第三五話「幻の十七試局地戦闘機、完成」
-日本の2000馬力級高性能発動機の開発は難航していた。何せ史実でも誉以外にはせいぜい最大でも1800馬力がせいぜいであったのだからその苦労は計り知れない。そして現在、唯一の18気筒エンジンのハ42を搭載した次世代型戦闘機が続々と開発されていた。
史実の失敗を克服して三菱で生み出された初のレシプロ推進式戦闘機「閃電」は旧式化した防空部隊用零戦の代価(技術的には震電への橋渡し役として敢えて作られた)として当時すでに建設された厚木基地に設置された防空部隊「第三〇二空軍航空隊」の装備機として雷電と共に選定され、順次配備されている。川崎飛行機が液冷へのこだわりを捨てて、しぶしぶながらも実用化させた`5式戦闘機`飛燕改`は空軍の有力機種として直ちに全国に配備され、一部はフィンランドへ送られた。零戦の時代の終焉が目に見えて感じられるようになったからだ。それは遥自身が味わった事態でもあった。
― フィンランド上空
遥はこの日、零戦二二型で哨戒飛行を行っていた。零戦はソ連が43年初夏頃より戦線に高性能機の「Yak-9」を投入し始めた事から性能の劣勢が目に見えて明らかになり、フィンランド部隊の第一線装備から外れた。代わりに鍾馗三型(本命の疾風までの繋ぎとしてエンジンをさらに換装して性能を高めた)や雷電・飛燕が主力装備になっていた。軽戦闘機の極致である零戦では時代の流れに抗することは無理だったのだ。
「敵に出くわしたら運動性に頼るしか無いぞ……出来るならリディア・リトヴァクとかエカテリーナ・ブダノワには会いたくない」
ソ連には歴史上珍しい女性エースパイロットがいる。この2名は戦史に名を残したほどのエースパイロット。前者は欧米でスターリングラードの白薔薇(実際は百合)と寛伝され、一般に知られる。戦線での目撃例も増えてきていることから、彼女らの部隊がこの地に進出してきたと思われる。こちらが`赤鼻のエース`若松幸禧や`零戦虎徹`岩本徹三の戦果を宣伝しているのに対抗したものと思われる。
「……と思ったらやっぱり来たぁ~!」
レーダーに反応がある。嫌な予感というのはやはり当たるものだ。敵の最新鋭、Yak-9が接近してくるのが視認できる。胴体には百合のマークが見えるのでリディア・リトヴァクだろう。580キロ程度の零戦ではYak-9の液冷タイプを振り切るのは運動性に頼る以外、方法が無い。遥は取り敢えず操縦桿を倒して退避に入る。
「クソッタレ、こんなことなら飛燕か雷電に乗ってくるんだったぜ!」
最新鋭の雷電や飛燕はともかく、旧式の零戦では撃墜もありうる。ヤクの20 mm機関砲は零戦の薄い防弾装甲程度ではとても防ぎきれるものでは無いからだ。これが最新鋭高性能機の雷電か飛燕なら打って出れるのだが……。
「こちら`ゼロ`1、敵戦闘機隊の襲撃を受けている。至急救援をよこしてくれ!!」
「了解だ!閃電と5式を行かせる!持たせろ!!」
「何、作っちゃったのかよ閃電」
十七試局地戦闘機「閃電」は旧史では完成していない機体だが、どうやら技術的に旧史より一歩先に行く新史では三菱が完成させたらしい。ロールス・ロイスが一枚噛んだのだろうか。
-基地ではその閃電が発進態勢に入っていた。一見するとアメリカの「P-38」から2つのプロペラを取っ払って一つを機体の後ろに付けたスタイルをしている。この機体は零戦の代価機の一つとして先行配備された機体。その内の一つにフィンランド空軍のトップエース「エイノ・イルマリ・ユーティライネン」が乗り込んでいた。
「まさか日本機に乗り込むことになるとは……世の中分からんな」
彼は愛機のF2Aのエンジンが整備兵のミスでオシャカになってしまい、出撃不能に陥っていたところを若松幸禧が`日本機なら空いてる機体がある`といって閃電を与えられた。特異なスタイルに怪訝にするが、一応使えそうなので乗ってみることにしたのだ。これも新史の不思議な光景であった。彼は日本のエースやドイツのエースらと共に直ちに出撃。ソ連機の撃退へ向かった。ちなみに閃電のスペックは旧史の計画値に近い性能になっていて、速度は推進式の効果で、日本機初の700キロの大台に乗った(705キロ)。その快速で一気に空域に向かった。