第75話:土曜は換金の日 1/5
待ちに待った土曜日。朝食をいつもの塩パスタで済ませておいて、昼食のお弁当作りを始める。例によってパスタだが、肉を贅沢に使ってオーク肉を細かめに刻んでトマトソースと絡めた美味しい肉パスタだ。ボロネーゼとは方向性が違うが、肉がメインのパスタとしてはなかなかにカロリーもあってお腹に溜まっていい一品ができたと思う。
彩花が装備を取りに来るまでもう少し時間がかかるのでその間に作ってしまおうと考えたが、彩花が予想よりも遅かったのでしっかり作り込んで弁当箱に封じてしまうことにする。栄養バランス的にはアカネもゴーサインを出してくれたので、今日はこれでよしとする。
後は粉のスポーツドリンクを水で溶かして携帯飲料水としておけば、ミネラル不足や脱水症状なんかを起こすこともないだろう。土曜日は長期戦になるのでしっかりと持ち物は確認しておかないとな。
チャイムが鳴ったので玄関を確認すると彩花が来ていた。招き入れてドアを閉めると、いきなりきつめのハグをお見舞いされる。
「おはよう」
「……」
無言の彩花。そのままじっとしてるのも勿体ないのでハグをし返してしばらく二人だけの時間が流れる。アカネもじーっと眺めてはいるが、止めたりしないのでそのままでしばらくいることに。
鼻でスーハーと息をしている彩花に仕返しをするようにスゥっと静かに呼吸を始める。急いできたのか、少し汗の香りもする。その汗の香りがおそらく朝浴びてきたシャワーの香りと相まって、俺らしからぬ香りが周囲に立ち上る。しっかり彩花の香りを楽しんだところで、さすがに彩花を止める。
「そろそろいいか? 」
「……よし、一週間分の幹也成分を補充したわ」
「はいはい、お熱いことで」
じっと見ていたアカネがあきれ返っているが、恋人同士のつながりをちゃんと意識するために必要な儀式……とでも言えばいいのか。
学校ではそういうそぶりを一切見せないように彩花が振る舞っていたため、すれ違っても何事もなかったかのようにしているが、きっと本当はこうしたかったのだろう。それを一週間我慢していた、ということになる。
俺としてはバレても構わない……とは思ってはいるんだが、彩花はどう思っているのだろう。
「ねえ、学校でバレないようにする理由って、何かあるの? 」
「あるわよ。だってこんな風に人前でするの、恥ずかしいじゃない。それに……見世物じゃないし」
彩花が人一倍照れ屋なだけだったみたいだ。ここにはアカネの目もあるんだが、アカネのことは誰にも見えてないのと同じなので気にしていないのか、それともいないものと同じとカウントしているのか。ともかく、一仕事今から行こうという気にはなった。色々とやる気が出てきたことだし、今日も一日がんばって仕事をしていくとしよう。
仕事をする前に、それぞれのバッグに魔石を詰め込んでいくことにする。
「前から聞きたかったんだけど、このスクロールは換金しないの? 」
「それ、結構お値段するスクロールみたいなんだよな。だから気軽に売り払ってしまっていいものか悩みどころではあるんだ」
「ちなみにどんなスキル? 」
無邪気に彩花が聞いてくるのを抑えるのもなんだか違うし、どう解答しようか迷ってるうちに、アカネが彩花に耳打ちしている。その瞬間顔を真っ赤にする彩花。
「これは……使うってことなの? 」
「えーと……それでもいいし売ってもいいとは思ってるけど、底値が百万円するものだから何とも言い難いというか、もしかしたら自分で使うかも? とは考えているというか……だから保留で」
「わ、解ったわ。でも、一つ良い? 」
「何? 」
「その……使うときは言ってね。私も覚悟を決めるから」
彩花が真っ赤な顔をそのままにしてこちらを向いて言う。それって実質いつでも来いという証明になるのでは? という思考とそれはまだ早いという思考と、やったぜこれで彩花を好き放題できるぜ! という思考が三つ同時に重なって頭の中をグルグルしだした。
「おーおーお熱いことね。そろそろエアコンが必要かしら。今からダンジョンへ行くカップルの会話には聞こえないわ。いっそのことダンジョンはお休みにしてベッドでゆっくりしていったら? ご休憩の間ぐらい居なくなってあげるわよ」
アカネがガヤで更に言い出したので、逆に冷静になってきた。彩花はまだ顔が赤いままだ。よし、確認は取れたので使う方向でいこう。だが今じゃない、もうちょっと先だ。そう考えれば頭が落ち着いてきた。彩花もしばらく固まっていたが、再起動が完了したらしく顔の赤らめ具合は元に戻った。ようやく落ち着いたところで、荷物整理を始める。
「とりあえず二等分しておいて……オークチーフの魔石は俺のほうで持っておくよ」
「ということは五層に行くっていうことでいいのね? 」
「構わないと思う。こっちのダンジョンはまだ五層までできてないし、換金するにはボス部屋でオークチーフと最低二回戦わないと計算が合わなくなるから、換金する時にそれぞれのバッグから出てきたら数が合わなくなるだろ? 」
「それもそうね、じゃあ幹也が持ってて」
ざっくり70000円分の魔石を二人で持つ。やはりそれなりに荷物にはなるが、普段より深くまで潜るから誤魔化せる、ということで納得することにした。やはり先日のリザードマンの分がかなり重荷になっているが、二人の収入としてはなかなかのものになっているためありがたくアカネに手を合わせておく。
「じゃあ、行きましょうか」
完全に落ち着いた彩花が出発準備を終わらせる。
「私も付いていくわよ。駅前ダンジョンの作りを参考にしたいし。途中まで保護者付きのデートで悪いけど、ここから先を作るには現物見るのが早そうだしね」
今日は珍しくアカネも付いてくるらしい。どうやら駅前ダンジョンを完全に参考にする形で五層以降を作ろうとしているらしい。
「確かにそうだが、レッドキャップを抜ける所辺りまでは一緒に居てくれると索敵が楽でいいんだけどな」
「そのぐらいするわよ。楽な索敵センサーだと思ってくれればデートの邪魔はしないわ」
アカネもセットで三人そろって家から出て、自転車で駅前ダンジョンへ。そういえば駅前ダンジョンには専用駐車場はあったんだったかな。車で通う探索者もいるだろうし、その場合どこに車を停めているんだろう。いずれ参考にするために調べておくか。
駅前ダンジョンまで十数分、自転車を漕いで向かう。学校と違い坂道をのぼらないので楽な移動だ。駅前ダンジョンに到着して駐輪すると、念のためギルドの中の掲示物を物色する。すると、駐車場に関する記述があった。ギルドとして借りている駐車場はギルドの周りと市役所の前の公共駐車場だけなので、それ以外への駐車はおやめくださいとのこと。市役所から歩いてくる分には問題はないだろうし、ちゃんと置き場所も指定されてたんだな。
「どうしたの? 車でも買うの? 」
「いや、もし車通勤だった場合どうなるのかな、と気になって確かめたかっただけだ。疑問は氷解したのでもう大丈夫」
彩花が不思議そうにしているが、とりあえずまだ免許も持ってないわけだし、車を買えるほどまで探索者で稼げるとは現状考えられない。もっと深く潜れるようになってからじゃないとな。例えば駅前ダンジョンの最深層まで潜るとか、そういう記録を達成するまではとてもじゃないが難しいだろう。
入場をしてそのままアカネの言う通りに進み、レッドキャップゾーンまでモンスターなしで潜り抜けてこられた。オークゾーンはさすがに数回戦闘をしたが、ドロップはなし。運が良いのか悪いのか、どちらとも言えない結果に彩花も少し苦笑い。
「全然でないね」
「今日はあまり良くない日なのかもしれないし、後で良い物がドロップするかもしれないからそれに期待しようか」
「リザードマンの槍とかドロップするかもしれないわよ? 持ち運びが大変そうだけど」
もし槍が出たらその場で引き返して中古屋に売りに行くはめになるだろうな。そうならないことを祈ろう。魔石がようやく一個出たところでリザードマンの居る四層に入る。
「彩花はその剣でリザードマンと戦うのは初めてだよな? 」
「うん、だからちょっと楽しみ。どう戦うか考えては来たからそれに期待して、危なそうだったら手を貸してね」
「もちろんそのつもりではいるけど……本当に大丈夫かな」
「早速来たわよ」
アカネの促しとほぼ同時にリザードマンを見つけ、そっと近づく彩花。気づくリザードマン。リザードマンは槍を薙ぎ払いの形に保ったまま、彩花との距離を徐々に詰める。リーチは槍のほうが長いので、当然リザードマンのほうが先に得物である槍を振るう。
彩花はバックステップでその槍を回避すると、そのまま膝に体重を乗せて一気に跳び込むと、一気にリザードマンまで駆け寄った。まだ振り終わっていないリザードマンは全身ががら空きなのでその間に距離を詰めて一気に首をはね落とす。綺麗に後の先を取った。リザードマンが黒い霧になって消滅すると、後には魔石が残った。
「今のでどう? 」
「いいんじゃないかな。綺麗にカウンターを決められてて。これなら一対一での勝負はまず負けない戦いができると思う」
「やったっ、幹也に褒められた」
嬉しそうな彩花に俺もちょっとだけ鼻の下を伸ばす。アカネがハイハイごちそうさまと言いながらほのかに彩花から漏れ出ていた青い光を吸収して神力の一部としている。
「さあ、次行こう次。午前中のうちにボス部屋までたどり着きたいからな。ボス部屋前で休憩している探索者はそう少なくないようだし、ついでに休憩させてもらえるとありがたいね」
次のリザードマンは俺の番、ということで一気にダッシュで駆け寄って山賊刀で横脇に抱えていた槍ごと両腕を切り落とすと、そのまま首に返す刀で刃を当てて切断。こちらもスムーズに完了した。
「なるほど、そういうやり方もあるのね」
「多少リーチ長くなった分と、瞬発力を活かせられればこういうのもありだ、ということで」
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