第2話:アカネ
「なるほどね、大まかには理解したわ。でも、自分専用のダンジョンが欲しいっていうのは? 」
「ダンジョンは発見者、土地の所有者、攻略した探索者の利益なんかが絡んでいるので、ダンジョンに入ってその儲けが全部懐に入るわけじゃないんだ。その点自分で発見した自分しか潜れないダンジョン、という話になれば、自分が探索者になって自分で攻略していくことで、全部自分の収入にすることができるんだ」
女の子はなるほど……と話を聞いている。
「そういえば名前聞いてなかったな。名前はなんて言うんだ? 」
「覚えてないわ。昔は自分の名前があったような気がするけど、もう昔過ぎるし、放置されている間に力も記憶も飛んでしまったから名無しの権兵衛さんってところね。良かったら名前を付けてくれてもいいのよ? あなたのおかげでこうしてここに居られるんだから、あなたにはその権利もあるわ」
名前か……赤いスカーフ……一号さんとかつけたら多分怒るだろうし、ここは素直に名前っぽいものを付けておくか。
「じゃあアカネで。そのスカーフの色にちなんで」
「中々悪くないセンスだわ、じゃあ、これからはアカネと呼んで頂戴」
アカネに引き続きダンジョンについての情報を提供する。わからない所はスマホで調べながら説明を終えると、アカネは一通りの知識を吸収したらしく、ダンジョンについて色々と質問をしてきては、質問を返す時間が取られた。
ダンジョンで手に入れられる素材や魔石の形、それらについてはネットで収集した情報や画像、動画を見ることでモンスターが落とす品々やモンスターの強さなんかを学習していっている。
気が付くと日付は変わり、明らかに睡眠不足が訪れるのは間違いない。そろそろ俺もおねむの時間。貴重な睡眠時間を搾り取って今のうちに決めなければいけない話、というわけでもなさそうなので今日のところはお開きにしたい。
「とりあえず急ぎではないし、後日また話し合うってことで良いかな? こっちは明日も学校なんだ」
「まだ学生だったのね。とっくに卒業していると思っていたけど、あの時からそこまで時間は経ってないってことかしら? 」
「まあそういうことになる。そんなわけで寝るが……寝床を用意してやらなきゃいけないか」
「心配ないわ」
そういうとアカネは空中に浮きあがり、丸くなって眠りの姿勢に入りだした。どうやら寝床が必ず必要、というわけではないらしい。最悪同衾ということまで頭によぎったのが、少し安心して眠りにつけそうだ。
寝床に入って目を開けていると、俺の上でふよふよと浮いている女の子が嫌でも目に入る。これからこの子としばらく過ごすことになるのか。学校行ってる間は何しているんだろう。一人ぼんやりと部屋に置きっぱなしのままでいいのだろうか……等と考えている間に深く眠りに落ちていった。
◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、目を覚まし身支度を済ませて簡単な朝食を作っていると、その間にアカネは目を覚ましたらしく、リビングに入ってきていた。ドアを開けずに入ってくるので一瞬ビクッとしたが、そもそも霊体なのだからドアを開けるという動作も無理なのか、ということに気づく。
「おはよう、何か食べるか? 」
「食事は要らないわ。信心さえあればこうして体を保っていられるもの。ちょっとお手を拝借」
信心が必要か。ならば、と、両手を合わせて今日も平和に生きられますようにと願いを込めてお祈りをする。すると、青白くアカネが光り出し、そして少しして元に戻った。
「そう、それが私のご飯みたいなものよ。だから安心して学校に行ってくると良いわ。お昼ご飯は我慢だけど、夕飯は家で食べるのでしょう? その時にまたご飯から分けてもらうわ」
「食事が必要ないのは安上がりなのはありがたみがあるのかないのか……まあ、ともかく食べられるようになったら一度ぐらい食卓を囲もう。女の子にお預けさせながら自分だけ食事をする、というのはあんまりメンタル的に良くない気がするんだ」
「実体を持てるほど強く信仰されるなら願ったりというところだわ。そうなるためにもあなたのそのダンジョン計画、一枚噛ませてもらいましょう。とりあえず近くにあるダンジョンに一度潜ってみたいものだけれど、一番近いダンジョンは何処になるのかしら? 」
ダンジョンは現れたり消えたりするダンジョンと、省庁が管理して、鉱山資源のようにあえてダンジョンをクリアさせていない場所の二ヶ所に大別される。なので一番近いところというと……スマホアプリにダンジョン発見器みたいなものが最近出来たのでそれをダウンロードし、アカネに見せる。
「こことここだな。近々ダンジョンを破壊する予定らしいけど、今日明日で、ということにはならないと思う。見に行くなら早いほうがいいかもね」
アカネの手がにゅっと伸びて、スマホを操作し始める、どうやら部分的には肉体……いや、電気的にか? 操作することは可能になっているようだ。
「スマホだけなら操作できるようだし、今日一日スマホは預けておくことにしようかな。仮にも道祖神の親類が道に迷うことはなさそうだから場所さえわかってれば行って情報収集することはできると思う」
「そうさせてもらうわ。今の私の力だと、空中に浮いてるスマホがダンジョンに入っていった、なんて目撃情報が出ても不思議ではないし、まだまだ信心が足りないというところだし……実地でダンジョンについて学んでくるとするわね」
朝食を食べ終え、スマホをアカネに預けたまま家から出る。高校までは自転車通学なのでスマホに付随する定期券やICカードについては心配ないし、電子マネーは極力持たない派の現金主義だ。一応学食では両方使えることになっているので今日のお昼を食べ損ねる心配もない。
学校に着くと、早速隣のクラスから悪友が訪ねてきた。
「おっす、幹也……って、なんか疲れてないか? 目の周りが少しばかり黒いぞ」
「おはよう隆介。ちょっと寝不足気味なだけだよ。心配ないさ」
「スマホに連絡送ったんだが見てないのか? 」
「あ……スマホ家に忘れてきた」
小林隆介。小学校からの悪友だ。大体の悪戯はこいつと一緒にやってきた。それなのに俺より成績がいいと来ている。まったくいい性格をしている、要領のいい奴だ。
「珍しいな、スマホを忘れるなんて」
「寝不足で出てきたからボーっとしてたのかもしれない。珍しいうっかりだよ」
「まあいい。お前進路希望どうするんだ? 」
「一応近くの大学に行く予定ではあるけど、隆介は旧帝大でも判定Aなんだろ? 安心して受験勉強に没頭できるな」
こいつは学年でも一桁の順位を守っている非常に手堅い奴だ。おかげで俺もおこぼれに与り勉強をたまに見てもらったりもしている。隆介は教え方も上手い。俺がどんな場面で躓いているのかを明確に読み取り、それに適したアドバイスを返してくれるため、いつもではないが、テストが危なくなった時には手助けをしてくれている。そのため、隆介にはちょっと頭が上がらない所があるが、本人は毛ほども気にしていない。
そのサッパリした性格からか、女子のファンもそこそこ居る。女の子で不自由しているという話を聞いたこともないし、別れ話がこじれてひと騒ぎになったという話も聞いたことがない。完璧超人とまではいわないが、かなり高性能なスペックを有している友人だと言え、俺はどちらかといえば腰巾着みたいなポジションにいるんだろう。
「まあ、今日一日は連絡が取れないってことはわかった。飯は食えるんだよな? 」
「現金派だからな。ちまちま財布から出してるのがみみっちく見えるかもしれないが、肉眼で観察した方が自分の金遣いがわかっていいんだよ」
「女の子にご飯奢る時でも、財布から一々出すよりも電子マネーでピッと金額にかかわらず奢るほうがスマートに見えるもんだぞ。幹也は見た目は悪くないんだからそういう細かいところから直していくべきだな」
「別にもてたくて自分の生き方を変えようとかじゃないからな。とりあえず今日一日無事に済ませられればそれでいいんだよ」
隆介が少々オーバーなリアクションでやれやれ……とアクションを取ると、丁度チャイムが鳴る。
「じゃあまたな。明日は忘れずに持ってくるんだぞ」
「ああ、気を付けるよ。またな」
隆介は自分の教室に戻っていった。さて、授業を受けなければ。このままだと大学進学も危ういとなればより一層隆介の世話になるだろうが、あいつ自身はそれについてどう考えているんだろうな。案外自分の復習だと割り切って丁寧に教えてくれているのかもしれない。それなら、あいつの手助けをしていることにもなるから悪い話ではないよな。自分勝手だが、そう思っておこう。
授業を終えて昼食。いつも通り現金でパンとサンドイッチと飲み物を買い、屋上でのんびりと風を受けながら食べる。今ごろアカネはどうしているだろうか。ちゃんとダンジョンに不法侵入してダンジョンとはどういうものか、ということについて学習することが出来ているだろうか。
仮に俺専用ダンジョンが出来たとして、それは持ち運びがきくダンジョンなのか、それとも何処かの空間的座標に固定されてそこに通う必要が出てくるのか。もし座標が固定されるものなら、大学に進学しても今のアパートからは離れられなくなってしまうな。それはそれで問題だ。そのあたりをどう解決すればいいものか。俺がやるべきことではないにしろちょっと不安になってきたな。
昼食を食べ終えた後の授業も空の上、ダンジョンのことについて頭が一杯だった。そもそも、ダンジョンには十八歳以上でないと潜ってはいけないことになっている。一応もう十八を迎えている俺はダンジョンに潜る資格はある、ということだ。去年の先輩の中には夏休みにダンジョンで一稼ぎしようとして逆に怪我をしてしまい、収入がマイナスになってしまう人もいたらしいので、一概に儲かる仕事、とは言えないようだ。どのぐらいの装備で挑めばいいのかな。
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