラと見ている。そして例外なく俺のことを睨んでいる。
だから咲夜とは喋りたくないんだ。無駄に敵が増えるから。
「嫌よ。」
「おまえさぁ、空気読んでくれよ。」
俺は全力でそう思った。だって咲夜が断った瞬間、俺に視線どころか殺気まで送られてきてから。今にも死ね死ねコールが聞こえてきそうだ。下手したらナイフとかも飛んでくるかもしれない。
「だって、雪兎と一緒の方が楽しいんだもの。」
そういって俺に抱きついてくる咲夜。身長が咲夜の方が高いため、俺はすっぽり咲夜の腕の中に入ってしまう。俺の顔は、やけに柔らかい物体に埋もれており、咲夜の発育の恐ろしさを身を持って体験していた。
「それに可愛いし。」
そう言って咲夜は頭をグリグリ撫で回してきやがった。
「調子に乗るなよ、小僧!!!!」
顔を真っ赤にして怒りを露わにする少年が俺の方に駆け寄り、咲夜から強引に俺の体を奪いとった。
「なにするのよ!!」
「うるせぇ!!
こんな小僧が咲夜を守れる訳ないだろ!!!
一人で生きていくこともできないガキんちょが我が物顔で咲夜といるのが目障りなんだよ!!!!!」
そう叫びちらし、少年は俺の顔を思いっきり殴った。普段の少年なら暴言は吐いても殴ったりはしなかっただろう。おそらく、今まで人攫いのおじさんに優しくされていたのに、いきなりまた路頭に迷ってしまったことへの恐怖、今までの環境をいきなり奪われてしまった怒り、何が起きたのかすら分かっていない不安、そんなものが彼をここまで追い詰めてしまったのだろう。
と、殴られながらそんなことを考えられるとは、我ながら子供離れしていると思うな、うん。
「ちょっ、信じられない!!
大丈夫、雪兎!?」
心配して咲夜が来てくれたが、あれくらい俺には何でもないので、そこまで心配されると逆に申し訳なくなってくる。
「大丈夫だよ。」
だから何もなかったかのように立ち上がったのだが、それが少年の怒りに油を注いでしまったらしい。
「ほう、これは立場ってものを分からせた方が良いみたいだな。
おい!!」
少年が呼ぶと、少年よりもいくらか年の低い少年の腰巾着が集まってきた。どうやら集団リンチにするらしい。
辺りが段々と暗くなり始めた。もう夜になるのだ。
そして、俺の視界に信じられない光が入り込んだ。
「ったく、お前は生意気なんだよ!!」
したっぱA(仮)が俺の腹を蹴り上げる。だが、俺の頭は今入ってきた情報を元に必死にシュミレートを開始していた。
「何か言えよ!!」
したっぱB(仮)が倒れた俺の体を踏みつける。
「やめて!!!!」
遠くで咲夜の悲鳴が聞こえた気がするが、それも無視。15回にも上るシュミレートの結果が出た。
「アハハハハハハ!!!
そうか、これで俺は自由なんだ!!」
俺は歓喜で一人馬鹿みたいに笑いだしていた。
俺の視界に入った光とは星の光だった。俺は地球のどこにいるのかを把握するために、星の位置は全て記憶している。しかし、今見える星空の配置は地球上からでは絶対に見えないものだった。つまり、ここは地球ではない惑星、または異世界ということになる。どちらにしても俺は地球の"オアシス"という組織からはおさらばだ。
「ど、どうした?
恐怖で狂っちまったか?」
そうか、任務を果たさなくていいんだからこの集団にいる意味ももう無い訳だ。じゃぁ、荷物だけ持っておさらばするか。こんな無鉄砲なガキ共と付き合ってたら命がいくつあっても足りないしな。
「俺は別行動をとることにするわ。」
「なるほど、俺達が怖くなったから逃げる訳か。
おまえは自分の立場が弱くなったら逃げるんだな。」
少年が勝ち誇ったように笑う。もの凄い馬鹿にされているが、面倒なので放っておこう。
さてと、とりあえず荷物だけ持って行こう。
そこで何かを期待したような咲夜と目があった。
「そんな露骨に嫌な顔しなくてもいいじゃない?」
どうやら顔に出ていたらしい。しかしどうしたものか。咲夜のことは嫌いじゃないが、ここがどこだか分からない以上、俺に咲夜の面倒まで見れない可能性も高い。だが、だからと言ってここに残しても、この馬鹿ガキ達と一緒に死ぬか、こいつらの慰み者になるのは確実だろう。
「はぁ、あんたは俺に着いてきたいの?」
「うん!!」
満面の笑みを返して下さいました。
はぁ、仕方ない。面倒だけれど連れてくか。
「そんなこと俺達が許すわけねぇだろうが!!
それと荷物も置いていきな。」
あ〜、そういえばこいつらは馬鹿だから、荷物を全部人攫いに預けたんだっけ。本当、先が知れてる集団だな。
俺は荷物に手を突っ込んで刀を取り出した。
「これ以上喋ったら斬るよ。」
「そ、そ、そんな偽物に騙され……」
瞬間、俺は少年の頬を斬りつけた。流石の少年もこれにはビビったらしい。誰も口を開かない中、俺は咲夜を連れて森の奥へと歩いて行った。