第一五話「ソ連の野望」
たぶん次の次くらいには対ソ連戦に入ります。
-日本は1946年に起こるであろう`大東亜戦争`に備えて国力と軍備の増強に邁進する中、`第二次大戦`の口火はどこが切るかについてドイツと連絡を取り合って議論を重ねた。
双方が達した結論は『ルーマニア、フィンランド、ポーランドなどにスターリン率いるソ連がいずれ侵攻するだろう』というものだった。史実の共産主義の台頭を知る日独は上手く立ち回って連合国の一角を味方に付けたいという思惑のもとに、史実では、もはや衰退期に入っている大英帝国と接触。`真の敵は第二次大戦後の戦後秩序を我が物にしようとする米ソ両国だ`と、この時期に英国首相となっていたウィンストン・チャーチルを説得。チャーチルは大英帝国を衰退させ、自らがそれに取って代わらんとする米国の策略に激怒。
利害の一致で、`日英独伊同盟協約(英国は日本寄り)`の密約を結んだ。この密約はソ連が侵攻を開始した時点で正式な条約としての効力を発揮するものとされた。ただし相互技術交流は対米ソ戦に備える目的で密約が交わされた時点から行われ、日本やドイツにロールス・ロイス等の優秀な技術が渡る事となった。
―1942年 日本近海付近
「参謀。制空隊の訓練をご覧になっているのですか?」
「そうだ。……ところで、あの二二型は誰が乗っている?」
双眼鏡を持って模擬戦の様子を確認する遙は双眼鏡越しに見える一機の`百合と雷のマーク`を描いている零戦二二型の事を部下に聞く。史実と異なり、三軍全てが戦意高揚を目的に部隊に男女問わず固有のパーソナルマークの使用を公式に許可したので覚えきれないのだ(遥の転移前の学校の成績は中の上程度。ただ暗記はどちらかと言えば苦手に入る)。
「アレは飛鶴の機体ですね。それも隊長機ですよ」
「ホウ、するとあれが例の……」
双眼鏡に映るのは女子搭乗員の中では一番最初に頭角を現した俊英で、飛鶴制空部隊の隊長「甲斐静」大尉の愛機だった。彼女は女子搭乗員として最初に訓練を受けた数十名の中では一番若い年齢かつ、その気になれば宝塚歌劇団のトップスターにもなれるほどの容貌を持ち、尚且つ度胸と才能も兼ね備えた俊英だった。
髪形はショートボブ。ちなみにどこかへ嫁入りさせるつもりだった家族の反対を押し切り、軍へ志願したという凄い逸話の持ち主でもある。彼女が得意としたのは`どんな距離だろうが正確に相手に弾を命中させる`こと。それは一撃離脱戦法・ドックファイトの双方であっても実践可能という。その通りに瑞鶴側の部隊に`脱落機`が出始めている。
「我、敵一機撃墜。引き続き突撃を敢行ス!!我、飛鶴戦闘隊隊長、甲斐静!!」
『彼女』はニヤリと笑い、機を突撃させる。目的は瑞鶴戦闘隊隊長`板谷茂`の撃墜だ。この時代の日本人が持っていた敢闘精神を剥き出しにしたその不敵な笑みは`飛鶴`戦闘隊隊長の肩書きに恥じないものだ。零戦二二型を最大限加速させて攻撃に移った。
「……あ~あ、だから死亡フラグだと言ったんだ」
遥は双眼鏡越しに板谷茂が`撃墜`される光景に`死亡フラグ`が成立したと呆れ顔で言う。この模擬戦の第一回目は飛鶴側の勝利で終わりそうだ。
「今の模擬戦の結果の分析と、帰還する搭乗員からの零戦のデータ取りをきっちりしろよ。三菱の開発中の`烈風`に反映させたいと、堀越技師から要望が来てるんだから」
「了解」
この時期より三菱は十七試艦上戦闘機の開発に全力を傾けていた。ジェット戦闘機の台頭から考えると
紫電改や雷電の次の世代がレシプロ機の最後の雄になるだろう。堀越二郎は自身が旧史で成し得なかった十七試艦上戦闘機の完全実用化と正式採用を悲願とし、零戦で問題になった点を全て改善させた`完璧かつ最強のレシプロ戦闘機`を完成させるべく、軍に零戦の各型のデータ取りを依頼した。この要望は直ちに受け入れ、各地に配備された零戦について搭乗員・整備員・製造関係者などの聞き取り調査が行われている。
-この要望が受け入れられた背景には、零戦一一型が配備され始めた段階で、軍や三菱の関係者が、遥が所蔵していた後年の零戦に関するTVドキュメンタリー番組の録画DVDを目にする機会を得た時の衝撃があった。この時の軍、三菱の受けた衝撃は凄まじいものだったようで、零戦の金星搭載や設計の是正が進められる直接の原因となったのは云うまでもない。
(近いうちにソ連がフィンランドだがポーランドに侵略する。チョビひげ伍長閣下は上手くイギリスを利用できたようだし、これで軍事顧問団は安泰だ)
遥は16歳を迎える、42年12月を持ってフィンランドへ`軍事顧問団`の一員として派遣される事が通達されていた。平時なら駐在武官として派遣されるが、今は事実上の`戦時`だ。史実の状況とスターリンの野望を鑑みると、もうそろそろである。軍事顧問団という名目で軍を派遣するのがフィンランドなどを守る最善の方策だった。既に現地には独の機甲師団と航空部隊が派遣され、日本も空陸の部隊を派遣予定である。
-フィンランドにはかの`シモ・ヘイヘ`がいるが、敵は物量の赤軍だ。どうなるか分からない。T-34に対抗出来る最新鋭の`3式中戦車`チヌ`(42年4月から量産開始されている、一式三型の後継戦車。長砲身砲の装備などがなされた型。性能は史実の4式に近い)をできるだけ揃えるが、果たしてT-34-85にどれだけ対抗できるか……。
遥は半年後以降に相対するであろう赤軍の`ウラー!!`との大進撃を想像し、思わず身震いする。
それは日露戦争で秋山好古の支隊が味わったロシアの物量戦の凄まじさ同様の身震いだ。戦車の時代になった今でも赤軍の物量は恐怖そのもの。果たして多勢に無勢な軍事顧問団でスターリンの鼻をへし折れるのか?それは日独やフィンランドの将兵にかかっている。
瑞鶴の飛行甲板で遥はそう考えを巡らせていた。