第78話:土曜は換金の日 4
「お、大谷さん……お久しぶりです」
「よう、学校のダンジョン以来だな。元気にやってるようで何よりだ」
大谷さんがダンジョンに入ってきているのは初めて見た。
「ダンジョンの見回りだ。最近ガラの悪い連中がボス待ちの順番を守らないとか、そういう苦情が来ていてな。たまたま通りかかったわけよ」
横入りパーティーの顔色が一気に青ざめる。
「そんなわけでお前ら、探索者法に基づき処分がされるだろう。駅前ダンジョンへの無期限の出禁と……多分、二ヶ月ぐらいの全ダンジョンでの探索禁止ってとこだろうな」
「なっ……! そ、そんな大げさな……! 」
「武器抜いて脅した時点でアウトだ。諦めろ。後はギルドで話を聞け」
大谷さんの背後にいた二人が、淡々と違反者たちの武器を取り上げ、ずるずると引き立てていく。最後まで何か言い募っていたが、周囲の探索者から冷たい視線を浴び、やがて口を閉じた。
静けさが戻り、彩花が小さくため息をついた。俺も袖口を握られていた手に軽く指を振れ、力を抜かせる。
「助かりました。もうちょっとでひと騒動起こすところでした」
「気にすんな。こういうのは俺たちの仕事だ。にしても、二人でボス退治とは……なかなかやる探索者とは思っていたが、彼女の前で良いところ見せつけるためだけにここに来た、というわけでもないんだろう? 」
「はい、彼女も探索者ですし、ここまで二人でやってこれたので勝つ自信は充分あります。前情報も仕入れてきましたし」
大谷さんは片眉をあげると、彩花のほうへ少し視線を向けた後、こっちに目を戻した。
「まあ、怪我しないようにな。多分大丈夫だとは思ってはいるが、結局怪我人が出た、なんて話を後で聞かないようにしてくれよ。じゃあな、ボス討伐頑張ってくれ」
大谷さんは先に行った二人に追いつくため走って戻っていった。
「あの人は? 」
「学校でダンジョンができた時に応援に来てた探索者さんだ。かなり強い人だと思う。ただ、正確にどこまで強いかまでは解らないんだよね。オーク退治までしかしなかったから。でも見回りと警備に充てられているってことは、この辺りでも一人で充分戦える強さは持ち合わせているんじゃないかな」
さて、一悶着あったが何事もなく終わってくれたようで何よりだ。おかげで気持ちも少しヒートアップできたし、テンションはそこそこ上がっている。このまますんなりボス戦に入れれば、冷静かつ熱狂的にボスと戦えることだろう。
「さて、今度こそ行こうか。さすがにもう湧きなおしているだろうし心配することはもう何もない。ボス戦に集中しよう」
「そうね。後でもう一回会えたらお礼言わなくちゃいけないわね」
改め直してボス部屋の門を開けると、中ではオークチーフが待ち構えていてくれた。俺一人でも倒せる相手なんだ、彩花が居ればなお簡単に倒せるだろうし、あれからお互い武器も交換して打撃力という面でも増している。負ける理由はない。
「さあ、行くぞ」
門を閉め、中での戦闘が始まる。
「グモオオォォォォ! 」
いつも通りオークチーフは咆哮をあげる。叫ぶ前に攻撃を開始したかったが、そこまで悠長な時間はなかったらしい。
「今回は大丈夫みたい! 最初から行けるわ! 」
今回は彩花も威圧の効果を受けずにしっかりとオークチーフに狙いを定めている。レベルが5あれば威圧の効果は受けないらしいな。レベルか、もしくは精神的な強さや肉体的な強さが基準になっているんだろう。いずれにせよ、彩花が動けるのは大きい。
咆哮が完全に終わる前に動き出し、オークチーフに肉薄した彩花がまず革鎧を剥ぐべく、肩口から強烈な一撃を与える。それで革鎧の紐がほどけ、肩部分が露出する。同時に俺が正面から山賊刀を切りつけ革鎧の上半身を剥がした。
「グルウウウゥゥゥウゥグモオオアアア!! 」
怒号と共に大振りの山賊刀が振り下ろされ、床石に大きな亀裂が走る。砕けた破片が飛び散り、頬に当たって軽い痛みを走らせる。まともに食らえばさすがにダメージは受けるだろうな。二度目の攻撃の刃を受け止めた瞬間、腕が痺れるほどの衝撃が走り、骨が軋む音が耳の奥に響く。
「くっ……重い!」
必死で受け止める間に、彩花が背後へ回り込み突きを放つ。しかし厚い筋肉に阻まれて刃は浅く止まり、黒い霧が少し吹き出すだけに終わる。
反撃とばかりに、オークチーフが巨体を揺らして突進してきた。咄嗟に横に跳んで避けると、そのまま石壁へ激突し、部屋全体が震えるほどの衝撃音が響いた。舞い上がる砂埃に視界を奪われ、一瞬彩花を見失う。
「彩花っ、大丈夫か! 」
「平気! こっちから回り込む!」
咳き込みながらも彩花が声を返し、俺も再び正面に立ちふさがる。睨み合い、刃と刃をぶつけ合うたびに金属音が耳をつんざき、腕にかかる重さが全身を押し潰そうとする。だが正面から受け続ければ、その分だけ彩花に背中を狙わせられる。
刃の軋む音の後、彩花の一撃が背へ命中。オークチーフがよろめく。黒い霧が体表から滲み出し、確実に弱っている証だ。
「今だ、畳みかけろ!」
俺はわざと刀を大きく弾き、隙を晒す。その一瞬を逃さず、彩花が背後から首筋へ剣を突き立てる。深々と刃が沈み込み、オークチーフが最後の断末魔を上げた。
「グモオオオォォォォ……!」
真上に黒い霧を放ちながら、巨体が崩れるように消えていく。石床には睾丸だけ。オークの定番のドロップ品だった。魔石のドロップなしで睾丸か。ついているのかついていないのか……まあ、とにかく討伐完了だ。
「……ふぅ、決まったな」
荒い呼吸を整えながら刀を納める。相変わらず強敵だったが二人で挑めば余裕で押し切れる。一人でもなんとかなるんだから二人ならものの数ではない、ということだろう。
「睾丸だけ落とすのね」
「まあ、魔石が増えてより厄介な話になるよりはいいんじゃないかな。これで少なくとも一個は魔石を提出できることになるし、背中の重みからもこれでおさらばできると思えば気楽なもんだ。それより、次の順番の人に教えないとな」
今から三十分後、オークチーフがまた出現する。そのタイミングを知らせに門から出て、先ほど順番待ちを告げてきたパーティーに終わったことを告げに行く。
「え、もう終わったんですか? さっき一悶着あってすぐに戦闘に入られたのは見てたんですが」
「ええ、無事に終わりましたよ。ほら、ドロップの魔石と睾丸です」
確たる証拠を見せつけたところで、食後の準備運動を終わらせた俺達は再びレッサートレントを探しにボス部屋付近から離れていく。次は順番を守ってくれるとありがたいんだが。
気を取り直して午後のダンジョンデート開始。と言っても本来の目的であるオークチーフの魔石を換金するためにオークチーフと一戦しておく、というのは達成したので、後は何処でどう戦っていても問題はないのだが、彩花が樹液の味見をしてみたいというのでレッサートレントとひたすら戦っていく。
レッサートレントを相手にするのも慣れてきて、二本の細い蔓さえ切り落としてしまえば、後は近づいて顔を切り刻むか、木こりになったつもりで横から一気に山賊刀を差し入れることで倒せてしまえるようになった。だんだん体が慣れてきたって奴だな。
そして十五匹目ぐらいのトレントで、ようやく樹液らしきものを落とした。何故か瓶に入っているという不思議さそのものだが、ダンジョンの謎がまた増えたな。樹液が瓶に入って出てくるなら、オーク肉や睾丸もパック入りにしてくれてもいいものだが、その辺の曖昧さの基準はよくわからない。わからないが、そういうものなんだと納得しておくことにしよう。
そのままレッサートレントの魔石を集めながら三時間ほど五層をグルグルと回っているところでアカネと再会した。
「ただいま、十層ぐらいまでざっくり見てきたわよ」
何もないものに話しかけている様子を見られたくないので、頭の中で言葉を考えて応対することにする。十層までということは、モンスターが湧かないエリアまで見てきたってことだろうか。
「そういうことになるわね。あと、結城さんも頭の中で会話文を浮かべれば私には通じるから口に出さなくても考えるだけで大丈夫よ」
すると、色々考えていたことを止め始めたのか、軽く頭を振って脳内会話をし始める。
「そうね。十層までで一区切りってことかしらね。そこより先はまたこっちのダンジョンで進捗が進んだときにでも考えればいいわ。そっちはオークチーフも無事に倒せたようだし、ドロップにも問題なかったみたいで何よりだわ」
そういえば駅前ダンジョンは五十層まであるんだったな。そこまで深くを求めるつもりは今の所はないが、ダンジョンを一から下まで潜るのは大変そうだ。何か移動設備みたいなものが安全圏に置いてあれば色々と捗るのにな。
「幹也が調べてないだけで実際はあるわよ、ワープポータルが。十層まで行ったことがある人ならそこまでの行き来が瞬時にできるようになっているわ」
ワープポータルがあるのか。なるほど、だから一層から五層までこんなに人が少なくても、十層より先、例えば二十層とか三十層に潜り込むことになっても問題はないってことなんだな。
「そうなるわね。十層のワープポータルはこっちにも設置する予定だから、まあ長い目で見ててくれればいいわ」
アカネとの会話をしつつ、レッサートレントを撃破。頭の中で別のことを考えながら手先は戦闘に集中できるようにもなってきた。これも一歩前進というところかな。
「そうね、でも結城さんが寂しそうにしてるから私との会話もほどほどにしておいたほうがいいわよ。さっきからアカネさんと会話をずっとしててなんか置いてきぼりになってるって考えてるわ」
アカネの口からそう出たことで、彩花のほうを見ると、ちょっと目元が緩みつつある。これは良くないな。空いてる手で頭を撫でてヘルメットの上からわしゃわしゃしてやると、ちょっと元気が出たのか目を軽くこすり、その後前を向いて歩きだした。
「現金ねえ……ちょろいわ」
「先に言っておくが、俺はそんなこと考えてないからな」
「わかってるわよ。ただ、愛されてる実感が得られてお得だっただけよ」
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