第90話:期末ウィーク
夏も暑い盛りの中、期末の日程が公開された。それぞれ得点勝負で賭け事をする生徒、今のうちに頭のいい奴を囲い込んで勉強会を開こうとする生徒、全てを諦めて遊びに出かける生徒、色々だ。
進学校であるうちの学校でもそれだけのバリエーションがあるのだから、他のもっと偏差値の低い高校なら何事もなく日常を過ごしてこっそり勉強していい点を取ろうとする生徒など、更に豊かな表情を見せることだろう。
全教科自信がある、とまではいわないが前回と同じ予定で行くならば、今回もそれなりの成績を残すことができるのは間違いないだろう。またベスト3に入れるかどうかは微妙な所だが、TOP20から落ちることはないんじゃないかな? と思ってはいる。
教師や生徒の間では俺がいきなり3位に浮上したことで、何処か新しい塾にでも通い始めたのかとか、隆介とヤマを張り合ってたまたま当たったのがこっちだったとか、問題文の流出を疑われたりと色々対策を講じている最中の様子だ。誰も俺の実力だとは信じて……いや、少なくとも二人は信じてくれているか。まあ、やるべきことは積み上げてきた。これから更に積み上げて最後の追い込みをかける時期だな。
今になって勉強ピラミッドの土台を増やすべきところが見つかるかどうかはわからないが、期末の結果とその直後の模試の結果で俺の進退がおおよそ極まると言っていい。そこを攻めるだけならば今の地盤部分を再復習するだけでも充分な実績を残すことはできるだろう。
期末ウィークになると自習も増える。おそらく教師が問題を作るに当たって悩んでいるところもあるんだろうが、難しい問題を出せばいい、というわけでもないので塩梅、出来栄え、出来るだけ多くの生徒が高い得点を取れるように、しかしちゃんと期末の学習範囲を含めた分量で問題を作らなければならない。そう考えると教師も中々に大変な仕事だな。
授業が終わり帰ろうとすると、鬼沼先生が俺を呼びに来た。
「本条、ちょっといいか。生徒指導室まで来てくれ」
「はい、わかりました。すぐ終わりますか? 」
「ああ、すぐ終わる。悪い話ではないことは確かだからな」
なんだろう……最近何かしたかな。生徒指導室に呼ばれるのはもうずいぶん前になるがダンジョンが発生した時以来だ。またダンジョンがらみで何かしら問題が起きているとか、実はこっそり裏庭にダンジョンができたけど、潜らないでくれという要請かもしれないしな。話はちゃんと聞きに行こう。
鬼沼先生の後に続いて生徒指導室にたどり着くと、そこには隆介と彩花、そして数人の生徒がいた。
「全員そろったので話をしようと思う」
これで全員らしい。共通点は……おそらく探索者かな? 俺と隆介と彩花だけならまだわかるが、他の連中は顔は解るが名前は知らない、もしくはダンジョン内ですれ違ったことがあったかもしれない、程度の認識の相手しかいないので彼らも多分そうなんだろう、とあたりをつけておくことにした。
「ここに集められたのは、学校が確認している範囲での探索者になる。もし、漏れがあって他にも探索者になってる生徒が居ればそいつに直接連絡を入れてやってほしい。今すぐとは言わないが、口伝えでもいい。今から話す内容だが、これは強制ではなく要請だ。出来ればお願いする、という範囲でしかいうことが出来ない。それをまず認識してほしい。その上で、なんだが……期末テストの後全国模試が夏休みにあるのは三年生であるし、全生徒受験対象なので解っていると思う。その模試が終わるまで、一時的に探索者としての業務を控えてもらいたい」
なるほど、試験時期に探索者して遊んでいたり働いて稼いでるようでは進学校の面目が立たない、ということだろうか。
「それは、命令ではないんですよね? 」
名前は……相模だったか、一人が質問をする。
「命令できる立場にない、というのを先日のダンジョン発生の件から学んでいる。だからこれは生徒指導からのお願い、としか言えん。勿論それで罰則を設けたりすることもないし、何らかの処分が下されるといったこともない。だから重ねて言う。お願いだ、その間だけでいいから探索を控えてもらいたい。受験シーズンの前半戦が始まってみんながピリピリしてる中で、一応進学校であるうちの生徒がダンジョンで探索を満喫してて進学する気が見られない、といった内容の苦情が飛んできた場合、確実に問題視することになってしまう。そうさせたくないからこそのお願いだ。他の生徒への刺激にもなりうるからできるだけお願いを聞いてほしい。そして、既に探索者になっていてこの話を聞いてない生徒が居たら、そいつにも伝えてやってほしい。学校としては完全に生徒に頭を下げてお願いする事態だ、という風に言えば真剣さが伝わってくれるかと思う」
そう言って鬼沼先生が頭を下げる。生徒を指導する立場の教員が頭を下げて生徒にお願いをする、ということの重みは充分伝わった。隆介と彩花が俺を見る。二人ともどうするんだ? という疑問形の顔だ。俺はコクリと頷き頭を下げる。二人も鬼沼先生に対して頭を下げた。
「わかりました。少なくとも俺たちはその要請を受領しようと思います」
ここは俺が頭を下げることによって、あれだけ活躍していた本条すら従うんだから他の生徒や探索者はそれに倣うだろう、という俺の一方的な思い込みと、俺が納得するなら他の生徒も納得してくれるだろう、という鬼沼先生のあざとさが透けて見える格好になるが……それでも、俺がここでそう宣言することには意味があるだろう、と判断してのことだ。
「ありがとう、本条、小林、結城」
鬼沼先生的には最後に俺を呼んだことも含めて、仕掛けだったんだろうな、と伝わる部分ではあるが、今回の期末と模試に俺は割と本気で対策をするつもりなのでダンジョンに通わないぐらいは問題ない。むしろ、専用ダンジョンがあるのだから誰にもバレずに探索をすることは可能である。彩花はそれを見越して、俺に従うの? という目線を送ってきたのだろう。
「しばらくは塩パスタでの日々が続きそうですが……まあ、なんとかやってみますよ」
「生活がかかってるのに申し訳ないな。もし本当に困窮してるならいつでも言ってくれ、相談に乗るからな」
本当はかなり余裕があるのだが、あえて余裕がないけど従いますよ、という姿勢を見せることで、鬼沼先生の負担を減らしておこうというポーズだけでもしておいたほうがこの際は色々プラスに働くだろう。
「話は以上だ。付き合ってくれてありがとう。他にもこっそり探索者してる奴が居たら、この話を伝えておいてほしい。じゃあ解散ということで」
そのまま出入口が近かった俺が最初に部屋から出て、近くにいた彩花と隆介と三人生徒指導室から出る。
「よかったのか? 大事な食材だろ、オーク肉は」
隆介が俺に軽口を叩く。
「今の所在庫に困ってるほど欠乏してないからな。模試まであと20日ぐらい……まあ、なんとかなるでしょ。いざとなったら本当に塩パスタだけで二週間はかろうじて生きていける」
「私は良いとして、本条君は本当に良かったの? せっかくの探索に集中できる期間でもあるのに」
学校だということで態度を崩さない彩花。その変わり身の早さは参考にしたいぐらいだ。
「まあ、何とかするしかないな。あてにしてた収入がなくなるのは確かだが、今までに溜めておいた貯金でやりくりするしかない。約束すると言った以上守らないとな」
「そう……まあ、問題ないならいいわ」
そう言うと彩花は俺達から離れていった。隆介が俺を小突きながら小声で話しかける。
「徹底してるな、結城の奴。寂しくないのか? 」
「そのギャップもまた楽しいと思えるようになってきたからな。むしろ普段そっけない分二人きりの時は……ごほん、まあともかく問題ない。バレるまでは今のままで進めるさ」
「まあ、両方が納得してるなら俺が口だす問題じゃないしな。そこは二人で悩んで決めることだ。馬に蹴られるつもりはないからな」
隆介はそれ以上追求しなかった。そこで引き下がる辺り、情報の引き出し方が上手いと褒めるところだろう。いろんなカップルの情報や人の付き合いのリンクをカバーして把握しているのは隆介のその慎重な性格から来るものなんだろうな。
「さて、実質ダンジョン禁止令も出たことだし、しばらくは勉強に集中できるな」
「ダンジョンは禁止されてもデートは禁止されてないし、俺も彼女とゆっくり過ごしながら彼女の面倒を見て、ついでに自分の復習としておくか。じゃあな、また明日」
「ああ、また明日な」
隆介と別れて自宅に着く。ドアを開けると、目の前にふよふよと浮ぶアカネの姿があった。帰ってきたのか。
「おかえり。ゆっくりお休みをもらって自宅の整理とか把握とか、色々してきたわよ」
「ただいま、そしておかえり。ゆっくり休みが取れたようでなによりだな」
「そっちは何か進捗はあったの? 具体的なところで、結城さんとどこまで行ったか、とか」
早速シモい話に持っていくあたり、アカネは相変わらずのようだ。
「そうだな、しいて言えばこれからしばらくダンジョンには潜れないことかな」
アカネにざっくり、学校から実質的な禁止令が出されたことを告げる。
「まあ、幹也にとっては関係ないでしょ。その気になればこのダンジョンがあるし」
「そうなんだよな……こっちまで禁止にして勉強に集中するか、それともレベルを一つ上げてその分で賢さが伸びることに期待するか、わりと悩みなんだよな。そろそろレベルがもう一つ上がりそうな予感はするんだ」
「まあ、潜るかどうかはともかく換金に行けないのは問題ね。誰かにお願いするわけにもいかないし、そこはため込むしかないでしょ。しばらくは学生の本分に集中したらいいんじゃないかしら」
「アカネとしては良いのか? せっかく帰ってきたのにダンジョン作りに精を出すでもなく、ダンジョン攻略に精を出してもらうでもなく、俺が日常を続けてて」
「大丈夫よ。私は道祖神。貴方が選んだ道をより良い方向へ導き進めるのが役目。たとえその過程でダンジョンが要らなくなったからと言って見捨てたりはしないわ。貴方から私への信仰を捨てない限りは、ね」
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