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蒼空の連合艦隊  作者: 909
すべての始まり~支那事変~
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第三話「大戦略」

日本海軍の選択で歴史が動き始めます。

―戦略会議を行った帝国海軍。彼等は開戦前に早くも敗戦の事実を突きつけられる。

そして避けらればそれにこした事は無いが、米国は戦争をしたがっているという事実。

奥の手はあるのだろうか。


「陸軍は南京を落としたのかね?」

「ええ。1カ月前に落としたはずです。それが何か?」

「今からでも遅くはない。国民党と和平はできんのか」

「近衛総理は和平交渉を打ち切るつもりです。この情報は確かな筋のものですが……これ以上事変が長引けば莫大な軍備費が消えてしまいます」

「それはまずい!!直ちに総理を脅してでもその考えを撤回させなくては!!確か明日か明後日は御前会議があるはず……もう時間がない!!


会議で導きだされた答えはまず、史実でのトラウトマン工作を継続させ、日中戦争の停戦を成立させる事だった。皮肉としか言いようがなかった。史実では彼等こそが工作を破綻させた張本人だったが、帝国そのものの破滅の未来予想図を掲示されては、もはやなりふり構ってはいられなかった。



「直ちに陸戦隊を一個大隊規模で招集させよ!!荒療治だが近衛の奴を止めてこい!!一発殴っても構わん!!ものはついでだ、杉山陸軍大臣を問い詰めて、去年の和平交渉を潰した奴らを粛清してこい。それと参謀次長に合うように。呼出に私の名を使ってもかまわん!!」

伏見宮博恭王は軍令部総長の権限を用いて陸戦隊を動員する指令を発した。内容は「近衛文麿の和平交渉打ち切りを阻止する」事。史実での彼の政策の失敗が日中戦争の拡大を招いたもの、陸軍強硬派の妨害も少なからずあった。現に1937年に試された和平交渉は妨害によって潰されたのである。彼はその妨害を勘案し、一個大隊規模の陸戦隊を動かすように指令を出したのだ。直ちにその指令は実行され、近衛文麿首相の自宅に一番近い海軍基地に伝えられたとか。



(へぇ……流石一番影響力あった皇族軍人だなぁ……せめてこの決断力を支那事変勃発の時に発揮して欲しいよ、皆さん。まっ……負けると分かると慌てるのも無理ないな)

遥は米国との戦いで九割方敗戦は確実と知らされた海軍軍人達の対応を複雑そうに見つめていた。良識派に属する軍人は「それ見たことか」とあきれ返り、陸軍よりとされる輩も押し黙ってしまっている。






沈黙を破ったのは艦政本部長の上田宗重中将。議題の一つの「建艦計画」に話題を移したいのだろう。米内や伏見宮も場の重苦しい空気を変えたいらしく、了承する。

「我が艦政本部としましては、米軍の計画中の空母への対抗策として飛龍型の改設計艦の量産を計画しました。ドイツの工業機械の輸入を待って建造を開始いたします」

この改飛龍型とは、史実では全く活躍の機会無く生涯を終えた「雲龍型」正規空母の事である。いち早く未来情報を知った山本五十六の意見が米内に伝えられ、回りまわって、さらに艦政本部に伝えられた。米軍への対抗策の一つとして考えられたのである。こうしてみると空母重視のように見えるが、戦艦の方も忘れてはいない。


「あとは旧型戦艦の代換として35000トン級戦艦を2隻ほど計画しております。扶桑や伊勢型については空母への改装を模索中ですが、何しろ大正初期の建艦なので……」

そう。扶桑型はレイテ沖海戦で示されたように、致命的な欠点を抱えている。それは魚雷数発で大爆発を起こし、乗組員全員を地獄に送ってしまった扶桑、砲撃戦で容易く屠られた山城の最期が証明している。そんな事はもちろん知るはずはないが、再利用策として、正規空母にしてしまうという対策が取られた。しかしあまりにも旧型(実は金剛型とほぼ同時期なのだが、高速を発揮可能な金剛型より価値が低いという意味)なのが彼をして、改装を躊躇する要因なのだ。


「うむ……。航空本部長の方はどうかね」

米内に聞かれて、山本五十六が立ち上がり、自信満々に答えた。

「ハッ、現在九六式艦戦の後継として三菱に新型機を開発させております。他には長期計画として、局地戦闘機として使える乙戦の開発を開始しましたが、これは各メーカーに競作させ、優れた二種を制式採用する予定です。艦爆および艦攻も同様です」

これは遥の入れ知恵であった。史実での日本軍の航空機開発は迷走しまくった末に本命が登場せず、それまでに作った中で優秀だった機種を緊急量産する有様。(紫電や雷電など)

試作機も作りすぎて採用されない方が多かった。遥はこの会議の五日ほど前に

カバンに入っていた未来の飛行機図鑑(玄人向けの本。活躍やその欠点までも書かれている)を航空本部に寄付した。このおかげで、どの様な航空機を開発すればいいのかはっきりしたわけである。問題は各メーカーごとに異なる機体を作ってしまうと効率が悪い。そこで、山本五十六は遥からもたらされたこの競作という方法を採用した。各メーカーごとに一つの用途の機体を造らせばどれかどうか一つくらいは当たりがある。クジみたいな方法だが、史実の試作機の粗製乱造と比べれば随分とマシであった。







「私からも提案があります。空母と基地航空隊を一つにまとめた艦隊による集中攻撃で敵方の艦隊を殲滅する戦法を取るというのはどうでしょうか」

海軍水雷学校長の小沢治三郎少将が意見具申を行った。これは後の第一航空艦隊設立のきっかけとなる具申で、史実では彼が第一航空戦隊の司令となった後の40年の6月に出されるのだが、遥によって歴史が変化し始めたために、彼は連合艦隊司令長官の吉田善吾(彼も海軍の運命を知り、後々の人事を思案していた)直々の呼び出しにより、次期第一航空戦隊司令長官に内定(軍令部も了承ずみ)した。それにより早い段階で意見が出されたのだ。

「それは良い提案だ。直ちに創設の指示を出すが、編成はどうするか……」

「空母は重要です。有力艦種の護衛を付けなければなりませんが、どれを付ければいいのか」


様々な意見が出されたが、結局、空母の護衛には金剛型戦艦に白羽の矢が建てられ、対空兵器を増強した上で配置。その他はこの当時の最新鋭艦である陽炎型駆逐艦や最上型重巡洋艦が選ばれた(これは史実よりだいぶ大規模化しており、史実では旧式艦を付ける程度で、あとは臨時編成であった)


「後は海上護衛と防空についてだが……海上護衛には旧式艦中心の部隊を作るしかないな」

「しかしドイツが成果を上げているように潜水艦の奇襲による通商破壊も考えられる。そんな時、旧式で対応できるのか?それに我が軍には海上護衛というドクトリン自体が希薄だ……」

「対潜用の新兵器を作るしかあるまい。それと八木・宇田アンテナの軍事利用を急いで研究し、八木秀次博士や宇田新太郎博士を技術顧問として招聘しよう。科学者たちをこちら側に引き入れて技術の向上をはかろう。防空網の構築にも役に立つ」

「いいのかね?見張り員の働きを奪うことになるが……」

「米国との戦争なんだ。精神論では到底戦えんよ。それじゃ陸軍の筋肉バカ共といっしょだぜ」


「八木」と「宇田」二人は八木・宇田アンテナの発明者。とうとう外国に科学技術で(先に作ったのにも関わらず敵に遅れをとった)を遅れをとった日本軍であったが、敗北の未来を避けるためにはあらうる手段を講じる。海軍はたとえメンツをかなぐり捨ててでも行動する必要があった。史実で軽視した科学技術と海上護衛。それを改善することが第二次大戦での敗北を回避する上で手っ取り早い方法なのだ。問題は空母用カタパルトの実用化。海軍工廠は血眼になって取り組んでいたが、失敗続き。とても早期実用化は不可能とも言われてきている。

国内の科学者たちを動員して少しでもカタパルトの完成を早めることが出来れば小型の護衛空母でも実戦運用に耐えれるのだが……。



「ドイツに工業機械を購入すると打診する?」

「ええ。かの国の工業機械の精度はいいです。それに引き換え我が国は劣悪品質であろうが帳尻合わせで出荷する有様……米国でT型フォードが何故バカ売れしたか考えてみて下さい」

そう。車を買う消費者の心理として、安く、一定の品質が確保されて安全性があれば買う。そしてあの名車はあらうる方面に多大な影響を与えた。



日本の工業力の低さはドイツなどの先進国から見れば、目も当てられないレベル。それを底上げするには外国の概念だろうが取り入れないといけない。工業力が付けば艦隊整備にかかる年数も短縮できる。

「それとメッサーシュミット社やハインケルに噴流推進式発動機の共同研究をするように打診しましょう」

遥は早期にジェット戦闘機の研究を行うように意見を言った。戦時となればレシプロエンジンの質では米国には勝てない。それに経済制裁を受ければ高オクタン価の燃料を使え無ければ性能の低下を招く。事実、高性能を謳って登場した「誉」は粗製乱造と質の悪い燃料のせいで真価を発揮できない事態が当たり前だった(他にはハ43エンジンも)。日本の燃料事情ではジェット戦闘機はうってつけなのだ。(事実、人間爆弾の桜花は多数量産された)

「いざ戦時になれば常に質がいい燃料を用意できるわけではないからな。外務省に特使を派遣するように言っておくか」


「きりがいい所で、本日は解散としよう。次回は2ヵ月後に開催する」

この戦略会議はこれ以後、数カ月おきに開かれるようになり、海軍の改革が始まった節目として

のちの世に語られるようになるが、それはまた別の話。



 第一回目の戦略会議は以下の項目が決定された。

・本格的な空母機動部隊の設立と空母の打撃力を重視する運用ドクトリンへの転換

・新型航空機の開発環境の整備

・旧型戦艦の空母への改装準備と研究

・支那事変の早期和平を実現させて軍事費を確保するべくトラウトマン工作の容認と支援

・海上護衛部隊の整備とドクトリンの研究

・科学技術を重視

・ドイツの工業機械の購入による国内工業の増強と品質管理体制の導入

・メッサーシュミット社やハインケルに共同研究を打診

などである。いずれも1940年代以降にまでの長期的スケジュールのもと、プロジェクトが組まれた。これらを総称して「甲計画」とされ、第一級の軍機に指定された。

そのため1938年度以降の海軍の予算要求は莫大な物になってしまい、海軍省を悩ませたとか。



そして近衛文麿の在宅地には海軍陸戦隊が一個大隊規模で`説得`に向かった。付き添いに多田駿参謀本部次長を携えて。果たして近衛文麿の運命や如何に……。











トラウトマン工作を容認した海軍は第一次近衛声明を阻止すべく、動き始めます。

ジェット戦闘機の燃料に燃料のオクタン価はあまり関係ないのです。よく仮想戦記では高品質の……と言われますが、

ジェット戦闘機なら日本の事情に適応していたのです。

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