第五話「ハインケル、日本からの誘惑に乗る」
ハインケル社が登場。「我がナチスの医学薬学(科学)は世界一ィィィィーー!!できんことはぬぁぁぁーいッ!!」(笑)
零式艦上戦闘機を史実より早く実戦へ投入した日本海軍。その高性能は陸軍すらも驚嘆させるものだったが、まだ本命では無い乙型に過ぎないことは伏せられ、直ちに38年の秋から先行量産が開始された。遥は初の女性将校として官報に名が載り、(当時将校になるのは大変な名誉とされた)政治家達や官僚にもその名が知られる事になった。
会議での発言などの結果、早くも海軍内では中佐共々、山本の弟子、`左派`のブレーンなどと囁かれている。彼女自身はそんな評判をよそに日本を生き残させるための戦略を立てていた。近衛声明も無事阻止に成功した(なんでも一発顔面に蹴りを食らって、怖気付いたのか、ハイハイと誓約書にサインしたらしい)
-岬家
「零戦が飛んだか。まっ、いい感じだな。あとはドイツの工業機械の輸入待ちで火星エンジンの本格量産……。やること多すぎだ」
「おい、ちょっと教えてくれ」
「何、じいちゃん」
遥は中佐に(この時期の彼の所属は艦政本部の造船部)世界の艦船の発展についての本を手渡した。彼は昨日から自室で読みふけり、この時代に無い部門などの用語は彼女が解説していた。特に彼が夢中になって呼んでいるのは航空母艦の発展についての項目。後世に日本や英国などの技術を吸収した米軍がどの様な空母を作るのか、そしてその姿の変遷……。
航空機が噴進式に発達するに連れて大型化していく(ミッドウェー級で298m、ニミッツ級原子力空母では333m)様、そして姿がこの時代から見ればヘンテコなものなのに興味を惹かれた。
「このヘンテコな飛行甲板は何だ?」
「アングルド・デッキだよ」
「アングルド・デッキだぁ?なんじゃらホイ」
「空母の飛行甲板で着艦する時に事故ったら発進する作業が出来なくなって機能が麻痺するでしょう?それを防止しつつ発艦と着艦を同時に行えるようにしたのがこれ。50年代以降の正規空母の標準装備で、イギリスの生んだ技術だよ」
「ほう。それはすごいな」
彼は空母の発展に驚嘆した。そして、航空機が戦後はジェット戦闘機がレシプロ機に取って代わる存在になる、戦後のジェット戦闘機は自国開発できるのは米国やフランスなどの限られた国というのも驚いていた。
遥が会議で言った「ハインケル社やメッサーシュミットとの共同研究」とはこのためだったと納得した。
「ジェット戦闘機を作ってどうするんだ?プロペラ機の方が搭乗員の確保も容易だが?」
「いくら工業力を上げる予定とは言え、この時代の日本の工業力じゃ排気タービン過給機とターボチャージャー完備の機体を量産するのはハードルが高いよ。私が来た未来での事実じゃ試作されただけで量産されていないし……使い捨て前提なら行けるかもしれないけど。ドイツさえ苦労してるんだ。日本じゃ荷が重い。特にあの`超空の要塞`は……」
そう。史実の日本軍はとうとうBー29「スーパーフォートレス」に対して有効な迎撃手段を持ちいえなかった。唯一望みがある震電は試作機だけで終わったし、高高度性能がマシな部類の飛燕でも、護衛のマスタングに阻まれる。高射砲は一部の高性能型以外は射程距離外。それを解消し、超空の要塞を打ち砕くには燃料の確保が容易なジェット戦闘機が必要なのだ。
「B―29か。確かに凄まじい機体だ。各航空会社と空技廠、航空本部にはこの事は言っているのか?」
「昨日のうちに閣下に伝えた。やっこさん、盛大に腰を抜かしてたよ。それでてんてこ舞いの大騒ぎ。閣下と相談して、三菱に`雷電`の最後期型の設計データを流して、川西には紫電改、川崎にはキ64と5式のデータ、中島は鍾馗と疾風のデータを送って、それを基に改良・試作しろと通達したけど……不安だよ」
「俺もこのアングルド・デッキの事を艦政本部に流す。それと`大鳳の三面図`付きで」
「アレはガソリン充満で爆発したからなぁ……対策も忘れずにね」
彼等はそれぞれの分野で日本軍の兵器を改良するべく暗躍していた。その努力は実るであろうか。特に史実で活躍した機種は堅実だが、B―29に対抗できる高高度迎撃機と成りえるのであろうか。
それは航空会社の開発陣の双肩に掛かっている。
-ドイツ
翌年に二次大戦を引き起こすはずのナチス・ドイツ。ここでヒトラー嫌いのために冷や飯を食わされていた航空会社があった。その名をハインケル社。ジェットエンジン研究でメッサーシュミットに先んじておりながら創立者のナチス嫌いが災いし、顧みられる事が無かった。そこに日本が目をつけたわけである。他にはフォッケウルフ社、ユンカース社。特に、ハインケルとフォッケウルフは史実で傑作機を作りながらも、メッサーシュミットの牙城を崩せなかったのを知った日本軍が技術提携の協力を持ちかけた。これで日本はドイツの代表的な航空会社全てと接触したのである。
「何?日本が我が社に共同研究を持ちかけている?」
「はい。軍の駐在武官がいらっしゃっております」
「通したまえ」
ハインケル社の長であるエルンスト・ハインケルは秘書に促されて日本海軍の駐在武官(軍の最重要事項のために武官を使って接触)との接触に臨んだ。彼はドイツの同盟国である日本の海軍が何故自分と接触するのか、と感くぐった。が、武官は直ぐ様こう言った。
「上はあなたが作ったHe 178の先進性を高く買っています」
これは日本がジェット戦闘機という新たな分野に理解を示していることを示すための売り文句だが、本国において、戦闘機分野で冷や飯を食わされたハインケルにはこれ以上無い言葉だった。
「本当かね」
「はい。良ければHe 178の開発チームを我が国のプロジェクトに加えたいのですが……よろしいですか?我が国は基礎研究が始まった段階なので」
「……日本はどの様な機体を構想中なのだね?」
「これです。まだ構想と三面図しか無いのですが」
武官は本国から送られてきた一枚の三面図をハインケルに見せた。それは当時の人間には理解のしにくい奇妙な姿だった。ロケットエンジンを胴体に組み込み、流線型の胴体、そしてV字のように後退した翼……それは史実で40年代に米国が開発するはずで、後の朝鮮戦争の米軍最新鋭のF-86`セイバー`とほぼ同じものだった。
「これは……実に先進的ではないかね」
「これはあくまで将来の目標ですが……その前段階として開発開始段階のエンテ式飛行機の後部をロケットかジェットに換装する事を前提としています。まずはそれでノウハウを蓄積します」
「エンテ式をジェット機に?無茶ではないか?」
「設計段階から考慮してあるので大丈夫です」
などのやり取りが行われ、自身の構想を日本なら活かしてくれると踏んだハインケルは日本への開発チームの派遣を承諾した。そして自身も日本の航空会社の見学と称して来日することを武官に伝えた。
この瞬間が日本のジェットエンジンとジェット戦闘機分野の夜明けの瞬間であった。ドイツの各航空会社と技術者を味方につけた日本の各航空関係の所轄はこの年から1945年までの長期プロジェクトでジェット機の開発に取り組み始めるのだが、それは別の機会に語られるべきだろう。
さて、日本海軍は遥のもたらす本により米軍が今度の大戦で造る全ての戦闘機のデータを入手。その対策を練り始めていた。ワイルドキャット程度なら零戦二一型で蹴散らせる(性能が互角でも搭乗員の腕でどうにもできる)が、問題はその後の機体群だ。ヘルキャット、タイガーキャット、そしてベアキャットにコルセア。性能がうなぎ登りするから驚きだ。
陸軍機では`ジャグ`の愛称でその名を轟かすサンダーボルト。極めつけはマスタング。
この機種達は`要注意`とされ、新型機の仮想敵として航空会社に通達された。
さらにそれら新型機との空戦で史実の零戦後期型(五二型の事)はエースかベテランでなければ敗北は必死であったと遥は航空本部の軍人たちに熱弁を奮った。
「零戦は後期型でも560キロがせいぜいでした。それに比べ敵の最新鋭機は軒並み600キロオーバー、マスタングに至っては700キロを凌駕します。そんなにスピードが違うのであれば、一方的に落とされます。私が元居た時代の記録によれば、44年に起こる帝国海軍空母機動部隊の最後の組織的戦闘`マリアナ沖海戦`では零戦は敵の最新鋭機と米軍の生み出した新型防空システムの前にハエのようにたたき落とされます。そしてその海戦では
攻撃隊の大半が未帰還に終わり、空母も全て沈没するという未曾有の大敗北に終わっています。搭乗員の技量劣化が顕著になっていたのもその一因ですが。」
「いやはや……惨めなものだ」
「44年頃はエースもどんどん死んでいった時期です。`ニューギニア戦線は南郷で持つ`とまで謳われた、陸軍の南郷茂男大尉も戦死する前の日記に`P-38に翻弄され、もはや一式戦の時代に非ず`とまで嘆いていますし、マスタングキラーの若松幸禧少佐を以てしてもマスタングの一団に打ち勝てなかったのです」
傑出した腕を持つエースパイロットを以てしても、米軍の生み出した高性能機の物量に屈したという事を説明する事で高性能機の開発は絶対に必要であることを示す事でいよいよ海軍航空本郡の空気は最高に重苦しくなった。日本の航空機開発の未来は如何に?そしてマスタングに対抗できる戦闘機は作れるのか。
日本はBー29に対抗する手段を模索します。技術者は「飲んどる場合か―――!!」な苦労が襲います