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立つ鳥

作者: 真堂チー太

 鳥になりたかった。

 子供の頃見ていた夢が今にも叶おうとしていた。

 頬を撫でる風が涼しい。

 視線を下に送ると、まるで街を行く人々が米粒のように見えた。

 ゆっくりと両手を広げる。そして僕はじわじわとビルのふちに歩み寄っていった。


 少し前まで、僕は飛ぼうとすら思っていなかった。

 僕の前に聳え立つ広大な空をただ見上げるばかりだった。

 空を飛ぶことは決して出来ないように思われて、意識的にそのことから避けていた。

 僕は飛べない鳥だ。そう言い聞かせて、翼を羽ばたかせようとは思わなかった。


 けれども、ひとつの出来事が僕を空へと突き動かした。

 その日はいつものようにただなんとなく屋上から景色を眺めていた。

 その中、僕と同じように屋上に立つ一人の男性に、僕は目を留めた。

 彼はしばらくビルの下のほうを眺めていたのだが、やがてゆっくりと柵を超えた。

 立つ鳥跡を濁さず。

 まるでその言葉を体現するように綺麗にそろえられた靴と遺書が屋上に置いてあった。

 彼はゆっくりと両手を広げ、そして、両足をそろえて跳んだ。

 僕は身を乗り出してその男性が翼を広げる瞬間を見ようとした。

 しかし、彼は飛ばなかった。

 まるで翼を羽ばたかせることが無駄であるとわかっているかのように、彼はそのまま落下していった。

 そして彼はそのまま地面に墜落し、醜い屍体を大勢の人の目に晒すことになった。


 僕は彼とは違う。

 僕は翼を羽ばたかせるんだ。

 そして積年の夢だった鳥に、僕はなるんだ。

 立つ鳥跡を濁さず。

 僕も彼と同様靴を揃えて置く。

 彼と違うのは遺書を置かないこと。それもそのはず、僕は死ぬのではない。飛ぶのだから。

 今一度ビルの下を眺める。

 イメージは出来ている。空を飛ぶ完璧なイメージが。

 柵を乗り越え、屋上の縁に降り立つ。

 誰かが僕の姿に気づいたか、地上にいる人たちが騒然としだした。けれども、僕の知ったことではない。

 見るがいい。僕が華麗に飛ぶ姿を。

 胸を張り、優雅に両手を広げる。

 長年の夢が今叶う。

 一度深く息を吸い、そして屋上の縁を強く蹴った。


 両手を開き、大きく前後に振る。

 いい感じだ。想像した通りの空気抵抗、地面がだんだんと近づいてくるこの感覚。

 しかし、この先は僕の想像とは違った。

 いくら前後に手を振ろうともそれによる揚力を得ることが出来ない。

 その刹那に今まで感じていた地面へ近づいていくこの快感が恐怖へと豹変する。

 やがて悟った。


 やっぱり僕は鳥なんかではない。

 僕に飛ぶための翼はないんだ。


 立つ鳥跡を濁さず。その通りにしようとしたが上手くはいかなかった。

 僕は立つ鳥ではない。だから跡を濁すんだ。

 これより後の事は語ることが出来ない。僕の命は既にこの世にはないのだから。

あまり後味のよくない作品ですが、私はあえて書きました。

「自殺」という行為に対して、こう、何か思うことがあるのです。

この作品をどう解釈してもらおうとも構いません。ただ、私が個人的に言いたいことは……。

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