第8話:スライム退治に精を出す
授業が終わり、家へ帰ってくる。今日は冷蔵庫の中に残っていたくず野菜を整理するために炒め物をササっと作って、塩パスタに絡めてなんちゃって野菜パスタの予定だ。朝も昼もパスタだったが、夜は作るための時間的余裕がある。その間にカロリー以外のミネラルをちゃんと補ってやる必要がある。あと、流石に三食塩パスタは辛い。
アカネが帰ってくるのを待ち、アカネにちゃんとお供えをしてからご飯をいただく。もはや習慣になりつつある食事だが、何も食べずにただ椅子に座っているアカネに対し、せめて食卓を囲もうという俺からの申し出であり、アカネとしても捧げものをされるということで神力が溜まり、その分ダンジョン建設も捗る、ということらしい。
「そういえば、聞いてきたわよ、レベルアップとやらの現象について」
「それは大ニュースだな。どんな感じだった? 」
「私の設計ミスらしいわ。本来なら千分の一ぐらいの割合で付加される経験値的なものを、等倍で付加してしまっているみたい。だからスライム10匹程度でもレベルが上がっちゃった、ということらしいわ」
ということは、本来ならスライム10000匹ぐらい倒さないと体に変調が訪れないレベルアップを体験してしまったということか。
「そういえば小耳に挟んだんだが、モンスターは必ず何かをくれるわけではないらしいな」
「そこは最初から私が設定しておいたのよ。モンスターに外れが出てるんじゃ面白くもなんともないだろうし、あなた専用ダンジョンを作った意味がないから、モンスタードロップは必ずするように設定したわ。多分その時にまとめて経験値の倍率も等倍にしちゃった、というところなんでしょうね。で、どうする? 他のダンジョンのように倍率を戻す? 」
ここで戻したところで何の得があるだろうか。他人の一万倍早く成長が出来ることに喜びを感じずにはいられないし、だからこその俺専用ダンジョンとも言える。
「いや、俺にとって得しかないからそのままでいいかな。何も知らずに強くなってた、とかじゃない限りは意図的に強くなってるほうが色々と都合がいい」
「そう、でもいいの? このペースだと今年中に人間辞めちゃうかもしれないわよ」
「その時はそれでいいかなって。せっかくのアカネのご好意を無駄にしてしまうのもまたもったいないしな」
「まあ、こっちのミスとはいえ変な人生を送らせちゃうことにもなるから何事もほどほどにね、と言いたいところではあるけど、生活かかってるものね」
さすがに塩パスタが一週間続く、というような事態は回避できたので、今日と明日と潜ってその分の換金をきちんとして、それから色々悩むことにするか。
「そういうこと。背に腹は代えられないって奴かな。とりあえず俺のダンジョンで出たドロップ品もちゃんと換金できたことは確認できたし、しばらく金に困る可能性は回避できたかな。後は隆介と共用してる防具をどうやって金を稼いで金を渡して防具を俺のものにするかだが……まあ、それも何とかしてみるか」
「その隆介って人、信用できるの? 」
「小学校からの腐れ縁だ、信用も何も、あの防具を買う時に金を出し合って、稼げたら分担した金を払って俺の物に、稼げなかったらあいつの物になるって契約をしてるぐらいには信用できる奴だ」
「なるほど、大事な親友ってわけね。じゃあ俺専用ダンジョンでさっさと稼いで、お金を返せるようにしたほうが良さそうね」
「それもある。だからこれからもこのダンジョンで稼いで行くぞ」
モリモリとパスタを胃袋に詰め込むと、ちょっと休憩した後、早速俺専用ダンジョンに潜り込む。これから 毎日一時間、と目標を定めていくら稼げるかを競っていこうかな。
スライムだけでも一匹200円になることは解った。なら、もっと強いモンスターならもっと稼げるはずだ。アカネが続きを作ってくれているのに期待して、今日もしっかり最低4000円稼いで行こう。
昨日と同じ順路で巡り、ここにいたな、というところにはスライムがちゃんといてくれた。スライムを倒す流れもスムーズに、核に確実に槍を突き入れることができるようになっている。これもレベルアップによる効果だろう。
スライムはキッチリ核を狙って仕留め、魔石を回収していく。今日はボディバッグを装着してきているのでポケットに魔石を詰め込まなくてもいいし、動きにもそれほど邪魔が出ない。ボディバッグが一杯になるか、時間が来るまでは巡り続けようと思う。
ちなみに今日はアカネは「より深く作ってくる、だんだん作るのが楽しくなってきた」とかで、俺から離れてダンジョン作りに熱中しているらしい。アカネが通っているというダンジョンを作っている謎の存在にも感謝だな。
昨日と同じルートを昨日よりも素早く回り、二十個のスライムの魔石を手に入れた。これで4000円。時給にすればかなりの金額になる。ドロップ100%のダンジョン、なんて素晴らしいんだ。
今日はまだ時間があるのでもうちょっと奥へ進んでみよう。しばらく奥に進みつつ、モンスターの気配に注意しながら進む。スライムが所々に居るので倒しながら進むと、またフワッとした感覚に包まれた。どうやらまたレベルが上がったらしい。レベルが上がると、隆介ぐらい毎日顔を合わせてる奴だと変化が感じられるらしいが、今はレベル3というところか。更に土曜日にダンジョンに潜ることで、何か変化があるかもしれないな。
一通りダンジョン内部を見て回ってみたが、どこも似た風景が続き、光る苔が岩肌から通路を強く照らし、手に持つ明かりが必要ないぐらいの明るさを保持してくれている。ダンジョンという閉鎖空間で片手をふさがれなくていいというのは安心安全で良い話だ。
どうやら宝箱とかはないらしい。宝箱を設置しても俺しか開けられないのだから、それなら直接渡す方が建設的だと思われているのかもしれないな。その分のドロップ100%だと思えば、その分の楽しみは充分味わっていると言えるだろう。
まだこのダンジョンは一階層しかないらしく、二階層目へ続く道というのはないらしい。スライムが湧くだけだが、そのスライムが一匹200円確実な収入を得させてくれるというなら、探して仕留めて魔石を回収していくことで俺の明日の儲けが決まると言っても過言ではない。
もうちょっと……というところでアラームが鳴る。もう一時間も探索していたのか。後でマップの様子をノートか何かに書き写しておこう。
新しいノートを取り出すと、さっき巡った道通りに地図をざっくり書いていく。その中にスライムが湧くポイントも指定しておき、ここを巡れば最低でもお金が稼げる、という風にしておく。
明日のドロップ品と混ざると困るからな……今のうちに換金にでかけるか。自転車をこぐと、さっき拾ったドロップ品の魔石を全部まとめて近くのノーマライズダンジョンのギルドに持っていき、換金をお願いする。換金する側のギルドは多分何処かのインスタンスダンジョンで手に入れた分の魔石を換金しに来たのか? という表情をしていた。
多分、俺がダンジョン装備ではなく私服でここに来ているからそう判断したんだろうということは想像がつく。今の所怪しまれてない様子なので安心だな。しばらくはここのギルドにお世話になって、金額が多くなりだしたらちょっと離れたところにあるもう一つのギルドで換金するか、ちゃんと装備を整えた状態で訪れるほうがいいだろう。
今日の儲けは6000円になった。いつもより余分にスライムを倒した分だけ金になった、ということだろう。スライム三十匹倒した、と解りやすい指標になってくれているのもいい。やはり、俺専用ダンジョンというのは夢があるな。
この調子なら、防具をさっさと隆介から買い取って……いや、明日もっと奥の層へ行ってみてからでも遅くはないな。本当に防具が必要なのかも含めて考える必要がある。明日はここに来るんだ、という気持ちだけを置いて、家に帰る前にちょっと寄り道して、団子のパックを買ってから帰る。
家に帰ると、アカネは帰ってきていた。今日はお供え物として特別に団子を供えることにする。
「あら、今日は豪勢なのね」
「とりあえず今できているところまでは全部回ったからね。そこまで作ってくれたお礼にしては安いものだけど、それでもお供えはしたいな、と思ったから」
「良い心がけじゃないの。これでまた私のほうもやる気が出るってものよ」
団子が青く光り、アカネも青く光る。お供え物の儀式が終わったところで団子をちゃんと食べ、さっきまでダンジョンに潜っていた分で消費したカロリーをきっちり確保する。お腹にそこそこたまったところで今日はもう寝てしまうことにした。明日の弁当何にするかな。たまには贅沢にコンビニで昼飯を調達して……そうだな、少なくとも10000円分のダンジョンへそくりがある身分としては、たまには贅沢もいいかもしれない。
明日は初めてのまともな、通常のダンジョンアタックになる。もしかしたら余りのドロップの少なさやモンスターの少なさ、そして儲からないかもしれない、ということを体験する日になるかもしれないが、それはそれでいい。
大事なのは俺専用ダンジョンと世間一般のダンジョンのズレを実感として味わっておくことだ。もしも探索者として自分の生きざまを決めていくようになるにせよ、怪しい高校生が換金だけして帰っていく、というような疑いの目線を向けられるよりは、ちゃんとダンジョンにも潜ってるぞ、という証拠を突き付けて帰りたいのが今の所の本音だ。
さあ、楽しみだな。本物のダンジョンはどれだけ危険で、どれだけ儲かって、どれだけの面白さを俺に提供してくれるのだろう。もしも自分のダンジョンに潜り続けたほうが楽しい、ってなった時はどうするかな。まあどっちにしろ潜ってはいくわけだが、このままアカネと今の関係を続けていくのか。
床につくには充分な時間になったが、そのせいか、それとも明日のダンジョンが楽しみなのか、なかなか寝付くことはできなかったが、明日怪我して泣いて帰ってくることだけは避けないといけないな。ちゃんと準備をして、そして覚悟を持って挑むことにしよう。
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