間話「日本海軍のある提督の憂鬱」
病院で風邪薬を貰い、なんとか体調も治りつつあるので再開です。ただ完全ではないのでショートショートの形態になります。
さて、日本海軍の将官の中で一番評価のしにくい人物はなんといっても栗田健男だろう。
彼はレイテ沖海戦当時の第一遊撃部隊司令長官であり、レイテの反転で後世に悪名をのこしてしまった人物である。しかしこの時代(太平洋戦争時)の日本海軍としては実戦経験の豊富な艦隊司令長官の一人だった事は確かだ。
遥も彼に直接合った際には戦後の仮想戦記などで付いた`臆病な無能な司令長官`のイメージを覆させられた。決して無能ではなく、そこそこは仕事をこなす実戦型の提督と言ったほうが相応しかったからだ。彼は未来で自分が`無能かつ暗愚な提督`のレッテルを貼られた事に憤慨した。(軍人なら誰だって自分が無能と言われたら怒るだろう。しかも歴史上に燦然と輝く敗戦の`将`なら尚更だった。同じように大敗北を演じた小沢治三郎が
`質の劣る戦力でなんとかしようと頑張った提督`と同情的に見られる場合が多いのとは対照的であった)
とある日 呉 ドック内
「栗田提督、どう思われますか」
「まだ起ってないことの心境を聞かれても困るね。後知恵……いや、この場合は`前知恵`かな?……それから言うことは旗艦を愛宕じゃなくて`大和`にしとけば良かった」
史実の失敗は連合艦隊には伝えられていのでこういう会話が出てくるのだ。破滅の未来を避けるにはまだ起ってないうちから対策を練るのだ。これしか特攻作戦などを現出させない方法は無いのだ。
「ですね。まあそれを避けるための強化ですよ、提督」
「ところで、ロサ弾の開発が進んでいると聞くが、どうなのかね」
―ロサ弾。それは史実で大した戦績を残せなかった`十二糎二八連装噴進砲`の弾丸の事だ。この時空ではジェットエンジン開発のためのステップの一つとして重点的に開発されていた。無論、将来のミサイルのためのプロトタイプ的な意味合いもある。38年から行われた共同研究の第一の成果としてロケット弾と発射機の試作機がロールアウトしたのだ。まだ後のドイツ空軍のR4Mに比べると稚拙なものだが、1930年代の科学力から言えば、十分に凄いものだ。この兵器は史実では日本軍の区分では砲術に分別されたが、未来情報で対艦ミサイルが対艦魚雷に取って代わる存在だと知ったので区分が水雷に分別されたのである。それらから、水雷屋としては実に気になる兵器なのである。
「まだ試作にすぎませんが、アメ公共との開戦時にはまともになるでしょう。誘導魚雷も研究がかいしされるそうですから」
「それは楽しみだよ。商船護衛ドクトリン研究も兼ねて海軍対潜学校が設立されるというのは本当かね」
「海軍機雷学校となる予定なのを名前を変えて設立を急遽早めただけですが。`21世紀`までに確立される対潜戦術が記された`資料`を基に教科書を造りますって」
―そもそも史実の日本の敗因の一つが対潜術の稚拙さで、戦後の海上自衛隊が重点を置いた点である。
そして元は21世紀でいずれ`海上自衛隊`に入るつもりであった遥は父親が海自の一介の護衛艦の艦長だった関係もあり、その点を熟知していた。そこで戦略の一環で、元の時代での対潜の術を記したメモを海軍対潜学校に提供していた(無論水雷学校を通して)。
「フム。我々海軍の`子孫`の海上自衛隊……とか言ったな……が重きを置いた分野か。我が帝国の弱点は確かにそこにあるものな」
そう。流石に栗田は`塩気`たっぷりの提督だけあって、島国である日本の弱点は認識していた。
日露戦争では機雷がもたらした損害で戦艦初瀬などを失っている。それは潜水艦が活躍した太平洋戦争でも変わってなく、史実では多くの艦船や商船、対馬丸などの民間船までも餌食となった。
「今度の戦争では`戦時条約`が必要です。そうでなくては`悲劇`を生み出す事になる。今度の第3回の会議で案を出すつもりです」
遥が史実の米軍が行った行為の中で最も憤慨している事の一つが対馬丸の悲劇であった。
米軍が戦後も`民間船`とは知らなかったと言っている事件で、1476名以上の犠牲者が出ている。
それを未然に防ぐにはあらうる手段で米国の通商破壊を封じる必要がある。
「奴らは前の歴史で好き勝手やりやがったが、今度はそうはいかん。こういう考えもあるぞ、大尉。`前の歴史で犠牲になった人々がこの歴史で`米国の世界制覇の野望`を止めるという`大義`と理由を我らに与えてくれた`……とな」
「ええ。来年か再来年には米国は『ハル・ノート』を叩きつけてくるでしょう。それは外務省も`検討する`でひとまず時間稼ぎをするとしていますが、44年までどう時間を稼ぐか……」
そう。今の日本の課題は全ての準備が終わる44年までの時間をどうやって稼ぐかなのだ。ナチスがポーランドに進行しなくてもソ連が動くだろうし、米国もルーズベルトが戦争を起こすだろう。それを稼ぐのが日本とナチスの共通命題であった。
―中国戦線では撤退する日本軍を八路軍や国民党軍が追撃を行っていた。日本は制空権確保のために
新鋭の「一二試艦上戦闘機 乙型」(後に零式艦上戦闘機一一型と改称)を投入する。はたして`零式艦上戦闘機`は初陣を飾れるのか。
次回はいよいよ零式艦上戦闘機の初陣です。一一型はどの程度の戦力なのか戦術・戦略双方から書きます。